11. しゃきーん!
「えっと――お2人は、アリサさんとマナさんっていうんですね」
LINEに登録している名前は、2人とも本名のようだ。
「うん、あーしがマナ。月江マナだよー。白いほうがマナって覚えてね」
「え。その自己紹介だと、アタシが黒いほうになるんだけど。
……まあ間違ってないし、別にいっか。アタシは館花アリサ、よろしくね」
エルフのほうがマナさんで、褐色肌のほうがアリサさん。
マナさんの肌はとても白いので、実際『白黒』に例えられるのは判りやすい。
「僕は高比良ユウキと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしくね、ユーくん!」
「いいね。アタシもユーくんって呼ぼう」
名乗った1秒後には、もう僕にあだ名が付いていた。
まあ、よくありがちな呼び方だけどね。
「――って、マナ。ダンジョンに入ってるんだし、楽器は出しときなよ」
「おっと、忘れてたー」
アリサさんから突っ込まれ、マナさんがはっとする。
マナさんはリュックサックを背負っているだけでなく、右手に楽器ケースも持っている。
掃討者は武器の携行が法律で認められているけれど、その際には『武器を持っていることが周囲には判らないように』するよう義務付けられている。
なので楽器ケースの中に武器を入れて持ち歩くというのは、わりとよくある話だと聞く。マナさんもその例なのかな、と思っていたんだけれど――。
楽器ケースからマナさんが取り出したのは、本当に楽器だった。
ギターかな? と、楽器の形状を見てまず思ったけれど。一般的なクラシックギターとは、ちょっと違う形をしているようにも見える。
「それは……?」
「これはねー、バロックギターって言うらしいじゃん?」
弦をひと撫ですると、随分と豊かな音がダンジョンの中に鳴り響く。
それから、マナさんが楽器を見せてくれたんだけれど。一見すると5弦ギターのようで、けれどよくよく見れば10弦のギターだった。
弦が2本ずつ纏めて配置されているのだ。弦が多いぶん、普通のギターよりも豊かで深い音色を響かせるんだろう。
深呼吸をひとつしてから、マナさんが音楽を奏で始める。
バロックギターの調べで聞くと、気の利いた喫茶店で掛かっていそうな、とても上品な曲に聞こえるけれど。よくよく聞いてみれば、それは男性アイドルグループが歌う、流行りの歌謡曲の旋律だった。
「凄い。マナさんってギター弾けるんですね」
「ちょっと前までは、楽器なんて触ったことも無かったんだけどねー。祝福のレベルアップを経験したら、急に弾けるようになったんだー」
「マナが得た天職が〈吟遊詩人〉だったのよ」
「おおー、そういうことあるんですね」
「……近くに2体いるかもー」
「ん、了解」
マナさんの言葉に、アリサさんが頷いて答える。
そのやり取りの意味が判らなくて、僕は首を傾げてしまった。
「ああ――説明しないと判らないわよね。マナは楽器を演奏していると、音の反響で周囲の状況を確認することができるの」
「状況を確認……ですか?」
「うん。演奏しながら目を閉じるとね、近くのダンジョンの道がどうなっているかとか、どこに魔物がいるかとか、そういうのが判るんだー」
「わ、それは凄いですね!」
視線が通らない位置にいる魔物でも、目を閉じるとはっきり視えるらしい。
事前に魔物の数も種類も正確に判るのは、かなり凄いことじゃないだろうか。
「でも、音を反響しない魔物――例えば幽霊みたいな魔物とかは、演奏してても見えないらしいからねー。万能ではないじゃん?」
「幽霊が出るようなダンジョンにはゼッタイ行かないから、問題ないでしょ」
「んふふ、アリちゃはホラー系が全然ダメだもんねー」
マナさんが愉快そうに笑いながらそう告げる。
僕はホラー系は別に苦手じゃないけれど……。でも、本当に幽霊が存在するダンジョンとかは、僕もあまり行きたくはないなあ。
マナさんは他にも〈吟遊詩人〉の能力で、近くにいる魔物をおびき寄せたり、あるいは逆に遠ざけたりできるらしい。
積極的に狩りたい時には、魔物を探し回る手間を大きく省くことができて、とても便利なんだとか。
「だけど、あーしが役に立てるのは、ほぼほぼ探索中だけなんだよねー。戦闘中は楽器で殴ることぐらいしかできないし」
「……そんなことしたら、楽器が壊れるのでは?」
「あーしが所有する楽器は、どんなに乱暴に扱っても絶対に壊れないのだ!」
「えええ……?」
〈吟遊詩人〉で得られる異能の中に、そういうものがあるらしい。
彼女のバロックギターは、祝福のレベルアップの際に手に入ったもの。だからなのか一応『ダンジョン産の武器』扱いらしく、ダンジョン内の魔物には有効。
ただし、あくまでも魔物に有効でかつ壊れないというだけなので、やっぱり普通の武器に較べると攻撃の威力はかなり低いそうだ。
「ちなみにアタシの天職は〈巫女〉ね」
「巫女? 神職のですか?」
「そうそう。神社で働くヤツ」
僕が問いかけた言葉に、アリサさんが頷く。
赤色のステータスカードを持つアリサさんは『複合職』。
これは名前の通り、複数の職業からつまみ食いしたかのような能力を持つ。
アリサさんの〈巫女〉の場合だと、〈戦士〉が用いる様々な武器のうち『刀』だけは同じように扱うことができ、同様に〈射手〉のように『和弓』だけは扱うことができる。
また〈魔法使い〉が習得可能な様々な魔法のうち、『巫覡魔法』と呼ばれるものだけは行使することができるんだとか。
「祝福のレベルアップで貰えたのは刀だけだから、和弓はまだ持ってないけどね」
そう告げるアリサさんの腰には、鞘に入った刀が差されている。
打刀にしては少し短めのサイズに見えるから、たぶん脇差なのかな。
静かに流れるような動きで、アリサさんが鞘から刀を抜く。
ダンジョンの天井と床から放たれる淡い光を受けて、刀身がキラリと煌めいた。
「マナ、よろしく」
「はーい」
アリサさんに促され、マナさんが演奏する曲が変わる。
更に、曲に合わせてマナさんの歌声が重ねられ、より豊かな響きになった。
――すると、3方向に別れている通路のうち、左側の先から何かの物音が急速に迫ってくる。
5秒ほど耳を傾けていると、それがピティの足音なことが僕にも判った。
おそらくは、先程マナさんが察知していた2体のピティだろう。
近くにいたそれらの魔物を、演奏と歌でおびき寄せたわけだ。
「アタシらがやるから、ユーくんは下がってて」
「あ、はい。了解です」
魔物が2体だけなら、3人全員で対処する必要はない。
アリサさんの言葉通り、僕は彼女たちより5メートルほど後ろに下がる。
ほどなく、通路の向こう側から見えてきた2体のピティたち。
最初から攻撃モードになっており、こちらに向けて全力で突進してきている。
……もっとも、ピティは足が遅いから。突進と言っても速くはないんだけれど。
「しゃきーん!」
「楽器でホームラン予告のポーズ取ってるの、だいぶバカっぽいでしょ」
「がーん‼」
ピティが跳躍したのを見て、2人がステップを踏む。
そして彼女たちは、手に持っていた武器を横薙ぎに振り払った。
ゴンッ! という大きな音を響かせて、マナさんの楽器がピティの顔面を殴打。
その一撃だけで、たちまちピティの身体が光の粒子へと変わった。
一方でアリサさんのほうは、もう鞘に刀を仕舞い始めている。
こちらはマナさんと違い、音もなくピティを一瞬で葬ってしまったようだ。
「どーだいユーくん!」
「2人とも凄いですね! 一撃で倒しちゃうなんて!」
「んひひ、もっと褒めて褒めてー!」
「調子に乗らないの」
そう言いつつも、アリサさんの口元は緩んでいる。
もしかしたら他人から褒められることに、あまり慣れていないのかもしれない。
「お2人はやっぱり、もう掃討者として本格的に活動されてるんですか?」
「うっ……。ま、まだデス」
「えっ、そうなんですか? それはどうして?」
「本免許の試験に4回も落ちてるバカがいるからでしょ」
「………………えっ? 4回も?」
仮免許のものと違って、本免許の試験はそれなりに難しく、合格率は大体40%前後だと聞いたことがある。
とはいえ――4回も落ちるっていうのは、ちょっとどうなんだろう……。
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□館花アリサ - 〈巫女〉Lv.2
[筋力]: 6+1 [強靱]: 7 [敏捷]: 7
[知恵]: 7 [魅力]: 5+2 [幸運]:10+1
(※プラス分は天職とレベルアップによる補正値)
19歳→16歳。ピンク色ないし薄紫色の髪(光の当たり方による)。
瞳は光に透かした赤ワインのような色。褐色の肌。
刀で接近戦を、和弓で遠距離戦を行うことができるオールラウンダー。
『巫覡魔法』を扱うことができ、魔力の消費を惜しまなければ
自身や味方の回復・支援などを行ったり、結界を張ることができる。
複合職のためレベルの成長が遅い。(それでも相方のマナよりは早い)
能力値は平均か、それに少し劣る程度。ただし運だけは強い。
頭も平均程度だが、努力家なので本免許の試験は1回でパスした。
□月江マナ - 〈吟遊詩人〉Lv.2
[筋力]: 4 [強靱]: 8 [敏捷]: 6+2
[知恵]: 3 [魅力]: 9+1 [幸運]:12+1
19→14歳。髪は明るい緑。瞳は暗くて濃い緑。
種族が森林種に変わっており、左右に尖った耳を持つ。
演奏によって探索を快適にしたり、戦闘を有利にできる。
演奏中は目を閉じると『音が届く範囲』の情報を透視できる。
ただし、音を透過してしまう存在は察知できない。
戦闘中に特定の曲を演奏&歌唱することで、
任意の強化または弱体化を敵味方全員に付与することができる。
味方と敵のどちらか一方だけを対象にできないのが難点だが、
魔術や魔法と違い『魔力』を消費しないメリットは本作では大きい。
希少職のためレベルの成長が凄く遅い。
能力値は筋力と知恵が低いが、魅力は高い。そして豪運。




