世界で誰よりも牛若さまを推す
日々の辛い労働と栄養不足で、わたくしは憔悴していきました。
擦り切れた藁のようになった自分の手を見つめ、わたくしは思いました。
「なんでわたし……頑張ってるんだろう」
それはあの鞍馬寺を追い出された日から、一年ほどが経ったある日のことでした。
わたくしが大根をたくさん載せた車を引いて歩いていると、大人達が噂話をしているのを耳にしたのです。
「刀狩りをしていた怪僧が千本目を取り損ねたそうじゃ」
「五条大橋の上で少年に敗北したそうだよ」
「少年? それは誰?」
「牛若丸という、それはそれは美しい男の子らしい」
「なんでも平家に討たれた源氏の殿様の忘れ形見とのこと」
「牛若さまが!?」
わたくしは思わず話の中に割って入りました。
「源氏の殿様の息子?」
「なんだ? どうした、ゆき?」
「おまえ、まさか牛若丸さまと知り合いか?」
「まさかな! ハハハハ!」
「牛若さま、戦ったの? 誰と?」
「なんでも武蔵坊弁慶とかいう剛の者らしいぞ」
「橋の上を天狗さまのようにひらり、ひらりと舞って相手をやっつけたそうじゃ」
目に浮かぶようでした。
わたくしをおぶって山を神馬のごとく駆け降りたあの身軽さで、大きな身体の相手が振るう薙刀をかわす牛若さまのお姿が。
その夜の月はきっと青く澄んでいたことでしょう。川の水はさらさらと流れ、まるでその場に戦いなどなかったかのように、それほどまでに静かに、きっと決着はついたのでしょう。
それからも牛若さまのご活躍の報せはわたくしの耳に届いて参りました。
奥州の藤原家を頼って平泉へ行かれたとのこと。五条大橋で家来にされた武蔵坊弁慶らも連れて、とのことです。それはそれはご立派になっていらっしゃることでしょう。
わたくしは十五になり、十八になり、いちばん美しい時期にも働きずくめで、顔の痣も相変わらずでございましたが、牛若さまが新しく何かを起こされるたびに、その報せに生きる元気をいただいて、生き続けておりました。
お名前は源義経さまに変わられておりましたが、わたくしはずっと牛若さまと呼び続けておりました。
夜、眠る前には、元服されて一層お美しくなった牛若さまのお姿を夢に描いて、昼間どんなに辛いことがあった日でも、眠る前にはうっとりとなっておりました。
わたくしは世界の中で誰よりも、牛若さまを推していたのでございます。




