天空山 5
暖かい陽の光が山に戻り、濡れた制服を乾かして行く。
すっかり雲が消え去り、さっきまで池があった窪地から空を見上げると、遥か彼方まで見渡せる青色が広がっていた。
「ドミニク君、もう怪我は無い……?」
「大した事無いよ、僕よりウーリッドの怪我の方が心配だよ」
窪地に半分埋まった岩を椅子の代わりにして、ウーリッドと2人して休憩を取らされていた。
大気竜を討伐した後、ウーリッドは飛行隊の手によって無事に助けられた。
もしかして、僕が大気竜に殺されてしまうんじゃないかと勘違いしていたらしく、再会してからずっと挙動がおかしい。
「嘘は駄目……頬が擦り剥けてる……!」
僕の頬についた米粒みたいな擦り傷を、掌で抑えて回復の魔法を掛けてくる……。
「も、もう怪我はしてないから! 照れくさいからやめて!」
「うんん、動いちゃ駄目……!」
強引に腕を引っ張られたのでしぶしぶ観念する。
うーん……人見知りだと思ってたけど、これじゃカレンと大差ないぞ?
治療を終えて満足した様子のウーリッドは、岩から垂らした細い両足をパタパタと揺らし、照れ臭そうな顔で笑っていた。
「もう限界だぁー」
「シュルトの兄貴ぃ、重いっすよー」
「気合い入ってねぇぞ! 今回のクエストが上手くいけば、飛行魔法部に一級品の箒を献上して貰う話になってんだ」
ふと騒がしい声が聞こえ、シュルトとその舎弟のホビーとリッチが、無事に天空の木の伐採を終えて戻って来た。
持ち運べるサイズにカットされた木を、ロープで纏めて背中に掛けて運んでいる。
話を聞くと、シュルト飛行隊が地図を頼りに歩いて来た山道の伐採ポイントには、トム先生が建てた休憩用のベンチと、伐採道具が保管してあるらしい。
そして、天空の木を探し、散々歩き回った僕達は疲れ損だったみたいだ。
トム先生がこだわっていた天空の木は、この山に生える大樹が、高度10000mの過酷な環境に耐え抜く為に身に付けた『風の加護』の魔法陣が、木目となって現れた物だった。
「つまり、この辺りに生えてる木、全てが天空の木の加護の特性を持っているんだね」
「適当に伐採してれば良かった……無駄足……」
トムさんはと言うと、干からびた池に沈んでいた数体の大気竜の死骸を漁り、ガッツポーズを決めていた。
「大気竜の鉱石だ! 採取を手伝ってくれ! ルーシス校長には内緒だぞ」
「ラジャー……!」
ウーリッドもガッツポーズで返した、やっぱり、あの売店には何か金銭的な問題がある様だ。
「それにしても、水の中に大気竜の巣があったとはね」
よく体を観察してみると、胴体にヒレの様な長い羽根が2本畳まれている。あの巨体を隠すには水辺が適しているし、泳ぎが得意な竜族だったのかも知れない。
「せっかくだし、僕達も大気竜を素材として分解しようか」
「この大気竜はドミニク君が倒したの……?」
「ううん、多分、寿命か仲間割れじゃないかな?」
僕の稲妻を受けた大気竜はチリも残さず消滅したからね。あの死骸は、初めから池底に沈んでいた物だ。
『鉱石採取』の適性を持っていたウーリッドに、大気竜の解体を手伝ってもらう事にした。
竜族は命を失うと、体の一部が宝石に変わる不思議な特性がある。この大気竜の爪も鱗も、キラキラと宝石の輝きを魅せていた。
「よいしょっと、重いなぁ」
埋まっていた、10m級の大気竜の尻尾を引っ張り、巨体をズルズルと土の中から引きずり出す。
隣で大気竜を漁っていたビクターさんとウーリッドが、口をあんぐりと開き、凄い顔でこっちを見ている。
「お、お前本当に人間なのか⁉︎」
「ね……」
「それ、どういう意味ですか……?」
青色の瞳に鱗、空の青を思わせる大気竜の体は、どの竜族よりも聡明で綺麗だ。頭部には白く鋭い毛が生えているけど、これも完全に宝石に変わっていた。
「もう鉱石化が終わってるね、解体して採取できる所は全部持って帰ろう」
「大気竜の鉱石なんて、お金に換算出来ないレア中のレア……」
敬意を払いながら、魔法で大気竜を解体する。
宝石化した爪と鱗、魔法の宝玉と化した心臓、そして杖の土台になる骨と皮。食べられそうな肉は、養成学校の料理部にきちんと切り分けて貰おう。冷凍保管室に突っ込めば長持ちするし。
魔獣は人を食い、人は魔獣を殺し素材とする。昔から冒険者と魔獣という物はそういった関係にある。こうして、全ての素材を回収した。
3人で汗だくになりながら、何とか作業を終え、地面に座り込んだ。
「ふぅー、お疲れ様! ありがとう、こんなに早く終わるなんて、ウーリッドのお陰だね」
「ううん、私も貴重な経験が出来た……」
それから一仕事、終えたシュルト飛行隊とも合流し、全員で焚き火を囲んで携帯食のパンを食べ、無事にクエストを完了した。
「「クエスト完了ー‼︎」」
「「ヒューハァー!」」
終わってみれば大した事無かったな! 相変わらず、ウーリッドは腕にしがみついたままニコニコしている……。
「じゃあ本題に入るか! 教員として聞いておきたい事がある」
「俺もだぜ……おい、ドミニク!」
「え! な、何?」
トム先生とシュルト達に取り囲まれて、反省会が始まった。
「正直に話してくれ、闇の中で何があった? 大気竜はどこに消えたんだ?」
「なぜ、先にお前らが天空山に着いてたんだ? 飛行魔法のスピードじゃ、あり得ねー」
すっかり怪我が癒えた僕達に、さっきの出来事を問い詰めて来るビクターさん達。
唯一、ウーリッドだけが僕を庇ってくれる。
「ドミニク君は疲れてる。今は休ませてあげて……」
「ううん、良いんだ。隠しててもしょうがないし。転移魔法で魔法商店に戻ってから全部、話すよ」
ウーリッド以外の、全員の声が綺麗にハモった。
「「え……転移魔法⁇」」
硬直したみんなを横目に、売店の裏庭へと繋がる転移の魔法陣を描いて行く。
「な、何をふざけてるんだ? これは大問題なんだぞ、過去に討伐例の無い最強のドラゴォォ??」
トム先生の話しを遮り、目の前に転移の狭間を出現させた。
「じゃあ、魔法商店に帰りましょうか!ってあれ?」
「うぅ、駄目だ。思考が追いつかない……頭痛がして来た……」
突然、頭痛に襲われた先生に手を貸し、転移の狭間を潜った。
こうして、長かった伐採クエストは、やっとの事終わりを告げた。シュルト飛行隊は、転移の狭間に怖気付き、箒に乗って帰るらしい。
「お、俺はあんな怪しい狭間なんかに絶対に入らねえぞ!」
「兄貴、びびってんすか?」
「今世に未練があるんすか?」
また魔導具部か何処かで会うだろ、見た目通りの面白い連中だったな。




