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二十話:ラーニャ・コカミと思い出の料理 ①

二十話:ラーニャ・コカミと思い出の料理 ①





 料理勝負から二日が過ぎた。

 王宮に来て既に一週間と三日が過ぎている、その間に料理したのは勝負の時だけだ。

 与えられた部屋は従者たちが使うような、部屋ではなく、来賓用の部屋だ。

 絢爛豪華という訳ではないが、それ相応なりに装飾された部屋はまるで一流ホテルにでもいるのかと思える。

 何よりも、ハマールの部屋と比べるとベッドが体を包み込むかのように柔らかく弾力があり眠り心地は最高である。

 だが、何だが居づらい、何かすることがないという所為も重なり余計に居づらい。

 主であるジルマ・パティール公爵は王宮での仕事が忙しく、ここに来ることも少ない、ロレはジルマの従者であるから共に行動している所為で、ここに四日近く会っていない。

 ロレンスもガガバドも、共に仕事があるらしく、忙しなく動いている。


「暇だ……」


 本当に暇で仕方ない、どうしたんのかと考える。

 市に行くか、でも、料理するわけではない、厨房は未だにバルンザが使っているので、入りづらい。

 では、何をすると考えると何も浮かんでこない。


「ヤバイ、暇で死にそうだ」


 呟くようにそう言うと、無性に寂しくなる。

 これは孤独死しそうだ、今の今まで目の回る忙しさだったからこう急に暇が出来ると、本当にどうすればいのだろうか。

 そんなことを考えていると、ドアをノックする音。

 入って来たのは、レミーだった。

 赤髪に似合うような小洒落こしゃれな服を着ている。


「あのさ、カムイさん、今、暇かね」

「え、ええ、暇ですけど……」

「じゃ、じゃあさ、ちょっと街にいかない、せっかく王都に来たんだから、少しは王都見物したいじゃない」

「ええ、まあ、いいですけど、それならロレを誘うえば――」

「ば、バカじゃないの! どうしてアイツの名前が!」

「いや、別に大した理由はないのですが」


 好きな男性を誘ってデートでもすればいいのにと言えば、間違いなく鉄拳が飛んで来そうなので、喉から出そうだった言葉を飲み下す。


「そ、それにさ、アイツはジルマ様の従者としての仕事が忙しいさね、それなのに誘うのはどうかと思って、ね」


 レミーは恥ずかしいという顔を隠すように、そっぽを向くが頬が赤み掛かっている頬まで隠すことは出来なかったようだ。

 ああ、とカムイは納得する。

 彼女なりに気を使っているのか、カムイは了承して支度して部屋を出た。



 門番兵は暇で仕方なかった。

 ここを通る人はたいてい貴族か豪商等の国の重要人物、また、国王に謁見を求める諸外国の使者などだ。

 だか、先王であるカルマ王が先のラバールとの戦で戦死し、その一人娘であるシルフィーナ・パティール王女が王位継承を宣言して以来、主だった大臣達は、一目散に王都を出て行った、その所為もって訪れるモノは居なかったのである。

 それもそのハズだろう、王都を牛耳る主要大臣の殆どは南部の大貴族である、カーベイン公爵の息の掛かった者達で構成されていた。

 カーベイン公爵と繋がりを持ちたいと思う、貴族たちや商人、諸侯に諸国の大臣達は多い。

 ではどうして、居なくなったのか、それは現在、政務を司っている政務卿である、ビルヘイム・グランド子爵による、大規模な構造改革と綱紀粛正を行うと宣言をしたからである。

 綱紀粛正、一言で言えば、カーベイン公爵の息の掛かった大臣達の罷免を行うということだ。

 次期国王の為に行うためとはいえ、大規模な罷免となると、反発必至になると思われたが、その様な事が起きず、むしろ進んでその罷免を受け入れていく大臣達が多かった。

 そして大臣達が居なくなると、今まで途切れることのなかった、拝謁の行列がまるで今までなかったのかと、思えるほど、静まり返っていた。

 こうまで暇だと、欠伸しか出ないなと思いながら、立っていると王宮から二人の男女が通って行く。

 一人は赤髪でお洒落な服を着た、美しい女性だ。

 ジルマ殿下の知り合いらしいがこうまで美しいと、妾かと思える。

 で、その隣を歩くのはここ最近よく見かける、大男だ。

 黒髪でボサボサ、何よりも驚くのはその身長だ、6イン(百九十センチ)は超えるほどの長身だ。

 頭二つ分大きいので見上げる形になる、ふと、ニコッと笑顔を向けられる。

 門番兵もお辞儀をする。

 見かけによらず意外と、礼儀正しい人物であり、あのガンダルフ大将軍と仲が良いという。

 一体どういう人なのだろうか、疑問に思ってしまう。



 二人が、街に向かうに街道方へ歩いと行くのと同時に、宿屋街の道から変なモノがこちらに向かって来るのが見える。

 大きい、とにかく大きいリュックを背負った、小柄な少女だ。

 腰まで伸びた黒い髪、褐色気味の肌、パティール王国ではまず見かけない、変わった異民族の服装、何より気になったのは、ここからでも分かるような銀色の瞳だ。

 まるで、輝いているかのように美しい銀色の瞳だ。

 そんな少女が門番兵の前で止まり、静かに、男の様な声で言う。


「ここに、黒髪の料理人居る?」


 最初は何を言っているのかわからなかったが、再び「居る」という質問で我に返る。

 この少女が言っているのは、先程の大男のことだろうか、その大男の知り合いか、門番兵は子供にやさしく教えるように言う。


「ごめんな、その人なら街に行ったばかりだから、しばらくは帰って来ないよ、用があるなら、おじさんが伝えておくよ」


 そう言うと、何かを考え仕草をしてから静かに言った。


「ならいい、街に行ったのなら探すから」


 落胆したような顔をして、少女は踵を返して街道の方へ歩み始める。

 一体なんなんだと、門番兵は思った。





 王宮内の会議室では政務会議が開かれていた。

 議長を務めるビルヘイム・グランド子爵が咳払いをしてから、会議が始まった。

 主な議題は三つ。

 一つは『王位継承の儀』である。

 先王であるカルマ王が戦死してから既に一か月が過ぎている、この長い間の王の不在はパティール王国が始まって以来、初めてのことであった。

 その所為もあり、王の裁可が必要な案件が山の様に溜まり始めていた。

 シルフィーナ・パティール王女が王代行を務めているが、王代行に許されているのは、王宮内での裁可のみであり、国内全域にわたる国営の裁可は与えられていない。

 このままでは国営に支障きたす恐れがある為、ビルヘイムはこの会議の場で、王代行に国営の裁可の権限を与えることを提案していた。

 しかし、これに難色を示していたのは、意外にもシルフィーナの伯父である、ジルマであった。

 彼曰く、王代行に国営の裁可を与え、仮に大きな失敗を起こせば、それを口実に南部が動き出す可能性がある、と言うものだった。

 これについては、現在、法務卿代行である、ビンセント・ヘンズが賛同したのである。


「ビルヘイム卿、当面の問題である『南部』の問題を解決するまでは、この話は保留するべきだ」

「しかし、その間にも政務が滞ることに――」

「ビルヘイム卿、今は目下の問題が重要である」


 ジルマが静かに言う。

 そう目下の問題は、それが議題の二つ目。

 『南部への対策』である。

 国の運営として南部の問題は切っても切り離せない、国の全体の収入の大半を占めている南部。

生産した農作物、工芸品などは王国領であるラバール港から通じて東はキエフ大公国から最西端の国であるラビ=ハン国、南の島国であるギルド共和国、そして南大陸まで幅広い輸出を行う貿易港、その街道を通るには南部の各領地を通らなくてはならない。

構造改革を行っている王宮に対して、南部はラバール港に通じる全ての街道に例外なく『関税を掛ける』と宣言したのである。


「国内での通行料徴取は、法令違反、その事を再三申し上げているが、カーベイン公爵は聞く耳を持たない」

「これは明らかな、南部から王宮への宣戦布告だ!」


 声を荒げるのは、軍務卿であり中央騎士団団長でもあるリゼン・ローロ上将軍である。


「明らかな越権行為、ビルヘイム卿! 政務を司る大臣であるあなたはどう考えている!」

「これについては、再三申し上げている通り、釈明の為に王都へ招聘している」

「招聘してどうする、関税を廃止して下さいと、頭を下げるのかァ!」

「誰が頭など!」


 この二人の罵詈雑言が会議内に響き渡る、既に会議ではなく貶し合いの会場となる。

 他の者達が呆れ返っていると、パン、と手を叩く音で会議室内は静まり返り視線は一点に集まる。


「皆さん、静粛に。意見がるのなら挙手でお願いします」


 叩いたのはシルフィーナだった。

 静かに笑顔を見せるがその目は、少し怒っているかのように冷たい視線だった。


「『南部』の問題も、『国営』問題そうですが、一番気にすることその問題はではないハズですよ」

「左様です、殿下」


 そう返事をしたのは農務卿代行であるハンゼ・クリューゲルだ。


「皆さんもご存知の通り、ガスダント帝国内で起こっている麦種に対する伝染病の猛威は、ついに、隣国のキエフに波及しつつあります、現にガスダント帝国内の今年の麦類は全滅に近い被害、イラスト皇帝より食糧援助の早期実施を求めております」

「これは和睦条件の一つである食糧援助の早期実施は急務です、これが実施することが出来なければ、国際的信用を失う可能性があります、何よりもこの時期にガスダントを敵に回すのは得策ではありません」


 今年の冬に起きた、食料飢饉を発端とするガスダント帝国の北部ハマール領に対する侵攻は、領主であるジルマ・パティール公爵の戦術により和睦にまで持ち込むことに成功した戦い。

 和睦条件として十年間の無償での食糧援助があった。

 その和睦条件が実施されないというのは、その和睦を破棄したと取られる可能性がある、それは現在政局が不安定なパティールを攻める絶好の機会でもある。

 南と北で挟み撃ちにされれば、満足に戦うことは出来ないだろう、その為にも、北部諸国とは円満な関係を築いておきたいのである。


「この麦種の伝染病の出現以降、小規模な国境紛争や小競り合いなどは度々起きていましたが、昨年のガスダント侵攻が大きな火種となり、本格的な戦闘が大陸各地で起きています、この『麦種への伝染病』は、農業国である我が国も他人事ではありません、もし我が国でこの伝染病が起きれば、大陸中に餓死が溢れ、食料を求め剣と槍で食料を奪う時代が来る可能性があります」


 シルフィーナは会議室内に居る全員を一別してから、静かに立ち上がり耳に響き渡るような声で言う。


「今後、我が国はこの『麦種への伝染病』対策を積極的に行います、わたしが王位を継いだ後はこれを最初の国策とします、皆さん、それまで、この国策の素案を纏めるように、以上です」


 その日の会議は解散となり、主要な大臣達が部屋を後にした後、残ったのはシルフィーナ、ジルマ、ビルヘルム、リゼンの四人だった。


「シルフィ、お疲れ様」


 ジルマが紅茶を一口飲んでから言う、その言葉にシルフィーナは大きな溜息を返事代わりにして、椅子に深く座り直して言う。


「実際、有事の際は北部諸国の動きが気になります、ハフマンとガスダント、この二国が有事の際介入してきた際、戦いはより複雑になる可能性があります」

「ガスダントは和睦の件があるから、最初は動かないだろうが戦況が我々に不利と見れば和睦を破棄して北部に雪崩れ込む可能性があるな、その為にも、和睦を遵守しなければ」

「ええ、ガスダントはそれでいいとして、問題は……」

「ハフマン帝国とキエフ大公国」


とビルヘルムが呟く。


「ハフマン帝国の皇帝には会ったことがありませんが、管轄権でハマール領に訪れています、その際は武力行使も厭わないと宣言している危険人物かと」


ビルヘイムが心配そうな声で言うが、その不安を吹き飛ばすかのようにジルマが笑いながら言った。


「そうか、わしが訊いた話では、飲んだくれの裸族らしいぞ」

「それは、私人としてありましょう、公人、皇帝としては恐ろしいと言っているのです」

「それよりはわたしが気になりますのはキエフ大公国の動きです」


 リゼンが腕を組み難しいような顔をして言う。


「ラバール侵攻と同時期に起きた、キエフ大公国によるヤゴン侵攻でガスダント帝国は大敗しています」


 ラバールの侵攻と同時期に起きたガスダント帝国とキエフ大公国のヤゴンの地を巡る戦いは、キエフ側の勝利に終わっている、この戦いで数千人近い戦死者と万を超える負傷者を出す結果となったガスダント帝国はヤゴンの地から撤退している。


「陛下も知っている通り、ヤゴンの地は良質な鉱石が取れる地、それを奪取したキエフは今後、益々勢力を伸ばすでしょう、ここはキエフに停戦の協定を申し入れるべきかと」

「リゼン」

「はい、陛下」

「わたしはまだ王位継承をしていません、今はまだ殿下です」

「……申し訳ございません、殿下」

「まあ、良いでしょう、今はキエフを刺激しない、その政策は最善として、さらに問題なのはキガン将軍動きです」

「我々からの書簡は既に届いているハズですが、返事がありません」


 ビルヘルムは冷めた紅茶を啜りながら言う。


「我々に付くか、敵になるか、もしくは中立になるか、それすらわからない状況ですが」

「ア奴の頭の中はハッキリしている」


 ジルマがこめかみ叩きながら言う。


「根っこから戦馬鹿だ、そして、根っこから愛国者、今回はどちらも付かない、と見るべきだ」

「その心は?」


 シルフィーナが質問すると、少しだけ目線をずらしてから再び視線を戻して言う。


「面白くないからだろう、ア奴が一番嫌うのは、『政戦』だからな」


 つまり、国のまつりには興味がないということである。

 成程と、シルフィーナは思った、この戦いはシルフィーナやカーベインの視線から見れば生死を掛けた戦だが、蚊帳の外から見たそれは政戦にしか見えないという事だ。

 将軍の種類は様々だが、シルフィーナの考えは大きく二つに分かれていた。

 戦を主体と置く将軍と政ごとに関わる将軍の二つだ。

 キガンは前者だ。

 そう見れば確かにこの戦はつまらない『政戦』に映るだろう、だが、しかしである。


「それでも、確証が欲しいモノですね、ビルヘイム卿」

「はい、殿下」

「至急、書簡を持って、キガン将軍の元へ、彼から直接真意を訊き出してください」

「はい、直ぐに……」

「それから、ビルヘイム卿、叔父様…… ペルマ王の来訪準備は整ってますか?」

「抜かりなく」

「今回の宴は、勝負事にもなるからな、いい余興になるだろうな」

「伯父様!」


 シルフィーナが真剣な眼差しで大声を出す、流石に笑いを止めジルマは真顔に戻る。


「わかっている、今回の来訪は一種の保険だ、もし、ハフマンが動いたらペルマが東進してハフマンを牽制する、その確約を取るためだ」


 パティール王国の同盟国である、ペルマ王国はハフマン帝国とは国境が隣接している。

 もし、北部と南部の争いにハフマン帝国が介入してきた場合は、ペルマが軍を東進してハフマンを牽制してもらう、今回の来訪はその確認と確約が重要課題となっている。

 シルフィーナは、会議室の窓の外を眺める、今日は晴天だ。

 どこまでも抜けるような青空に一匹の白い鷹が飛び立った、白鷹シーラと呼ばれる渡り鷹だ。

 冥界ヤクトワルトに魂を連れて行くという、聖鳥である。

 南の大陸、神聖ガイア神国やシュラ王国では国鳥とされている。

 この鳥に対して南北共通の言い伝えがある。

 白鷹シーラが人里に現れる時、多くの血が流れる程の争いが起きる

 そう言われるものだ。


「杞憂であれば……」


 シルフィーナはそう静かに呟いた。





 レミーは意外と食べる。

 王都の露店で売られている、羊肉ラムを塩で味付けして香草で焼いた、串焼きを既に五本も腹の中に収めている。

 その食欲は収まることを知らず、その後も、焼き鳥やサンドウィッチや、パジ(この世界の簡単な軽食、芋粉を練ったモノをハチミツと葡萄酒で味付けしたひき肉を巻いて焼いたモノ)を更に六個、王都名物と呼ばれる巨大揚げパンを三つも平らげる。


「さて、次は何食べようかな!」

「それぐらいにした方がいいですよ、流石に太るかと」

「うん? 大丈夫だよ! わたしは太らない体質だから!」

「いや、そういう問題では……」


 おれの財布がとは言えずカムイは渋々付き合うが、ふと、レミーが何かを見っている。

 その視線の先には、一本の剣が置いてあった。


「レミー、剣に興味があるのか?」

「うん? いや、違うわ、アイツにどうかなって……」

「アイツって、ロレ?」

「うん、アイツの剣、わたしが小さい時にあげた奴だから」


 ロレの剣はだいぶ年季が入っていた、かなり古い剣だがロレはそれを大事そうにしていたが、王領であるミストからブーケ領へ脱出中に遭遇した大男の戦いで、剣が折れてしまった。

 それでもロレは折れた剣を大事そうに今でもっている。


「この前の戦いで折って済まないって、手紙が来た時は少し心配だったけど、王都でアイツの顔を見たらその心配が吹き飛んだわ、ああ、心配して損した! 落ち込んでいたら剣でも買って励ましてやろうかと思ったけど」


 レミーは複雑な表情を顔に出しながら、踵を返してその場から離れる。

 彼女の顔からわかることは少ないが、おそらく、ロレが無事だった事の安堵がありながらも、剣を持てばそれだけで命の危険がある事への、不安があるのだろう。

 実際、この前の戦いでロレは死にかけている、下手をすれば死んでいたかもしれない、身近なモノがいなくなるというのは、平和な世界とは違いこの世界は隣り合わせだ。

 でも、カムイは、剣を持ちながらこう思った。

 気持ちは素直に伝えた方がいい、この世界なら尚更だろう。



 レミーは先ほど買った、甘菓子を齧り付きながら広場の前に置かれたベンチに座っていた。

 ハマールとは違い、王都は栄えている。

 人は誰もが笑顔であり、陽気な売り子たちは声を張り上げ、時折現れる旅芸人や詩人などが歌や芸を見せ、金を稼いでいる。

 食事処には昼間に関わらず、酒を飲み交わす人達。

 王都民は働くことを知らない、とよく言われる。

 ハマールとは偉い違いだと、レミーは心の中で思った。

 工房区で職人衆の怒鳴り声や、鍛冶場の轍を叩く音、野菜や肉などの競りの張り越えなど、皆が生きるために必死に働いていると言う印象が強いハマール。

 あいつもそうだった。

 レミーが九歳の頃に、ロレはハマールに流れ着いた。

 はじめは死んだような目をしていた、生気がなく、何かに絶望したような顔。

 ガスダント帝国の北部諸国併合は多数の戦争難民を生み出して、周辺国に多くの難民問題を起こした。

 パティールはガスダント帝国の南に位置するためにゼロではないが数百名近い難民がハマールに流れて来た。

 ロレもその一人だ。

 難民の大半はハマールを経由して、王都に向かおうとするものが多かったし、ハマールに根付こうとする者も居た、だが、それはそれが出来る者達だけであり、ロレの様な戦争難民孤児となった者達は、行き場をなくしていた。

 そんな孤児達を纏めて面倒を見ていたのが、知らぬ間にロレの役目となったのは今でも覚えている。

 同じ境遇に同じく何も持たない者達が一か所に集まるのは必然だったのかもしれない、でも、それで、ロレは『あの事件』に巻き込まれる事になる。

 『あの事件』が無ければロレは死んでいたかもしれない、レミーやジルマに会うことも出来なかったし、今の職にも付けなかったかもしれない、でも、その代わりにロレが失くしたモノは余りに大きかった。

 そう、大きかった。

 ふと、目の前に鞘に収まった剣が現れる、昔のことを思い出していたレミーは、不意を突かれたかのように、驚きながら仰け反りベンチの後ろに倒れそうになるが、大きな手で体を支えられる。


「ビックリするじゃあないか、カムイさん」

「すみません、驚かすつもりはなかったのですが」


 犯人はカムイだ。

カムイもまた驚いたような顔をしている。


「いきなり、なにさね、ビックリする、それにどうしたさね、その剣?」

「ああ、ロレの新しい剣にと思って、はい、レミー、君から渡してやってくれないか」

「な、なんでわたしが!」

「おれよりも、君から渡した方が喜ぶからだよ」


 カムイは悪意のない笑顔で剣をレミーの膝の上に置いた。

 ずっしりと重い、剣を持ったレミーは、静かに微笑して言う。


「あんたも、悪い男だね」

「うん? どういう意味ですが?」

「なんでもないよ、さあ、戻ろうかね」


 彼女は静かにそう言った。


 レミーは軽い足取りで王宮への街道を歩き始める。

 カムイもその後に続く。

 今度はロレも誘ってみるか、そう思って一歩踏み出した時だ、背中から微かに視線を感じ、カムイは静かに振り向く。

 周囲を見渡すが、それらしき人物が見当たらない。

 監視されている、バルンザかと考えたが、バルンザは尾行が下手だから直ぐにわかる、だが、この感じ、相手はプロだ。

 視線を感じても姿を見せず、気配を周囲に溶け込ましている。

 カムイは平然を装いレミーの隣に並びながら歩く。


「どうしたさね」


 レミーがカムイに訊く。


「何か?」

「いや、さっきに比べて険しい顔をしてるから」


 どうやら顔に出ていたらしい、静かに深呼吸して言う。


「後を付けられています」

「えっ?」


 レミーが振り向こうとしたがカムイが制止する。


「今はそのまま、何事もなかった様にして、王宮へ戻りましょう」

「カムイさん、あんた何かしたのかね」

「さあ、心当たりはありませんね」


 カムイはそれだけを言う、本当に心当たりがなかった。

 今まで尾行されたことは無いし、ましてや、重要人物でもない自分が、カムイはそんなことを考えながら王宮へ焦らずしかし、なるべく早めに歩き目指した。





 カムイが王宮の入り口に到着したのは日が陰り始めていた頃だ。

 門番兵がカムイを見つけるなり、小走りで駆けよって来る。


「あの、少しいいですか?」


 そう門番兵が言うとカムイはレミーと顔を見わせる。


「はい、いいですが、彼女は部屋に戻っても大丈夫でしょうか?」

「ええ、構いません」

「じゃあ、レミー」

「うん、今日はありがとうさね」

「どういたしまして」


 その場でレミーと別れ、カムイは門番兵に向き直る。


「何か?」

「いえ、先程、大きなリュックを背負った少女があなたを訪ねて来ましてね、その報告を」

「大きなリュックを背負った少女ですか?」

「ええ、会いたいと言っていましたが、お知り合いですか?」


 カムイは考える。

 少女の知り合いはベルしかいないが、彼女は今ハマールに居る。

 ここまで来られるハズがない。


「いえ」

「そうですが」


 ふと、背後に気配を感じカムイは振り返る、先も程まで歩いていた街道は夕焼けで赤く染まっているだけで、人影はなかった。


「何か?」


 門番兵が不思議そうに言うと、カムイは首を振り「なんでも」と言い返す。

 心配そうな門番兵の肩に手を置き「じゃあ」と言って王宮内に戻る。

 あの気配はなんだ、一体だれが自分を見ていたんだと自答自問しながらカムイは、自分の部屋のドアに手を掛け中に入りベッドに倒れ込む。

 背後から感じる気配は、怒りに似た視線だった。

 疲れたようなダルさが体を襲う。

 そのまま目を閉じ、しばらく考え事をしているとそのまま眠気に襲われ、カムイは夢の中に吸い込まれて行った。



 カムイが王宮内へ戻ってからしばらく経った時だ。

 再び宿屋街の道から、あの大きなリュックを背負った少女がやって来たのだ。


「戻って来た?」


 少女は事務的な声で言う。


「ああ、でも、君のことは知らないと言っているぞ」


 そう門番兵が答えると少女は頷くように首を縦に振る。


「わたしもあまり知らない」

「へえ、じゃあなんで?」

「わたしはどうしてもあの人に会って訊きたいことがあるの」

「訊きたいこと?」

「中に居る?」

「まあ、居るけど」

「わかった」


 それだけ言うと少女は大きなリュックを下ろす、重りを落としたかのような大きな音と重みで巻き上げられた砂煙が立ち込める。

 突然起きたことに反応が出来ず、門番兵は土煙で咽かえる。

 土煙の中でかろうじて目を開けると、少女は助走をつけこちらに向かって来る。

 何をする気だ、門番兵がそう思った瞬間だった。

 リュックを踏み切り台代わりにして、彼女は飛んだのだ。

 門番兵は見上げるような形で、城壁を飛び去る彼女を目で追う。

 少女は城壁を飛び越え、城壁の内側に綺麗に着地するとそのまま王宮の方へ走り出していた。

 呆然と今まで出来事を見ていた、門番兵だったが、ふと、我に返る。


「し、侵入者だ!」


 門番兵の叫びは日が沈み暗闇に向かおうとしていた王宮に響いた。


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