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十八話:宮廷料理人VS領主料理人 前編

十八話:宮廷料理人VS領主料理人 前編





「うん、ハマールと違って、食材が豊富だな」


 カムイは王都サイファルの朝市に来ていた。

 瑞々しいキュウリや、真っ赤なトマトなどの新鮮な野菜、棒鱈ぼうたらなどの海鮮類、鶏肉や豚肉などの精肉など、売り子の威勢のいい声と共に店先に並べられ売られている。


「なあ、兄ちゃん、いつまでそこに突っ立てる、買わないなら他に行ってくれないか、商売の邪魔だよ」


 品定めをしていたカムイに八百屋の亭主が言う。


「ああ、すみません、この野菜全部下さい」

「はいはい、全部ね――って全部?」


 八百屋の亭主はカムイの言葉に目を丸くする。


「はい」


 カムイは笑顔で答える、その笑顔に不振に思ったのか、八百屋の亭主は疑いの眼差しを向ける。


「兄ちゃん、金はあるのかい? 冷やかしなら他所でやってくれないか」

「いえ、ちゃんとありますよ、ほら」


 そう言ってカムイは財布から銀貨一枚を出す、それを見た亭主は更に目を丸くする。

 カムイが取り出したのは、スラー銀貨と呼ばれるもので、宮勤めの人間に支給される硬貨である。

 この国には硬貨が二種類ある、スラー硬貨とルー硬貨である。

 主に一般人が使うのがルー硬貨と呼ばれるモノで、主に金、銀、銅で構成され、どの硬貨も金や銀、銅などの純度が低く作られている。

 一方、王族や諸侯、領主や騎士などに支払われる俸給は全てスラー硬貨、こちらは純度が高く、スラー銅貨一枚の価値がルー金貨五枚分となる。

 カムイが取り出したのはスラー銀貨、この一枚の価値がスラー銅貨十枚分の価値であり、ルー金貨なら五十枚分である。

 この国では一般市民がルー金貨十枚あれば一年は暮らしていける、それが五年分である。

 八百屋の亭主が驚きの余り、気を失ってしまった。


「あの、大丈夫ですが?」

「あ、いや、大丈夫です、はい」

「では、これで。あと、食材は王宮へお願いします」

「へえ? 王宮?」

「はい、お願いしますね」


 そのままカムイは隣の精肉屋に顔を出して同じことを言い、店主を同じような顔にした。

 いろいろな店に顔を出しては食材を買っていくカムイを遠くから眺める男達が居た。

 腹回りに余分な肉を付け、少し猫背気味の中年男性と、それとは正反対なモヤシの様な細身の男。

 宮廷主席料理人である、宮廷料理長バルンザ。

そしてその隣に、副料理長のペンネが居た。


「ウムムム、あの男、一体どれだけの財力があるのだ、わたしがこの地位に就くのにどれだけの修行と金を消費したか! なのに、あの男は!」

「あの料理長、何故おれ達がアイツの後をつけるのですが、こんなことしている前に『勝負』に出す料理を考えた方がいいのでは?」

「バカ者! よく言うだろうが、敵を知り己を知れば何とやらだ!」


 大声で怒鳴ると、道行く人の視線がバルンザの方に集まる。


「あの料理長、声、声! 大きいでよ、気付かれますって!」


 もうバレてます、とは言えずカムイは聞こえないフリをした。

 まあ、バルンザが自分を疎んじるのもわかる、誰もが自分が築いて来たモノを否定されれば矜持が傷つくモノだ。



 それは、シルフィーナが王宮で即位を宣言した後のことだ、カムイはシルフィーナに連れられて、王宮内を案内されていた。

 何故自分が王宮内を案内されているのか、現状よくわからなかった、だが、案内するシルフィーナがなんだが嬉しそうな顔をし案内をする彼女を見ていると、どうしてもそれが切り出せないでいた。

 そんなことを考えていると、奥から薪の匂いがしてくる。

 どうやら厨房が近いようだ。

 シルフィーナの案内でカムイは厨房に入る。

 王宮の厨房はハマールの厨房とは違い、大人数名、世話しなく働いていた。

 どことなく懐かしい気がした、それは自分の記憶から来るのだろうか、しかし、その懐かしさが結局のところ何なのかカムイはわからなかった。


「これは、姫様!」


 小太りの中年の男がシルフィーナを見つけ駆け寄って来る、膝を付き男は一礼した。

 カムイはどこかで見たことが有ると思った、一体どこだろうかと思っていると。


「バルンザ料理長、お久しぶりです」


 バルンザと言う名前を聴いてカムイは思い出す。

 確か、ハマールに来た料理人。

 二年前、ハマールを訪れたカルマが引き連れていた料理人たちだ。

 向こうもこちらに気付いたのだろう、一礼だけして視線をシルフィーナの方へ向ける。


「今日はどのようなご用件で?」

「ええ、今日は彼の紹介に」


 成程、シルフィーナは同じ料理人として自分を紹介したかったのか、そう勝手に納得するカムイだったが、次の言葉を聞いて、この場に居た料理人たちは目を丸くする。


「バルンザさん、彼はハマール領の料理人、カムイ。今日からこの厨房の料理長として働いてもらいます、以降、皆は彼の指示に従ってください」


 一瞬の沈黙、誰も声が出なかった、カムイすらも声が出なかった。

 辛うじて出たのはバルンザの濁った声だった。


「りょ、料理、え、はあ、あれ、うん?」


 倒れそうになるバルンザを副料理長であるペンネがかろうじて支える。

 自分もようやく状況が理解できたのか、カムイも口を開く。


「待ってください、殿下、おれ―― わたしは旦那様、ジルマ殿下の専属料理人です、まず、旦那様の了解を得る必要性が、いえ、その前に、いきなり言われても誰も納得できません」


 この場に居る料理人全員の意見だ。

 その様な空気が漂うなかでもシルフィーナは表情を変えずに、話を続ける。


「カムイ、言ったハズです、わたしはあなたの料理を利用すると、その為にもあなたには、それ相応身分で居てもらわなければなりません」

「それ相応の?」

「それにこの件につきましては、既に伯父様から承諾を頂いています」

「えっ?」

「確かにな、承諾したな」


 カムイは振り返ると、立派な髭を生やした老人ことジルマ・パティール公爵が居た。


「そもそも、この話は前からあったのじゃかな、ほれ、ハマールを出る前にお前に話しただろう、『王都へ行く気はないか』と」


 カムイはハマール領を発つ前夜に言われたことを思い出す。

 確かにそんなことを言っていた気がするが。


「まあ、料理長ではなく、シルフィーナ付きの料理人としてだが、そこで研鑽を積み、ゆくゆくは料理長と言う予定だったのだがな、こうなった」

「こうなったって……」

「納得しかねます!」


 バルンザが声を荒げ、カムイに詰め寄る。


「素性も知らない男を王宮内に入れる事すら、危ないと言うのによりによって、料理長ですと! 姫様! 料理はおままごとではございません! たとえ王位を継ぐお方とはいえこのような蛮行! 先代の料理長からこの厨房を任されたモノとして断固拒否します!」

「ほう、蛮行と言いましたね……」


 ハッとした顔をするバルンザは慌てて言い訳しよと口を開こうとするが、シルフィーナの右手で制止される。


「そこまで言われるとこちらの面目が立たない、いいでしょう、バルンザさん、あなたが納得する形を取ります」

「納得する形?」

「二人で料理勝負してもらいます」

「料理勝負でありますか、姫様?」バルンザが呆けたような顔で言う。

「ええ、品数は全部で三品。野菜のスープ、肉料理、果実を使った甘菓子の順で出してもらいます、それを無作為に選んだ王都民五人で審査という形を取ります」

「待ってください、殿下、わたしは――」

「いい案ですな、姫様! その三品なら料理の腕と言うのもわかりますし、まあ、小麦粉を練って焼いただけの料理しか作れない無礼な男に何が出来るのやら」

「それは、あそこで出した『お好み焼き』のこと言っているのですが」


 カルマがハマールに訪れた際に出した料理だ、確かに王族に出す料理としては最低かもしれない、しかし、カムイはムッとした顔でバルンザ見る。

 カムイの怒りの目に身が竦んだのかバルンザは一歩下がる。


「な、なんだその目は! わたしは事実を言ったまでだ、あんなの料理でも何でもない!」

「確かに、王族に出す料理としては無礼かもしれない、しかし、おれは、誠心誠意を込めてあれを作りました、おれをバカにするのはいいですが、料理をバカにしないでください」

「た、たかが、料理だろうが!」


 その言葉でカムイの頭の中で何かがプツンと切れるような音がした。


「殿下、受けて立ちますよ、この勝負!」


 カムイの怒りの満ちた目を見てシルフィーナは頷く。


「双方の意見が合意に達した、勝負は一週間後、契約の神グッフェルの名において、ここに料理勝負を行うことを宣言する」





 ジルマ・パティールの従者であるロレは、ハマール領の衛兵隊の騎士、ガガバド・アッサーラをお供に、何故だが知らないがビラ配りをしていた、こんな仕事をするのは何年振りだろうか。

 しかも、ビラの内容は知り合いであるカムイの料理勝負の宣伝だ。

 ロレはビラを張り付けながら、ため息を付く。


「てか、ここの兵士にやらせろよ、なんでおれらが……」

「ロレ殿、口を動かす暇があるのなら手を動かしてください」

「しかも、こいつと一緒とは……」

「何か言いましたか、ロレ殿」

「べつに……」


 正直、ロレはガガバドのことがあまり好きではなかった、ロレはかつてガスダント帝国の北部にあった小国の出だ、その国がガスダントにより武力併合されて以降、ロレは戦争難民となった。

 いうなれば、故郷の敵であり、現在その小国領を領しているのはこのガガバドの領地であるアッサーラ領だ。

 何がアッサーラだ、ウラン語で『聖なる人』と言う、悪趣味な名前を付けやがって、とロレは心の中でそう呟く。


「それより、これどう思いますか、ロレ殿?」

「何がだよ」

「わたしとしては、この勝負、既に勝敗が見えている気がしますよ、正直言いますと、カムイさんの腕に敵う料理人など、居るとはとても……」

「さあな、それはどうかな」


 ロレはビラを貼りながらそう呟く。


「どういう意味ですか」

「まがりなりにも、宮廷料理長に上り詰めた男だ、それなりの腕を持っているだろうな」

「しかしですね」

「ガガバドさんや、一言いわせてもらうが、カムイは料理の神様じゃない、何より審査するのは食べる側だ、食べる側が美味いと思った方が上なんだよ」


 ガガバドは呆けた顔でロレを見る。

 その顔にイラつきを覚えながらも、ロレはガガバドに「なんだよ」と言う。


「いえ、意外とまともなことを言うですね」

「まともってどういう意味だよ」

「いえ、何でもないですよ、それより、早く終わらせましょう」

「そうだな、早く終わらせて、ハマールに帰りたい」


 ロレがそう愚痴を零すと意外にガガバドが同意する。

 初めて馬があったなと思うロレに、ガガバドは思い耽るかのように、言う。


「早くハマールに帰って、あのお店に行きたいです」

「あのお店?」

「グラメンテですよ、工房区にある、あのお店は、わたしのお気に入りで」

「ああ、あそこはおれもよく行くな」

「そうですか、ロレ殿もあそこが」

「ああ、思い出すだけです、イライラする、レイミーの野郎」

「れ、レイミー誰ですが?」

「ああ、お前は知らなくていい名だよ」

「はあ」


 ガガバドは首をかしげる。

 ロレは無造作にビラを貼りつけながら言う。


「アイツ、ハマールを出る前に、『帰りにお土産よろしく』だってよ、戦に行くのに、まるで、帰ってくること前提で話しやがる」

「いいじゃないですか、『帰る意味を』持っていれば、それだけでも生きて帰ろうと思える」

「そうか、まったく、あれだからいつまで経っても嫁の貰えていないんだよ」

「それって……」


 ガガバドがその先を言うとしたが、言えなかった、彼の目の前に現れた天使が彼から言葉を奪ったのである、体は膠着して動けなかった、ビラは地面に落ちるがそのビラには彼の視線はいかなかった。

 彼の視線は今、目の前に居る女性に向けられている。

 赤い髪を靡かせながら幼い顔立ちの可憐な女性がそこに居る。

 彼女はガガバドが一目惚れした女性だ。


「どうして、あなたがここに……」


 まさか、自分に会いに来てくれたのかと思ったが、彼女は彼の脇をそそくさと通り、その奥に居る不真面目そうな顔でビラを貼っている、ロレの首に細い腕を絡ませ締め上げる。

 

「誰が行き遅れの年増女だって! ええ、ロレさんやァアア!」

「おれはそんなこと言ってない、てかまて、本当に締まっている締まっているゥウウ!」


 さらに締め上げられ、顔が真っ青になる。


「フン、今日はこの辺にしておいてあげる」

「ま、マジで、死んだ父ちゃんと母ちゃんと兄貴と妹が見えた」

「今度言ったら本当に会わせてあげるから」


 腕を組みながら、フンと鼻を鳴らす。

 この二人の光景を見て、ガガバドは何だがモヤモヤして来た。

 何だろうかこの気持ちは、いや、それよりも、この二人の関係は?

 ガガバドは意を決してロレに訊く、すると、意外な答えが返って来た。


「ただの喧嘩友達だ」

「ほう、喧嘩友達って言うのは同等の力を持っている者同士がなるもんだよ、あんたはハマールに流れ着いた時からわたしに敵わなかったじゃないか」

「子供のお前に本気になって喧嘩するかボケ!」

「ボケと何ださね!」

「ボケ女にボケと言って何が悪い!」


 何だろうか、二人は言い争っているのに心の底からモヤモヤが止まらないし、ロレに対しては何故だが知らないが怒りが込み上げて来た。

 今、ガガバドは自分で制御できない感情に渦巻いている。

 それはガガバドが初めて経験する感情だった。


「てかぁ、お前さんは何しに来たんだよ、レイミー」

「あんたらの帰りが遅いから迎えに来てやったんだよ」

「はぁ? 何が迎えに来ただよ、晴れ着を着て浮きまくりじゃないか、どこからどう見てもお上りさんだ」

「し、仕方ないでしょう! 急に領主様に呼ばれてカムイさんの手伝いをして欲しいって言われたんだからさ、そ、そのついでに、あ、あんたの顔をついでに見て行こうと思ってさね」

「それはご苦労様だな、さあ、帰った帰った! ハマールに帰れ!」

「だ・か・ら! カムイさんの手伝いだって言ってるでしょうか!」

「はいはいそうですか、だったカムイのところでも行けよな!」

「そう言われなくてもいくさね、それじゃあ、ガガバドさん、また」

「ええ……」


 踵を返して歩いていく後ろ背中は、白いワンピースの服と良く似合う。

 いつもの給仕姿とは違い、初々しいと新鮮さがあってガガバドの恋心を擽っていた。

 そう、これは恋だ。

アッサーラ領長子、厳格な騎士道精神に身を置いて幼少期から少年期まで女性に見向きをせずにひたすら武術や領主としての帝王学などを学んで来た、騎士ガガバド・アッサーラは二十六歳にして初めての恋。

と、同時に言い難い恋の試練が同時に襲ったのである。


「まったく、何し来たのだが、おい、あっちに、ビラ貼りに…… お前なんて顔してるんだ?」


 笑いもせずに怒りもせず、悲しという訳でもない、無の表情。その無の表情でガガバドはロレを見ていた。

 そして一言だけ呟く。


「あの美しい背中を見て、帰れとは、あなたはひどい人だ」


 ロレはその意味を理解することはなかった。





 カムイは決め手を欠いていた。

 この料理の趣旨は優越を決める事だ、だが、それでいいのだろうか。

 何かが違うような気がしてならなかった、その違いが未だに判らない。

 このまま料理を作ってよいモノだろうか、相手は仮にも宮廷料理長、この国の料理界の頂点に居る人だ。

 公の場で彼に勝たなくてはならない、でも、普通に勝つだけでいいのだろうか。

 カムイは考えながら食材を吟味する。

 市場の食材は基本的にはハマールの市で売られているのと大差はない、たまに珍しい魚や肉などが並ぶ程だ。

 考えながら歩いていると、背後から聞き知った声が耳に入る。

 振り返ると、パティール王国筆頭将軍で、大柄な老紳士であるガンダルフとその娘たちである、黒髪の女性はシルフィーナ付きの侍女アマンダ、茶色のセミロングの髪に花柄の眼帯、腹違いの妹フォルスだ。

 二人が並んで歩くと殺風景な道も華が広がる様に綺麗に見える。

 そしてその場違いな、大柄な老紳士と言ったところか。


「どうした、その様な浮かない顔をして」

「いえ、少し考え事を……」

「二日後の勝負のことか?」

「はい」


 ガンダルフとフォルスそれにカムイは近くの喫茶店に腰を下ろした。

 アマンダは魔除けのお供え物を買って来ると別行動を取る。


「なるほど、勝負の趣旨か」

「単なる優越を決めるだけではないのですか」


 と、フォルスが出された紅茶を啜りながら言う。


「おれも最初はそう思いました、でも、ただ、おれを料理長に押したいのなら、いろいろな方法があったハズです、勝負ではなく、もっと円満な方法とか」

「例えその方法があったとしても、下の者が納得しないだろう」


 ガンダルフが腕を組みながら言う。


「どういうことですが?」

「いま、厨房に居る料理人たちはバルンザが一から育てた料理人たちだ、彼らは彼らでバルンザを慕っている、円満に料理長の交代が出来ても、素直に納得する者はマズいない、その為に、腕を彼らに見せるつもりなのかもしれない『お前らの慕っているバルンザより、カムイの方が上だ、だから従え』と」

「それでは単なる脅しだ」

「この勝負はその意味合いが強いのかもしれない、わたしはお守役として姫様を見て来たが、優しい所がるが、時に厳しい面も持っている」

「だからって……」

「まあ、深く考えないことだ、姫様のことだ、自分がバカにされたのか気に食わなかったか、もしくは……」


 ガンダルフはカムイを見て静かに微笑む。


「単なる好きなモノをバカにされたのから、だ、深い意味はないだろうな」

「だといいのですが」

「お父様」


 アマンダが両手に勝ったモノを抱えている、華奢な腕には重そうなに見える。

 ふと、倒れそうになったアマンダをカムイは咄嗟に彼女を支えた。


「ありがとう、カムイさん」

「いえ、別――」


 カムイは先の言葉を言うとしたが、あるモノが目に留まる。

 茶色の、まるでの形の悪い木のようなモノ、でも、その匂いは懐かしい匂いだった。


「これ、鰹節ですが?」

「ええ、そうですか」

「知らなかった、この国でおカツオを食べるのですね」

「まあ、北部ではあまり食べませんし、ウパ祭もやりませんしね」

「ウパ祭?」

「邪神ドットの従者ウパパを供養するお祭りですよ」

「供養ですか? そう言えば、ウパパは人攫いの鬼だと聞きましたが」

「北部では美しい女性を攫う鬼として伝承に残っていますが、ここ、王都では民を救った鬼として名を残しています」

「北部と王都では扱いが違うのですが?」

「王都だけではない、東西南北、国によっても違う謎多き鬼だ」


 ガンダルフが言う。


「北部では人を攫う優しき鬼、南部では荒ぶる海の神を鎮めた英雄的な鬼、西部では疫病を招く鬼、東部では人の病を治した鬼として伝承されている」

「なんだが点々バラバラですね」

「ああ、だがこれらの伝承で唯一共通した事として、ウパパは邪神ドットの従者であり、そして心優しき鬼だと言うことだ」

「心優しき鬼」

「大昔この地域がまだ、村だった頃、日照りで大飢饉が起き、多くの餓死者を出したそうです、その惨状を知ったウパアは寝る間を惜しんでエビス山の麓を掘り続け、力尽きる寸前で水源を掘り当てこの土地に潤いをもたらしたとされています」


 アマンダがカムイの隣の席に腰を下ろして静かに語り始める。


「そのお礼に、ウパパに送りモノとして、ウパパの好物とされた魚の燻製と海草を送ったそうです、それ以来、この地では、水源を掘り当てた、秋の終わりの月の四週目の七の日に、魚の燻製と海藻類を祭るようになったんです」

「へえ、でも、どうして鰹節に?」

「昔はアユの燻製が送りモノだったそうだが、ラバール港が領地化されて以降、鰹節が使われるようになったのだ、ラバール港ではカツオがよく取れるからな、それに、カツオは燻製にすれば日持ちするし、運搬も楽、何より安い、庶民にとって大きな味方、カツオ一つでこの国ではいろいろな料理がある、安くて誰もが買えるモノだからこそ、広まるのも早い」


 ガンダルフの言葉を聞いて、カムイは頭の中でモヤモヤしていた考えが消え、あることに気付き、勢いよく立ち上がるが、膝をテーブルにぶつけてしまう。


「大丈夫ですが?」


 アマンダが心配そうな顔で言うが、既にカムイはアマンダの声が入っていなかった。

今、彼の頭の中ではいくつものを料理の案が浮かんでいた。

 カムイの自身に満ちた顔を見てガンダルフも、静かに頷き。


「どうやら、考えが纏まったようだな」と言った。

「はい!」

「では、頑張ることだ、姫様の為にも、な」

「はい、では、おれ先に城に帰りますね! じゃあ!」


 そう言って手を振って喫茶店を出て行く、その背中を見ながらガンダルフは独り言のように呟く。


「うむ、迷い消えて良い面構えになったな」

「そうれはそうと、父上」


 フォルスがバツの悪そうな声で言う。


「あの人、会計…… 忘れてます」


 フォルスの一言に少しだけ汗が垂れたガンダルフであった。


「まあ、それ程の値段ではないから良いか」





 勝負当日。

 宮廷内に通された老若男女、五名が王宮の食堂に通される。


「今日は、貴重な時間を割いてもらったことを、心より感謝申し上げます」


 シルフィーナが勝負の審査員に選ばれた王都民に一礼する。

 皆が困惑な顔をする中でシルフィーナは話を続ける。


「今回は我が宮廷料理長と次期宮廷料理長候補との勝負となります、料理の品は全部で三品、野菜のスープ、肉料理、果実を使った甘菓子、これらを試食してもらい、優越を決めてもらいます」


 選ばれたのは老人が一名に、若者カップルに少女一人に聖職者一名の計五人。


「本当におれらが適当に選んだんだが、いいのかこれで?」


 ロレがガガバドに呟くが、ガガバドはその言葉に耳を傾けずに一点だけを見ていた。

 彼の目線の先に居たのは、両料理人。

 バルンザの宮廷料理人団とカムイとレミー二人組。

 バルンザは余裕の顔をしてカムイを睨み付けるが、カムイはニコニコして微笑み返す、それが感に触るのが眉間に怒りのシワを寄せる。


「おい、聞いているのか?」

「聞いてません」


 ガガバドは即答。


「なあァ!」

「美しい……」


 ロレには聞こえない程の小さな声で呟く。

 レミーはいつもの給仕姿ではなく、カムイと同じくコックコートを着込んでいる。

 赤髪と純白のコックコートが彼女の美しさを輝かせていた、事実、カップルの男の方は自分の彼女よりレミーに見とれている。


「レイミーの奴、似合わん恰好をしている」と笑いながらロレが言う。

「あなたは美的センスがないですね、だからモテないのでは」とボソッと。

「お前、さっきから喧嘩売っているのか、ァア!」

「別に」と顔を逸らす。

「手前ェエ! 何か言いたいのならこっち見て言え!」


怒りが籠った声で言うが、ガガバドは冷静な口調で言う。


「何も」


 ロレがガガバドに掴み掛ろうとするが、その間にスウッと静かにロレンスが入り込み、二人を睨み付ける。

 目で語っている「騒ぐな」と。

 その気迫が籠った目で睨めつけられた二人は互いに顔を逸らす。

 それを離れていたところで見ていた、カムイは、随分と仲良くなったなと勘違いをしていた。


「何やっているんさね、あの二人は」

「いいじゃないですが、喧嘩するほど仲が良いと言いますし」

「ならいいんだけど」

「それより、レミーさんなかなか様になりますね、その恰好」

「少し恥ずかしいけど」

「フン! どこぞの田舎娘を連れて来るとは、余程のハマールの調理場は暇なところと見える」


 バルンザが鼻で笑うように言う。

 その背後には数人の料理人達、全てバルンザが育てた料理人達だ。


「フン、今からでも遅くはない、ハマールに帰る支度をしたらどうだ」

「いえ、帰るつもりもありませんし、『勝つ』つもりもありません」

「勝つつもりがないだと⁉」

「ええ、おれは料理人、今日はここに来た五名のお客様に満足して帰ってもらうだけです」


 カムイは一片の迷いも曇りもない瞳でバルンザを見ながら言い切る。

 その清々しい顔はバルンザ達に動揺してしまう。


「フン、まあよい、お前がそういう考えなら、わしらは『勝つ』料理を作らせてもらうからな、覚悟しろ!」

「ええ、お互い頑張りましょう」


 カムイは手を差し出すが、バルンザは無視をして踵を返す。


「なんだが、感じが悪いわね、あのオッサン」

「まあ、こちらも始めましょう」


 レミーにそう言ってカムイも踵を返して厨房に向かおうとするが、ふと、何かの視線に気付き、振り向く。

 審査員席に座っている、一人の少女がこちらを見ている。

 長い黒い髪、少女と言うよりは子供に近いような感じがするほど幼い、何よりも気になったのか、銀よりも綺麗に輝く銀色の瞳だ。


「どうかしたかね」


 とレミーが言う。

 カムイは「いや」と言って厨房に向かう。



 カムイが気になっていたことに、ロレンスも同じく気になっていた、しかし、気になり方が違っている、ロレンスはあの少女を敵として警戒していた。


「どうしたのですが、ロレンス殿、怖い顔をして」


 ガガバドがロレンスのただならぬ表情に気付く、ガガバドの質問にロレンスは訊き返す。


「あそこの、いちばん端に居る黒髪の子供、名前は?」

「ええっと確か、ラーニャですね、それが何か?」

「お前らは知らないか……」

「なんスか、ロレンスさん、あの子がどうかしましたか?」

「あの子はおそらく、放浪の民〈ホロウ・アハ〉だ」

「放浪の民?」とガガバドが訊き返す。

「南の大陸、広く生活圏を持つ『国を持たない最大の民族』と言われている連中だ、彼ら独自の生活風習を持ち、大陸中に散らばっている利点を生かして、情報収集と横流しを生業としているらしい」

「それが?」

「ここ最近、ラバール港に、彼らの集落が出来つつあると言う話を耳にしてな、まさかと思うが、間諜の可能性がある」

「まさか……」とロレが苦笑い。

「用心に越したことはない、二人とも何で喧嘩しているか知らんが、言われた仕事はしろ、いいな」

「はい」とガガバド。

「いや、喧嘩なんかしてないが」とロレ。


 やれやれと言った顔をしてロレンスはため息を付くのであった。



 さて、始めるか。

 カムイは背伸びをして包丁を取り出す。


「カムイさん、最初は何をするんだい?」

「ああ、レミー、まずはオレンジの皮を摩り下ろして、実は絞ってください、その間におれが一品目のスープを作ります」

「あいよ」


 バルンザも指示を出して調理を開始する。

 ふん、甘い男だ、何か勝つつもりはないだ、この世界でそんな甘い考えは命取りだ。

 この地位は絶対に渡さないぞ。

 バルンザは視線をチラッとカムイの方に向けるとあるモノが視界に入る、大工衆が使う木を削るかんなを取り出したのだ。

 何をする気だ、と思った瞬間、カムイは鰹節をかんなで削り始めたのだ。

 鰹節を削っている、何に使うつもりだ。

 カムイは二つ三つと削り続け、ボール一杯の鰹節を削る。

 それを沸かした湯に昆布を入れ、しばらく煮出した後、ふっと直前で取り出して先程の鰹節を全て入れる。

 まさか、あれでスープを作るつもりか。


「料理長、な、何なんすか、あれは?」

「知らん、気にするな!」


 負けてたまるか。



 カムイは良い具合に色、香りが出たとこで、布越しをする。


「いい香りだね、で、この汁でどのようなスープを作るのさね」

「いえ、こちらは今晩の夕食に使いますので、こちらは使いません」

「へえ?」

「目的はもう一度この昆布と鰹節から二番出汁を取ります」

「はあ、でも、それじゃあ、薄くなって」

「それでいいのです、それよりオレンジの方は?」

「ああ、出来ているさね」


 そう言って細かく切ったオレンジの皮と搾り汁を見せる。


「いいですね、では次にこれに杏子アプリコットを入れて煮てください、沸騰したら呼んで下さいね」

「わかったさね」


 その間に肉の準備、羊肉ラムのスネ肉取り出して、筋切りを行い、塩を振る。

 温めた、フライパンにオリーブを引き、刻んだニンニクを入れる。

 ニンニクの香りがしたら、羊肉ラムを入れて両面を軽く焼いたら、先程の温めたオレンジの汁と共に入れコンソメスープも入れて煮る。

 煮ている間に、スープの仕上げに入る、取った二番出汁にカブと茹でたカブの葉を入れて一緒に煮立だせる。

 そして最後は、デザート作り、黄身と白身を分け、白身をひたすら掻き混ぜる、掻き混ぜながら、ハチミツで作った甘露煮シロップを入れながら再度掻き混ぜる、それをひたすら繰り返し、卵白が泡立ち雪のような木目細かい泡が出来る、角が立つぐらいになったら、それらをおレードルに掬い、お湯に落とす。

 

 バルンザは二人しかいないのに素早い動きで次々と作っていくその姿を見て、この男はと関心と嫉妬の渦が同時に巻いていた。

 こんな若造に負けるか、バルンザも料理のスピード上げる。

 それに合わせるかのように、部下たちも手の動きを速める。

 それを見ていたレミーとカムイも感心する。


「何だかんだと言っても、やっぱり、料理人だね、素早いさね」

「ええ、やはりバルンザさんはスゴイ料理人ですよ」

「何感心してるさね、あんたはアイツから料理長の椅子を奪うだろうさね」

「アハハハ、そんなつもりはありませんよ」

「ありませんって……」

「さっきも言いましたがおれは、今日来たお客様が満足してもらって、事だけを考えています、あわよくば、また食べたいと思ってくれれば、それだけでいいです」

「あんたは、欲がないと言うかなんというか」

「アハハ、」


 カムイとレミーは笑いながらも、料理を作る手を止めなかった。



 完成した料理を台車に乗せて食堂に運び込まれる。


「では、わたしから、まず一品目の野菜スープ、『白アスパラガスのスープ』です」


 例の少女を除き皆が驚いたような目でバルンザを見る。

 それもそのハズだと、カムイは思った。

 この世界では高級品であるアスパラガス、さらに軟白栽培をしているホワイトアスパラガスは普通のアスパラガスより三倍の値段が付く。

 それをピューレ状にしてスープにしたのか。


「うん、美味しい」

「白アスパラガスってこんな味がするんだな」

「甘い、どんだけのハチミツ入れたんだ」

「たぶん、味付けは塩だけ」

 

 と、例の少女が呟く。


「この甘みは、野菜本来の甘さ、他に入っているのは牛の乳に、バター、後は野菜から採った出汁、それを混ぜている」

「なるほど、野菜のうまみが溶け込んだ、スープと言うことですね、バルンザさん」とシルフィーナ。


 ふふ、どうだ、ハマールの料理人、とバルンザはカムイの方を見るがカムイはニコッと笑って返される。

 どこまでも余裕のような顔をして、とバルンザは怒りが込み上げる。


「では、カムイ。あなたの料理を」


 カムイは審査員全員にスープを配る。

 配膳されたスープを見て皆が困惑する。

 困惑して当然だ、バルンザの料理に比べてその料理は明らかに見落とししているし、何よりもインパクトがなかった。


「カムイ、この料理は?」


 シルフィーナの質問に、カムイは自信をもって答える。


「はい、カブの澄まし汁です」


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