表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/31

十二話:脱出 前編

十二話:脱出 前編





 カムイが部屋に駆け付けると、ドアが半開きの状態だった、その周りには水溜まりが散乱しており、近くにはその水元となったであろう、桶が落ちていた。

 二人は中に居るのか、カムイはホルスターから拳銃を抜き取り、薬室内に弾が込められているのを確認する。

 深呼吸した後、ゆっくりとドアを開けて中に入ると、目の前に人が倒れていいた、慎重に近づくと倒れている人間は見知った顔だった、ロレだ。


「ロレ!」


 カムイはロレの安否を確認しようと近づくと、うつ伏せに倒れているロレの下にもう一人、倒れていた。


「フォルスさん?」


 ロレが覆いかぶさるようにフォルスが下敷きになっていたのだ。


「カムイさん、早く、この人、どかして!」

「一体何か?」

「いいから早く! 重たい!」


 カムイはロレをどかして、フォルスを助けるがカムイは直ぐに顔を背ける。

 フォルスの服が乱れ、あられもない姿だったからだ。

 彼女も服が乱れていることに気付き、胸元の谷間を隠す様にする。

 カムイはロレを抱えて一旦外に出る。

 ロレの額は赤く腫れている、何かに殴られたような跡だ。

 カムイは持っていた手拭いでを残っていた桶の水で濡らして、額に乗せその場で横にさせる。

 一息付いたところで、ドアが開き、フォルスが「どうぞ」と言う。

 フォルスはため息を付きながら、ベッドに腰を下ろす。


「一体何があったのですが」


 そう、質問するカムイに対して、フォルスはやや疲れ気味の声で説明しれくれた。


 桶を持ってきたロレは、フォルスに手渡し「おれは外で待っているから、終わったら言ってくれ」とロレは、いやらしいニヤケ顔で言ったそうだ。

 フォルスは、覗かれないか冷や冷やしながら、体を拭き終わり、服を着て外に出ようとした時だった、『アレ』が出たらしい。


「アレ?」

「決まっているでしょう! ゴキブリよ! ゴキブリ!」

「ああ」


 何となく、その先が読める。

 ゴキブリに驚いたフォルスが悲鳴を挙げ、何かあったのではないかと飛び込んできたロレに額にゴキブリが止まり、フォルスは鞘に収まった剣を手に取った。

 鬼の形相で迫る、フォルスにロレは恐怖を覚えた。


『フォルス嬢、な、何を?』

『ロレさん、そこを動かないでください』

『いや待て、その剣はなんだ! それで何をするのだ!』

『大丈夫よ、少し頭の骨が砕けて血がブシュ―っ! と、出るだけだから、人間は死なないでゴキブリだけが死ぬから』


 敵を討ち果たさんばかりの形相は、ロレは足が竦んで動けなかつた。


『全然、大丈夫じゃねえ!』

『一刀両断!』


 それがロレとフォルスの悲鳴の正体だった。

そして現在に至るという訳か、カムイは廊下に倒れているロレを見て、自業自得だと思った。


「災難でしたね」

「災難よ」

「でも意外でしたね、騎士のあなたが、虫が苦手とは」

「わたしが苦手なのは虫じゃなくて、ゴキブリよ、あれだけは、どうしてもダメ、身の毛もよだつ」


 ゴキブリのことでも思い出したのか、両肩を抱えながらフォルスは身ぶるしいていた。

 カムイは、それが少し可笑しく、つい笑ってしまう。


「何が可笑しいのですが」


 フォルスの苛立つような声にカムイは笑うのをやめて言う。


「失礼しました、フォルスさんも女性らしいな、と思いまして」

「……女性らしいって何よ」


 フォルスが何かボソッと呟くがカムイは聞こえていなかった。

 カムイは廊下に寝かしているロレを、部屋に入れようとして、まるで地響きの様な聞いたことのない音が部屋中に響き渡る。

 音の発信源はわかっている、そちらに視線を向けると、フォルスが耳まで真っ赤にしているフォルスと目が合う。

 

「何か持って来ます」

「……よろしくお願いします」


 フォルスの腹の音は、表現が悪いがとにかくよく響く。

 初日の夜に、最初聞いた時は獣の遠吠えか何かと思ったほどだ。

 二日目にして、その音の正体がフォルスの腹の音だと知った時は、流石に驚いたものだ。

 カムイは厨房に戻る、冷めそうになっているスープを温め直す。

 ふと、先程の現れた男の事を思い出す。

 あの男は一体何者だったのだろうか、カムイは自分の事を知っている可能性がある、でも、なんだろうか、この感覚は、カムイは心の奥から込み上げて来る嫌悪感が気持ち悪かった。

 どこで、会ったのだろうか、そこであの男が言っていた事を思い出す。


『南米でお前が作ったモノだろう』


 言っていた、では、やはり彼は日本人――

 そこで頭の奥で何かが警告を発すると同時に頭を殴られたかのような頭に激痛が襲う。

 カムイは呻き声を上げ、頭を押さえてながらその場に倒れる。


「カムイさん!」


 呻き声を聞いて来たのだろう、フォルスが厨房に入って来る。


「カムイさんどうしたんですが、しっかり」


 フォルスの声が聞こえるが、頭痛が激しい。

 割れるような痛みの奥で何かが目の前に浮かんで来る。


 森の中で、いや、これは熱帯雨林、ジャングルだろうか。

 目の前の視界が移動する、目の真似に同じ服装をした自衛官らしい隊員が四人居る。

 四人とも十代と思える程の若い隊員だった。

 どこかの廃屋だろうか、天井が無く吹き抜けの空には木の葉の間から強い太陽の光が廃屋を照らしていた。


「三佐、JTF(統合作戦司令部)から通信です『作戦は継続せよ』です」


 三佐と呼ばれた男はグループの少し外れた岩の上に居た。

 彼は振り向きもせずに「それだけか?」と通信をしている隊員に訊く。


「はい」


 それを聞いて隣の色黒の隊員が持っていた水筒を、森の奥へと投げ捨てる。


「本部はおれ達を見捨てた、こちらは動けないのに、何が作戦を継続せよだ」

「榎本三曹、現在位置は?」

「現在位置は、コロンビアとエクアドルの国境沿い山間部、このまま進み続ければエクアドルに越境する可能性が……」

「そうなれば、もはや本部からの支援は望めん、コロンビア政府との協定違反なりかねん」

「支援って何ですが」


 先程の水筒を投げた隊員が言う。


「コロンビアの国連平和維持軍(PKF)に紛れておれ達は、あの『稀代の頭イカレ野郎』の為にこの地に来た、だが、蓋を開ければ情報はダダ漏れに加えて、反政府勢力に包囲、挙句の果てには日本政府はおれ達を見捨てた、何が『支援はコロンビア政府に約束させた』だ、ふざけるな! クソッ!」

「無くなったモノを、願っても仕方ないだろう、とにかく、我々は『あれ』を回収しなければならない、そうしなければ、日本は、『世界を敵に回す』ことになる」


 『あれ』とは何だろうか、思い出せない。

 ふと、三佐と呼ばれた隊長らしき男がこちらに向く。


「飯は出来たのか」


 視界が、手元に移る。

 スープだ、今作っているとスープと同じ。


「ありがとう、すまないな――」


 名前を呼ばれたような気がする、でも、肝心のところが雑音が入り込み、聞こえない。

 次第に視界が薄っすらと曇り始める、そして、女性の声が聞こえて来る。


「カムイさん!」


 フォルスの声で視界がクリアになる。

 先程までの割れんばかりの頭痛は引いている。


「大丈夫です」


 カムイはフォルスに向かって言うが、フォルスは心配そうな顔でこちらを見ていた。


「本当に大丈夫です、頭痛、持ちなんですよ、おれは」

「ならいいのですが……」

「それよりも、これ、スープ、お腹減っているでしょう」

「今はスープではなく、あなたの体調の――」


 そこで再び地響きのような腹の音が厨房中に轟く。

 顔を真っ赤にして、フォルスは静かに無言で、カムイが盛ったスープに手にする。

 それをもって二人は部屋に戻る、未だにロレは気絶しているようだが、それに対して気にする素振りも見せずに、フォルス椅子に腰を下ろす。

 カムイはその隣の壁に腰を掛ける。

 彼女が一口、口に付けると緊張が解けたように、安らかな顔になる。


「不思議です、とても甘い」

「野菜をぶつ切りにして、煮込んでいますからね、汁に野菜のうまみ成分が溶け出しているんです」

「では、この甘みは野菜の」

「ええ、本来の甘みです、それを引き立てるように、干し肉の塩っけがさらにスープにコクとキレを出すんです」

「本当に料理は不思議ですね、ただ煮込んだだけでこれだけの味を出せるのですから」

「ええ、不思議で奥が深いです」

「一つ聞いていいですか?」

「はい」


 フォルスは一瞬困ったような顔をするが、意を決したかのように口を開く。


「料理人と言う仕事は、楽しいですか?」


 フォルスの質問にカムイは笑顔で答える。


「楽しいですよ、美味しいものを食べれば人は笑顔になります、おれは、その笑顔が見るのが好きで、楽しいんです」

「あの人と同じことを言うのですね」

「何か言いましたか?」


 フォルスの言葉が聞き取れない程の小声で喋ったので思わず、訊き返したが、彼女は笑って「いいえ、何も」と言った。

 その時の笑顔は赤い眼帯とよく似あっており、美しかった。



 王領である、ミストは中央部と西部の境にある王国直轄地である。

 東に王都の目印であるエビス山が見え、西には境界線であるトーヤ山脈が走る。

 ここから王都までは、徒歩で四日、馬で一日半と言ったところである。

 ミストの最大の特徴は王領の大半を占めるバズンコ湖である、この湖は塩湖で透明度も高く塩分濃度も高い、極めて良質な湖塩が取れる。

 その為、農業が基幹産業になる前は、塩田産業がパティール王国の基幹産業だった。


「ラバール港が領土として組み込まれるまでは、農民平民も関係なく、ここから採れる塩が唯一の味付けだったらしい」


 ロレは額を抑えながらこの国の歴史を説明してくれた。

 昨日のフォルスに鞘で殴られたことは覚えてないらしい、ロレはカムイに。


「おれ、一体何があったんだ?」


 カムイに訊いてきたのでこう答えた。


「お前が転んだ」と


 ロレは納得したようなしないような顔をしていた。

 翌朝、教会を出立してニ刻ほどかけてようやく到着したのである。


「じゃあ、今はバズンコ湖の塩田はないのか」


 カムイが訊くと代わりに応えたのはロレではなくフォルスだった。


「いえ、あります、今でも良質の塩が採れるので貴族や豪商、他国の王侯貴族まで買いに来る程に」

「へえーー」

「でも、今はその生産を指揮しているのが、カーベイン公だ」

「王国地の産業にどうして一領主が関わって来るんだ」


 カムイの質問にロレが答える。


「バズンコ湖の塩田はバターや小麦粉などと一緒で専売品だ、その専売品の管理を行っているが産業省、この産業卿がカーベイン公の弟に当たるんだ」

「弟を通して運営に口出しを?」

「それだけならいいがな」


 ロレは持っていたリンゴを半分に割り、それを胸ポケットに入れた。


「つまりこういうこと」

「利益の着服か!」


 カムイが声を荒げるように言うと、フォルスが冷静な口調で言う。


「塩田産業だけではありませんよ、その他の省庁は全てカーベイン公の息の掛かった人間、もしくは親族で占められています、事実上、王都の中枢部はカーベイン公の支配下にあります」

「なんですか、それ」

「だからだろうな、今回のハマールでの戦いの後にラバール侵攻、長年計画していた国盗りを行う絶好の機会だからな」


 国王所有の別荘はミストの外れにあり、小高い丘の上にある。

 赤い屋根の別荘は厳重な塀に囲まれ、頑丈な鉄格子の門に守られている。

 別荘に近づくとロレが急に止まり、何かを遠くから眺めている

 ロレはばつが悪そうな顔をして呟く。


「遅かったようだ、フォルス嬢、あの旗、見えますか、左の屋根の」


 ロレが差すように、先を見て、フォルスの顔色が変わる。


「三頭首鷲の旗、カーベイン公の旗ですね、」

「ああ、先を越されたようだ、どうします?」


 ロレはフォルスに訊く。

 どうやらこの会話の頭数にカムイは入っていないようだ、それもそうだろう、カムイは料理人、戦いは素人だ。

 そんな事を考えていると、フォルスが冷静な口調でロレの質問に返答する。


「真正面から行きましょう、わたし達はジルマ殿下の命令と国王印が押された命令書を持っていますから」

「それでうまくいくと思うか? フォルス嬢、おれ達が旦那様の配下だと知った途端に追い返されるのがオチだ」

「では、どうするです」

「そうだな……」


 辺りを見渡したロレは一点に目が留まり、しばらく考え込むふりをして、カムイに視線を向ける。

 何となく嫌な予感がする、ロレは小高い丘の下に自生している、天まで届きそうな大木を見ていた。

 カムイの悪い予感は現実のものとなった。



 パティール王国の王女、シルフィーナの侍女である、アマンダ淹れたての紅茶を浮かない顔をしている主に、差し出す。


「ありがとうアマンダさん」


 紅茶を啜り、安堵の笑顔を見せる、長い銀髪と宝石の様に美しい碧眼は、やはり笑顔が似合う。

 ここに来てから笑顔が極端に少なくなった、少なくなった原因はこの館の警護に付いている、カーベイン公の息の掛かった兵士達と王妃にある。

 シルフィーナの母親、王妃であるベルニカ妃と過ごすために来たが、到着早々、王妃は娘に会わず、自室に籠ったきりだ。

 何度か扉の前でシルフィーナが声を掛けるが、生半可な返事をするか、無言が多かった。

 そうこうしている内にラバール軍の侵攻の知らせがこの館に届けられ、翌日、館の警護と言う名目で、カーベイン公の兵が来たのである。

 しかし、本当の目的はシルフィーナ達の監禁であることは一目でわかった。

 シルフィーナの居室の前に数名の兵士、出入りする際も、その兵士に許可を貰わなければならない。

 侍女である、アマンダでさえ、館内を自由に出歩けないでいる。

 これを監禁と言わずして何という。

 ここ、二日程自室に閉じ込められ母親に会う事すらできないシルフィーナの笑顔が少なくなるのは、当然である。

 アマンダは飲み終わったカップを片付けながら、シルフィーナの顔を見る、不安げな顔をしている訳ではない、どこか、遠くを見ながら考え事をしているように見える。

 ふと、彼女と視線が合う。


「どうしたんですか、アマンダさん」

「いえ、別に……」


 何を考えているのだろうか、戦場に行った父親である国王を心配しているのだろうか、それとも、母親の事だろうか、彼女の顔からでは心の中までは、わからない。


「それより、少し小腹が空いたわ」


 そう、ボソッと呟く。


「では、なんか作って参ります」


 アマンダは一礼して部屋を出ると、扉の前に大きな壁が立ち塞がる、いや、壁ではない、人である、自分の身の丈の倍以上はあるのではと思う程の大柄の鎧を着た男が立っていた。


「どこへ行く」


 低く重い声で大男はアマンダに質問する、アマンダ、怯えながら冷静な口調で言う。


「厨房へ、姫様に食事を」

「朝飯を食ったばかりだろう」

「軽い昼食です、では」


 そう言って大男の脇を擦り抜けて、厨房に向かう。

 どうも、あの男が好きになれない、自分を見る目がどうもいやらしい。

 そう思いつつ、厨房に向かう。

 ふと、そこで、あることを思い出す、二年ぐらい前だろうか、ハマール領に赴いた際に同じような大男が居た、料理人カムイだ。

 彼もなかなかの大男だった、あの男とは違い、どことなく紳士的で優しい男と言う印象がある。

あの男と偉い違いだ、アマンダを厨房に向かいながらそんなことを考えていた。





 シルフィーナはバズンコ湖の美しい風景を見ながら、どうやってこの屋敷から脱出するかを考えていた。

 ラバール軍の侵攻に連動するかの様に、この館に兵を配置したカーベイン公のやり方、どう見ても、裏で繋がっているとしか思えない、カーベインに付いては父親であるカルマから何も聞かされていないが、宮殿内に居る限りその噂は耳に入って来る。


「国盗りを始めるつもりね」


 だとしたら父が危ない、早くここから脱出して父上の元へ向かわなければない。


「この国の為にも、お父様には生きてもらわなければならない」


 そうではなくては、この国はカーベインの手に落ちる。


「それだけは……」


 ふと、窓の外の兵士が慌ただしく動いていることに気付く、カーベインの兵士が何か話すと正面の門へ向かう。

 何があったのだろうか、外の状況を確かめようと、窓に手を掛けた瞬間だった。

 何の前触れもなく空から何かが落ちて来たのだ、最初は熊かともったが、どうやら違うようだ、よく見ると人だ、斑模様の革鎧に同じ模様の兜を被った兵士である。

 そしてそれは見知った顔だった。


「クソっ! ロレの奴、二度と木登りはしないからな、絶対に!」

「カ、カムイさん?」


 忘れるはずもないこの大男の事は、伯父であるジルマの専属料理人、カムイだ。

 ボサボサ頭の黒髪を摩りながら黒い瞳がこちらに向く。

 カムイは、姿勢を正し一礼する。

 何故、カムイがここに居るのか、いや、そもそも、どうして空から落ちて来たのか、シルフィーナにはわからないことだらけだ。


「お久しぶり、シルフィーナ王女殿下」

「ええ、お久しぶりね」


 何をどう答えていいのかわからず、思わず有り触れた返事をしてしまった。

 シルフィーナは頭を下げるカムイに頭を上げるように言い、部屋の中に入れる、外の居たままでは何時、カーベイン公の兵士に見られるかわかったモノではないからだ。

 部屋に通された、カムイは安堵の表情をする。


「カムイさん、あなたがどうしてここに居るの?」


 安堵の表情を打ち消すようにシルフィーナは思っていること訊く。


「我が主、ジルマ・パティール公爵の命に従い、王女殿下と王妃様を保護しに参りました、我らと共に、ここから脱出致しましょう」

「我ら?」


 複数形であることに疑問に思ったシルフィーナがそう言うと、カムイは、ジルマの従者であるロレと、ガンダルフ将軍の配下の女騎士であるフォルスと共に、ここへ来たことを伝える。

 シルフィーナは頷きながら、装飾された椅子に腰を掛ける。


「話は理解できました、でも、どうやってここから脱出するのですが、ここにはカーベイン公の兵士が三十人近く居ます」

「外で、ロレとフォルスさんは騒ぎを起こしています、その隙に逃げます」

「では、外の騒ぎは?」

「はい、二人が起こしています」



 カムイが館に忍び込む少し前に遡る。

 ニヤケ顔でロレはカムイの肩に手を乗せながら、静かに言う。


「カムイ、お前、木登り得意だったよな」

「何故、出来ること前提で聞いているんだ?」

「いや、おれは高い所苦手だし、フォルス嬢は?」


 ロレが訊くと、フォルスは首を横に振る。


「したことが有りません」


 それを聞いたロレはカムイの方に向き直り、まるで悪戯をする子供の様な顔で言う。


「消去法でお前しかいない」

「三人で消去法もないと思うが、で、まさかと思うが、登って侵入しろと?」


 カムイがため息交じりで訊くとロレは首を縦に振る。


「そうだ」

「浅はかだ、外にも見張りは居るだろう、それはどうする?」


 率直な意見を言う、門のところに見張りの兵士が二名いる、その他にも館内の何人かいるハズである。

 それらをどうにかしないと、脱出も出来ないハズだ。

 カムイに言われて、ロレは赤毛の混じった茶髪の髪を搔きながら、周囲を見渡す。

 ふと、ロレが再び視線が一点の方に向かって止まる、それは荷馬車から船に、荷物を積みかえている隊商だった。

 ロレはその一団に近づくと、何かを話し込む、遠目から見ている限り、何度か怒鳴り合っていたが、しばらくして、一団のリーダーと思われる人と、ロレが握手を交わして、戻って来る。


「あの馬車を借りることが出来た、フォルス嬢にお願いがある」


 フォルスは首をかしげながらも「お願いとは」と訊き返す。

 ロレは静かに言った。


「ちょっと、おばあちゃんになってもらう」



 館の入り口で、見張りをしている二人の兵士は暇で仕方なかった、欠伸を噛み殺しながら交代の時間まで、街道正面に広がるバズンコ湖を眺める。

 二回目の欠伸を噛み殺そうとしていた時だ、視界に荷馬車が入った、しかもこちらに、向かって来る様だ。

 二人の兵士は向かって来る、荷馬車を止める。

 どうやら乗って居るのは老夫婦の様だ。


「ここは、国王陛下の館だ、許可のない者は、近づくな、引き返せ」


 一人の兵士がそう言うと、老夫婦は互いの顔を見て困ったように顔する。


「聞こえなかったのか、引き返せ」


 引き返すように再三言うが、老人が荷馬車を降りて兵士に言う。


「そいつは困ったな、毎年な、国王陛下がこの館に、葡萄酒を納入するように言われて来ているんだ、パティール臣民として、丹精込めた作った葡萄酒だよ」

「そんなことは知らん」

「お前さん、ここの守衛さんじゃあないな、前の守衛さんはどうしたんだい? 彼なら、陛下が不在でも貯蔵庫まで通してくれるんだけどな、彼はどうしたんだ?」

「前の守衛は休みだ」

「そうなのかい、なあ、婆さんや、どうしようかね、このままじゃあ、暑さで葡萄酒がやられちゃうな」


 婆さんと呼ばれた老婆は静かに頷きそして困った顔をする。

 兵士達はここから立ち去れと、手振りで伝えるが、老人たちは引き下がらない。


「困るんだよ、これの代金貰わないと、明日には住み慣れたこの地から離れなきゃならんのに、知っているかい、守衛さん、なんでも西でラバール大軍が攻め手来たって話じゃあないか、ここも何時、戦に巻き込まれるか……」

「ならなおさらだ、我々は忙しい、去れ」

「そんな、ここの代気なければわしらは一文無しです、何とかしてくださいよ、なあ」


 喚き出した老人を相手にするのは面倒だ、兵士はそん判断して「さっさと済ませろよ」と言って、中に通してくれた。

 老人は再び荷馬車に乗ると、館の敷地内に荷馬車を進める。


「入ったぞ、カムイ、見計らって降りろよ」


 年老いた老人の声から、青年の声に変わる。

 老人に扮していたのはロレだった、彼は声と顔を変え老人に化けていたのだ。

 葡萄酒の樽の間に隠れていた、カムイが顔を出す、まさかこんな簡単に中に入れるとは思っても見なかった。


「雑な警備で良かったな」


 老人顔からロレの声がするのは違和感があるが、それよりもロレの変装ぶりには舌を巻く。

 老人に化けて中に入り込むと言った時は、少々驚いたが、その変装術は完璧だった。

 まず、鶏肉から皮を剥がして、それを湯に付ける、鶏皮が白くなったら、それを取り出して、接着剤代わり木材の仕上げ用に使うニスを顔に塗り、鶏の皮をくっ付ける、そしてその上から化粧をすれば、どこからどう見ても老人と老婆に見える。


「カムイ、頃合いを見ておれ達が騒ぎを起こすから、その隙に頼むぞ」

「わかっている、合流場所は、さっきの場所だな」

「ああ、あの埠頭だ」


 カムイは荷馬車から降り、館の真横に大きく根を張った大木にしがみ付き上り始める。

 そして今に至るという訳である。


「わかりました」

「では――」

「でも、もう少し待ってもらえないでしょうか、今、アマンダさんか厨房に行ったばかりですので、戻って来るまでそれに母上を置いていくことは出来ません――」

「時間がありません、この間にもロレ達の身にも危険が増しているのです、殿下、行きましょう」

「ごめんなさい、カムイ、わたしは母上とアマンダさんを置いては行けません」


 カムイは動かんぞと言わんばかりの強い口調で言うシルフィーナに、困惑する。

 ボサボサ頭を掻きながら、カムイは妥協案を出す。


「では、この部屋を出て厨房に向かいましょう、今も何か作っているのなら、厨房に居るハズです、そこでアマンダさんと合流した後、王妃様の元へ、それから脱出する、どうでしょうか」


 カムイの提案に、どこか迷うような顔を一瞬だけだが、目つきが変わり意を決したような顔を付きになる。


「わかりました、その案で行きましょう」

「はい」

「ところで、カムイさん」

「はい」

「大分、言葉が喋れるようになりましたね、見違えるようです」

「わたしも、同じ気持ちです、殿下は二年前と比べて見違えるように美しくおなりになりました」

 

 シルフィーナは想像した言葉より意外な言葉が返って来たので、彼女は少しだけ戸惑った顔をする。

 シルフィーナは照れながらも感謝の言葉を贈る、今までのより、少し深めの笑顔で。


「ありがとう、カムイ」





 王女の部屋の前を警護している兵士は、部屋内から叩かれたノックの音で振り向く。

 どうしましたかと訊くが返事がないので、仕方なくドアを開けると目の前に見知らぬ男が立っていた、黒髪のボサボサ頭の大男、兵士は声を上げようとして口を開きかけたが、下から抉り上げるような、鋭い拳が顎の骨を砕く。

 兵士は一言も発することなく、痙攣しながらのけぞる様に倒れた。

 殴ったカムイは拳を痛めたのか、左拳をブラブラさせる。


「大丈夫ですが?」


 シルフィーナは心配そうな顔で言う。


「大丈夫です、少し痛いですが」

「無理をなさらず」

「いえいえ」


 カムイはシルフィーナを連れて部屋を出る、やや大き目な廊下は、流石は王族御用達だけはある、綺麗で美しい赤い絨毯が敷かれ、彫刻類、そして絵が飾られていた。

 高そうな赤い絨毯を踏みしめながら歩いていると、カムイは一つの絵の前でその足を止めたのである。


「この絵って……」


 絵の前で立ち留まったカムイの隣に立ちシルフィーナは静かに説明した。


「これは、パティール王国を建国した初代王、アシダ・パティール王が空から舞い降りた時を描いた絵です」

「初代国王が立っているモノは……」

「俄かに信じられませんが、初代王は鉄の翼をもった、火の尾を持つ鳥に跨り、空から舞い降りたとのことです」


 シルフィーナの説明をカムイは半分も聞いていなかった、何故ならその初代王が跨ったとされているモノが、この世界にあってはおかしいモノだからだ。


 F-22戦闘機だ。


 絵の描写から見て間違いない、特徴ある緩やかな曲線と持ち、猛禽類を意味するラプターの名を冠せられた最強の戦闘機。


「しかし、初代王の間に子が生まれず、戦友である子を養子としたと言われています、つまり、今のわたし達王族の血には建国の祖である、初代王の血は流れていないのです」


 はにかみながら言うが、次第に決まりの悪そうな顔をして俯いてしまった。


「すみません、殿下、行きましょう」


 カムイは再び歩き出す、しかし、疑問が拭いきれない。

 何故、戦闘機が書かれているのか、もしかして、この国を作った初代王はおれと同じ世界から来たのか、もしそうなら、この世界にはもしかしたら、おれの以外にも同じようにこの世界に飛ばされて来た人がいるのかもしれない。

 そんな事を考えながら歩いていると、不意に袖を引っ張られる。

 カムイが振り向くとシルフィーナが「厨房はこっちです」と彼女は指をさしながら言う。

 

「すみません」


 誤ったカムイに対して彼女は問いかける。


「何を考えていたのですが?」と。


 カムイは考えた末「なんでもありません」と答えるしかなかった。

 答えようがなかったのだ、彼女に言っても信じてもらえないと思ったからだ、自分は「異世界から来ました」と。

 そんな訳のわからない言葉でシルフィーナを心配さ動揺せるよりは、何も言わない方が返って物事がうまく進むはずだ。

 カムイはそう判断したが、次のシルフィーナの言葉に、耳を疑う。


「カムイさん、あなたはどこの世界から来たのですが?」と。


 一瞬凍り付く、それはどういう意味なのか。

 カムイは汗ばむ手を握り、動揺する心を落ち着かせながら振り向く。


「何故、そう思うのですが?」


 喉に詰まりながらも出た言葉がこれだった。


「いえ、ただ、あなたはわたし達とは何かが違う、ここではない世界から…… そう思ったから」

「……気のせいです」

「でも――」

「例えそうだったとして、今は関係ありません、行きましょう、殿下」


 シルフィーナの顔は晴れない、カムイもまた同じである。

 自分とて知りたいのである、ここはどこなのか、自分が何者かを、でもその疑問は、広大な砂漠の中で米粒を見つけるより、遥かに難しい事なのかもしれない。

 でも、いつかは答えを知らなければならない。

 自分自身がここに居るためにも。

 

 ここまで人と出くわさなかったと言うことは、館内の警備は外の方に行ったのか、それとも別の場所を警備しているのか、厨房の近くに来るまでに兵士と出くわすことがなかった。

 それだけではない、館内が異様に静かなのだ、人の気配すらない、耳を澄ませば足音さえ聞こえて来そうな程に、まるで異空間に居るかのように。

 

「この先を右に曲がれば厨房です」


 シルフィーナがそう言いながら曲がろうとした時だ、食器などが盛大に割れる音が通路の奥から反響して響く。

 カムイは前を行こうとしていたシルフィーナの肩を掴み、カムイの後ろに下がるように言う。

 シルフィーナはカムイの背中に隠れる。

ホルスターから拳銃を抜き構えながらカムイは厨房へと進んだ。



 アマンダは、厨房で残っていた野菜をざく切りにし、塩とワインビネガーで味を調えたスープを作っていた。

 ビネガーの酸味の匂いと野菜の匂いが厨房全体に広がる。

 野菜が程よい感じで柔らかくなったのを確認して、さらに盛り付けようとした時だ、ドアが開き、先程の大男が入って来たのだ。

 ビックリとしたと同時に身震いがする。

 何か嫌な予感がしてならない。

 アマンダは盛り付け終わると、台車に乗せて大男の脇を擦り抜けようとするが、まるで熊にでも掴まれたかと錯覚する程の、大きな手に肩を掴まれる。


「放してください」

「……持っていく必要はない」

「えっ」


 言葉と同時に体が宙に浮く、女性とはいえ大人一人をまるで、人形を持ち上げるかのように、持ち上げ、そのまま、作業台の上にアマンダを叩き付ける。

 背中に痺れるような痛みが走る。

 呻き声を上げる。

 助けを呼ぼうと叫ぼうとしたが、大きな左手で塞がれてしまう。


「誰も、助けに来ない、来ても誰もおれを止められない」


 大男の右手が胸元の服を掴み、引き千切る。

 引き裂かれた服の合間から白い肌が露わになる。

 恐怖が心の底から湧き、涙で滲みながらも必死に抵抗するが、人離れした力にアマンダの非力な力では対抗できない。

 露わになった乳房を鷲掴みされ舐めまわされる、そのまま胸元から腹部へと行く、嫌な感触が脳裏に焼き付けられる。


「安心しろ、おれは女に優しい、気持ちよさでどうでもよくなる」


 大男がズボンを脱ぎ始めるのを見て、犯される、その言葉が浮かんだ時、左に手に冷たい感触、アマンダは無我夢中でそれを掴み、大男の脇腹目掛けて力の限り突く。

 大男は呻き声上げ、男の口を押さえつけていた手が弱まる。

 転がるようにして作業台から逃れる。

 握っていたのは、果物ナイフだった。

 アマンダの左手は大男の血で赤く染まっていた、それを見た途端に足が竦み動けなくなる、逃げなくてはいけないの、足が言うことを聞かない。

 動けと念じるが動かない、まるで足が自分の意思と分離して独立したような感じにとらわれる。

 動けとひたすら念じるアマンダの前に大きな影が近づく、顔を上げると恐怖が体の中を突き抜けて、恐怖で血の気が引く。

 目の前に鬼の形相をした大男が居た。

 大男はアマンダの細い首を掴むとそのまま持ち上げ、再び作業台に叩き付け、さらに頭突きをアマンダの顔面に減り込ませる。

 鈍い音共に、激痛が体中を突き抜ける。

 痛みの余りに声すら上げることが出来ない。

 鼻血が滝の様に流れ出る。


「このクソっアマァ! 黙って股開けばいいんだよ!」


 男はアマンダの足を掴み無理やり股を広げようとする。

 痛みの余りに既に抵抗の気力がない、もうダメ、犯される。

 そう思った瞬間だった、大男の頭から乾いた音が鳴り響く、その音と同時に大男が作業台からズレ落ちる。

 

「イピカイエーだ、クソ野郎ォ!」


 パンを取り出すときに使うパドルを持った男が居た。

 その声を聴いて一瞬誰だったか、思い出せなかった。

 男は窓のカーテンを引き剝がし、アマンダの肩に掛ける。


「アマンダさん!」

「姫様!」


 駆け寄って来たシルフィーナを見てようやく、安堵する。


「ああ、大丈夫ですが、アマンダさん」

「ええ、どうして、あなたがここに?」


 落ち着きを取り戻してようやく、自分を助けた男の名前を思い出す。

 カムイ、国王の兄である、ジルマ・パティール公爵の専属料理人。


「お助けマンとだけ言っておきましょうか」

「お助けマン?」

「まあ、こっちの話です、それより怪我はないですが?」

「ええ、だいじょ――」


 アマンダはその先の言葉が言えなかった、先程の大男がむくっと立ち上がったからだ。


「カムイさん! 後ろォ!」


 カムイが振り向くと切れのある拳が腹部へと減り込む、激痛を通り越して息苦しくその場で蹲る。


「殺してやる!」


 今度は上から下に振り下ろされる拳をカムイは、身を捻って躱す。

 床に叩きつけた拳から嫌な音が厨房内に響き渡る。

 苦痛に浮かべる大男、おそらく自分の拳が砕けたのだろう、痛みを堪えながらこちらに向けられる敵意は、背中から嫌な汗が滝の様に流れ出すのに十分だった。


「殺す!」

「拳の骨、砕けたのはおれの所為じゃないからな!」


 それが感に触ったのだろうか、鬼の形相で迫る大男。

 カムイは手元になったモノを投げつける、フライパンにおレードル、ナイフにフォーク。

 どれも大男の阻むことが出来ないし対して効果がない、そのまま襟元を掴まれ、持ち上げられる。

 大柄な体格であるカムイですら軽々と持ち上げる、大男。

 足をジタバタさせるが全く意味がない。

 大男はそのままカムイに投げ飛ばす、食器棚に叩き付けられ、中に入っていた食器類が散乱する。

 大男は腰に帯剣したい剣を抜き、カムイに迫る。

 やばい、と思った時だ。

 大男の後頭部に壺が当たり中に入っていた液体が飛び散りオリーブの香りが充満する。

 シルフィーナは咄嗟に近くになったオリーブオイルが入った、壺を投げつけたのだ。


「このガキ、殺す」


 大男の敵意はシルフィーナに向けられる。


「来なさい、あなた程度の男に怖気づくわたしではない」


 包丁を握りしめ、大男に向ける。

 彼女の目は、怯えている様子はなく、むしろ強気の目をしていた。

 その勇ましい姿を見た大男の顔色が変わる。


「いい根性だ、殺すのはやめだ、自分が女だったことを後悔させてやる」


 敵意から嫌らしい目つきに変わった大男は一歩、また一歩と近づく。


「たっぷり犯してから、殺してやる」

 

 シルフィーナに手を伸ばそうとした時だ。


「後悔するのはお前だ!」


 カムイは釜から赤く熱せられた炭化した薪を取り出して、それを大男に投げつける。

 頭に当たった、薪はそこから一気に燃え上がり、その炎は大男の体全体に燃え広がる。

 大男はその場で炎から逃れようと、のた打ち回る、大男そのまま窓から湖に向かって飛び降りた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ