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九話:軍靴の足音

パティール王国西部周辺図


挿絵(By みてみん)

九話:軍靴の足音





   パティール王国の西部・パティール軍ペシィ土塁



 ペシィ川に沿うように高い土の壁が築かれている、これはパティール軍が西部防衛の為に建設した土塁だ。

 このペシィ川の対岸には大国であるラバール神国がある。

 今から、百八十年前まで大陸の大半を支配下に置いた超大国だが、パティール王国が起こしたラバール神国王都侵攻作戦に伴い、その勢力は衰え、今は南西部を支配下に置く普通の国に戻り始めている、しかし、かの国は未だに、かつての王都奪還を諦めてはおらず、度々軍を起こしてはこのパティール王国へ侵攻している。

 西部防衛の要、ペシィ土塁、パティール王国にとっては、この土塁が抜かれると言うことは、西部一帯が戦火の炎で焼かれることになる。

 その城壁上の監視兵は、そのことがわかっていた、ここに努めることは西部を護るためであると、だが、監視兵の目に入った光景は、自分の目を疑いたくなった。

 まるで、神話で出て来る邪神ドットが這っているかのように、まだ夜も明けないペシィ川の対岸に無数の松明の列が出現したのだ。


「て、敵襲!」


 双子月の明かりの下で照らされた獅子の旗、ラバール神国の軍旗、そしてその軍旗の下に居るのは総勢十五万の軍勢だった。


「配置に付け! 急げ!」


 敵襲を知らせる鐘が鳴り響き、周囲一帯が厳戒態勢に入る。

 パティール王国西部方面軍総大将、ツナグ・グスマン将軍は土塁上に昇り、敵を見下ろした。


「グスマン将軍、敵はラバール神国、数は現在統計中ですが遠目に見る限り、十五万は居るかと思われます」

「早馬を至急王都へ、全軍に攻撃に備えろと言え!」

「ハッ!」


 兵士達が一斉に土塁上に昇り隊列を組み始める。

 皆、突然の戦闘配置に戸惑いの顔を隠せないでいる。

 恐れや怒り、焦り、不安。

 一人一人の兵士にその表情と感情が浮かび上がる。


「兵士達よ! 恐れるな!」


 グスマン将軍は感情に囚われた兵士達を鼓舞するために、声を荒げる。


「このペシィ土塁は作られた八十年、それまでに数多くの侵攻を食い止めて来た、今回も敵はこの土塁の硬さの前に、恐れと恐怖を覚えることだろう! 我らペシィ土塁守備隊の屈強なる強さを再びラバー――」


 グスマン将軍の演説はそこで途切れた、グスマン将軍の体が何かに引き裂かれ肉片を周辺に撒き散らしたのだ。

 何かが飛んで来たのだ、それが何なのかわからない、しかしそれは次々と打ち込まれて行く、その何かに土塁上の兵士達は悲鳴と共に体をまるでミキサーに掛けられるかのようにミンチにされていく。

 その夜は、土塁上はパティール王国兵の悲鳴と断末魔が響き渡った。



   パティール王国王都サイファル・王宮



 パティール王国国王、カルマ・パティールは溜まっていた書類の山に頭を抱えていた。

 各領主から上がる報告や要望書、各町村の長から上がる公共工事の申請書類、そして最大の悩み事は、四ヶ月前に北部で起きた『ハマールの戦い』における被った戦費費用負担と講和内容の審査と承認だ。

 特に頭を悩ましたのは向こう十年の食糧の無償援助だ。

 この『食糧』が最大の難問だった。

 ふと、トントンと叩く軽い音がドアの方から聞こえる、返事と共に入って来たのはカルマが最も信頼を置いている忠臣である、ビルヘイム・グランド子爵だ。

 蛇顔で気難しそうな顔を立ちをしている、周りからは国王の腰巾着と陰口を叩かれているが、カルマから言わせれば、それはお門違いだ、彼は彼なりに動いているし、カルマが間違った事をすれば、それを叱ってくれる。

 カルマにとって、ビルヘイムは忠臣であり心からの友である。


「陛下、ジルマ殿下は予定通り、今朝方、王都を発ちました」

「そうか、兄上にシルフィーナを会せてやりたかったが、今は城を離れているからな」


 一人娘のシルフィーナ・パティールは現在、王都北部にある別荘に居る、休養しているカルマの妻でありシルフィーナの母親である、ベルニカと過ごすためだ。

 普段、あの二人は顔を合わせることは少ない。

 いや、むしろ母親の方が会うことをしないのだ。

 元々、小国ペルマ王国の第六王女でいわゆる政略結婚だった、話によればベルニカは相思相愛の許嫁が居たそうだが。

 カルマは、再び溜息を付く。


「陛下」

「何だ、ビル、まだ何かあるのか」

「実は先ほど、カーベイン公爵がお見えになりました」


 カルマは再び頭を抱える、あの肥え腐った豚が、と罵ってやりたいが、それは出来ない。

 ルスー・カーベイン公爵、南部の大領主、カーベイン領を統治している。

 北部の一帯の領主の代表がハマール領であるように、南部の一帯の中心がカーベイン領である。

 その権限は強く、この国の主要大臣の殆どがこのカーベイン公爵の息の掛かった人間で占められている。

 彼を無視すれば南部一帯が敵に回ることになる。

 カルマはわかったとだけ言い、ビルヘイムに下がるように言うが、彼は下がらなかった。


「どうした、下がってよいぞ」

「陛下、単刀直入に言わせて頂きますが、今回の和睦の内容はジルマ殿下の独断が過ぎます」


 和睦の内容に不満の声が上がったのは知っている、しかしだ、四万も軍勢に攻められ辛うじて撃退することに成功した彼等から見れば「これぐらい、飲んでも良かろう」そう言うに違いない、いや、実際に言ったのだ、ジルマは、まったく悪びれる様子もなく、静かにまるで赤子に説明するかのように黙々と説明していた。

 無論、それは国王である自分への言葉ではない、この国に蔓延る無能な大臣達に向かって言っていたのは直ぐに分かった。


「兄上の説明には何の不備もない、北部を失うのを回避できたのも、間違いなく兄上のお蔭である」

「しかし、それでは南部の連中は黙ってはいませんぞ」

「口が過ぎるぞ、今はわたしとお前の二人しかいないが、お前の失態を望む者は多い、今、お前に居なくなられたら、この王宮は南部の独裁となる、それは貴様が一番分かっている事だろう、ビル」


 ビルヘイムは一礼して部屋を出る。

 カルマは再び溜息を付く。

 どうして、こう、上手く行かないのだろうか、カルマは心の中でそう呟く、カルマは立ち上がり、身なりを整える、とにかく今はあの腐った豚を何とかするしかない。

 カルマは意を決して部屋を後にした。





 カムイとロレンス、それからガガバドは簡易厨房の作業台でくたびれていた。


「ようやく帰ったな、ガガバドよ」と生気を失った様な声でロレンスは言う。

「ええ、まったく、その通りですね」とガガバドも言う。

「とにかく大変だった」とカムイは精根尽きたような声で言う。


 彼らが疲労困憊である原因は、ハフマン帝国皇帝、エファン・シラー・ハフマンがこのハマール城を訪れたことによる。

 訪れた理由は関税権に関することであったが、カムイの料理とブーケの強気の発言で何とか切り抜けることが出来たが、その後が大変だった。

 とにかくよく食べるわ、飲むわで、てんやわんやだった。

 公宮での食事が終わると、食べたりないと言って従者で護衛の騎士であるアクアとカムイ、それからロレンスとガガバドを引き連れて(半ば強引に)酒場に繰り出す毎日だった、しかもエファンはよく酒を飲む割には強くなく、深酔いすると所構わず脱ぎだす裸族属性があるから大変だった。

 脱ぎだす度にカムとアクアが必死でエファンを止めるのだが、武術の心得があるのか、止めようとするアクアを投げ飛ばし、カムイを雁字搦めにされ、それを見た客達が煽り、気分良くなったエファンが客達と飲み比べを始めるなどしてとにかく、毎日が殺伐としていた。

 

「あの、ロレンスさん、皇帝って暇な仕事なんですかね、かれこれ二週間もいましたよ、あの人」


 カムイは、今にでも倒れそうな声でうな垂れるように言う。


「忙しいに決まっているだろうが、まったくどうして」

「ご苦労様です、三人共」


 うな垂れている三人とは違って元気よくあいさつしたのは、城主代行であるカット・ブーケ、何だが機嫌が良い。


「何だが嬉しそうですね、代行」


 ロレンスが今にでも、こいつ殺してぇ、と言いたげな目線を向けるがどこ吹く風と言わんばかりに嬉しそうに答える。


「いや、実は三人目が出来たんですよ!」

「三人目?」

「子供ですよ」

「えッ! おめでたですが」とカムイが驚きの声を出す。

「そうなんですよ、いや、今度こそは男の子と思っているのですが、上の子は二人とも女の子ですから」

「お、おめでたですね、今疲れてなければ、お祝いの言葉を送りたいですが、今はそれどころではないので……」


 机にうつ伏せながらガガバドは虫の息の様な声を出す。


「まあ、それと、先程の早馬が来まして、ジルマ様が四日後に帰還なさいますので」

「そうですが」

「で、カムイ宛に言伝がありまして」

「おれにですが?」

「はい、えーーとですね『肉料理に食い飽きたからさっぱりとした魚料理が食べたい』だそうです」


 王宮では基本的に肉料理が中心であると主であるジルマ・パティールから聞いていたので、おそらく、王宮で飽きる程食って来たのだろう。

 ふと、あることを思い出した。

 シルフィーナ王女、銀髪で碧眼の可愛らしい少女。

 野菜好きでありハマール城に訪れた際には、お好み焼きを作った。

 今でも肉で苦労しているのだろうか、もしそうなら、今度会ったら野菜と共に何か魚料理でも作ってあげようとそんな事を考えた。

 カムイは背筋を伸ばして、深呼吸する。


「わかりました、今から食材を買って下ごしらえして置きますか」

「カムイ、おれにも何か元気が出るような賄飯を!」とロレンス。

「カムイさん、おれもお願いできますか?」とガガバド。

「はいはい、わかりました、作りますよ、ブーケさんもどうですか?」

「いや、今日は早く帰らせて頂きます、娘たちに夕食を作らないといけないので」


 ふと、皆の視線がブーケに集まる。

 ブーケ自身も気付いたのだろ、この変な眼差しを。


「あれ、何か変なこと言ったかな」

「いや、むしろ絵になるなと思って代行」


 ロレンスはおそらくだがブーケのエプロン姿を想像したのだろう、笑いを必死にこらえていた。

 ガガバドも同じらしく「そうですね、似合いそうですね」と腹を抱えながら笑いを堪えている。

 カムイだけは別で考えていたのはこの身なり、どちらかと言うとさえない痩せの管理職中年サラリーマンと言った感じの人がどんな料理を作るのか、少し興味が湧いて来た。


「あの、ブーケさん、おれ、付いて行っていいですが、何だがブーケさんがどんな料理を作るのか見て見たいので」

「えっ、まあ、構いませんけど」

「本当ですが!」


 カムイが声のトーンが上がるがそれを下げるかのようにロレンスが言う。


「やめておけ、カムイ、代行の家は遠い、東の村の外れだぞ」


 東村と言うと、ウブメ村だ。

 歩きなら三刻(約六時間)で馬なら一刻(二時間)かかる距離だ。


「随分と遠い所から来ているのですね」

「まあ、妻の生まれ故郷ですから」

「……いいですね、故郷」


 故郷、その言葉を聞くと考えてしまう、自分は誰かと。

 記憶が無い自分にはどこか故郷なのだろうか、元居た世界、それともこの世界だろうか、カムイは己がわからない、だから、時々考えてしまうことがあるのだ、自分は一体どこに帰ればいいのかと。

 ブーケは急に考え込む様な顔をしたカムイを見て、カムイの身の上のことを思い出し、話題を変える。


「まあ、もし行くのなら、準備した方がイイですよ、ここからは遠いですし」

「ええ、でも、自分は後から行きます、家の場所さえ教えてくれれば、何とかなります、それに先ほどから腹を空かして待っている人を、見捨てることはで出来ません」

「わかりました、では、先に行っています、ウブメ村に着いたら潜り門の前に居る占い師に訊いてくれれば、教えてくれるハズですよ」


「わかりました、では、後ほど」


 ブーケが厨房から去るとカムイは調理を開始する、と言っても今日の昼の内に既に粗方作っていたので後は温めて出すだけだ。


「イイ匂いですね、カムイさん、それは何ですが?」

「うん、牛スジの葡萄酒煮込みだ」


 食欲をそそる何とも言えない香りが厨房中に広がり始める。

 皿に盛られたアツアツの大き目な牛スジ、筋張って硬いと言うイメージとは裏腹にスプーンで実が裂ける程、軟らかく煮こまれていた。

 ロレンスとガガバドはそれをスプーンですくい一口食べる。

 その途端に二人の目が驚きの余り見開く。


「美味いですね、何とも言えない味だ」


 ガガバドが先ほどの疲れた様なとは違い、声に活気を取り戻しつつあった。


「ああ、スジ肉は固いハズなのに、ここまで柔らかいとは……」

「それは葡萄酒のアルコールの力です、アルコール類は肉を柔らかくする性質があります、一度、茹でる前に葡萄酒を牛スジに半刻程、漬け置きしてから下茹でして食べやすい大きさに切って、弱火で葡萄酒と共に煮ます」

「手間が掛かっているんだな」


 ロレンスが感心したような声で言う。


「手間が掛かる分、美味しさは倍増しますからね、何より美味いモノを食べるのは嬉しいじゃないですか」

「成程な、だからか」

「えっ?」

「お前さん、おれらが美味いと言った時、嬉しそうな顔をしていたぞ」

「えッ! そうですが、気付かなかったな」

「フムン、お前さんは根っ子からの料理人の様だ」


 ロレンスは真剣な声で言うが、カムイはその言葉にどことなくだが、違和感を拭いきれないでいた、でも、この違和感が何なのか、カムイはわからないままだった。





 ウブメ村には完全に日が沈み、月が半昇り始めた頃に付くことが出来た。

 村の外には芋畑が広がり、村の中央には長い年月を生きているであろう巨大な大木が立っていた。

 カムイはブーケが言っていた占い師を探す。


「確か潜り門の前って……」


 周辺を見渡す限り占い師らしい人影はどこにもない、どこに居るのだろうか、辺りキョロキョロと探し回っていると。


「もし、その方、わたしに何か御用かえ」


 背後から枯れた様な声がしてカムイが振り向くとフードを深く被った老婆が背後に立っていた。


「ええ、あの、ブーケ氏のご自宅はご存じありませんか?」

「ブーケねえ、知っているよ」

「すみませんが、家を教えてもらえませんか、ブーケ氏からあなたに聞くように言われたのですが」

「教えて欲しいかい? なら、ほれ」


 手を差し出す、教えて欲しければ金を出せか。

 カムイは懐から銀貨を一枚渡す。


「ブーケの家はこのまま真っ直ぐ行って、肉屋の看板を左に曲がった角だよ」

「ありがとございます」


 カムイは礼を言ってその場を離れようとするが、老婆はカムイの袖を引っ張る。


「あの、まだ何か?」

「少し占ってやろう、お代は結構だよ」

「え、はあ」


 何だ、このお婆さんは、カムイは不振に思うが、袖を引っ張る力がとても老婆のモノとは思えないほど力強く、振り払えそうない。

 カムイは諦めて老婆の方に向き直る、老婆はカムイの腕を見ると押したりと抓ったりといじくりまわす。

 なんだがくすぐったい感じがする。

 次に老婆は虫眼鏡で手相を見始める。


(手相占いか)


 日本でも一時期はやったらしい手相占い、その時おれはどうしていたのだろうか、ふと、そんな事を考えていた。


「フムン、お前さん、不可思議なモノが見えるぞ」


 唐突に言われ、苦笑いするがどうやら占い師は本気の様な眼をしている。


「な、何が見えますか」


 カムイは恐る恐る訊き返す。


「この世のモノではない何か、お前さんに生まれたと言う概念が無い、お前さんの今の意志は誰かから植えつけられたモノ、本当のお前は何も持っていない、空っぽの心、赤子のまま眠り続けている」

「それはどういう意味ですか?」

「そこから先を訊きたいのなら」


 老婆はしおれた手を差し出して苦笑いする。


「代金さね」

 

 ちゃっかりしている、カムイは手を引っ込めて言う。


「……なら結構ですよ、おれは過去には興味ありませんから」


 カムイはそう言って老婆の元から去ろうとするが「一つだけ忠告だ、お前さんには水難の相が出ているぞ、特に滝には近づかんことだ」


 カムイは苦笑いするしかなかった。



 カムイはようやく目的地であるブーケの家に着くが、ふと、ここで合っているのかどうか怪しくなった。

 ブーケはハマール領の事務方のトップである侍従長であり、ブーケと言う領名を持つと言うことは貴族の出であるとは思っていたのだが、この家はどう見ても普通の民家だ、唯一の違いと言えば隣の馬小屋がるぐらいだろうか。

 カムイは恐る恐るドアを叩く「はーい、どなたでしゅか!」と子供の声が聞こえて来る。

 開いたドアに先に居たのは小さな女の子だ、赤茶色の髪の毛に大きな真ん丸な目、歳は八歳ぐらいだろうか、ブーケどことなく似ている。


「あの、ブーケさん居ますか?」


 女の子にそう訊くと、なぜだが知らないが怖がった様子でこちらを見ていた。


「あ、あの……」


 手を指し伸ばした途端に泣き顔に成り、駆け足で家の奥へと消えて行く。


「えっ、ちょっと!」

「おっ父さん! ウパパ! ウパパ! アメリを攫いに来たよ!」


 駆け抜けて消えていった女の子は部屋の奥に居る誰かに叫んでいる

 ウパパって何だと思っていると、奥から先ほどの女の子を抱えたブーケが顔を出した。


「どうも、カムイ、驚かして済まないね」

「あ、いえ、別に……」


 気にしないと言おうとして、鼻腔を擽る良い香りがした、小麦とミルクの匂い。


「シチューですか」

「ええ、流石料理人ですね、匂いでわかるとは」

「まあ、でも、まだ、暑い日が続いているのに、どうしてですか?」


 抱っこされている女の子がブーケの服を引っ張りながら言う。


「おっ父ちゃん、このウパパはおっ母さんのシチューを攫う気だよ!」

「これこれ、この人はお父さんの仕事仲間だよ、度々済まないね、この子は一番下のアメリ、ほれ、アメリ、彼はカムイさん、お父さんのお客さんだよ」

「ウパパじゃあないの?」

「じゃないじゃない、普通の人だよ」


 何だが会話に入りづらいこの雰囲気。


「もう、お父さん、いつまでお客さんを家の前に立たせているの、早く中に上がらせてよ!」


 奥の部屋からアメリと同じ赤毛の少女が顔を出す、歳は十四、五と言ったところでアメリと同じ大き目な目が印象的だった。


「ああ、そうだね、カムイ、さあ、上がってくれ、エミリア、お客さんの案内を」

「案内って家はそれ程広くありませんよ!」

「あはは、そうだな、忘れていたよ、さあこっちですよ」


 ブーケに誘われるまま、カムイは家に上がる。

 通されたのは大き目なテーブルがある部屋だ、既にテーブルにはシチューと黒パンが置かれている。


「いらっしゃい、旦那がいつもお世話になっております」


 これまた二人の子供にそっくりな母親だった、赤毛の大き目な目の女性だった。


「妻のメルベッタです」

「ああ、どうも」

「さあ、お客さんはここに座って下さい」


 促されるように引かれた椅子に座る。


「さて、食べようか」


 ブーケが言うと皆がスプーンを手に取り、シチューを食べ始める。

 カムイもシチューに手を付ける、最初に感じたのは素朴な味、でも、崩れない微妙な味の匙加減、全体を乱すわけではなく、混ぜるでもなく、まるで、お互いの味が手を取り合っているかのような、素朴な味。


「美味い」


 カムイは本音が口から零れる。


「いえ、そんな、玄人から見たら素人の料理ですよ、しかも、わたしはこれしか作れないので、皆、食べ飽きていまして……」

「いえ、本当に美味しいです、人か作ったのを食べたのはこの国に来て初めて…… です」


 そう、カムイは基本的には朝食から夕食まで自分の分は自分で作っていた、この世界に来て四年になるが、グラメンテ以外で他の人が作った料理を初めて口にした。


「そうですか、玄人からお褒めの言葉が頂けるとはね、さあ、皆もお食べ」


 そう言うが、エミリアもアメリも無言で食べている。

 アメリは次第に黒パンをシチュー沈めて遊んでいる。

 本当に食い飽きているんだなとカムイはそう思った。


「しかし、ブーケさん、よく小麦粉が手に入りましたね、確か小麦粉は専売品のハズですが」


 パティール王国では小麦、チーズ、バター、香辛料などは専売品であり中央が許可した仲卸業者にしか販売は許可されていない。

 主な卸先は酒場や領主などの厨房、大商人などの屋敷などである。

 一般人が手に出来るのは主に大麦や雑穀、大豆、トウモロコシなどだけである。

 一領地の侍従長であろうと、一般家庭に小麦粉がるのはどういうことなのだろうか、カムイは不思議に思い訊いてしまった。


「ああ、この小麦粉は父からの贈り物ですよ」

「父?」


 首を捻るカムイにメルベッタが答える。


「この人はこう見えても貴族で、ブーケ領の領主の六男なんですよ」

「まあ、小さな領地ですが、麦農園をやっていまして、作って余ったモノを父が送って来るんですよ、無論、村の皆さんにもおすそ分けしています」

「だから、小麦粉があるのですが」

「ええまあ、そう言えば聞きましたか、北部一帯での脚気による死者の数が激変したと言うお話を」

「いえ」

「何でも、ジルマ様経由で北部一帯に麦系統の食事奨励を出したところ、脚気による死者どころか、発症者も減ったそうです」


 この国の一番の死因は脚気である、脚気はビタミン群の欠乏に起きる症状の一種であり、かつての日本も江戸時代から大正初期まで日本各地で発生していた国民病である。

 先も述べた通り、脚気の原因は主にビタミン群の欠乏、特にビタミンB群の欠乏が大きいとされている。

 脚気の治療法は食事療法が最も効果的であり、特にビタミンB群を多く含む雑穀、サツマイモなどの穀物類などを多くとることが最適である。

 しかし、この国では小麦、バター、チーズなどの麦類や乳製品の大半は専売品である為一般人の口に入ることは少ない。

 主にこの国国民が口にする穀物はライ麦であるが、主に黒パンやライ麦粥などにして食べている所為か独特の食感と硬さで、食す人が少なく、殆どの人が野菜粥や、干し肉などで済ませえる人が多い。

 その所為か、脚気は伝染病であるとこの国は昔から考えられていた。

 事実、かつての日本でも同じことであり、精米した白米にはビタミン群が殆ど無いのにもかかわらず、それを食し続け、明治になり白米の普及で全国に広がっていたのと合わせて脚気も全国に広がった、その性で、当時の日本では脚気は伝染病の一種ではないかと考えられたほどである。

 それは集団生活する軍隊で顕著に表れた。

 その中でも当時の日本海軍は西洋では脚気患者が珍しいとされていることに着目し後の『ビタミンの父』と呼ばれる海軍軍医将校高木兼寛は、麦飯やパンなどの穀物類を重点的に置いた食事を考案したことにより、脚気患者の減少に成功、日露戦争時には陸軍では多くの脚気患者と死者を出したが、日本海軍は軽傷脚気患者を出しただけで済んだのだ。

 カムイもこの国で死因の大半が脚気であり、しかも、伝染病であると信じていると知った時は、領主ジルマに、伝染病ではなく、栄養の偏りである、そう伝えたが最初は信じてもらえなかった。

 そこで、カムイは脚気患者を食事療法だけで、直すと宣言して、重度の脚気患者を食事療法のみで回復させることに成功、その成功例を元に領内の食事改善の奨励を引き出させたのだ。


「でもよかったですよ、これで食事療法が広まればより多くの命を救う事になる」

「まあ、でも、南部は今年も数多くの脚気による死者をだした見たいようすで、ジルマ様も南部の人達にも伝えたらしいのですが、聞く耳を持たなかったみたいです、特に、南部の大領主であるカーベイン公爵はジルマ様に対して『まったくの根拠なし』と言って聞く耳を持たないと言う感じで」

「南部と北部では経済格差がると聞いていましたけど、領地運営でも対立しているのですか?」


 頷いたブーケは軽くだがパティール王国のことについて説明してくれた。

 元々、パティール王国建国以来の領地が多い南部と新興領地が多い北部と分かれている、南部は南の大陸への航路であるラバール港を保有している為、海路貿易による利益がある、一方、北部も穀倉地帯であるが、交易路が友好国である小国、ペルマ王国以外の交易路が無く、ハフマン帝国、ガスダント帝国、キエフ大公国などとは戦が絶えない為、安全な交易路が無いのである。

 その為、北部は王都を通じて南部へと穀物輸出をしているのが現状だった。


「しかし、今回のガスダント帝国と和睦でリャラン流域の管轄権が手に入ったお蔭で安全な交易路確保されましたから、今後は南部との経済格差が無くなるとは思いますね、でも、しかし」


 言葉を濁したブーケにカムイは言う。


「南部がこのまま黙っているかどうか、ですか?」

「はい、今回の王都への招聘もおそらくその話が出たハズです、特に南部の顔役であるカーベイン公爵は北部の顔役であるジルマ様を目の敵にしていますからね」

「二人は仲が悪いのですが?」

「さあ、よくわからないのです、何でも奥方様との間で何かあったらしいと――」

「おっ父さん! ウパパと何の話!」と突然アメリが話に割り込んでくる。

「うん、お父さんは、お客さんと仕事のお話し中」

「仕事の話! つまんない! なんか面白い話ぃ!」


 どうやら二人の会話が理解できず、退屈で割り込んで来たらしい。

 それとも、父親とカムイが話しているのが気に入らないのか、まあ、確かに子供にはつまらない話であるのは確かだ。

 カムイは覗き込むようにアメリに顔を近づけながら言う。


「アメリちゃん、ウパパって何だい?」


 カムイがそう訊くとウパパは笑顔で答える。


「ウパパは優しい優しい鬼さん!」

「鬼?」


 カムイが首を捻るが代わりにエミリアが答えた。


「邪神ドッドの従者である鬼のことです、ここら辺の村では昔から、美しい娘を静かに攫って行く鬼をウパパと言うの、この子ったら、お父さんに『お前は可愛いからウパパに攫われるかもしれない』とか言われて喜んで、わたしも小さい頃は同じように喜んでいたから、今思うとすごく恥ずかしいけど、この子も大人になれば恥ずかしい思い出になるわ」

「ああ、黒歴史のような奴ですね」


 カムイは笑って言う。


「く? それが何だが知らないけどたぶんそんなモノよ」


 この会話を聞いていたメルベッタがクスクスと笑い出す。


「何よ、何で笑うのよ、母さんは!」

「いや、無理して大人ぶってるのが可笑しくて、ついね」

「ついって何よ! それにわたしはもう、十五よ! 十分大人よ!」

「はいはい、でも、アメリと同じようなことを言っていた時期が有った様な……」とメルベッタが言う。


 エミリアは不貞腐れたように頬を膨らませながら、シチューをかき込む。

 その脇ではアメリもエミリアを真似る様にシチューをかき込み、二人同時に咽る。

 ブーケもメルベッタもその光景を見て笑みが零れる。

 何だが、暖かい家族だなとカムイは思った。

 どことなく、懐かしくも遠い様な感じがする、そう思った一瞬だった、ほんの一瞬だがここではない違う風景が頭の中を過った、テーブルには四人前の食器、そして、小さな女の子と男の子、それにもう一人、綺麗な女性、顔がぼやけている、でも何か言っている、何を言っているのだ。

 女性はカムイを呼んでいる、名前を呼んでいた。



「カズくん、ご飯出来たよ! 今日はコロッケ、わたし達の思い出の――」



「ウパパどうしたの?」


 再び現実に戻って来た、また記憶が一瞬だが戻った、その度に大粒の汗を流しす。

 家族、おれの家族か、カムイは額の汗を拭い、袖を引っ張って心配していたアメリに礼を言う。


「ありがとう、大丈夫だよ」


 礼を言ったのにアメリの表情が浮かばなかった。


「どうしたの?」


 カムイがそう訊くと、意外な返事が返って来た。


「アメリが変なこと言うから、ウパパって言ったから怒っているの?」


 どうやら自分の表情まで気付かなかったらしい、今の自分は怒っている顔をしているのだろうか、ブーケの方に視線をやると、静かに頷く。


「ごめん、アメリちゃん、別におれは怒っているわけではないんだ、ただ、ちょっとアメリちゃんの家が賑やかで羨ましいと思っただけだよ」

「本当に?」

「本当だよ」

「良かった!」


 沈んでいた笑顔が蘇ると同時にアメリのお腹の虫が成る。


「えへへッ! お腹空いた!」


 安心した性かアメリの腹の虫の大合唱か鳴り響く。


「ちょっと、アメリ! アンタ自分の分食べたでしょう!」

「お腹空いたのは空いたの!」

「まあまあ、二人とも落ち着きなさい、お客さんの前よ、ねえ、あなた」

「そうだ、アメリ、我がままを言うな、お前の分だけいつも多めだろう」

「でも、空いたの! 何か食べたい!」

「そう言われてもだな……」

「じゃあ、何か作りましょうか」


 三人の会話にカムイが割って入る。

 ブーケは困った様な顔で言う。


「いや、でも――」

「元々、無理言って来た身ですから、何かお礼をと思っていましたし、それにお腹を空かせた人をほっと置けない性分なので、台所お借りしますね」


 そう言ってカムイは台所に向かう、一般家庭の台所は城の厨房とは違い、料理用の釜が二つあるだけだ。

 ブーケ家の台所にあるのは、卵、野菜の切れ端、芋、干し魚、それから黒パン、それから塩とワインビネガー、そしてオリーブオイルだ。

 さてさて、何を作ろうか。


「まあ、この食材で作れるのはあれだけか、さてと」


 カムイは包丁を手に取る。


「さて、調理開始だ」


 まずは、皮を向いた芋を茹でる。

 茹でた芋をすり鉢に入れ擂り潰す、その間に干し魚を水で戻し中骨や小骨を抜き、身を解す、先程の芋と野菜、それから塩を混ぜる。

 適度に混ざったら丸く成型する。

 黒パンを少し炙ってからおろし金で黒パンを摩り下ろしてパン粉を作り、丸く成型した種に衣を塗す。

 オリーブオイルを引いた鍋に種を入れてゆっくりと揚げる

 その間にソース作り、卵黄と卵白に分け、卵白は火を通して置く、卵黄はオリーブオイルとワインビネガーと共に混ぜマヨネーズを作り、焼いた卵白と混ぜてタルタルソース風にする。

 そして揚げた種を余分な油を落し、皿に盛り、その上からソースを掛ければ完成だ。


「お待たせしました、魚のコロッケ、タルタルソース風です、どうぞ!」


 アツアツのコロッケを見て、アメリは椅子の上で飛び跳ねる程、興奮している。


「熱いので、気よ付けてください」


 カムイが注意を促すがどうやら遅かったらしい、熱かったのだろう手に取ったコロッケがアメリの掌の上で踊っていた。


「アツアツ!」


 それぞれが手に取り、そして一口。

 ブーケ一家は声を揃えて言う。


「美味い!」

「流石は公宮料理人、相変わらず美味いな」

「本当に美味しい、こんなおいしいのは初めてかも……」

「美味しいィイ! おっ父さん! お姉ちゃん! おっ母さん! これ美味しよ!」

「はいはい、ゆっくり食べなさい」


 心温まる風景だとカムイは思った。

 そして同時に先程過った記憶が心の底から不安が込み上げて来る。

 おれには家族が居たのか、と。

 ブーケ一家の様にカムイにも家族が居たのだろうか、もしそうなら、今、彼女らは何をしているのだろうか、おれが居なくなった世界はどうなっているのだろうか、この心のシコリはなかなか消えることは無かった。





 カルマは王宮内に有る会談室にてカーベイン公爵と正面から対峙していた。


会ってそうそう出た最初の言葉が「陛下、常々申し上げている南部と北部の税制面についてそろそろ御決断を頂きたいと思い、こうして馳せ参じた次第でございます」


と肥えた体に似合った丸っこい顔から堂々とした言葉が出てカルマの目が僅かだが釣上がった。


「ルスー・カーベイン公爵、それについては再三申し上げたつもりだ、税制面での南部と北部とでは税収の差額が有り過ぎる、その差額を埋めるための税制改革だ、わたしは考えを変えるつもりはない」


 南部と北部の税制問題はこの国では大きな問題でもある、南部と北部を一律にすれば北部に大きな負担を掛けることになるが、だからと言って、南部に増税を図ればパティール王国の経済を支える南部が弱まる、経済力が無くなれば国力が自然と低下する。

 それ程までに南部と北部では経済格差が大きいのである。


「では、南部一帯の領主達は去年と同じ額の税を支払えと?」

「そうだ、北部はガスダント帝国の戦が終わったばかりだ、復興作業のこともある、南部には北部復興の為に今一度、忍耐を強いてもらう」

「納得致しかねます」


 カーベインは顔色を変えずに言う。


「何故、豊かに成ろうと必死に働いた者が多くの富を奪われなければならないのですが、これは余りにも不平等!いくら北部の顔役であるハマール領領主、ジルマ公爵が実の兄君だとして、これは余りにも優遇し過ぎているのではないのか!」


 怒鳴りつけるかのような大声で言うカーベインに対してビルヘイムも声を荒げる様に会話に割って入る。


「お言葉ですがカーベイン公爵、北部は南部とは違い国防の最前線なのです、北部はドッド大河を挟んで三つの大国と国境が接している、ハフマン帝国、ガスダント帝国、そしてキエフ大公国、これらの国々と紛争が始まれば交易路が閉ざされ経済活動が出来なくなる、ラバール港を持ち南の大陸への交易路が有り、戦が無い南部とは雲泥の差が有るのです!」

「黙れッ! 子爵風情が公爵であるわたしに指図するつもりかッ!」


 ビルヘイムの堪忍袋の緒が切れそうになったがカルマの左手によって何とか緒が切れずに済む。


「カーベイン公爵、わたしもビルヘイム子爵と同意見だ、南部と北部とでは地域性に大きな違いがある、これはどうやっても埋めることはできない、北部の復興の完了とハフマンとのリャラン流域の交易路が開通した際には、必ず北部も増税することを約束しよう、今は南部が耐える時だ」

「陛下、そのお言葉、嘘偽りはございませんな」

「ない、契約の神グッフェルに誓おう」

「その言葉お忘れなきよう……」


 重そうな体を翻しカーベインは部屋を後にする、丸っこい背中が見えなくなると汚い言葉で罵ったのはビルヘイムではなく、カルマだった。


「肥えた豚が、自分の利益しか考えない、あの男の腹回りの脂肪と同じぐらいの蓄えが北部には無いと言うのに……」

「陛下、今の言葉は聞かなかったことに致します」

「そうしてくれると助かる、ビル、お前にはいつも苦労させるな」

「いえ、わたしは陛下…… 友を大事に思うことに苦労などありません…… そうだろうカルマ」

「ああ」


 カルマにとって心の友と言えるのはビルヘイムだけだ。

ビルヘイムとは幼少期からの共に成長した仲だ、彼と共にならどんな困難でさえ乗り越えられるそう思える。

 カルマが即位するとなった時も、側近の誰もがジルマを説得するべきだと言ったのに彼だけは「王になるべきです、ジルマ殿下もそうお考えのハズです」と言ったのだ。


「ビル、わたしは兄上の様に自分の考えを自分で押し通すことが出来ない、だからこそお前が居ると助かる、これからも頼むぞ」

「はい」


 ビルヘイムが返事をした時だった、会談室のドアが開き兵士が慌てた様子で入って来る、何事だと怒鳴るビルヘイムに入ってきた兵士は深呼吸して答える。


「で、伝令! ラバール神国が西部に侵攻したとのこと、既にペシィ土塁は突破され西部の村々が焼き払われているとのこと! 現在西部防衛隊はドグマ要塞にて防衛網構築中、至急援軍!」


 カルマは椅子から立ち上がる、つい四カ月前にガスダント帝国と戦をしたばかりだと言うのに、額から嫌な汗が零れ落ちる。


「敵の数は……」


 カルマは驚きを隠す様にいつもの冷静な口調で言う。


「敵の数は約十五万とのことです!」

「十五万だと!?」


 余りの数に今度は驚きの声を隠すことが出来なかった。

 カルマは防衛の為に兵の非常招集を掛ける様に伝えると静かに椅子に座り込んだ。

 ガスダント帝国の時は四万の敵と兄は戦い勝った、だが自分は兄の様な軍略が無ければ用兵力もない。

 いつもなら、兵の指揮を任せるハズの大将軍であるガンダルフはジルマと共に北部防衛の戦力強化の為に派遣したばかりだ。

 カルマの頭の中は真っ白に成り始めていた。



 カーベインは薄らと笑みが零れていた、それを見た取り巻きの貴族達が背筋に悪寒が走る。


「さてと、あの王様はこの国難をどう乗り切るかな……」


 カーベインはカルマが敵襲を告げる伝令よりも二日ほど早くその事を知っていた。

 時は金なり情報もしかりとな、とカーベイン言葉に出さず心の中で呟く。

 この笑みが何を意味するものか、この時、取り巻き貴族も、国王カルマも、ビルヘイムも、兄、ジルマもシルフィーナもそしてカムイも知らなかった。



 このラバール神国の侵攻が彼らの、そしてパティール王国とその周辺国を大きく変える戦いとなったと、後の戦記に記される事となる。


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