7.できるメイドのソーニャ
『じゃあ、そろそろあたちたちも戻るでしゅよ』
『はいにゃーん』
ということで、私たちは来た道の大廊下を歩いていった。
衛兵の動きの癖がわかったので、戻りのほうが楽である。
十数分後にはカミルの居住区に到着できていた。
「にゃにゃーん」
モナックがカミルの居住区の扉を開けて、中を確認する。
私はモナックの後ろについて寝室への道を歩いていく……。
来るときに見かけたメイドたちはキッチンで何やら料理をしていた。
夜の賄いでも作っているのだろう。
「ばーぶ」
「にゃ……」
抜き足差し足と、音を出さないように壁際を歩いていく。
あともうちょっと。ベビーベッドまで帰ったら今夜はぐっすり眠れるぞ。
……そこに油断があったのかもしれない。
ふたりでこそーっと寝室に戻る直前。私は足元の違和感に気付いた。
なんだか粘つくような……絡め取られるような感覚に囚われたのだ。
『なんでしゅか、これ?』
『にゃ?』
その時、私は両脇をしっかりと掴まれて抱っこされていた。
「ふぎゃっ!?」
「お静かに」
びっくり仰天して振り返ると、そこには……カミルの腹心のメイド、ソーニャが立っていた。
鮮やかな青色の長髪とスタイリッシュな黒縁の眼鏡。
切れ長な瞳とカミルに負けず劣らずの長身はデキるメイドの雰囲気を全身から醸し出している。
さっき、昼にレインの元に向かう際もパイの籠を持っていたのもソーニャだった。
そんな彼女に……私は捕獲されてしまった。
モナックもあまりのことにびっくりして尻尾を立ててフリーズしている。
「鼠が出るという話を聞いて、魔法で警戒していたら……」
「ばぶ……っ」
しまった。さっきの粘りつくような感覚はソーニャの魔法だったのか。
カミルがどのような魔法を使えるのか把握していたけれど、ソーニャの魔法は失念してしまっていた。
「最近、ラミリア様の様子を見ておりましたが――もしかしてラミリア様はかなりの知能をすでにお持ちなのでは?」
「だぁー、うぅー」
どうするどうするどうしよう。ソーニャには外から帰るところを完全に見つかってしまっている。
だが、同時にチャンスでもあった。
もし上手くソーニャの信頼を得ることができれば、できることはぐっと広がる。
さっきドアノブで悪戦苦闘したのも、誰か協力者がいたら違ったかもしれない。
「……ばぶ」
私はソーニャをしっかり見つめながら頷いた。
「……ちなみにコレは足すといくつでしょう?」
突然、ソーニャは片手で人差し指を立てて、そのあとに三本指を立てた。
「だぁっ!」
私はびしっと四本の指を立てて答えた。
「確かに、ラミリア様はおわかりになられているようですね。失礼いたしました、本当に私の問いを理解しておられるかの確認で」
「ばぶ」
テレパシーを使えないとこういうところが不便だ。
だけど、ある程度の意思疎通は可能である。
「魔力のみならずラミリア様にこのような才覚があったとは。さっそく、皇妃様にご報告をしなければ――」
「ばーぶ!」
私を抱えたまま動こうとするソーニャに、服を掴んでストップをかける。
「ばぶ、だぁだっ!」
それは駄目だと私は首を振って抗議する。
ソーニャに事情を説明するのは見つかってしまったからだ。
そうでない相手にまで、まだ自分のことは知られたくない。
必死のジェスチャーにソーニャが目を細める。
「……このことは秘密にと?」
「だぁっ!」
ふんふんと頷く私。ソーニャが私の黄金の瞳を覗き込む。
やがてキッチンを背にする形でソーニャが目を伏せた。
「承知いたしました。皇妃様のご息女ラミリア様の仰せであれば。このことは私の胸に秘めておきましょう」
ほっと私は息を吐き、寝室へと抱えられていった。
カミルは不貞寝をしているみたいで、入ってきた私たちには気付かなかった。
そのままそっとベビーベッドに寝かされた私に、ソーニャが微笑む。
「では、おやすみなさいませ」
「ばぶぶー」
立ち去るソーニャに手を振り、見送る。
その後、寝室にモナックも入ってきた。
「にゃー……」
小さく鳴いたモナックが定位置のソファーに身体を横たえる。
ふぁーっと可愛らしくあくびをしたモナックからテレパシーが届いた。
『大丈夫にゃんかな?』
『わかんないでしゅ……』
とりあえずソーニャは今夜のことを秘密にすると約束してくれた。
それに目的だったパイも陛下に渡せたわけで。
『まぁ、でもとりあえずこれでいいでしゅよ!』
ということにしておこう。悲観的になっても仕方ない。
私の異世界ライフはまだ始まったばかりなのだから。
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