4.魔法を使ってみよう
翌日から私は赤ちゃんライフを遂行しながら、日々を過ごしていった。
その中でのスケジュールはこんな感じだ。
朝から午前はほぼカミルは部屋にいて書類仕事をしている。
公務は午後からが多いようで、その時にはカミルは私のいる部屋からいなくなり、代わりにメイドがそばにつく。
夜になるとカミルは戻ってきて、自己研鑽に費やす……というサイクルだ。
この中で私は私でできることを確認し、広げていかないといけない。
すぐに家族の仲をどうこう変えるのは無理だろうけれど。
それでもサボって惰眠を貪り、手遅れになりましたというのは避けたい。
一番の可能性はもちろんモナックだ。
彼女はだいたい部屋にいて、私の話し相手になってくれる。
前世の記憶が戻って三日ほど経って。
モナックはうきうき気分で朝食のステーキを頬張っていた。
『ふにゃ、今日のステーキは特別美味しいにゃん♪』
モナックの食事はメイドが用意するのだが、びっくりするほど豪華だ。
デミグラスソースのかかったレアステーキを前脚で器用に押さえ、モナックがかぶりつく。
頬がリスのように膨れながら、本当に嬉しそうにじっくり噛んでいた。
『うおー、いいモノ食べてるでしゅねぇ。私も食べたいでしゅー』
『……ラミリアちゃんはもうちょっと大きくなってからにゃん』
『うっ……』
私の食事は大人のものとは当然違う。離乳食完了期だっけか。
お米もパンも柔らかく味が薄い。かなーり物足りない。
「だぁだー」
スプーンを振り回しながら口に運ぶ。
もちろん意図的にちょっとこぼす……これはモナックから指摘されたことだ。
確かに一歳児がスプーンを使いこなして食べていたら不審がられる。
トホホな気分である。今の私には食べたい物を思い切り食べる自由はない。
管理された離乳食を食べて、身体作りするしかないのだ。
(はぁー……ケーキ食べたいでしゅ。脂っこいもの食べたーいでしゅー!)
そんな私の楽しみはフルーツジュースだった。メロンや桃のジュースが出てきたから、今はどうやら夏らしい。
そんなに暑くはないのだけれど、多分間違いない。
食事の終わった私はステーキを想いながら、仰向けに寝ているしかなかった。
もっきゅもっきゅ……。モナックが単純に羨ましい。
そこで肉を食べるモナックからテレパシーが届く。
『あたしが羨ましいなら、ひとつ魔法を使ってみるのも手にゃ』
『どーいう魔法でしゅ?』
『いわゆる感覚共有の魔法にゃ。本来はすっごく難しい部類にゃけど、ラミリアちゃんとならイケるにゃ』
『感覚共有!? 面白そうでしゅ! どうやればいいんでしゅ?』
『にゃーん……まず目を閉じるにゃん』
『うんうん』
胸がどきどきしながらモナックの指示に従う。
するとモナックから温かい魔力が放たれ、私に向かってくるのを感じる。
昨日もそうだったけれど、目を閉じると把握しやすくなるみたいだった。
『あたしの魔力を見えない手で掴んで、まとうにゃ』
『……うん』
いきなり不明確な指示になった。
だけど、言いたいことはなんとなく――わかる。本能でわかっている。
私のすぐ真上に伸びてきたモナックの魔力を、視線で捕まえるような。
それでいいはず、きっと。
身体の中から意識すると、見えない手が伸びていく感覚が生まれてきた。
『にゃーん! そんな感じなのにゃん』
『ありがとう、これを使うんでしゅよね』
見えない手でモナックの魔力をつかみ取る。大丈夫、難しくない。
そしてゆっくりと自分の身体全体を覆っていくような……。
瞬間、モナックの五感が私の中に流れ込んできた。
テレビで複数のモニターを見ているような、遠くで別の音楽が聞こえるような。
邪魔というのではなく、複数の感覚チャンネルが繋がったイメージだ。
『おわぁっ! こ、これでいいんでしゅ?』
『にゃーん。ちゃんとできてるにゃん!』
おおう、モナックから見る光景には……残ったステーキが目いっぱい映っていた。
こってりとしたソースからはガーリックとオニオンの香り、焼けたステーキ。
ごくり……やっぱり美味しそうと思っていると、モナックが前脚でステーキを持ち上げる。
『このまま食べて、テストするのにゃ。魔力はそのままにゃ』
『うん、お願いでしゅ……!』
モナックがステーキにがぶっと噛みつく。
同時に私へ流れ込むレアステーキの旨み……。
さっき食べた離乳食が悪いわけじゃないが、ふやけたお米では満足できなかった私に、この肉は強烈だった。
噛めば噛むほど脂が刺激し、ピリッとしたオニオンとガーリックが喜びを伝えてくる。
焼き加減も申し分なく、全てが素晴らしい。
『……素晴らしきお肉でしゅ。このステーキは生涯で一番でしゅよ……』
『一歳児なら当たり前にゃ』
歯で噛んで切れるステーキをもっぎゅっと味わったモナック。
次にほくほくの付け合わせフライドポテトをモナックが掴み、口に運ぶ。
塩気が効きながら、わずかに胡椒の味がする。
熱々で柔らかいポテトがステーキと合わないわけがない。
ああ、この感覚共有の魔法は最高だ。
離乳食という義務を背負った私に必要な魔法だったのだ。
目を閉じている私は思わず涙がこぼれそうになる。
もっとだ。もっとステーキを食べて、味あわせて欲しい。
『にゃ? 感情を抑えるにゃ!』
『はいでしゅ?』
鋭い声とともに、感覚共有が途切れる。
モナック側から強制的に終了させられたみたいだった。
『ちょ、ちょっと! いいところだったんでしゅけど!』
『はぁ~……』
私の抗議にモナックが呆れた声を上げた。
首をぐりんと回してモナックを見ようとして、私はそばに立っている人影に気付く。
それは私の母、カミルであった。
カミルがベビーベッドのすぐそばに立ち、眉を寄せて私を見つめているのだ。
「ラミリア……あなた……」
「ばぶっ」
しまった。魔法を使っていることがバレたのか!?
マズいマズい。どうしよう。と、カミルが私を抱きかかえる。
「この潜在魔力! もしかして……魔法の才能があるのかしら!?」
「ばぶー?」
カミルはぱぁっと顔を輝かせて、満面の笑みを浮かべる。
いつも冷静で厳めしいカミルからは想像できない笑顔だった。
「私にはあまり魔力がなくて、今も勉強中だけれど。あなたは陛下の才能を継いでいるのかしら! きっとそうよね!」
見たことのないハイテンションで喋りまくるカミル。
私は驚きながら母を見つめることしかできない。
『こ、こんな性格だったんでしゅかね?』
『よっぽど嬉しいみたいにゃね……』
モナックが安心したかのように息を吐く。
にしてもカミルの喜びようは凄い。私としては、そんな大変なことをしたつもりはないんだけれど。
でもカミルが嬉しいと私も嬉しくなる。
「そうだわ。これから陛下に会いに行くのよ。熱も大丈夫でしょうし、ラミリアの魔力も報告しにいきましょう!」
「……!」
実はこれまでカミル以外の家族に会ったことがなかった。
すでに不仲の兆候が出ているのか、多忙なのか……あるいは私が熱を出していたからかはわからないけれど。
でも、ついに私の父と対面できる機会がやってきた。
「ラミリアも陛下に会いたいでしょう?」
「だぁっ!」
赤ちゃん言葉で同意を示そうとする私。
カミルは頷くと、執事にいくつかの指示を下す。
まもなく私はベビーカーに乗せられ、部屋から出ることになった。
でも、あれ? モナックは……?
不安に駆られた私がモナックのほうを見ると、彼女は肉を幸せそうに食べていた。
『いってらにゃーん。もぐもぐ……』
『来てくれないんでしゅ!?』
『ステーキが冷めちゃうにゃん』
がーん。肉のほうが大事だと断られた私はそのままカミルに連れて行かれることになった。
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