令和3年4月14日(水)「近況報告」網代漣
わたしは机の上に可愛い柄の便せんを広げると、愛用の万年筆を手にした。
お祖母ちゃん子だったわたしは小さい頃から手紙が好きだった。
SNSで簡単にやり取りができる時代だが、手紙には特別の尊さがあると思う。
返事を無理して書かなくてもいいからと言いつつ友だちにもたくさん送った。
いまにして思えば迷惑だったかもしれない。
それでも多くは喜んで受け取ってくれたし、中には頑張って返信を書いてくれる子もいた。
そのひとりが親友となった真夏だ。
彼女とは浜松の私立中学で知り合った。
中高一貫校だったのでこれからもずっと一緒に過ごせると思っていたのに、わたしは親の都合で鎌倉に引っ越すことになってしまった。
お祖母ちゃんがまだ生きていたら浜松に残れたかもしれない。
そもそも引っ越しさえなかったかもしれない。
どちらにせよわたしたち家族は引っ越すことになり、中学生だったわたしにはついて行くしか選択肢がなかった。
臨玲高校に入学して1週間が経つ。
臨玲は私立の女子高としては珍しく中高一貫校ではない。
鎌倉市内にあり、偏差値で選んだ高校だった。
あとからもの凄いお嬢様学校だということを知った。
制服や学校指定の小物類がとても高価で両親は青ざめていたが、無理やり引っ越しをさせたことに負い目があるのか文句を言わずに一通り揃えてくれた。
わたしは当然臨玲に知り合いはいない。
一貫校だと高校から入った生徒は肩身の狭い思いをすることがあると聞くが、その心配がなかったのは幸いだった。
ほとんどのクラスメイトはお互い初対面で、みんな一斉に友だち作りを始めることになったからだ。
『LINEでも自慢したように、あの初瀬紫苑さんとクラスメイトになったのよ。凄いでしょ! って言いたいところだけど、まだ一度もお話してないんだよねー。やっぱりオーラが凄くて、話し掛けづらくてね』
真夏への近況報告で真っ先に記すのは映画女優の初瀬紫苑さんのことだ。
入学式の日に同じクラスになることを知って心の底から驚いた。
さすが都会……と言っても、鎌倉は観光名所は多いがそんなに都会的という訳ではない。
浜松だって全国的に有名なものがたくさんあるところだ。
だが、超有名芸能人が入学するなんて想像できないし、隣県だけど静岡と神奈川とでは都会度の差を実感してしまう。
『ほかにも、外国のお姫様のような子や宝塚の男役のような人がいて、わたしが通っていていいのかって思っちゃうよ』
先週は初瀬さんを始めとした目立つ子にみんな気を取られていた。
今週に入って徐々にグループ分けができつつある。
『臨玲がもの凄いお嬢様学校だって聞いて、わたしの居場所があるのか不安だったの。でも、なんとかやっていけそうかな。ちゃんと友だちもできたしね。真夏こそ、わたしがいなくなって大丈夫?』
わたしは一旦万年筆を置き、カラーペンを手に取る。
いつも描いている簡単な自分の似顔絵を添える。
ニッコリ笑った顔にして、彼女に心配を掛けないように。
『もの凄いお嬢様って感じの人もいるよ。ここ、日本だよね? とか、月の住人? とか思ったり。だけど、みんな優しいよ』
……ひとりを除いて。
と書こうとして思いとどまった。
余計なひと言だろう。
わたしに対してというより庶民出身の生徒全体への偏見を隠そうとしない人がクラスにひとりいる。
IT企業の創業者一族らしいが、ほかのお嬢様たちからは成金と蔑む声も聞こえた。
側にいると不快に感じるものの、こういう人はお嬢様学校に限らずどこにでもいると思うことにした。
そのひとりを除くと優しい人が多いと感じる。
少なくとも攻撃的な姿勢は見せず、誰にでも丁寧に接してくれる。
ただ会話の内容はわたしたちとどこか異なるものだった。
テレビ番組の話題ひとつを取っても、登場する店をよく知っていたり芸能人と面識があったりマナーや振る舞いのダメ出しをしたりと見ているところが違うと感じた。
これが常識の差なのだろうか。
そうしたこともあって、同じ環境で育った人同士で固まる傾向が強かった。
『いちばん仲良くなったのは飯島輝宮香。キクカって読むんだって。普段はキッカって呼んでいるんだけど』
列では出席番号順に並ぶことが多く、いまは教室の席もその順番になっている。
わたしの姓は網代なのでいちばん前だ。
わたしのすぐ後ろの安藤さんはとんでもなく背が高く、肩幅なんてわたしの倍以上もある。
声が掛けづらい上に、もともと無口なのか話にも乗ってこない。
休み時間もほとんど席にいないので、そのさらに後ろのキッカと話すことが多かった。
『彼女はかなり良いところの私立中学に入学したのに、校則が厳しいからって1年で辞めたんだって。いろんな子がいるんだなって思ったよ』
キッカのスカートの丈はかなり短い。
自分で裾上げしたと聞いて驚いた。
クラスには私服で登校している初瀬さんやスラックス姿の日野さんがいるのでまだあまり目立っていないが、上級生などにいろいろ言われたりしないのだろうかと心配になる。
彼女は「このくらい普通だって」と笑うが、たまに見掛ける上級生でもこんなに丈を短くしている人はいない。
ほかの友だちについてはここに書けるほど人柄を知っている訳ではない。
次の機会でいいかと思い、わたしは話題を変える。
『今日のお昼はクラスの全員で新館のカフェに行ったの。まだ正式にはオープンしていないらしいけど、特別にって』
清潔感がある店内は学食とは思えないほど高級感があった。
ほかの施設は正直なところ以前いた浜松の私立に比べて見劣りしていた。
お嬢様学校っぽさがなくてがっかりしていたのに、この建てられたばかりの新館は新しさだけでなくセンスでもほかと一線を画していた。
感染症対策でテーブルの間隔が非常に広く、1クラスの生徒が入るといっぱいになるというこぢんまりとしたスペースだが、白を基調とした店の雰囲気は素晴らしかった。
『撮影禁止だったから写真を見せられないのが残念だよ。本当に素敵だったんだ』
昨日、日野さんたちが新館に招待してくれるという話をした。
その際にランチは事前予約と言われ、その価格は三千円だと教えてもらった。
お小遣いの中から三千円は痛い。
お弁当を持参してもいいという話だった。
すぐに申し込んでいる子もいれば、無理だと諦めた子もいる。
キッカやわたしは無理をすれば食べられなくもないというところだ。
「どうしよう?」とわたしがキッカに声を掛けると、彼女は腕を組んで唸る。
三千円あればあれも買えるこれも買えると思う一方、一度くらいは食べてみたいという気持ちも湧いてくる。
ランチを食べるお嬢様方を眺めながら持参したお弁当を食べるというのもちょっぴり虚しい。
ふたりで悩んでいると、後ろの席のひよりが「3人で1000円ずつ出し合って三等分しない?」と提案してきた。
食べ足りない分はお弁当や菓子パンを買って補えばいいと言われ、わたしたちはそのアイディアに飛びついた。
「貧乏人くさい」と例のお嬢様からは非難されたが、最初から分けて出してもらったランチはとても美味しかった。
もう少し食べたいと思う絶妙な量なのが悔しい。
キッカは早々に食べ終えて「次に来る時は一人前だな」と呟いていたが、わたしも同意見だった。
「私が生徒会長になったあと、1年生から順次この施設を開放していきます」と食後に日野さんが話していた。
生徒会長選挙に興味はないが、初瀬さんが応援しているし、こういうメリットがあるのなら……。
そんなことを思いながら食事の感想を書き記す。
『そこで食べたランチは浜松のウナギの次くらいに美味しかったかも!』
昔、お祖母ちゃんも含め家族全員で行ったウナギ屋さんで食べた”忘れられない味”を思い出しながら、うな重のイラストを描く。
そして、この手紙を読んでくれるであろう真夏の顔を思い浮かべながら締めの言葉を綴った。
††††† 登場人物紹介 †††††
網代漣・・・高校1年生。浜松の私立中学に通っていたが父親の仕事の都合もあってこの春から鎌倉で暮らしている。
田辺真夏・・・高校1年生。浜松在住。漣の親友。
飯島輝久香・・・高校1年生。臨玲では貧乏人扱いされることもあるが、一般的に見れば裕福な家庭と言える。ひよりの提案がなければ、「なるようになれ!」と注文していたと思われる。
岡崎ひより・・・高校1年生。中学時代に母親が再婚し、生活が一気に楽になった。質素な生活をしていたのでお金を使うことに少し抵抗がある。
初瀬紫苑・・・高校1年生。同世代から圧倒的に支持されている人気女優。大人が求める「良い子」ではなく自然体のように見えることが一因。
日野可恋・・・高校1年生。新館の正式名称は日々木記念棟であり、最大の出資者である日々木陽稲の祖父から管理を任されている。ちなみにカフェの名前は「ソレイル」。フランス語で太陽を意味する。




