令和3年4月11日(日)「強さを求めて」大島彼方
三谷先生のご厚意により昨夜は道場に隣接する母屋に泊めてもらった。
そして早朝、私とはじめちゃんは朝稽古を見学した。
圧巻だった。
ひんやりした朝の空気を吹き飛ばす熱の入った稽古の質の高さ。
1時間に凝縮した集中力。
参加した誰もが1秒を惜しまないように行動し、目的意識を持って鍛えていることが伝わって来る。
私が現在所属している東京の空手道場も強豪が揃っている。
そこではみんなが最強を目指し、大会で結果を残すことを目標としている。
アスリートとしてそれは当然のことだ。
ただ仲間意識には欠け、仲の良いグループの中以外はライバルという感覚が強い。
さらに強さや実績でピラミッド型の構造ができていた。
上に立つ者の発言力は高く、雑用は下に押しつけられる。
女・子どもである私は最底辺に位置し、稽古の時も真剣に相手をしてもらえないことがあった。
出身地である小笠原で私が学んだ空手はフルコンタクトよりもさらに実戦的なものだった。
だから、この道場の伝統空手とは対極にあるはずなのに、どこか懐かしさを感じる。
小笠原でほかの弟子が集まって稽古をする機会は滅多になかったが、そういう時の空気感に近いものがこの朝稽古から漂ってきたのだ。
いつかここに参加したい。
そんな強い想いがわき上がった。
ひとつだけ残念なことがあった。
お姉様、もとい日野さんが稽古に不参加だった。
この春、高校生になったばかりの日野さんはコンディション面からこの土日は道場に顔を出していないそうだ。
彼女とは1ヶ月半ほど前に手合わせした。
私と同じ理詰めで相手を追い込むタイプだ。
体格などはほぼ互角だったので、経験の差が出ると思っていた。
私は動きを封じ込まれて敗北した。
雰囲気だけでなくその対戦もあって、私はすっかり彼女を歳上だと信じたのだ。
実際は私より1つ歳下だった。
いまだに騙されたのではないかと思うことがある。
それだけでも驚きだったのに、より衝撃的な事実を知らされた。
空手を始めたのはどちらも小学校に入る前なので空手歴は似たようなものだが、彼女は体質の問題があって練習量が極度に少ないというのだ。
彼女の言葉が本当なら、体調が良い時ですら私の半分以下の練習量だという。
彼女が組み手の選手ではなく形の選手だということは驚くに当たらない。
中学生ならどちらも強いという選手は珍しくない。
しかし、それも豊富な練習量があってのことだろう。
「落ち込むことはないじゃん。彼方にもっと練習を充実させる余地があるって分かったんだから」とはじめちゃんが慰めてくれた。
今日の朝稽古はそんな思いを再確認させた。
師匠との特訓の日々。
あの充実した時間が脳裏に蘇る。
そして、いまの私にもこんな環境があればと思わずにいられなかった。
朝食後に道場に通う中高生と合同稽古を行う。
はじめちゃんを除けば同世代の女子と空手で対戦する機会があまりないので、とても楽しみな時間だった。
今日は私たちがここにいることを聞きつけたキャシーがやって来たので、私がその相手をすることになった。
前回の対戦では私が圧倒した。
キャシーは私よりも長身で運動能力も高く、抜群のスピードを誇る。
身体能力に関してはモンスター級だ。
しかし、決して力任せの空手ではない。
3年ほどの空手歴でかなりスタンダードな戦い方を身につけている。
いまはまだバランスを取るのに苦しんでいるようだが、才能と経験がうまく噛み合うようになれば人類最強となるかもしれない。
その予感は実戦形式の練習でさらに強まった。
明らかに強くなっている。
私との戦い方にも変化が見られた。
不意打ちに警戒しつつ、それでいて攻撃の手を緩めない。
全体に余裕が感じられた。
対戦結果はほぼ互角となった。
経験と目くらましのような技でなんとか優位に戦うことができたが、試合を重ねるほどにそれが通用しなくなっていく。
結果より内容を重視する私にとっては惨敗と言えるものだった。
春休みに実家のある小笠原に帰った。
高齢の師匠とも顔を突き合わせてじっくり話をすることができた。
当然、2月のここでの出来事についても詳細を伝えた。
キャシーに勝ったことや日野さんに負けたことも。
師匠は個別のことには特に何も言わなかったが、私が島を出る時に「経験から学べ」と言ってお尻をポンと叩いた。
即座に「そんなことを東京でやったらセクハラとして社会的に抹殺されますよ! あ、一応ここも東京ですからね!」と言いながら全力の肘打ちをスケベジジイの顔面に放った。
足を払われ組み倒されそうになるのを必死に回避し、なんとか服を汚さずに済んだ。
これも私の成長の証だろう。
話は逸れたが、大切なのは学ぶことだ。
キャシーに勝って慢心していたのではないか。
私はあのあと日野さんに勝つ方法を懸命に考えた。
だが、キャシーも同じように私に勝つ方法を考えたはずだ。
それを軽視していたがゆえの結果だ。
午前の稽古のあと、私とはじめちゃん、キャシーは三谷先生と一緒に昼食を摂ることになった。
和室のテーブルの上には大きな鍋が置かれていて、温かい素麺――にゅうめんがたっぷり入っていた。
ほかに大量のサラダやチキンが大皿に載っている。
「ごめんね、何もなくて。可恋ちゃんがいたらもう少しマシなものを出せたんだけど」
「いえ、こんなにしてもらって……」と私は恐縮するが、「指導してくれたお礼よ。気にしないで」と三谷先生は気さくに応じた。
「日野さんって料理もできるんですか?」
はじめちゃんの質問に先生は苦笑交じりに頷いた。
そして、「いつ嫁に出しても問題ないくらい何でもできるわね」とつけ加える。
はじめちゃんは「料理と空手の強さは関係ないから」と笑っているが、「栄養管理の徹底ぶりを見ても笑っていられるかしら」と先生は挑発的な視線を私たちに向けた。
「やっぱりそういうのは真剣に考えた方がいいんですか?」
「空手の強さだけに限って言えば、『分からない』というのが正直なところでしょうね」
私の質問に三谷先生は意外な回答をした。
先ほどの態度からいって「考えた方がいい」と言われると思ったからだ。
「詳しいことは可恋ちゃんに直接聞いてみて。あの子は栄養学やトレーニング理論について誰よりも勉強しているから。自分で論文を発表しちゃうほどよ」
三谷先生はキャシーと英語でやり取りできるほど英語が堪能だが、日野さんの論文は太刀打ちできないほど難しい英語で書かれていたそうだ。
専門用語はさっぱりだわと先生は零す。
「英語か……」とはじめちゃんは遠い目をする。
私は黙々とテーブルの上の料理を胃の中に流し込んでいるキャシーを見た。
私もよく食べる方だが、彼女はそれを遥かに上回る。
こういうところも強さに繋がっていきそうだ。
「私の師匠は小笠原で米軍兵士に勝つための空手を作り上げようとしたんです」
小笠原は第二次世界大戦後アメリカの占領下にあった。
実際に米兵相手に戦ったとは聞いていないが、本気で武装した相手に勝つ方法を考えたのだそうだ。
若い私にはピンと来ない話だが、戦争を体験した師匠には切実なことだったのだろう。
「その一環として、苦労して英語を覚えたそうです。相手を知らないと勝てないからって」
決して流暢な英語ではないがいまも師匠は英語を喋る。
アメリカ人の弟子もいる。
そんな環境でも目的意識のない私の英語は中高生の平均レベルといったところだ。
「経験から学ぶためにキャシーとちゃんとコミュニケーションが取りたいです」
体格などから考えれば私がキャシーに勝てなくなるのは時間の問題だ。
しかし、私の空手は劣勢の中に活路を見出すことを信条とする師匠の空手だ。
このまま指をくわえて相手が強くなるのを見ている訳にはいかない。
人に教えを請うことも大事なことではある。
栄養のことやトレーニングのことを日野さんから教わることも大切だろう。
だが、受け身でいてばかりじゃダメだ。
「世界が広がると思うわ」と三谷先生は優しい笑みを向けてくれた。
「頑張れよ」と私の肩を叩くはじめちゃんに、「一緒に頑張りましょう」とニッコリ微笑んで彼女の手を取った。
††††† 登場人物紹介 †††††
大島彼方・・・高校2年生。中学まで小笠原にいた。そこで師匠から学んだ空手はかなり変則的なものであり、フルコンタクトのルールを一から身につける必要があった。
小谷埜はじめ・・・高校2年生。高校からフルコンタクトに転向した。彼方と同じ道場に通っている。彼方と違い試合結果にこだわるタイプ。
日野可恋・・・高校1年生。空手・形の選手。大会の出場歴は乏しいが全国レベルの実力を持つ。組み手については試合のことよりも現実の場でいかに相手を無力化させるかをずっと考えている。
キャシー・フランクリン・・・G8。15歳。令和元年7月に来日した黒人少女。190 cm近い長身。アメリカではレスリングの選手だった。将来の夢はニンジャになること。




