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令和3年5月26日(水)「才媛」古和田万里愛

「わたし、臨玲に入って良かったよ!」


 そんな大げさな言葉が耳に届く。

 わたしは隣りに座る菜月の顔色をうかがった。

 菜月を挟んで反対側に座る紅美子も同じ様子だった。


 菜月はブランドのロゴが入ったマスクで顔の下半分が隠れているものの、それでもゴージャスな顔立ちは見る者をおおいに惹きつける。

 スラリとした鼻筋、高い鼻、長い睫毛に切れ上がった大きな目、彫りの深い顔の作り。

 美の遺伝子に愛されていると分かるバランスの整ったかんばせはとても魅力的だ。


 ……ミス臨玲コンテストに出なかったことが残念に思うくらいに。


 最後の最後まで出場するかどうか彼女は悩んでいた。

 容姿だけで勝負できるなら、優勝も夢ではなかっただろう。

 しかし、相手は抜群の知名度を誇る人気女優だ。

 勝利のみを求める彼女は無謀な戦いに挑まなかった。


 そんな経緯があって彼女はこの騒ぎから距離を置いていた。

 とはいえ、ホームルーム中にミス臨玲コンテストのプロモーションビデオを見せられては無視する訳にいかない。

 ここで菜月がどんな態度を取るかで、今後わたしや紅美子の行動も変わってくる。


「優れたものにケチをつけるほど、私は偏狭ではありません」


 わたしは内心ホッとした。

 ただでさえ彼女はクライメイトから良く思われていない。

 みんなが盛り上がっているところに水をぶっ掛けてはその悪感情が増してしまう。

 そうなれば、菜月の腰巾着と見られているわたしたちにも影響は及ぶ。


「しかし、見ない権利もあったんじゃないでしょうか」


 菜月の声はよく通る。

 美声の持ち主で音楽の時間はそれが最高に発揮されるが、普段からズバズバ思っていることを大声で話すので周りは敵だらけとなっている。

 臨玲高校の設備への不満程度ならまだ良かったが、車での送り迎えをしてもらえないような生徒はこの学校に相応しくないと発言し顰蹙を買った。

 わたしも紅美子もそれなりの暮らしをしているが、彼女にかかれば貧乏人扱いだ。

 わたしたちが最低ラインで、それ以下は相手にしない態度を取っている。


 一方、お金持ちグループとも仲が悪い。

 彼女の家はIT大手の一族で、その企業はいまや世界的に名が知られているのに茶道部から入部を認められなかった。

 それ以降茶道部に入るような家柄を「日本を停滞させている元凶」と呼び、激しく攻撃するようになった。


 周りから白い目で見られていても、彼女の能力は群を抜いている。

 中間試験では学年トップを取り、運動でも素晴らしい身のこなしを見せている。

 口は確かに悪いが、それは決して自分を棚に上げてのものではない。

 何でもやり遂げるスーパーな才能の持ち主だからこそ理不尽な状況を黙って見ていられないのだろう。


 菜月の発言に立ち上がって反論する生徒がいた。

 ショートヘアで男性っぽい顔立ち。

 だが、鋭い目つきが近寄りがたさを感じさせる。

 次の生徒会長となる日野さんだ。


「このコンテストは生徒会主催で行われています。生徒会は全校生徒に奉仕しますが、同時に全校生徒も生徒会に協力する義務があります。藤井さんにも是非このプロジェクトが盛り上げるよう協力していただきたい」


「生徒会が勝手に決めたことじゃない」と菜月が強い口調で指摘するが、日野さんは「生徒会は全校生徒の信任によって成り立っています」と意に介さない。


「全員が信任した訳じゃない」


「少数意見も大切だと思っていますよ。しかし、多数意見を無視することもできません。少なくともこの企画は多くの支持を得ています」


 黙り込んだ菜月に対して、日野さんは「貴重なご意見は大変ありがたく思います。これからもお伺いしたいところですが、TPOをご配慮くだされば幸いです」と能弁に語った。

 その挑むような瞳が真っ直ぐ菜月を捉えている。


「貴女に指図されるいわれはないわ」


「それは失礼しました」と優雅に一礼して日野さんは席についた。


 すぐにホームルームが終了した。

 憤懣やるかたないという表情で菜月は椅子に座ったままだ。

 ほかの生徒たちはこちらを気にする素振りを見せずに次々と教室から出て行く。

 彼女たちの多くは先ほど見たプロモーションビデオの話題を興奮気味に口にしていた。


 ほかに人がいなくなってから、わたしは「帰ろう、菜月」と声を掛けた。

 紅美子も「落ち込まないで」と菜月を励ましている。

 座ったままの菜月はうっすらと涙を浮かべながら「うん」と頷いた。


 彼女はわたしたち以外の前では常に強気に振る舞っている。

 人に弱みを見せるなと言われて育ったらしい。

 言い過ぎな時もあるものの、いつも誇り高く顔を上げて生きている。

 だが、それは彼女の本当の姿ではなかった。

 たまたまトイレの個室でひとり泣きじゃくる菜月を見つけて、わたしと紅美子は彼女を支えようと決めたのだ。

 こういうやり方が正しいかどうかは分からない。

 もっとみんなと仲良くした方が良いのかもしれない。

 ただこんなに努力家で何に対しても一生懸命なのに、こと人間関係に関しては菜月はとても不器用だった。


 菜月は朝誰よりも早く登校している。

 教室に飾られた花を管理しているのも彼女だ。

 毎朝自分の手で花瓶の水を換えている。

 貧乏人差別のような発言も、彼女が求める格式を臨玲高校に求めた場合裕福でない家庭では苦労すると慮ってのことだ。

 言い方が最悪レベルに下手なので真意がうまく伝わらないのが難点だった。


「今日うちに来て『クリスマスの奇蹟』を見ない?」


 廊下に人がいないのを確認してから菜月がわたしたちに提案した。

 彼女はこの映画に衝撃を受け、父親に頼んでディスクが発売されるよりも前に入手したとはにかみながら教えてくれた。


「あのPVを見たら見返したくなるよね」と紅美子が同意する。


「万里愛は?」と菜月が最近よく見せてくれるようになった親しげな表情でわたしに視線を送る。


 これはこれでとてもチャーミングで可愛らしい。

 周囲からの風当たりは強いが、こんな彼女の顔を見ることができただけでお釣りが来る感じだ。


 わたしがうーんと頬に手を当て考えていると紅美子が「また美璃愛みりあちゃん?」と笑った。

 美璃愛というのはわたしの最愛の妹のことだ。


「だって、こんな素敵なプロモーションビデオを見たんだよ。早く教えてあげないと!」


 菜月は「言葉だけじゃ伝わらないんじゃない」と心配してくれるが、紅美子は「ウザがられるんじゃないの」と笑っている。

 わたしは「そんなことないよ!」と反論したが紅美子は信じていないようだ。

 美璃愛はふかふかで可愛くて優しく愛らしい至高の存在だ。

 目に入れても痛くないし、彼女のためなら何でってできる。

 わたしは妹のために生きているようなものだ。

 彼女がわたしを「ウザい」などと言うはずがない。


「なら、一緒に連れて来れば? 車なら出すわよ」


 菜月の言葉にグラリと心が揺れる。

 素晴らしい提案だがひとつ心配なことがあった。


「美璃愛はわたしのものだからね。近づくのはもちろん見るのもダメだよ」


 ふたりは呆れていたが、わたしは必死だ。

 あんな美少女を前にして理性が保つ保証はない。


「分かったわ。私は万里愛だけ見ているから」と語る菜月の目は微笑ましそうでもあり、羨ましそうでもあった。




††††† 登場人物紹介 †††††


古和田こわだ万里愛まりあ・・・臨玲高校1年生。美璃愛みりあという妹がいて溺愛している。菜月と友人付き合いができる程度の財力はある。


藤井菜月・・・臨玲高校1年生。日本を代表するIT企業の創業家一族。これまでも同世代相手だと孤立してばかりだった。


光橋紅美子(くみこ)・・・臨玲高校1年生。先に万里愛と仲良くなり、その後菜月が泣いているところに遭遇した。万里愛をシスコンとからかうことも多いが、受け入れた相手を全面的に認める万里愛の姿勢が菜月に信頼されたのではないかと思っている。


日野可恋・・・臨玲高校1年生。次期生徒会長。怖そうというのが周囲の生徒の第一印象。


初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。『クリスマスの奇蹟』でブレイクした若手女優。同世代にカリスマ的人気を誇る。

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