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令和3年7月27日(火)「合宿と言えばカレーだよね」湯崎あみ

「わー、素敵なところですね!」


 つかさの喜ぶ顔が見ることができただけでわたしは胸がいっぱいになった。

 こんなことならもっと早く別荘に連れて来ればよかった。

 そう思うものの、わたしひとりではつかさを誘うことはできなかっただろう。

 わたしはつかさの隣りにいるみるくちゃんに感謝の念を送る。


「吉田さんのところの別荘に比べたら全然たいしたことないんだけどね」


「別荘があるってだけで凄いじゃないですか!」


 わたしとつかさがそんなやり取りをしている間に管理人さんが玄関の鍵を開けてくれた。

 駅からここまで車で運んでもらい助かった。

 今日から日曜日までここで過ごす予定だ。

 そのため、みんなかなりの大荷物となっている。

 電車での移動は2時間ほどだったが、思ったよりも大変だった。


「ありがとうございました」「何かあったら連絡して」という会話を交わし、わたしたちは建物の中に入る。


 ロッジ風の2階建て。

 基本的に避暑目的でのみ利用するので約1年振りの来訪となる。

 事前に連絡していたので中は清掃が行き届いているようだった。


 とりあえず部屋を割り振る。

 つかさとみるくちゃんを2階にある客室に案内した。


「部屋の中にシャワーもついているんですねぇ」と声を上げたみるくちゃんは、「一緒にお風呂に入って親睦を深める方が良いと思います~」と言い出した。


「い、い、一緒にお風呂!」とわたしは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「い、い、一応、別に浴室もあるけど……」とボソボソと小声で伝えると、彼女は「じゃあ今夜はみんなでそちらに入りましょう」と提案した。


「良いですよね? つかさ先輩」


「そうだね。シャワーだけじゃなくてゆっくり湯船につかりたいかな」


 ヤバい。

 つかさの一糸まとわぬ姿を想像して頭がクラクラする。

 これではまるで思春期の男の子のようだ。


「こっちは涼しいよね。半袖だとちょっと寒いかも」とつかさはキャリーバッグから上着を取り出している。


「温かい飲み物を準備して下で待っているね」とわたしが部屋を出て行こうとすると、みるくちゃんがポンと手を打った。


「しばらく一緒に暮らすんですし、別荘の中ではマスクを外しませんかぁ?」


 わたしとつかさは顔を見合わせる。

 彼女と会うのは学校の中だけなので、マスクを外して長時間過ごしたことはない。

 だから、たまにマスクを外した素顔を見るとそれだけでドキドキしてしまう。

 果たして自分の心臓が耐えられるのかとわたしは両手を胸に当てた。


「どうせ濃厚接触者になりますよ」とみるくちゃんが意味深に発言し、わたしも「べ、別に構わないかな」と賛同すると、つかさも「そうですね」と微笑んでマスクを外した。


 わたしが興奮しながら客室を出ると、みるくちゃんもついて来た。

 そして、「良いんですかぁ? つかさ先輩と同室じゃなくて」とわたしに囁く。

 ドギマギして「そ、そういう関係じゃにゃいから!」と声が裏返る。

 クスッと微笑んだみるくちゃんは「ここは押しの一手ですよ」と忠告した。


「ど、どうしてわたしとつかさをくっつけようとするの?」


 ずっと聞きたかった疑問を口に出すと、彼女は「昔から間を取り持つのが好きだったんです」と答えた。

 さらにニコッと笑って「感謝されたり喜ぶ姿を見たりすることも嬉しいんですが、神様視点で恋愛小説を紡いでいるような気分になって楽しいんですよ」と言葉を続けた。


「自分が主人公になりたいとは思わないの?」


「別にそういう小説ばかりって訳でもないじゃないですか。いまのところ仲人プレイの方が自分に合っているような気がしますし」


 彼女の気持ちは分からなくもない。

 わたしが愛好するBL小説でも、自分がその中に入りたいというより神の視点から眺めていたいという気持ちの方が強い。

 つかさのことだっていまの距離感でずっと眺めていられるのならそれで十分という思いもあった。

 近づけば拒絶されるかもしれない。

 いままでのような関係を維持できなくなるかもしれない。

 そんなリスクを避け、いつまでもこのままでいたい。

 ある意味、それがいちばんの望みだ。

 だが、わたしは高校3年生で、つかさより先に卒業してしまう。

 大学受験のことを考えれば、この状態はそう長くは続かない。


「大丈夫です。保証します。あとはあみ先輩の勇気次第です」


 わたしはそんなみるくちゃんの励ましの声を背に受けて、階段を下りていった。

 ……勇気、と自分にもっとも相応しくない言葉を呟きながら。


「今日はあたしがカレーを作りますね!」


 1階のリビングでソファに座ったつかさが張り切って宣言した。

 わたしの目はどうしても彼女の唇に行ってしまう。

 プクッとした艶やかなピンク色のそれは見てはいけない艶めかしいもののようだ。

 マスク姿が当たり前すぎて裸を見ているような感覚に近い。

 自分もさらけ出しているのに、それは棚に上げていけない気分になってくる。


「ひとりで大丈夫?」と心配するわたしに「任せてください」とつかさは胸を張って答える。


 だが、みるくちゃんが手伝った方が良いという視線を送ってくる。

 わたしは頷くと「キッチンに慣れていないから少しだけ手伝うね」と理由をつけてつかさと台所に向かった。

 食材は管理人さんが一通り用意してくれている。

 わたしも料理は得意ではないが、常識レベルは身につけさせられた。


「わー、いっぱいありますね」とつかさが冷蔵庫や貯蔵庫から材料を取り出す。


「えーっと、多すぎない? 3人分だよね?」


 この分量で作ると、女子3人だと朝昼晩と食べても食べ尽くすのに数日掛かりそうだ。

 鍋は大きな煮込み用があるので大丈夫だが、ずっとカレーというのはどうなんだろう。

 わたしはつかさの作ったものなら一生食べても飽きないと思うけど……。


「……分かりました。減らします」とつかさが肩を落とす。


 わたしは彼女を抱き締め、100人分くらい作っちゃおうかと慰めたくなった。

 しかし、辛うじてこの災難に巻き込まれるみるくちゃんの顔を思い浮かべて押しとどめる。


「じゃあ、これを入れましょう!」と食材を戻しに行ったつかさはついでといった感じでカレーの材料らしからぬものを手に持って現れた。


 生ハム、キャビア、スモークサーモン、なぜか桃も手にしている。

 そのままで食べた方が美味しいんじゃないかなという言葉をわたしは飲み込む。

 カレー粉の力を持ってすればそんなにヒドくはならないはずだと、わたしは神様に祈った。


 その後もつかさの包丁を握る手つきが危なっかしくてハラハラし、火加減が適当で焦がしそうになったり、食材を入れる順番がもの凄く適当だったりで頭を抱えた。

 それでもカレーは完成する。

 この偉大な料理にわたしは感謝した。


「あみ先輩、なんだかお疲れのようですねぇ」と夕食の席でみるくちゃんが気遣ってくれる。


「今日は移動が大変だったんで早く休んだ方が良いかもしれませんね」とつかさも心配そうな顔だ。


 この精神的疲労はつかさの調理を後ろで黙って見ていたからだとは言えず、曖昧に笑って誤魔化した。

 つかさはそんなわたしの気持ちもつゆ知らず、「さあ、どうぞ召し上がれ」と満天の笑顔を見せた。


 わたしはまず自分で作ったサラダに手を伸ばす。

 みるくちゃんが何の疑いもない顔でカレーを口に運んだ。

 続いてつかさもカレーを載せたスプーンを自分の唇に持って行く。


 みるくちゃんは首を傾げてから「お腹が空いていたんで美味しいと思います」と口にした。

 そういえばつかさは全然味見をしていなかったなあと思いながら、わたしは彼女の感想を待つ。


「美味しいですよ! 先輩も早く食べてみてください」


 わたしがまだカレーに手を出していないことに気づいていたようだ。

 恐る恐るカレーに手をつける。

 ご飯9に対してカレー1の割合でスプーンに掬うと勇気を出して口に入れた。


 味はカレーだった。

 ただ食感が……。


「美味しいね。さすが、つかさ」


 頑張ってそれだけ言うと、わたしは修行僧のように黙々と皿を平らげることだけを目指した。

 こうして静かな夕食の時間が過ぎていく。


「ごめん、今日は疲れているからもう休むね」とわたしが言うと、みるくちゃんも「自分も先に休ませてください」とげっそりした声を出す。


「えー、お風呂楽しみにしていたのに」とつかさは残念がった。


 わたしも楽しみにしていたんだよ!

 血の涙を流すくらいに。

 でも、ダメなんだ。

 あまりにも気分が悪くて。

 胃がもたれ、座っていても苦しくなる。

 早く横になりたい。

 なんでつかさだけ平気なんだと叫びたくなるが、そんな気力も残っていなかった。


 わたしは天国を目前にして地獄に堕ちた。

 自業自得だけど、自業自得だけど、……神様のバカヤロー!




††††† 登場人物紹介 †††††


湯崎あみ・・・臨玲高校3年生。文芸部部長。つかさが望むのなら彼女の手料理を毎日食べる! と思うほど彼女が好き。


新城つかさ・・・臨玲高校2年生。文芸部。変わった食べ物を見掛けたらすぐに飛びつく性質。


嵯峨みるく・・・臨玲高校1年生。文芸部。女子高ということで不安を抱えていたが、これまで同様の活動ができそうでホッとしている。

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