第六十七話 新時代への過渡期
今回は、閑話ですね。
暁帝国 東京
東郷達は、世界会議での予想もしない展開により、新たに発生した問題に頭を抱えていた。
「現在の所、ハレル教圏はセンテル帝国へ目を向けており、ネルウィー公国及びフェンドリー王国への侵攻の兆候は見られません。」
山形の報告に、東郷は少しだけ安堵する。
性急な状況変化が発生しないだけ、現情勢下では上出来と言える。
移民政策は、センテル帝国との連携が前提となっていた。
その前提が、此処に来て崩れてしまったのである。
既に、移民試験団はインシエント大陸へ入植しており、此処まで進んでしまった事業を今更中止には出来ない。
「移民試験団の反応は?」
東郷は問う
「上々です。ですが、旧属国地域に関しては、あまり良くありません。」
吉田が答える
旧属国地域の惨状は、北方の過酷な地域で理不尽な圧力を受け続けて来た者達から見ても、酷いものであったのである。
未だに三分の一が手付かずの状態となっており、如何に復興作業が難航しているかが窺える。
「何か、問題は起きて無いか?」
「旧クローネル帝国の圧力の経験が無いとの事で、多少の軋轢がある様です。ですが、全体的には大きな問題は起きておりません。むしろ、歓迎する向きが強いです。」
人間族と比較して突出した資質を持つ亜人族は、それぞれの得意な分野に於いて多大な貢献を果たしており、深刻な人手不足に陥っていた現地で歓迎されていた。
「それは良かった。だが、これで尚の事、後には引けないな。」
現地での良好な成果は、そのまま政策実行への期待へと直結していた。
此処で中止などしては、致命的な不信感を持たれてしまう。
「幸い、今すぐに情勢が急変する心配はありません。気付かれなければ、当分は順調に事が進むでしょう。」
「そうだな。」
大きな不安を抱えつつも、移民政策は進行して行く。
南部諸島 帝国航空宇宙開発機構
現在、佐藤は此処にいた。
彼は、魔力の動きを観測する新たな観測衛星の打ち上げを提唱していた。
それが今、正に打ち上げられようとしているのである。
大勢が打ち上げを見学する中、暁勢力圏の要人の姿もあった。
更に、ネルウィー公国 イウリシア大陸 モアガル帝国 を招待した所、興味津々でやって来た。
『12 11 10 9 8 全システム異常無し 5 4 3 2 1 メインエンジン点火 リフトオフ』
眩い光が発射台から照射され、ロケットは宇宙へ向けて打ち上がって行った。
『打ち上げは、成功しました!』
アナウンスが入ると、一斉に歓声が上がる。
「何と言えば良いのか・・・凄まじい光景でしたな。」
アガリオが呟く。
「やはり、協力して行くべきだな。」
レズノフは、改めて暁帝国へ恐れを抱いた。
「長老達にも、見て欲しかったわ。」
メイは、暁勢力圏でならば安全な生活が送れる事を確信した。
・・・ ・・・ ・・・
ネルウィー公国
「・・・以上が、移民試験団からの中間報告だ。」
長老達は、移民問題に関する会議を開いていた。
メイからの中間報告が届いた事で、ひとまずの経過についての評価を下そうとしているのである。
その内容は、概ね好意的な物であった。
「贔屓目が多分に入っているとしか思えんな。あ奴は、移民に肯定的だったからな。」
「そうとも言えないでしょう。旧属国地域とやらは、かなり酷い状態だと報告されておりますぞ。更に、最近開発が始まった地域は、極めて危険度が高いともあります。十分中立的な報告でしょう。」
長老達の反応は、可も無く不可も無くと言った所であった。
酷く警戒していた初訪問の時と比較すれば、大きな進歩と言える。
「まぁ、当初我等が警戒していた様な事は起こらんと見ても良いだろう。だが、これだけでは結論を出せんな。儂としては、第二次試験移民団を派遣すべきだと思うのだが。」
この提案は、賛成多数で可決された。
後日、5000人規模の第二次試験移民団が編成された。
しかし、規模が大きくなればなる程、情報統制は困難となる。
第二次試験移民団の派遣により、後日ハレル教圏へ暁帝国の動きが感づかれる事態となった。
・・・ ・・・ ・・・
モアガル帝国
「以上が、南部諸島での事業に関する報告となります。」
ガレベオは、暁帝国から帰ってきたアガリオから早速報告を受けていた。
「・・・・・・」
「・・・陛下?」
あまりにも飛躍し過ぎた内容に、ガレベオは思考停止状態となっていた。
「陛下!」
「・・・ハッ!す、すまん、意識を失い掛けた。」
シャレにならない発言に、アガリオは報告を切り上げようか悩む。
「しかし、あまりにも突拍子が無さ過ぎるな。とても信じられん・・・」
地上が球体である事は、かなり前から世界中で知られている。
しかし、その球体の外がどうなっているかまでは、全く分からないままとなっていた。
センテル帝国が関心を示してはいるが、いくつかの学説が出ているのみである。
その学説は、どれも当たらずとも遠からずと言った所である。
「暁帝国では、宇宙開発と呼んでいるそうです。打ち上げている物体は人工衛星と呼ばれ、その数は百を超えていると言います。」
「な・・・に・・・?」
あまりにも想像を超え過ぎた報告に、ガレベオの体は小刻みに震え始める。
「と言う事は、この世界の全体像を知っていると言う事では無いのか!?」
「尋ねてみた所、その通りとの返事が返って来ました。ですが、全体図等は機密事項らしく、公開は拒否されました。」
「それでは、信じる事は出来んぞ。」
「その点を指摘した所、我が国の地図を渡されました。」
アガリオは、その地図をガレベオへ渡す。
「!・・・これは!?」
それは、恐ろしく精巧な地図であった。
どれだけの時間と予算を掛けても、モアガル帝国では同じ様に精巧な地図は絶対に作成出来ない。
これ程の物を見せ付けられては、信じるしか無かった。
「更に、親書を預かっております。」
その親書には、友好関係を構築して行きたい事、国交樹立を前提とした使節を派遣したい事、懸念されている諸問題で連携して行きたい事等が書かれていた。
「・・・・・・」
長い沈黙が続き、ガレベオは決断する。
「暁帝国の使節を御招きする。」
モアガル帝国は、暁帝国との連携を始める。
・・・ ・・・ ・・・
センテル帝国 セントレル
皇城の地下、国家の重大事に於いて深刻な損失を生じさせた政治犯を収容する地下牢に、マイケルが投獄されていた。
マイケルは、自分が投獄された理由が全く分からなかった。
世界は、センテル帝国を中心として平和が保たれて来た。
その体制にヒビを入れたのが、暁帝国である。
魔力を持たないにも関わらずクローネル帝国を降すと、あっという間に東部地域に於ける主導権を獲得した。
暁帝国の台頭は、それまでの体制を覆しつつあった。
焦りを濃くする中、暁帝国から使節がやって来た。
信じられない事に、我が国の最新鋭艦を凌駕する巨大艦を引き連れて来たらしい。
魔力も持たない辺境の人間が、どうやってその様な真似が出来るのか?
欺かれているだけとしか思えない。
しかし、大帝も暁帝国との関係構築に熱心だった事もあり、国交締結が決まってしまった。
しかし、これは好機でもあった。
我が国と直接関係を持てば、此方が主導権を握り易くなる。
暁帝国への使節派遣は、少なくとも外交部に於いては、暁帝国を抑え込む事を目的としていた。
しかし、派遣された外交官僚は全員が暁帝国の方を向く結果となり、現体制の維持に異を唱える先兵となった。
スマウグから暁帝国の話を聞いたが、信じられない戯言ばかりを吐き出した。
特に、異世界から来たと言う話が、全体の信憑性を下げていた。
この様な国に主導権を握らせるなど、世界を滅ぼす事にしかならない。
絶対に、暁帝国から主導権を取り戻さなければならない。
次の機会は、世界会議であった。
アルーシ連邦が、戦列艦から脱却していた事には驚いた。
聞くと、暁帝国からの支援で建造が出来たと言う。
此処に来て、暁帝国がただの小国では無い事を漸く認識した。
流石に、無知に過ぎたと反省した。
しかし、アルーシ連邦の船を見る限り、そこまで大きな脅威になるとは思えなかった。
そして、初めて自分の目で暁帝国の艦船を見た。
明らかに魔導船であった。
アルーシ連邦どころでは無い程の、先進的な魔導船であった。
魔力を持たないにも関わらず、魔導船を造れる筈が無い。
何処かから盗んだのだろう。
そうとしか思えない。
そんな国が、主導権を奪うなど断じて見過ごせない。
そして、世界会議の場で暁帝国の自己紹介が始まった。
この期に及んで、異世界から来たなどと世迷言を吐いていた。
自身の蛮行を正当化する為のシナリオ以外に、この様な戯言を主張し続ける理由が見当たらない。
しかし、東部地域は暁帝国を中心に纏まりつつあった。
そんな中で反旗を翻していたのが、ハレル教圏であった。
暁帝国を抑え込む為の、格好の連携相手が見付かった。
暁帝国の躍進は此処で終わる。
忌々しいが、暁勢力圏は認めてやろう。
さぁ、反撃開始だ。
と思ったが、何故か各国が非難を繰り返した。
訳が分からない。
何故、暁帝国に加担する?
西部地域諸国までもが、此方を非難して来た。
忽ち、此方が孤立してしまった。
そんな中で、此方に味方したのがハレル教圏であった。
やはり、ハレル教圏との連携しか無さそうだ。
我が国から主導権を奪い、平和へと挑戦を続ける暁帝国を追い落とす為には、長い時間が必要となる様だ。
これから、忙しくなるだろう。
そう決意を新たにした矢先、こんな所へ閉じ込められてしまった。
此処に至り、漸く気付いた。
祖国さえも、暁帝国に毒されていた事を。
国交を結んでからの僅かな期間で、此処まで侵食して来るとは想像もしていなかった。
何と巧妙で素早い連中だ!
これ以上手遅れとなる前に、此処から抜け出して祖国を救わねばならない。
ガチャ
そう考えていると、扉が開いた。
「出ろ。」
看守は、それだけ言った。
出ると、面会室へと連れて行かれた。
そこには、スマウグがいた。
「お久しぶりです、長官。いえ、‘元‘長官。」
「・・・?」
今、何と言った?
「ああ、突然過ぎましたな。貴方は、最高会議によって外交部長官を解任されました。後任は、我となりました。」
「!!!」
そんな馬鹿な話があって堪るか!
これから、祖国を救う為に動こうとしていたのに!
「貴方の勝手な行いのせいで、我が国は世界から孤立してしまいました。かつての様な影響力は、最早ありません。」
「我が国の影響力が減退したのは、暁帝国が台頭したせいだろう!」
「確かに、暁帝国の台頭により、我が国の影響力は相対的に減少しました。しかし、あくまで相対的にでありました。我が国は、相変わらず世界に対して大きな影響力を持っていたのです。暁帝国と連携すれば、更なる安定を望めたでしょうな。」
この男は、何も分かっていない。
世界へあれ程の悪影響を与えた国が、連携して平和維持に協力するなど有り得ない。
「しかし、その道は閉ざされてしまった。今、世界中が我が国と距離を置きつつあります。我が国は貴方の発言により、保身の為に世界の安定を妨げる国家と認識されてしまったのです。我が国を向いているのは、最早ハレル教圏のみです。世界は、暁帝国を中心としつつあります。」
「出鱈目だ!世界の中心は、我が国だぞ!暁帝国こそが、世界の安定に悪影響を与えている張本人だ!」
「我が国は、世界から取り残されつつあります。世界が、新たな時代へと移ろうとしているにも関わらずです。我が国は、その時代の変化の後塵を拝する事となるでしょう。つまり、我がセンテル帝国は、最早世界の中心では無いと言う事です。そして、その様な状況を作ってしまったのは、貴方だ。」
スマウグは、淀み無く反論を繰り返した。
何故、そこまで暁帝国を擁護する?
間違っているのは向こうだろう?
さらに言い募ろうとしたが、スマウグが先に口を開いた。
「そろそろ時間です。考えを改めて戴ける事を期待したのですが・・・こうなってしまっては、貴方の行き先は法廷しかありません。」
「そ、そんな馬鹿な」
「これ以上の言い訳は法廷で行って下さい。貴方は、最後の機会を無駄にしたのです。もう、二度と会う事も無いでしょう。」
そう言うと、スマウグは立ち去った。
世界を急変させた男 マイケル は、誰にも知られる事無く歴史の表舞台から姿を消した。
マイケルに対する判決は、終身刑辺りが妥当かな?




