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第百十四話  崩壊

 ハレル教圏の扱いが雑過ぎたので、分割しました。

 神聖ジェイスティス教皇国  教皇庁



 教皇庁は、新たな展開を前に荒れ狂っていた。

「艦隊が壊滅状態とは、どう言う事なのだ!?」

「勇者殿が寝返っただと!?そんな事が有り得るものか!」

「信徒の暴動が各地で発生している!最優先で鎮圧に向かわせるべきだ!」

 セイルモン諸島へ派遣した艦隊が壊滅状態に陥っている事が判明し、行方不明であった勇者一行の捜索の過程で溜まった不満が暴動と言う形で爆発し、肝心の勇者一行は亡命していた事が明らかとなった。

 一つだけでも致命的と言える事態が同時に三つも襲い掛かっており、教皇庁は完全なパニック状態であった。

 素人目に見ても機能不全に陥っている事が分かるが、その機能不全を抑制する立場にある枢機卿の面々は、極度の混乱状態にある現状を端に置いて責任追及に明け暮れていた。

「教皇代理、これは致命的に過ぎますぞ!」

「お二人に付いて行った結果が、この惨状です!どう責任を取るおつもりか!?」

 街道整備を成し遂げ、一時的に通商破壊も上手く行っていたとは言え、その様な功績を些細と言える程に追い詰められているのである。

 これまで我慢に我慢を重ねて来た枢機卿の面々も、とうとう堪忍袋の緒が切れた。

 この難局で先頭に立ち続けて来たリウジネインとシェイティンは、ハレル教圏を無駄に追い詰めた元凶として責任を問われている真っ最中である。

「何か勘違いしている様だが、全ての元凶は邪教徒共にあると言う事を忘れてはいまいか?」

「教皇代理を拝命された時、高らかに宣言されましたな!?案ずる事は無いと、迅速に復興させると、邪教徒共を根絶やしにすると!?」

「全てが逆に進んでいるではありませんか!この事態の収拾をどう付けるおつもりか!?」

 最早、言い訳は何一つ通用しなかった。



 バァァン



「大変です!」

 更に追及しようとした所へ、連絡員が駆け込んで来る。

「無礼者が、場を弁えんか!」

 枢機卿が怒鳴り付けるが、連絡員は御構い無しに報告を始める。

「ポラトエル公国が、ポラトエル公国が・・・!」




 ・・・ ・・・ ・・・




 一週間前、



 ポラトエル公国  バレグ



 勇者一行の捜索を行っている聖騎士団の一隊は、来訪回数の多いバレグへとやって来ていた。

「・・・以上である!隠し立てすると、容赦はせぬぞ!」

 一部は、街の中心となっている広場で、勇者の目撃情報提供を住民へ命じていた。

 残りは、バレグ駐留軍本部へと訪れていた。

「ですから、我々は何も知りません!」

「何処までシラを切る気だ!?さっさと吐かんと、容赦はせんぞ!」

 被征服国である事もあり、配慮などは一切持ち合わせていなかった。

 更に、一般的な信徒にとって都合の良い捌け口である事もあり、聖騎士団一同には邪な思惑が湧き出ていた。

「全く、此処まで背教的態度を取られるとは思いもしなかった・・・我等の忍耐にも限度があるぞ。」

「背教的とは聞き捨てなりません!我々が潔白である事は、国内に駐留されている聖騎士団の方々によって把握されている筈です!」

「その駐留員からの密告があったのだよ。貴様等が、途轍も無い背教行為を犯したとな。」

「そこまで言われるからには、どの様な行為をしてしまったのか、勿論把握されているのでしょうな?」

 いくら立場的に弱いとは言え、濡れ衣を着せられて黙っていられる訳が無い。

 しかし、聖騎士達は揃って嫌らしい笑みを浮かべる。

「勇者様に関する事だ。」

「勇者様ですと?」

「そうだ。何でも、勇者様を自国の地位向上の為に利用しようとしているとか。その様な愚かな考えを持つ背教者は特に多い。勇者様が頻繁に来訪される貴国が同じ様に考えたとしても、何ら不思議ではあるまい?」

「であるならば、とうの昔に実行していたでしょう!何故今更になって、その様な邪な思考を巡らせる必要があるのでしょうか!?」

「まだ、その様な事を言うのか?邪教徒によって、我々は困難な時代を迎えている。その困難にかこつけて、不逞の輩が一斉に胎動している事を知らん訳ではあるまい?いくら表向き誠実に動こうとも、何の根拠にもならんわ!」

 不逞の輩とは、主にハレル教批判を繰り返している一派である。

 それ以外にも、ハレル教圏の団結を乱す者として断罪される者は多いが、大抵がトカゲの尻尾として選ばれてしまった不幸な輩であった。

 口には出さないが、生贄として犠牲となっている者が多数いる事に気付いている者も多くおり、不安に更なる拍車を掛けていた。

 しかし、生贄を差し出した者は教皇庁からは功労者として見られており、自己保身や出世と言う観点から見れば最適解となっていた。

「これが最後のチャンスだ。正直に言うんだな。」

「何度でも言う!我等は無実です!」

 実戦経験豊富な軍人達は、毅然と言い返した。

 対面する聖騎士は、嫌らしい笑みを邪悪な笑みに変える。

「そうか、ならば仕方無い。首都にいる駐留員に連絡を入れよう。」

「・・・何をする気で?」

 途轍も無く嫌な予感が全身を巡り、身構える。

「公王陛下に直接問い質す。」

「何だと!?」

 問い質すとは言っているが、それが自白強要である事はすぐに想像が付いた。

「自らの罪を認めない貴様等が悪いのだ。具体的な処分は、我等が決める事になるだろうな。」

(これで、我等の功績は多大な物になる。)

 捜索に駆り出されている聖騎士団は、揃って功を焦っていた。

 勇者一行に関連する任務と言うだけあり、達成すれば将来は安泰となる。

 増して、教皇庁を守護する聖騎士団所属ともなれば、名誉どころの話では無い。

 その為に無理な拷問も各地で発生しており、平民貴族問わずに犠牲者が続出していた。

「貴様等、そこまで堕ちたか!」

 勝手に犯人扱いされた軍人達は、怒りで立ち上がる。

「その発言の意味を分かっているのか?我等は、教皇庁を守護せし聖騎士団だぞ?我等に対する侮辱は、それ則ち教皇庁に対する侮辱と同義だ。やはり、貴様等は背教者の様だな。背教審理にかけた後に、処刑するより他は無かろう。背教者が上に立っている以上、住民共は我等が直接管理して教育せねばならんだろうな。」

 教皇庁の権威を知っていれば、これだけで誰もが黙らざるを得なくなる。

 しかし、相手が悪過ぎた。


 「「「させるかァ!!」」」


 激昂した軍人達は、一斉に剣を抜いた。

「な・・・!」

 断末魔を上げる暇さえ無かった。

 その場にいる聖騎士達は、一瞬で首と胴が離れた。

「大至急、全軍へ連絡を入れろ!陛下と民を守るぞ!」

 正真正銘の反逆者となった彼等だが、その反逆の象徴である死体には一瞥もくれず、街中を闊歩する残りの聖騎士も迅速に排除した。

 長い間、ケミの大森林の危険生物と戦って来たポラトエル公国は、訓練だけを丹念に積み上げて来た聖騎士団など相手にもならなかった。

 街中にいた聖騎士は、早速乱暴狼藉を働いてわざと怒りを誘う真似をしていた。

 この行為に怒り狂った住民達は、遂にハレル教を完全に見限る事を決意した。

 その怒りは、一直線に街にある施設へと向かって行く。

「ハレル教を潰せー!」

「嘘と偽善を撒き散らすハレル教はいらない!」

「ハレル教の暴虐を許すな!」

 デモ行進の様に主張を叫びながら街道を進む彼等の先には、この町に建設された立派な教会が建っていた。

「教会をぶっ壊せ!」

「シスターも神父も引きずり出せ!容赦するな!」

 巨大な一塊の怒号は、教会へと向かって激しくぶつかった。

 威厳と品格を感じさせる扉は薙ぎ倒され、芸術性の高いステンドグラスは粉々に割られた。

 それだけに留まらず、内部に取り揃えられている調度品も片っ端から破壊されて行った。

「やめなさい!何と愚かな事をするのですか!?」

 逃げ惑うばかりの教会関係者の中で、唯一神父だけは毅然と立ち向かった。

「貴方達、ハレル教の教えを忘れてしまったのですか!?破壊からは、憎悪しか生まれません!罪を重ねては、審判の間で厳罰に処されます!時には、怒りに身を任せたくなる事もあるでしょう。しかし、そんな時こそ慈しみの心を持つのです!間違える事もあるでしょう。しかし、そんな時こそ寛容な心を持つのです!」

 長い間、あらゆる人種に教えを説いて来ただけあり、神父の言葉は力を持っていた。

 怒れる群衆は、動きを止めた。

 だが、それも一時的なものでしか無かった。

「嘘を垂れ流すな!」

「そうだそうだ!」

 罵声が教会を覆い尽くした。

「な・・・貴方達は・・・!」

 予想もしなかった展開に、神父は怒りと困惑が入り混じる。

「この国は、ハレル教のせいで一度破壊されてるんだぞ!俺の祖父は、聖教軍に殺されたんだ!祖父を殺した奴は、審判の間で厳罰を受けたのか!?」

「俺は、聖教軍のせいで孤児になった!あんたが来る以前の神父は、俺みたいな孤児を汚らしいと言って蹴飛ばした!だがどうだ!?教皇庁は、そんな奴を見習えと言った!そんな奴を聖職者の鑑だと褒め称えた!」

「私達だけじゃない!口先だけで立派な事を言っても、虐げられている人がたくさんいるのよ!?他でも無いハレル教によって!」

 神父は、言葉を失った。

 教えとは裏腹に、ハレル教圏は軍事力によって勢力を拡大を続けて来た。

 無論、その矛盾に気付いていなかった訳では無い。

 だが、少しずつではあるが、かつての暴虐ぶりは是正されて来た。

 勇者一行の登場以降、その傾向はより強まった。

 だからこそ、神父は信じていた。

 被征服地に於いても、ハレル教は理解され、受け入れられると。

 その使命を帯びて、この地に赴任した筈であった。

 しかし、彼は今正に現実を突き付けられていた。

 ハレル教による暴虐は、神父が想像していた以上に根深いものである事が証明された。

 そして、教えを受ける立場にある筈の民衆から、ハレル教の矛盾を容赦無く指摘されていた。

 「どれ程罪深い者であろうとも、必ず正しく導ける!」と考えていた神父の自信は、呆気無く崩れ去った。

 最早、怒れる群衆を止める力は、神父に残されていなかった。

 涙を流して懺悔を口にする神父に対し、群衆は容赦無く拳を振り上げる。

 神父に限らず、教会関係者は全員が同じ末路を辿った。

 そして教会は燃やされ、街中が歓声で溢れ返った。

 バレグは、ハレル教の軛から解放された。



 王城



「バレグの駐屯兵より緊急連絡が入った。聖騎士団が、陛下を拷問しようとしているらしい。」

 王城の護衛は、公王の執務室前でたった今入った情報について話していた。

「間違い無いの・・・いや、此処最近の聖騎士団の動きは妙だ。有り得ない話では無いだろうな・・・」

 そう言うと、忙しく執務をこなしているであろう公王の元へ行く。

「陛下、申し訳御座いませんが緊急事態です。」

「急にどうした?」

 公王は、突然の護衛の入室にも全く動じずに尋ねる。

「聖騎士団が陛下を連行し、拷問を行おうとしているとの情報がバレグの駐屯兵より齎されました。」

「・・・来るべきものが来たか。」

 公王の表情には、諦めが見て取れた。

「バレグでは、聖騎士団を殲滅したとの事です。我等も、陛下には指一本触れさせません!」

 怒りに身を任せていると理解した公王は諫めようとするも、そこへ品の無い足音が近付いて来る。

「陛下、御覚悟を。今正に、我が国は存亡の分岐点にいるのです。」



 バン



 乱暴に扉が開き、聖騎士団が押し入る。

「公王陛下、突然だが貴方には背教者の嫌疑が掛かっている。教皇庁まで御同行願おう。」

 言いたい事を一方的に言うと、公王へ近付く。

 しかし、護衛が阻む。

「何だァ?貴様等も背教審理にかけられたいのか!?」

「無実の罪を陛下へ着せようとしているのは知っている。速やかにお引き取り願おう。」

「貴様等ッ!」

 剣を抜く聖騎士へ応じる様に、護衛も素早く剣を抜く。



 ザンッ



 一瞬で勝負は着いた。

 後に抜いた護衛の方が、数瞬も早く相手の体を貫いた。

「本性を現したな、痴れ者めが!」

 残りの聖騎士が応戦の構えを取るが、まともに動き出す前に護衛が応じた。

 数瞬の後、倒れているのは聖騎士だけとなり、立っているのは護衛だけであった。

「ハ、ハハハ・・・何だ、この程度なのか・・・今まで何を我慢していたんだ、俺達は?」

 ポラトエル公国は、いつの間にか自身が強国へと変貌していた事に気付く。

「好機だ、今やハレル教圏はズタズタになっている!今こそ、積年の恨みを晴らす絶好の機会だ!」

「陛下、御命令を!陛下も民も、これ以上の我慢を強いられる事はありません!今こそ・・・!」

 公王も、この言葉に静かに頷いた。

 聖騎士団は、特大の地雷を踏み抜いてしまったのである。

 ポラトエル公国の反乱は、あっと言う間に周辺国を呑み込んだ。

 この動きにあらゆる被征服国が刺激され、反乱は瞬く間に大陸全土へと波及した。




 ・・・ ・・・ ・・・




 神聖ジェイスティス教皇国  教皇庁



「何をしておるのだ!?」

 ポラトエル公国の反乱の報を聞き、教皇庁は今まで以上に荒れ狂っていた。

 誰かの怒声が絶えず響き渡り、官僚は嵐の様な毎日となっていた。

「新たに二ヶ所で反乱が確認されました!双方とも、一万人規模にまで拡大しており、教会が何棟か焼き討ちされたとの事!」

「すぐに鎮圧部隊を送れ!」

「報告!ポラトエル公国が、全ての隣国を制圧!国外へ脱出した王族が、救援を求めております!」

「聖教軍の編成を開始しろ!」

「駄目です!戦力的にも財政的にも余裕がありません!」

「各国から何としても出させるのだ!」

 リウジネインとシェイティンは矢継ぎ早に指示を出すが、まるで手が回っていなかった。

 そこへ、新たな追い打ちが入る。

「教皇代理、やはりあなた方に付いて来たのは間違いでした。」

 二人の元へ枢機卿の一人がやって来ると、開口一番に二人を非難する。

「こんな時に何だ!?指示通りに早く動かんか!」

「お断りします。あなた方の指示通りに動いては、ハレル教圏は早晩瓦解してしまいます。」

「口を慎め!枢機卿と言えども、言って良い事と悪い事があるぞ!」

「とにかく、私はこれで失礼致します。後始末程度はしっかりやって下さい。」

 そう言うと、足早に立ち去った。

 この離反による影響は、鎮圧の遅れと言う形ですぐに表へ出た。


 後日、


「教皇代理、東部の鎮圧が遅々として進んでおりませんが、担当の者は何処に?」

 枢機卿を集めての会議の席上、早速突っ込まれる。

「奴は、離反しおった。こんな時に愚かな事を・・・!」

 リウジネインは恨みがましく呟くが、追及はこれだけでは終わらない。

「ならば何故、背教審理にかけないのですか!?」

「左様、ノコノコ出て行かせるなど、正気の沙汰では無い!」

「皆の言う事は尤もだが、今はそんな場合では無いぞ!」

 シェイティンが諫めるも、火に油を注いだだけであった。

「今だからこそ、やらなければならないのでは無いか!?」

「ハレル教の頂点に立つ者がこのザマでは、信徒に示しが付きませんぞ!」

「身内の統率も出来ないとは、恥晒しもいいとこだ!」

 口々に罵声を浴びせる一同だが、事態はそれだけに留まらなかった。

「教皇代理、私もこれ以上の協力は出来ないと申し上げておく。」

「な・・・!」

「私も同じく、これ以上の手助けはしない。」

「私もだ。」

 枢機卿は次々と立ち上がり、勝手に会議室から退室した。

「・・・どうします?」

 残されたシェイティンは、リウジネインへ尋ねる。

「フン、枢機卿がいくら束になった所で、それより上の地位にいる我等に何が出来ると言うのか?」

 リウジネインは余裕を持って答えるが、その余裕はすぐに崩れる事となる。


 数日後、


 教皇庁の廊下を歩くリウジネインとシェイティンは、この上無く居心地が悪かった。

 すれ違う官僚全員が、冷たい視線をぶつけて来るのである。

 それどころか、陰口さえ漏れ聞こえて来る有様であった。

 その内容は、どれも鎮圧の遅れにある事無い事付け加えた悪意ある噂話ばかりであった。

 しかも、明らかに教皇代理を悪役に仕立て上げる形となっている。

「クソッ、こんな手を使って来るとは・・・!」

「枢機卿の勝手によって鎮圧が遅れていると言うのに、我等が悪者にされてしまうとは・・・。」

 リウジネインは激怒し、シェイティンは縮こまる。

 事情を知る者であれば、離反した枢機卿が結託して意図的に噂を流している事は容易に想像が付く。

 だが、現状では対抗策が全く無い。

 暫く悩んだ末、シェイティンは決断する。

「リウジネイン殿、こうなれば致し方ありませぬ。教皇代理を辞すのです。」

「何を言われる!?憎きホノルリウスを漸く追い落として手に入れた地位なのですぞ!」

「しかし、このままでは我等二人共、背教審理に掛けられる事は目に見えております!それこそ、ホノルリウスに対してした様に・・・自ら今の地位を辞せば、少なくとも命は助かるでしょう!教皇代理として集まった財貨もあります。」

 リウジネインは、口を閉ざす。

 現状、教皇庁に二人の味方は皆無に等しい。

 これから味方を増やすにしても、その前に時間切れとなる事は明らかであった。

「・・・仕方無い、辞任しよう。」

 悩みに悩んだ末に、リウジネインも同意した。


 次の日、二人は教皇代理の辞任を正式に明かし、教皇庁から退く事となった。

 二人を見送る者は誰もいない。

 そんな余裕は無いし、進んでやりたがる者もいない。

 二人は、入り口で振り返る。

 そして、上を見る。

「あそこが、つい先程までの我等の居場所だったとはな・・・」

「思えば、随分と長い時間が掛かりましたが、失う時はあっという間ですな。」

「確かに。しかし、どう言う訳か気分が良い。もう、色々と頭を悩ませなくて済むかと思うと、気が楽ですな。」

「言われてみればそうですね。では、これからは楽隠居ですか?」

「安全な隠居先を見付けねばなりませんな。」

 和気藹々と話していると、いつの間にか多くの視線が感じられた。

「何だ・・・?」

 見ると、此方を睨み付けている市民が多くいる事に気付く。

「何だ、お前達は?」

「随分と羽振りのいい話をしてるじゃねぇか。ええ、‘元‘教皇代理さん方?」

「こっちは散々苦労してるってのに、余程いい生活を送って来たんだろうねぇ?」

「そりゃ、枢機卿が見捨てるワケだ。」

(いつの間にか、あの噂が外にまで・・・!)

 二人は、青ざめた。

「ま、待て、お前達が知っている事は、我等を追い落とす為に拡散されたデマなのだ!我等は、信徒の為に身を粉にして駆け回って来たのだぞ!」

「信徒の為を思ってんなら、楽隠居を決め込もうとはしないだろうよ?」

 この期に及んで新たな墓穴を掘った事に今更気付き、顔色が更に悪くなる。

 二人を取り囲む市民は更に増え、徐々に近付き始める。

「く、来るな!」

「何をする気なんだ!?我等が誰だかわかっているのか!?」

 市民の目付きは、更に厳しくなる。

「知ってるさ。俺達を苦しめた老いぼれだろ?」

「お前等が主導権握ってから、生活は苦しくなる一方だ。」

「やっちまおうぜ!」

 その一言で、市民は一気に二人へと殺到した。

「ヒギャアァァァァァ・・・!」

「やめてくれぇ、許してくれェェェェェーーーー・・・!」

 醜い断末魔は徐々に小さくなり、そして消えた。

 核攻撃の元凶となったリウジネインとシェイティンは、導くべき信徒からの怒りを一身に受け、死ぬ間際までその身に罰を受け続けて果てた。

 しかし、ハレル教にとっての真の苦難は此処からであった。

 教皇、教皇代理を共に失った教皇庁は、まともに全体を纏め切れる力量を持つ者がおらず、複数の派閥に分裂しての権力闘争に明け暮れるばかりとなってしまう。

 ハレル教の権威は完全に失墜し、遂には被征服国以外にも信仰心の薄い地方の中小国までもが反旗を翻し始める事態となった。

 アウトリア王国の聖教軍はこの様な状況から離反者が相次ぎ、自然解散状態となっていた。

 そして、これ以上の工作の意味は無くなったと判断した暁帝国は、潜伏させていた特殊作戦連隊の完全撤収を決定した。

 尚、通商破壊によって拉致されていた商人や船員は、約3000人が救出された。

 移民は八割以上が完了しており、完了次第セイキュリー大陸との関わりが完全に断たれる事となる。

 こうして、ハレル教圏は完全に崩壊した。

 東部地域の不安定化は、ほぼ全てがセイキュリー大陸へ押し込められる形で決着を見たのであった。



 完全な自滅ですね。

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