82.取り残された侯爵閣下
実際のところ、ドクター・ブルームはもちろん、誰一人与り知らない場所で、アクセルもまた訴訟の手続きをし、グッドマンを介して事態を収拾する為の働きかけを続けていたのであるが、それについてアクセルは弁明するつもりがなかった。
それを言ってしまうと、まるで自分自身もまた、被害者である、という主張に繋がってしまうようで、なんとも情けない気がしたからだった。
それは、アクセルがディスカストス侯爵家の御曹司としての、そして、長年ビジネスの世界の第一線でそれなりの利益を出してきたリーダーとして、言い訳であるとか潔白の主張であるとか、そういったことを口にすることのマイナス面を重々承知していたことによる。
無論、アクセルの中に決然として存在している誇りもまた、今、この場でドクター・ブルームの糾弾に抗弁することへの強い拒否反応を示していた。
今回、ドクター・ブルームに会わせて欲しいと伝手を頼って画策した時、リンの尊敬するこの風変わりな教授から、例えどんな誹りを受けようとも、それを受け止めようと決めていたのだ。というのも、結局のところ、この騒動の一番の大元にあるのは、紛れもなく自分という存在だということがアクセル自身にも、よく分かっていたからである。
(『疫病神』か……。言い得て妙だな)
アクセルはそんなふうに思って、思わず自嘲の笑みを浮かべた。
しかし、それでも。
リンに相応しい男が、自分以外に沢山いるであろう、と思いつつ、それでもアクセルはリンを諦めることが出来そうになかった。
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リンからの「しばしの別れ」メールを受け取ってからこっち、アクセルはグッドマンの制止を振り切り、調査会社を動かしてなんとかリンの行方を捜そうとした。
しかし、いかんせん、そうした方面ではグッドマンとその後継者であるジョン・マシューズの方がずっと上手であり、アクセルの取りうるありとあらゆる伝手に手を回され妨げられてしまった結果、アクセルの捜索活動は完全に頓挫してしまったのだった。
一方、そんな焦燥の日々の中、アクセルを励ましてくれたのは、リンから届く定期連絡メールだった。
かつてリンがアクセルの気持ちに答えてくれるずっと前から、アクセルの方からコツコツと送り続けてきた写真付きの日常報告メールを変わらず送り続けているのだが、ギースのドクター・ヴァン・マーネンの元で研修医をしていた頃と同じように、リンからは大体7~8回に1回の返信を受け取っていた。
リンが姿を消してから初めての返信を受信した時など、アクセルはこれ以上ないくらい安堵し、幸せな気分を味わったものだ。
それ以来、ぽつりぽつりともたらされるリンからのメールに『別れるつもりはない』という絆の証を探し、確かめつつ過ごしてきたアクセルだったが、そんな日々が3ヶ月も過ぎた頃、どうにもいても立ってもいられなくなってしまったのである。
(リンに会いたい。
会って、思い切り抱きしめて、そして許しを乞いたい)
そうしなければ、自分の気が済まない。アクセルはそんなふうに感じていた。
しかし、同時に、リンの許しを得て愛情を確かめたい、許して貰うことでこれからもずっと共にいるという確証を得たい、という自分の心の底にわだかまるエゴに満ちた欲望を感じ、自己嫌悪に苛まれてしまった。
そんなある日、取引先の担当者が偶然ポロリと零したことには、彼の弟は噂のウィリアムズ・カレッジで教鞭を執るブルーム伯爵と非常に親しい間柄なのだという。
それを聞いたアクセルは、職権乱用を盛大に振りかざしてドクター・ブルームとの面談を無理矢理セッティングさせたのだった。




