後日談2 いつか、その日が来るまで(5)
翌朝、目を覚ました時、コンラッドは自分がいったい何処にいるのか一瞬解らなかった。
気持ちはひどくスッキリとしているが、まぶたはひどく腫れぼったい。目からこめかみにかけて、重苦しい熱っぽさがあって、はて?自分は風邪でも引いたかと額に手をあてた途端、昨晩のことを思い出した。
「あーー……」
折角起きあがったというのに、再び寝転がって枕に頭を乗せたまま、コンラッドは呻いた。
(俺は……でかい図体して、もう27にもなるってのに、母親に抱きついてオイオイ泣くなんて……なんて恥ずかしい!!)
耳から顔から、とにかく全身を羞恥で真っ赤に染めながら、コンラッドは悶えた。
少なくとも1週間は、母親に顔を見せられない……そんな風に思いついた途端、アカゲラのような軽やかなノックが響いて、間髪入れずに声がかかった。
「コンラッド!朝よ!起きなさい!」
「コート!起きてこい!!遠乗りに行くぞ!」
どうやら今朝は父親まで出張ってきて、なんとかして元気のない末っ子を引っ張り出すつもりのようだ。
「父様まで、まったく……」
呟いてから、思い直す。
(いや、あの父のことだ。俺の事ばかりじゃない。こんなふうに母様と過ごす休暇を、見逃すわけがないよな……)
小さい頃から父親はコンラッドにとって母をはさんで最大のライバルだった。度々大人気ない独占欲を見せ、母をコンラッドから連れ去ろうとする父を、よくミリアムが止めてくれたものだ。
そんなことを思い出しながら、ベッドを抜けだし、コンラッドは叫んだ。
「起きたよ、父様、母様!!シャワーを浴びたらすぐ行く!ダイニングで待ってて!」
「わかったわ、コンラッド。早くね!」
「急げよ!コート!」
飛び込んだバスルームには、良い匂いのするハーブの石けんに、コンラッド御用達のオーガニックシャンプーが常備されている。蛇口をひねれば、ステンレスのシャワーヘッドから、熱く清潔なお湯がたっぷりと降り注ぐ。その下で、頭から気持ちの良いシャワーを浴びながら、コンラッドは遠い山間部の少女を思った。
昨日、つらい気持ちを吐き出したせいか、今は息が詰まるほどの痛恨な気持ちは無い。あるのは、鈍い痛みと未来に対するしんしんとした決意だ。
長年の文化に縛られたああした閉鎖的な社会では、どんなに非人道的な慣習であっても、そう簡単には根絶することはできないだろう。少女婚は処女婚とも言い換えられる。未成熟な社会で、貧困と格差による人々のストレスが、社会的弱者である少女の身体と人生を"結婚"というシステムを利用して、恣にすることで消化する社会的システムなのだ。
少女婚をはじめとする男女差別を根絶する為には、長い時間がかかるだろうと言われている。しかし、一歩を踏み出さねばいつまでも、あの少女のような不幸なケースは無くならないのだ。
一度は絶望して、その現場から立ち去ろうとしたコンラッドであったが、今は真逆の気持ちが沸々と沸き上がってきていた。第二、第三の不幸な少女を生まない為に、出来る限りの事をしよう。コンラッドはそう決意していた。
そしていつかーー。いつか一人でも多くの人達が自分の人生を、自分の意志で選べるようになって欲しい、そう思う。
自分が生まれながらにして持っているこの自由を、幸せを、この世界に生きる全ての人達が当たり前のように享受できるように。
(いつか……いつか、そんな日が来るまで、俺は俺に出来ることを弛まず倦まず、続けていこう)
コンラッドは濡れ髪のままバスルームを出て、光り輝くバルコニーへと踏み出した。
明るい日射しの向こう、家族の食卓で、新しい1日が待っているーー。




