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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第四十九話 音楽祭最終日

 ローザス一座の座長レイワンさんが持ってきた企画を実現するため、俺たちは手分けしてタカクス各所を走り回っていた。

 音楽祭の期間も半分過ぎた今になって持ち込まれた企画という事もあり、時間が押している。

 しかも、企画で使用される範囲がタカクスの雲下ノ層計四本の枝全域だ。大通りのみとはいえ、隣接する民家の住人へ了解を取ったりとやる事が非常に多い。

 俺は雲中ノ層にある魔虫狩人ギルドの玄関をくぐる。


「アマネさん、慌ててどうしたんですか?」

「悪い。客間を使わせてもらうぞ。ギルド長は?」

「現場視察に出てます」

「なら副ギルド長を呼んでくれ」


 職員に頼みつつ、俺は客間へ上がる。

 置かれている机に雲下ノ層の地図を広げていると、副ギルド長である元ギリカ村長がやってきた。


「アマネさんが事前連絡なしとは珍しい。何か騒ぎでも起きたか?」

「これから起こすんだ。ちょっとそこに座って意見をくれ」

「先に事情を話してくれよ」

「地図を見せながらの方が早いんだ」


 副ギルド長である元ギリカ村長の前で俺は企画概要を説明しつつ地図を指差す。


「ここに来たのは当日の警備について詰めたいからだ。特に、矢羽橋と二重奏橋周辺の交通規制が必要になる」

「交通規制は良いが、告知は?」

「今リシェイが準備してる。告知分の張り出しは早くても明日になる。企画の方もまだ準備段階だが、全て並行で準備しているから企画倒れはまずないと思ってくれ」

「なら、当日の警備変更は既定路線ってわけだ。手隙の者もいるから後で調整しておこう。ギルド長にはこっちで話をつけるって事で?」

「あぁ、そうしてくれ。特別手当も出す予定だ」


 手当の金額について説明し、警備員として魔虫狩人をどこに立たせるのか、持ち場の範囲についても話を詰めていく。

 地図を指差しながらおおよそ詰められるところを詰め終わり、俺は地図を預けて次の場所へ向かうべく席を立つ。

 元ギリカ村長が声をかけてきた。


「警備も必要だが、医師も配置した方がいい。その辺はどうなってるんで?」

「これから向かうところ。カルクさんが他の医師と話を詰めているから、それを聞いて配置場所を確定した後でまた来る。明日の昼に警備員をここに集めておいてくれ。その場にギルド長もいると話が早くて助かる」

「了解」


 後の事は元ギリカ村長に託し、俺は魔虫狩人ギルドを出て雲中ノ層第二の枝に向かう。

 住宅街をほぼ素通りして水力エレベーターに乗った俺は、そのまま雲下ノ層第四の枝へ降りた。

 第四の枝の名物ともなっている空中市場には観光客と買い物客がごった返していた。この音楽祭で客が増えることを見越して開催前から露店の予約も殺到していただけあって、売り子たちの声もひっきりなしに聞こえてくる。

 こう騒々しくては大道芸人も活躍できないのか、空中市場の周辺には芸を披露している者がいなかった。空中回廊の下であれば別だろうが。

 俺は空中回廊商店区画にある雑貨屋に入る。テグゥールースが経営している店だ。


「いらっしゃい。アマネさんですか。例の件なら、もう話がまとまってますよ」

「テグゥールースは仕事が早くて助かるよ」

「行商時代の癖か、今日中に出来る事を後回しにするのがどうにも落ち着かないもので」


 苦笑しながらテグゥールースが一枚の紙を出してくる。

 空中市場に店を構えている商人たちのサインが入った同意書だ。これで、当日は空中回廊への出入りを多少なりとも制限できる。


「でも、良いんですか? 空中市場に立ち見客が入った方が、人混みも緩和できるでしょう?」


 心配そうにテグゥールースが聞いてくる。


「俺としても立ち見客を入れたいところなんだけど、買い物客の邪魔になってしまうのは空中市場の思想に反するからな。それに、許容できる荷重量の問題もある。当日は巡回経路の調整で観光客からの不満が出ないように配慮するよ」

「そういう事なら良いんですけどもね」


 同意書をテグゥールースから受け取って、俺は持ってきた書類カバンに入れる。


「これからどちらに?」

「旧キダト村公民館に行って、カルクさん達と話してくる」

「医務関係ですか。頑張ってください」

「あぁ。そういえば、楽器の売れ行きはどうだ?」

「帳簿を見て止まらなくなった笑いを在庫を見て止める生活、ですかね」

「楽器製作は時間がかかるしな」


 専門の職人が作っているから品質は折り紙つきだけど、簡単に数を確保できる物ではないのだ。

 この音楽祭でタカクスにある楽器工房の知名度が高まったのは確かだから、良しとしよう。

 俺はテグゥールースの雑貨屋を出て、旧キダト村公民館へ向かった。




 音楽祭最終日、雲下ノ層はいつにもまして賑やかだった。

 ギリギリ準備が間に合った事にほっとしつつ、俺はリシェイ、メルミー、テテンと一緒に事務所のルーフバルコニーでまったりしていた。

 リシェイ特製ブレンドハーブティーに俺のお手製茶菓子、テテンが作った燻製キャラメルという謎商品が乗った机はメルミー作である。


「何とか間に合ったわね……」


 リシェイが空を見上げて呟く。

 見上げた空は青く、多少雲の流れが速いくらいで程よい天気だ。気温も高くはないし、雨の気配もない。音楽祭の最終日を飾る良い日よりだ。

 事務所に隣接する公園を挟んだ向こうにある通りには見物客が列を成していた。魔虫狩人ギルドが派遣した警備員による交通整理が行き届いているらしく、通りの中央は無人の空間になっている。

 通りと人混みを仕切る簡易的な柵はメルミーの号令一下、タカクスの職人たちがほとんど総出で作り上げた物だ。

 急な依頼ではあったが、出来上がった柵は彫刻も施された立派なものであり、これから行うイベントに興を添えるに十分な仕上がりだった。

 テテンが燻製キャラメルを日の光に当てて検分してから口に入れる。


「……まぁまぁ」

「へぇ、テテンちゃんがまぁまぁって評価ならきっとおいしいね」


 警戒して手を伸ばさずにいたメルミーが燻製キャラメルを一つ摘まんで、しばらく沈黙した後、首を傾げた。


「うん、まぁまぁ」

「……アマネ、ごー」


 テテンが燻製キャラメルの乗った小皿を差し出してくる。

 そりゃあまぁ、食べるけどさ。

 ひとつ口に放り込んでみる。


「……微妙にまぁまぁな味だな」


 香ばしいような煙の香りがキャラメルの香ばしさと調和している。その点だけなら美味しいのだが、生クリーム由来の油分と甘さが煙の香りでぼやけている点はマイナス評価だ。

 少なくとも、ハーブティーを飲みながら食べる物ではないな。

 俺の反応に首を傾げたリシェイが恐る恐るといった様子で燻製キャラメルを食べ、困った顔をする。


「可もなく不可もなく。お茶菓子にするのは無理だけど、飲み屋さんで出すのも違う気がするし……」

「……改良の、余地あり」


 テテンが意気込みつつ燻製キャラメルをもう一つ食べ、微妙な顔をする。


「……アマネ、味見係」

「自分が食べたくない物を研究するのはやめろ」


 口直しにリシェイのブレンドハーブティーを飲んでいると、懐かしい潮騒にも似た音の波が第二の枝の方角から近付いてきた。


「来たみたいだね」


 メルミーが遠眼鏡を取り出して呟く。

 見物客に挟まれた道を進んでくるのはビューテラームから来た一座だ。

 ドラムを先頭に吹奏楽器の演者に加えてバトンやリボンを回す団員が列を成して進んでくる。

 ローザス一座の座長レイワンさんが企画し、ビューテラーム楽団を含む参加団体に話まで付けて俺のところに持ち込んだ企画がこのパレードだ。

 ローザス一座の芸は音楽だけではなく舞台演劇など多岐にわたる。旅の一座時代から培ってきた様々な見せ方の一つがこのパレードらしい。

 外部の脅威が魔虫であり、統一され、組織だった戦略行動をとらない脅威としか対峙してこなかったこの世界において、軍隊という考え方はあまり発展していない。戦力を持つ組織といえば魔虫狩人ギルドであり、集団戦術も魔虫を相手取るために弓を主兵装として発展した散開戦術、ゲリラ戦である。

 つまり、軍隊染みた行進というものに馴染みが全くないのだ。

 そんなこの世界の文化において、規律ある行進の中で演奏とパフォーマンスを行うパレードもまた、あまり馴染みがない。

 レイワンさんはローザス一座の芸風の広さとずば抜けた体力を鑑みて今回のパレードを企画、音楽祭の他の参加団体とノウハウを共有することを条件に協力を取り付けたのである。

 ローザス一座の長所を考えた上での起死回生の一手だ。

 とはいえ、ビューテラームに籍を置く他の参加団体も歴史ある団体だけあってパレードの存在を知っており、少ないながらもノウハウがあるからこそ協力したのだろう。


「やっぱりすごいな。音が安定してる」


 多少、列に乱れがあるものの、見物客の間を行進しているビューテラームの一座の演奏は安定感がある。基礎体力、肺活量など、きちんと訓練した上で完成度を高めているのが良く分かった。

 今回のこのパレードは開催期間中に決定された催しであるため、ローザス一座を含めて練習期間が足りていない。夜間であっても第三の枝のイチコウカ畑を見にカップルが散歩しているタカクスの中でこっそり練習などできようはずもないため、どこも素の実力が出ているのだ。


「歴史があると、団員の層も厚いわね」

「訓練が効率的なんだろうな」


 積み上げてきたノウハウの違いだ。

 続いて出てきた劇団はよく動いていた。先頭はもちろん、集団の外縁に出ているダンサーが躍動的に動く姿はテンポの早い音楽と噛み合って情熱的で、見ているこちらの鼓動まで早くなってくる。

 見物客の盛り上がりも中々だ。公園を挟んでいるここまで声が聞こえてくる。

 俺たちはのんびりとお茶と菓子を楽しみながら、少し遠目にパレードを楽しむ。


「急に決まったのに、どこも参加を了承するだけあって凄い演技だな」

「これだけの団体数なのに他と内容が被ってないんだもんね」


 メルミーと並んで感心している俺の横で、リシェイが各団体の演技についてテテンに解説し、テテンはメモを取っている。メモが暗号で書かれているという事は、次の小説は劇団物だろう。

 いくつかの団体が通りすぎ、今回の企画の立案者であるローザス一座がやってきた。

 歓声を引き連れてやってきたローザス一座は他の団体とは隔絶した技量を有しているのが一目で分かった。

 整然とした行進。足を上げるタイミングまで全く同じだ。通りを曲がる際にも横の並びを崩さないように歩幅を調整している。

 それでいて、直線では隊列の入れ替えまで素早く行っている。

 あれだけ激しく動いて何故演奏が乱れないのか不思議で仕方がなかった。曲調も北側の物にしてはかなりアップテンポの激しい曲である。


「多分〝散花の嵐〟ね。原曲よりも激しくなっている気はするけれど」


 リシェイが耳を澄ませて音を聞き取り、曲名を口にする。


「旅の一座や楽団が目的地に向かう途中の村や町で演奏しながら通り抜ける、通行曲の一種よ。技術的にも難しい曲だけど、半端な鍛え方だと息が続かずに恥をかいてしまうから滅多に演奏されないわね」

「ローザス一座は走り込みとかして、体力作りもしっかりやるもんね」


 納得したメルミーが通りを行進するローザス一座を眺める。

 元が旅の一座だけあって、ローザス一座は摩天楼という都会育ちの楽団たちと場数も違う。

 これだけのパフォーマンスを見せられるのなら、他の参加団体がノウハウの共有を条件にパレードを承認するのも当然だろう。

 観客たちもローザス一座の派手な動きと演奏に沸いている。ローザス一座が通り過ぎると歓声と拍手が鳴り響き、音楽祭は盛り上がりの中で幕を閉じた。



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