第四十三話 天楼回廊・北側停留所
冬となり、天候のしがらみから解放される雲上ノ層へと俺たちはやってきた。
目的は天楼回廊の工事である。
冬だけあって直射日光も幾分柔らかく、作業の妨げにはならない。
タカクスから南、世界樹の幹の方角へと道が伸びている。昨年、俺達が工事して道路と資材置き場を整備したから、ずいぶんと歩きやすくなっていた。崖の上り下りも坂道で済ませられるのは大きい。
昨年建てた休憩所を素通りして進み、途中でカッテラ都市の職人集団と合流する。
カッテラ都市の職人を率いる職長が南の方を指差して報告してくれる。
「幹の方まで行ってきましたが、魔虫に荒らされている場所はありませんでした。すぐに工事に取り掛かれます」
「それはよかった。手間が省けて助かります。今回は停留所を造るので、時間が押してるんですよ」
停留所といっても、規模はそこらの停留所とは全く異なる。
世界樹北側における交通の要所となるだけでなく、付近に都市や町のない立地条件でもあるため防衛機能を持たせておく必要がある。
ヨーインズリーが主催した停留所のデザイン大会で設計したものよりもはるかに巨大で、食料の生産設備を持たない小さな村くらいの規模で作る予定なのだ。
魔虫の襲撃を受けても援軍が駆け付けるまで籠城が可能な、いわば砦のようなモノを建てることになる。
必要な設備はコヨウ車の乗り入れを行う停留所、コヨウを休ませる厩舎、魔虫狩人が駐在する居住スペース、食料や矢の備蓄スペースなどだ。また、利用客に配慮した食堂なども最低限必要になる。
しかも、利用客は世界樹北側の摩天楼タカクスを目指していると想定される。客数もかなり多めに見込んでいるため、施設全体を大きく設計してあった。
今後、カッテラ都市など北側の諸都市が天楼回廊へ接続可能な雲上ノ層への橋を架ければ事情は変わってくるのだが、まだまだ先になるだろう。
夏までに村一つ作るようなものなので、工事期間が足りなくなる恐れがあった。
現場に到着し、業者が去年から一年かけて運んできた建築資材を確認するため資材置き場に向かう。
「メルミー達は俺が資材を確認している間にテントの設営を頼む。カッテラ都市組は停留所の基礎部分に問題がないかを調べてくれ」
去年の内に用意した基礎部分の劣化の程度から、この場所の年間の日差しの強さ、それによる劣化のしやすさを調べるのだ。例年観測した結果とそうずれることはないと思うけど、これから建設に入る以上、最後の確認はしておきたい。
資材置き場には世界樹の木材の他、魔虫甲材であり現状最高の硬度を誇るブルービートルの角などが置かれている。青い光沢と加工難易度のせいで使い勝手の悪いブルービートルの甲殻だが、角を鉄筋代わりにすることを思いついて試すことにしたのだ。
ブルービートルの甲殻はビューテラームで考案された酢酸で蒸す加工法について研究が進んでおり、耐久試験の結果、加工後であれば野晒しでも五十年、蝋を塗ったり液化糸に閉じ込めるなどで空気に触れないようにすれば二百年以上、理論上は強度を維持できるらしい。
ちなみに、今回のブルービートルの角はカッテラ都市で加工してもらった。
今頃、ヨーインズリー、ビューテラーム、アクアス、三つの摩天楼が同じく大きな停留所を建設しているはずで、それらは各地域を代表する建造物となる。天楼回廊のランドマークだ。
つまり、技術的にも文化的にも各地域に負けられないのである。
「見せてやろう。北側の本気というものを!」
さて、資材は確認したし、工事に移ろうか。
俺はテントの設営を終えて休憩しているメルミー達を呼び、今日使う資材を運び出してもらう。
その間に基礎の確認を終えたカッテラ都市組がやってきて現状の報告をしてくれた。
例年のデータとの齟齬はないようだ。雲上ノ層は天候の影響を受けないため、毎年の変化も少ないらしい。
「なんか面白いことするって聞いてますけど、ブルービートルの角ですか、あれ?」
カッテラ都市の職長が資材置き場から運び出されてきた青い角を興味深そうに眺めながら訊ねてくる。
メルミー達が資材置き場から出してきたのはブルービートルの角と液化糸、雪虫の毛、ビーアントの粉砕甲殻、それに型だ。
鉄筋代わりのブルービートルの角を繊維が長く防音特性のある雪虫の毛と強度を与えるビーアントの粉砕甲殻を混ぜた液化糸で覆う。
太陽の光に強く、ブルービートルの角のおかげで高い剛性と液化糸の伸縮性を併せ持ち、全体的に均一で長大な部材が作れる上に、音、衝撃を吸収する。外観は白御影石に近く高級感があり、塗装も可能。
唯一の欠点は値が張る事だ。特に雪虫の毛が入手しにくい。
もっとも、北側は冬に吹雪く事が多く、他の地域よりも雪虫を狩りやすい環境である。今回の工事に必要な分はかつてのキリルギリ騒動で構築した魔虫狩人のネットワークを通じて北側全域で狩りを行ったため容易に集まった。
余談だが、雪虫を狩るのは目的の一つでしかなく、本来の目的は緊急時の食料品や魔虫狩人の広域派遣を行う際のデータ収集だったりする。天楼回廊の停留所が魔虫の襲撃を受けた際に対応できるよう情報の素早い伝達を行えるかを調べたりしたのだ。
そんな、ついでで狩られた憐れな雪虫たちは毛を毟られて停留所の建材に早変わりである。君たちの死は無駄にしない。
「カッテラ都市組は今の内に柱を立てて」
「了解」
この停留所は重量級の魔虫に襲撃されても耐えられるように柱の本数を多くしている。また、周囲はぐるりと壁で囲んで建物そのものへの距離を稼ぎ、弓矢で応戦できるような設計だ。
壁と建物の間には庭があり、低木を植えて建物の中から壁を直接見れないようにすることで狭苦しさを感じないように気を使う予定である。
さて、ガンガン工事を進めましょうかね。
冬が過ぎて春を迎え、春も半ばも迎える頃に停留所は完成した。
塀はレンガ風化粧漆喰の変化版として開発した石垣風に塗ってある。
わざわざ傾斜まで付けた石垣塀は高く、おおよそ四メートルある。傾斜はあえて緩く作ってあり、途中までは魔虫が簡単に上れるようにしてあった。
「安全確認良し。それでは、実射してみようか。合図と同時に一斉射してくれ」
タカクスから呼び寄せたビロース達魔虫狩人に手旗で指示を出し、矢を一斉に放ってもらう。
卓越した技量を持つ魔虫狩人たちが放った矢は、石垣塀の下部に開けられた狭間から飛び出して遠くに飛んでいった。
この様子なら、石垣塀を上ろうと試みた迂闊な魔虫は、裏に控えた魔虫狩人に柔らかい腹部を晒し、安全に討ち取られる事だろう。
石垣塀の傾斜は途中から一気にきつくなっており、上部はほぼ垂直で白い漆喰で塗り分けられている。
石垣塀の裏側から見ても同じ色の塗り分けになっているため、外にいる魔虫の全体像が分からずとも、どのあたりまで上ってきているのかが分かる仕組みだ。
「狙ってみた感じ、どうだった?」
俺も工事終了後に試射してみたが、他の人の意見も聞きたくなって訊ねる。
質問を受けて、ビロースは満足そうに頷いた。
「視界は確保されているし、問題はない。最初は庭に植わっている木が邪魔になるかと思ったが、あれ以上に樹高が高くならない限り視界を遮る事もなさそうだな」
「初見でも壁を射抜く奴はいなかったし、このまま運用できるな」
場合によっては訓練する事も考えていただけに、お墨付きを貰えたのはありがたい。
塀と建物の間には庭があり、コヨウ車の停留所にいる客の目を楽しませる作りになっている。
この庭に植わっている低木は客の目を楽しませ、視界に塀の下部にあるやや無骨な石垣風の色漆喰を隠す意味があるが、もう一つ、コヨウの臭気を誤魔化す意味も込めて葉が香りを放つ種類を植えてあった。
コヨウは臭い動物だ。停留所の周囲を塀で囲む以上臭いが籠る事になるため、対策として香木を植えたのだ。
樹高は低く一メートル程度。平時には換気孔としても機能する石垣塀に開けられた狭間を隠す高さにはならない。
ビロース達魔虫狩人に礼を言って、俺は建物を振り返る。
新開発のブルービートル角筋液化糸を用いたアーケード状の停留所がある。石垣塀の四隅に開けられた入り口から入ったコヨウ車は目的地に応じた停留所に乗り入れ、客を拾って出発する。ブルービートル角筋液化糸に見られる白御影石のような模様が上品で、黒く塗装された差し掛け屋根と相まって高級感があった。雲上ノ層の直射日光も差し掛け屋根が遮ってくれているため、眩しさもない。
俺は停留所の奥にある螺旋階段へ向かう。
メルミーが担当した柔らかな曲線を多用した蔦の彫刻が滑り止めの役目を果たす螺旋階段を上って二階へ向かう。
石垣塀を見下ろす高さにある二階は食堂、客室などだ。主に利用客が使用する場所であり、関係者以外が立ち入れる空間は停留所とこの二階だけである。
魔虫狩人はこの足元、一階部分に居住スペースを設けており、いつでも停留所へ飛び出して石垣塀越しに魔虫への攻撃を加えられる他、一階から直接行き来できる三階部分で外の魔虫を迎撃できる。
ブルービートル角筋液化糸で作られた壁面は非常に分厚く頑丈で、魔虫の突進を受けてもびくともしない。さらに、強度で優れる世界樹製木材の柱を多目に配置している事もあり、全方向からの衝撃に強くなっている。
しかし、柱が多ければその分スペースも狭くなる。同じ面積に均一の太さの柱が四本の場合と五本の場合では利用可能な面積に差があるのは自明の理だ。
螺旋階段などでの省スペース化を図っていてもこの問題はどうしても表面化してしまう。
俺が見渡した二階スペースもやはり柱が目立っていた。
こればかりは設計上仕方のない事と割り切って、世界樹北側の交通結節点である事を逆手に取り、北側各地の地方情報を張り出す掲示板に仕立てて見た。
タカクスとカッテラ都市の職人たちの中でも彫刻の腕を認められている職人達が装飾を施した柱と掲示板を兼ねる柱が列を成している。利用客が行き先の情報を得られる工夫だ。
まだ掲示板は一つも利用されてないけど。停留所として機能するのはまだ先だから仕方がないね。




