第七話 鳥魔人
夏が過ぎて、第三の枝の入り口広場のキスタの植木が紅葉を始めた頃、俺は魔虫狩人ギルドに依頼を持ち込んだ。
博物館建設に向けての展示資料の蒐集依頼である。
博物館そのものの建設に移るまでにまだ数年単位の時間が必要だけど、今の内から展示品を蒐集しておけば、開館直後から展示物が充実するだろう。
魔虫狩人たちに集めてもらうのは魔虫と野鳥に関連するものである。
魔虫と、野鳥。その野鳥が拙かった。
「――アマネさん、本当にどうにかならねぇか?」
「そうは言われても、あいつの行動は正直どうしようもないって言うのが本音かな」
弱り切った顔の魔虫狩人ギルドの使い、元ギリカ村長が額を押さえる。
雲下ノ層にある事務所の応接室である。
元ギリカ村長が訊ねてきたのは今日の朝。
魔虫狩人ギルドの次期ギルド長として旧キダト村の老魔虫狩人の現ギルド長にしごかれている彼が珍しく朝から俺の下に直談判しに来た理由は、魔虫狩人ギルドを悩ませるとある人物について。
「マルクトはあれで無意味な行動はとらないから、何か考えがあると思うんだけど」
そう、問題の人物とは、マルクトである。
タカクスを興した時からの住人であり、最古参な上にタカクスの主要輸出品の一角を占めるランム鳥や特産品であるシンクの管理責任者という立場。ランム鳥関連の論文まで書き始め、摩天楼ヨーインズリーの虚の大図書館にその論文を寄贈した事から最近売り出し中のランム鳥研究者。
そんなマルクトがここしばらくの間、魔虫狩人ギルドに足しげく通っているという。
マルクトの目的は、俺が依頼した野鳥の関連物、特に野鳥の肉と卵だった。
野鳥本体は剥製にする予定であることをあらかじめ魔虫狩人ギルドに伝えていたため、魔虫狩人たちも最初は不要な肉や卵の中身を引き取ってくれるマルクトを好意的に相手していた。
しかし、マルクトは日に三度、朝、昼、夜に必ずやってきては、肉か卵はないかと催促するという。
「ギルドの連中、もうみんなドン引きでな。野鳥を綺麗に狩るほどマルクトさんに目を付けられるってんで、みんなして魔虫しか相手にしないと言い出す始末だ」
「それは問題だな」
何やってんの、マルクト。
それにしても、肉と卵だけ持って行くって事は……やっぱり食べてるんだろうなぁ。
毒とかないと良いけど。
沈鬱な表情で、元ギリカ村長がため息を吐き出す。
「二日前に仕留めたヘロホロの手羽先が美味かったって」
「ヘロホロってあのでかい鳥か」
野鳥の中でも高い飛翔能力を有する事から仕留めるのが難しい鳥のはずだ。俺も食べたことがないけど、独特な風味でかなり美味だと聞く。
「仕留めた奴も、よく自分で食べようと思わなかったな。美味いんだろ?」
「マルクトさんににじり寄られて、泣く泣く手放したんだ。結果的には、食事に誘われてマルクトさんの鳥料理の腕を披露されて満足したってことらしいんだが、それでもにじり寄られた時の恐怖は忘れられないって事で、昨日魔虫狩りに出発しちまった」
剥製標本に出来るくらい綺麗に鳥を仕留められる腕の持ち主だっただけに、魔虫狩人ギルドとしては痛い結果だったようだ。
「そこまで影響が出てるとなると、放っても置けないか。マルクトが何を考えているのかうっすらと想像がつくところは毒されているようで何だか怖いけど、ひとまず話し合ってみよう」
「頼むぜ、本当に」
と、元ギリカ村長が立ち上がりかけた時、事務所の玄関の呼び鈴が鳴った。
嫌な予感がして、俺は元ギリカ村長と顔を見合わせる。
廊下でパタパタと音がして、玄関をそっと開く控えめな音が聞こえてきた。おそらく、テテンだろう。
直後に、バタンと扉が閉じられる。つまり、訪問者は男だったという事だ。音の響き方からして非力なテテンが全力でシャットアウトしようとするほどに相手が筋肉質だったようでもある。
当てはまる人物はタカクス内にも結構いるけど、タイミング的な物を考えると……マルクトだよなぁ。
「――うわぁっ!?」
俺の対面に座り直した元ギリカ村長が俺の背後の窓を見てあからさまに驚いた後、
「うわぁ……」
ドン引きした。
振り返るのがちょっと怖い。どんな状況なのか想像できてしまうくらい、今の俺がマルクトの行動に毒されているんじゃないかと。
ため息一つで覚悟を決め、俺はゆっくりと振り返る。
透明な魔虫の翅を埋め込んだ窓の向こう、つまりは外からこの応接室を覗き込む人影がある。
俺と目が合うと、そいつはにやりと笑って、両手に三種類ずつ掴んでいる野鳥の死骸を掲げて見せた。
「アマネさん、折り入ってご相談があります」
「マルクト、その登場の仕方はさすがに怖すぎる」
そりゃあ、テテンも全力でシャットアウトするよ。
「相談の内容もある程度想像がつくけど、とりあえず中に入れ」
外と中じゃまともに話もできないからと、俺はマルクトを応接室へ招く。
しかし、マルクトはそこで初めて困ったような顔をした。
「テテン様に帰れと命じられたのですが、大丈夫ですかね」
「なんで、テテンに様付けなんだよ」
「どうにも付き合い方が分からないというか、苦手で」
こいつらの力関係が全く掴めない。
とりあえず、マルクトを玄関まで迎えに行き、応接室に通す。足音を聞きつけて廊下に顔をのぞかせたテテンはマルクトを見るなりびくりと肩を震わせて事務室へ引っ込んだ。
本当に、どういう力関係なんだろう。
応接室で待たせていた元ギリカ村長とマルクトが並んで腰掛けるのを見届けつつ、俺は対面に腰を下ろす。
「それで、マルクトの話って言うのは、魔虫狩人ギルドに迷惑をかけているのと関係があるんだよな?」
マルクトが持っている六種類の野鳥の死骸から間違いないと思いつつ、事実関係を問いただす。
丹念に血抜きしてから持ってきたらしく、野鳥からは血の一滴もたれていない。
マルクトは自慢の宝物でも見せびらかす様に野鳥の死骸を机に並べた。小さいモノはハト程度の大きさ、大きなモノになるとアオサギくらい。血抜きしてある分軽いとはいえ一人で持って来れるのはマルクトが鍛えているからだろう。
「野鳥の観察や生態研究を行う学者をヨーインズリーから招致してほしいのです」
「博物館の資料説明文の作成のために数日間滞在してもらう予定の学者さんが何人かいるけど、それとは別件か?」
マルクトが大きく頷く。
「別件です。アマネさん、これらの野鳥の中で味わった事がある物は?」
「じっちゃんと暮らしていた時にワギサは食べたな」
鳩くらいの大きさで翼の先が薄桃色なのが特徴のワギサは魔虫狩人が遠征時に現地調達する食材の一つだ。体力がないため継続飛行能力が低く、割と簡単に仕留められる。
味は残念賞である。臭みが強くて非常食にしかならない。
「後は、オウリィもビロースと一緒に狩りに行った時に仕留めて焼いて食った事がある」
カラスより一回り小さいくらいの大きさのオウリィは長い純白の冠羽が美しい鳥だ。ヘルシー路線まっしぐらの鳥で脂身が少なく食べやすい。
他は見かけたことだけはある。ヘロホロ鳥なんかもあった。
マルクトはうんうんと頷くと、くわっと目を見開いた。
「育てましょう!」
「タカクスで?」
「育てましょう!!」
また病気が始まったようだ。ランム鳥から別に興味が広がっている分、病状が悪化しているのかもしれない。
「学者を招致してほしいって言うのは、識者を交えて飼育環境を整えたいからか」
「その通りです。アマネさん!」
流石はアマネさん話が分かる、みたいな顔されてもね。
元ギリカ村長は明後日の方を向いている。マルクトの興味が飼育方面に行けば、少なくも野生の鳥を狩ってくる魔虫狩人ギルドの手を煩わせることがなくなるという目論見だろう。
とはいえ、実利を考えれば面白い試みではある。
ランム鳥の飼育記録をまめに取ってくれるマルクトのおかげでノウハウが蓄積されているし、ある程度の応用もできるだろう。
俺は机の上の野鳥六種を眺めて考える。
「……三種類選べ。その三種で家禽化計画を立てて、雲上ノ層に特別飼育小屋を建てる。最終的に一種類に絞って、産業化しよう」
「やはり、ヘロホロは外せませんね。これを家禽化できれば美味しい鳥肉料理が毎日……世間の食卓に上るわけですから」
「マルクト、途中まで自分ちの食卓事情しか考えなかったろ」
それでこそマルクトだとか思っちゃうあたり、俺も毒されている。
「餌の問題を考慮した方がいい。タカクス内で自給できる体制を作りたいから、可能ならランム鳥と同じ飼料用トウムで育てられるのがいい」
「その点はぬかりなく。ヘロホロを始め、この六種類はどれも草食です。実際に育ててみる必要はありますが、まず問題はないでしょう」
「分かった。計画書を作成して届けてくれ。費用に関してはリシェイと相談した後、俺の財布から出そう」
「ランム鳥の飼育数を増産させるのでアマネさんの資金は手一杯のはずでは?」
マルクトはタカクスの公共事業として成立させて費用も自治体運営費から出してもらおうと思っていたらしい。
キリルギリの襲撃で潰されたランム鳥の数を元の水準に戻すため、俺は財布からの臨時支出をしている。
もっとも、それまでに稼いだ分を割り当てているので、短期的に赤字を出しただけだ。
「それほど大規模に家禽化計画を進めるわけでもないから、手元の資金でどうにかなるさ。マルクトも研究費用を出してくれるならそれに越したことはないけど」
「了解です。妻と相談の上、研究費用を供出しましょう。ただ、飼育小屋の方はどうにもならないので、アマネさんを頼りにしてます」
「任せろ」
ポンポンと話を進めている俺たちを見て、元ギリカ村長が安堵の息を吐く。
これで、魔虫狩人ギルドは鳥魔人マルクトの魔の手から逃れることに成功したのであった。




