もし若い頃の自分に転生したら
もう一度人生をやり直したい。
そのチャンスが降ってきたら?
見知った天井だった。
というよりは懐かしい?
俺のマンションの寝室ではなく実家の俺の部屋だ。
あれ?
実家は老朽化で建て直したはずでは。
まさか。
洗面所で鏡を見たら若いというよりは幼い自分が映っていた。
十代後半?
部屋に戻って懐かしい机を見てみたら高校1年の教科書があった。
ラノベじゃあるまいし幻覚とか轢かれて病院で絶対安静の状態で見ている夢かと思ったけど自分を殴ってみたら普通に痛い。
逆行転生、じゃなくて単に時間遡行かよ!
昔からラノベとか色々読んでいたので状況は理解できたけど、まさか本当に起こるとは。
しかも自分の身に。
お袋に呼ばれて朝食の席に着いたらオヤジと妹がいた。
親父もお袋も若い。
もう死んでからずいぶんたつけど。
妹はむしろ幼い?
これが夢だとしたら設定が凝りすぎているなあ。
追い立てられるように学校に向かった。
幸い俺の高校は自宅から歩いていける場所だ。
道は何とか判った。
でも教室なんか覚えてないぞ?
自分の席も当然、五里霧中。
幸いにしてカレンダーを見たらまだ4月だったのでうっかり忘れたと言い訳しようかと思ったんだけど、教科書に「1年5組」と書いてあったから助かった。
席についてはわざとぎりぎりに教室に駆け込んでひとつだけ空いていた椅子に座った。
正解だったらしい。
誰も休んでなくて助かった。
授業が始まってもやる気なんかない。
教科書を見てもさっぱりだ。
いや現代国語は判るけど数学とか物理って何よ。
そんなもん、社会人になったら無意味だっての!
俺は大学に進学したけど文学部だったから数学の「す」も関係なかったんだよ!
まあ数Ⅰは数学というよりは算数なので何とかなった。
公民の教科書は当たり前の事が書いてあるだけなので楽勝だ。
英語も簡単、仕事で英文マニュアル作っていたしな。
社会人舐めるな。
体育の授業は楽しかった。
何てったって身体が軽い。
どこも痛まないってこんなに楽だったとは。
休み時間や昼休みに同級生と話したけど、当然名前なんか判らない。
そもそも俺は大学で東京に行って、そこで知り合いとかを全部リセットしたからな。
同窓会なんかも出てないし。
だからクラスにいる女の子とかも覚えてないんだけど、何かみんな物凄くダサくない?
女の子だけじゃなくて男もだ。
もちろん俺も含めてだけど、全員がイモだ。
話題もダサいどころじゃない。
ていうかそもそも会話に出て来るアーティスト、じゃなくてこの時代だとミュージシャンって俺にとってみたら懐メロだもんね。
フォークソングとかニューミュージックって今聞いたら身体が痒くなりそう。
授業は退屈過ぎた。
まったく興味が湧かない上につまらない。
知ったところで人生に何も関与しない。
大学受験のためには必要かもしれないけど、そもそも大学って必要か?
いい大学行っていい会社に入って、という勝ち組コースが如何に虚しい事であるのかはもう判っている。
俺は一応、それなりの大学を出て上場企業に入社したけど、でかい会社にはそれなりの苦労がある。
激務で何度も倒れたし今でも殺してやりたいくらい酷い上司に当たって鬱病になって休職もした。
何とか課長にはなれたけど早期退職に追い込まれた。
結婚して女房子どももいたけど離婚した。
ガキは男だったが元女房についていった。
あの時は本当にラッキーと思ったものだ。
俺そっくりの糞ガキだったからな。
社会にどっぷり浸かっていると人間の醜い部分を公私ともに嫌と言うほど味わう。
楽しい事もあったけどその十倍、いや二十倍くらいは苦しくて辛い。
俺はもう、人間に何の期待も出来なくなっていた。
だから退職した後は引きこもって貯蓄を食いつぶしながら年金が出るのを待っていたんだけど。
貰う前に振り出しに戻されてしまった(泣)。
帰宅して考えてみた。
青春とかクラスメイトの美少女と付き合うとか、あるいはラノベ作家を目指したり画期的な新商品を開発して時代の寵児になる、というような話はご免だ。
面倒くさすぎる。
もうサラリーマンは嫌だし経営者はもっと嫌だ。
そもそも今更勉強したり受験したりする気力が沸かない。
恋とかも無理。
大体、高校時代でカップルになったからといって何になる。
そのまま将来結婚するなんてアニメの中でしか有り得ない。
打算と妥協の末にどうでもよくなって適当な相手と結ばれるだけだろう?
親友や仲間とかもいらない。
極端に言えば大学どころか高校だって必要ない。
この時代でもフリースクールはあるからな。
さすがに高校中退だと将来が不安だが、人生お金があれば別に問題ない。
だったらバイトかな。
高校通いながらある程度貯めて、成人後は株とか買えば生活出来る程度の収入は何とかなりそう。
幸いにしてこれからの時代の流れは大まかに判っているし、有名IT企業の株を買っておけば何とかなるだろう。
よし。
俺は早速、コンビニでバイト雑誌を購入した。
「というような話ってどう思う?」
「いやどうと言われても。虚しい?」
「うん。でも楽だよ」
そう言って引きニートの友人は笑った。
実際問題として疲れ果てた状態で若くなっても、もうやる気ないと思う。
だって結果は大体判っているし。
恋も野望もいらん。




