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第96話 ブランギッシュ

――ブランギッシュ


 アルツ攻略を目指し動いているのは、アグロの街だけではない。

 セグルからの補給をうけながら、ブランギッシュもまた日々発展をし、そして軍事訓練を行っている。

 主であるイルマはアグロにいるため、村のまとめ役はテラーに一任されていた。


「テラー様、これでようやく報告書類はおわりです」


「そうですか。なんとか間に合いましたね」


 現在2人がいるのは、ヒサオがつかっていた家&仕事場であった大使館だった。


 白シャツに薄汚れた茶のベスト。下には丈夫そうな革でできたズボン。

 全身に生えている体毛を、隠すかのような保護色じみた衣服の選択。

 勿論エイブンは丸裸である。元々彼らケンタウロスは衣服をきるという習性がないのだから。ただし戦いの際、胸当はつける。


 そんな2人が何をしているのかといえば村の仕事関係だ。

 ヒサオが投げ出していた書類仕事が、


『馬野郎! おまえのせいで、変な噂がたってるじゃないか! 罰として、この書類をちゃんと片付けてね』


 と、アグロでの戦いの後やってきて、言われてしまった結果が現在でる。

 とても一人ではおわらないと見たテラーが、その手伝いをしていたというわけだろう。


「あの人間がいなくなってからというもの、この村も静かになりましたな」


「ヒサオですか? そうともいいますね」


 エイブンにいれてもらったカプティーを飲みながら、窓の外をみていた。


「しかしイルマのやつも、アグロではなく、こちらで指示をだせばいいものを。なぜ、向こうにいつづけるのでしょう?」


「さぁ? ですが、イルマの場合、アグロにいても不自然な気がしませんね」


「あいつは面の皮があついですからな」


 そういうエイブンの声に、なにか楽しさを感じてしまうようになっている。


「その――テラー様。つかぬことを聞いても?」


「はい? どうしました?」


 牢の時のように遠慮しがちにきいてきて、それがどこか残念にも思いながら、耳をかたむける。


「ヒサオに謝罪はしないのですか?」


「……」


 茶をもつテラー手がピタリと止まる。


「いえ、テラー様が悪いというわけではなくですね。あれはむしろテラー様にとって必要なことであって、いえ、もちろん我ら獣人のためというのは」


「落ち着きなさい。いいたいことはわかりますから」


「で、では!」


「……私が彼らを人間たちに売り飛ばしたのは事実です。それを謝罪して許してもらおうというのは、違うと思うのです」


「しかし、するのとしないのとでは……」


「エイブン。もし私が謝罪したとします。彼はどうするでしょ?」


「許さないのかもしれませんが……」


「むしろその方がいい」


「なっ!?」


「ヒサオは優しい」


 そうテラーが言いつつ、もっていた茶碗を机の上においた。


「彼は他の人間達と違う。私たちを奴隷や道具のようにおもってきた人間たちとは」


「……」


「エイブン。あなたが何度もヒサオの元にいき、和解のきっかけを作ろうとしたことは知っています」


「あ、いや、それは、俺が勝手にしたことであって!」


「いいんですよ。あなたがそうした気持もわかりますから」


「……すいませんでした」


 謝るエイブンに、テラーは首を横に振ることで返した。


「私は……彼のやさしさに甘えていいのでしょうか?」


 ホッと胸のうちから出すかのような声がテラーの口からきこえてくる。


「最初にあった時から、彼の前ではすべての種族が同じでした。エルフのミリア。ドワーフのジグルド。獣人の私。ダークエルフのフェルマン……どうして普通に接するのでしょうね?」


「異世界人だからでは? この世界の事を良く知らないだけでしょう」


「……ですけどエイブン。ヒサオの世界には獣人もエルフもドワーフも魔族もいないんですよ?」


「え? では、人間のみなのですか?」


「らしいです。でも私たちと一緒でも、ごくごく普通でした」


「……それはあいつが、考えなしだからでは?」


 エイブンの考えに、テラーはクスっと小さな笑みをみせた。


「そうですね。でも、エイブン。私たちが人間と一緒で、嬉しそうにされることはありましたか?」


「あるわけがない!」


 即座に答える。迷いなぞあるわけがなかった。


「ヒサオは笑っていましたよ。ミリアに何度もからかわれ、ジグルドに怒られ、私に駄目だしされても、普通に笑ったり、泣いたり、怒ったりしていました」


「……」


「イルマがどうしてアグロにいるのかでしたね?……私はそれだと思います」


「あいつがいるからだと?」


「そんな感じがするだけですが……たぶん、合っていると思います」


 自分の中にわいてでる、ヒサオに対する考え方。

 それは自然にでてきたものだ。

 そして同時に、ヒサオがいないことに……


「エイブン。この村は彼がいなくて、寂しいんじゃないでしょうかね……」


「……テラー様」


 それはもしかして……とエイブンは思いながらも、口にだせずにいた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ブランギッシュ名物といえば、今やアグニスの店でのみでてくる『天ぷらとクシカツ』である。


「こっち、ベア肉のクシカツ3本!」

「へい! まいど!」

「アグニスさん、こっちはジャガイモの天ぷらたのむよ!」

「今日はポテトでなくていいんで?」

「ああ、天ぷらの気分だ」

「まいど!」

「アグニスさん、こっちは野菜の天ぷらセットで!」

「セットまいど!」

「俺が頼んだクシカツまだかい? さっきから待ってんだけど?」

「スいやせん! 人手がたりないもので。今もっていきやす」


 といった具合が毎日続いていた。


 初めての食感、初めての味。

 できたての天ぷらやクシカツに少し塩をふるだけで、めちゃくちゃうまいと噂はひろまり、最近ではセグルからも人がくるほどになっている。

 だが、ここまでくると、流石に人手がほしくなってくるのだが、募集をかけても誰もこなかった。


「ごっそさん! うまかったよ」


「へい、ありがとやんした!」


 ちょっとでも気が抜けない毎日が、ゴブリン夫婦の身におきていたのである。


「あんた、野草の天ぷらあがったよ!」

「あいよ! 何かたりないのあるか?」

「そろそろ芋がきれるね」

「あちゃ。フライドポテトでも使うからな~ わかった。追加注文しておくわ」

「たのんだよ」

「おう!」


 あっさりとカウンター越しで会話をし、すぐに自分たちの仕事へともどっていく。


 それは、ほんの少し前とはまるで違う光景だった。

 食事の最中にたちあがり殴り合う。

 それが毎日のように繰り返され、夫婦は自信すら失いかけていたのだ。


 それが、いまではどうだろ?

 喧嘩どころではない。

 むしろ注文と食事が優先だ。

 きたらきたで、食べたことがないように食いつく始末。

 嬉しい悲鳴が毎日店内で響いていた。


「しっかし、うめぇよなここの料理はよ」

「ああ、だけど、アグロのラーメンとかいうのも止みつきになるらしいぜ」

「それ聞いたわ。ほれ、ヒサオ様がもう我慢できないとかいって食べたって噂のやつだろ?」

「そうそう。なんでもポンズさんの店でだしてるらしい」


 ピクリ。と、アグニスの耳が動く。

 その話はアグニスもしっていた。だが、ヒサオが食べた事があるとは知らずにいた。

 つまり味の再現は可能? なら、さらに名物料理が? うぅぅ


(そうなったら、あっし達でももつかどうか……)


 等と考えながらも、アグニスの頬は嬉し気に緩んでいた。


「あんた、次の皿できたよ!」

「お、おぅ!」


 やばいやばいと、でてきた料理をとりにいく。どっちかがヘマをすると、それが直接客への迷惑へとつながる。だからこそ、この夫婦は気が抜けずに毎日をすごしていた。


「アグロの街っていえば、あと6,7日ぐらいで動くんだろ? こっちはいいのか?」

「それな。こっちでもほとんど同時らしいぞ」

「ってことはなんだ? 俺達は、自分達がいた砦を攻め落としにいくのか?」

「そうなるよな。でも、こうなると分かっていたら、色々壊してでてくればよかったな」

「ちがいない」


 などという会話もとびこんでくるが、こっちに対しては特に興味をひかなかった。


「でもよ、砦落としたらどうするんだ? あそこからここまで食べにくるのきついぜ?」

「おまえ、戦争中も、ここにくるきか?」

「あたりまえだろ。週に1度は、天ぷら食べないと、おちつかねーぜ」

「まあ、美味いからそれはわかるが…」


 いや~ そんなことないっスよ? うへへへ

 なんてことを思いつつ、皿を落とさないように動く。


 しかし、今の男たちの会話……なるほど、砦に料理っスか……

 支店を……いや、あそこは確か落としておくだけとか言ってたっスね。駄目っス。

 ……でもこれチャンスっスか? そうスね…アレをああして……店は休まないとだめっスね。あと、頼むとしたらテラーさんかイルマさんスかね? 今度相談してみるっスか。

 


 ゴブリンのアグニス。

 彼が何を考え何を実行にうつすかは、後日の話となる。

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