第56話 拠点
萌え文化の伝承は果たされなかったようだが、とりあえず案内はしてもらえることになった。
ユニキスがグダグダと長い時間かけて教えていたが、分らない者には分からないのである。感覚的なものなので。
『案内するのはいいが、先の問題はどうする?』
「食料、マグマ地帯、敵モンスターですか―――マグマだけなら、なんとかなるかもしれませんが……いや、もしや、マグマで道がふさがっているのですか?」
『川のように流れている。お前の《炎熱操作》でどうにかできるか?』
「行ってみないことには分かりませぬな」
『そうか。なら、それは後にして、他の2つの問題だ』
と、考える2人だったが、その間にコリンは出刃包丁をザックから取り出していた。
「幽霊さん、このモンスターは食べられるのですか?」
『……まあ、食えんことはないが、体毛が固い。その包丁が通るとは「えいなのです」……やりおった』
コリンがガンと力任せに包丁を振り下ろし、ワイルドウルフの胴体に切りつけた。
切ったというより、包丁の重みに任せ、強引に突き刺したというべきだろうか。
血が噴き出さなかったのは、表面部分が焼かれているからだ。吹き出しはしないが、漏れてはきている。
そのあとも強引に何度も包丁を振り下ろす。先に血抜きでは? というジグルドの声に、ハっとした顔をしたが、ユニキスはまず、
『それを食料にするつもりだろうが、水場の確保が先ではないか? そのままでは食べられないぞ』
「確かに」
「それは幽霊さんが場所を知っていると思ったのです」
コリンが真っすぐな目をユニキスへとむけ、にっこりと微笑みを見せる。だが、その頬にはワイルドウルフの血がつき、手にもつ包丁には肉片がこびりついていた。もしそんな少女が眼前に現れたら、普通は逃げ出すだろう。だが、ここにいるのは、萌え文化を叩きこもうとした御仁である。
『ええの~ その笑みええの~ もちろんだ。俺がここに住んでどれだけたっていると思う。俺も知らないが。それでも水場の1つや2つわかるぞ』
「さすがなのです!」
「……まあ、いいか」
どうやら、ユニキスの萌え文化授業は、コリンに悪い教育を施したようだ。
こいつは利用できる! と……コリンはユニキスの扱いを覚えたようだ。
コリンの考えは、水場まで持ち運びができるサイズに切り分けることであったらしい。
さすがに2人でワイルドウルフの焼死体をそのまま持ち運ぶのは、厳しいと判断したのだろう。
『まあ、これだけの肉があれば、しばらくは足りるか? 水場もあるのだしな』
「コリンが肉をもつのです!」
「いや、これだけの肉を1人で持つのは無理じゃろ。何度か往復して水場に拠点でもつくるかの?」
『良いかもしれん。水場にもモンスターは出るし、それを倒し食料にすれば十分もつだろう』
「ユニキス殿、その水場のモンスターとはどれくらいの強さなのです?」
『うーん。そうだな。あのあたりのは、そう強くはない。ただ群れで集まるやつもいるから、魔法使いか幅広い武器でもないと、少し危ういな』
「幅広い……ですか」
思いだすのは、弟ジンドにつくったハルバード。
あれは敵一人を殺すのではなく、複数の相手を一度に相手にするものだった。
一振りで3人はやれる。
そういいきっていたジンドをみて、もっと凄い武器を持たせたくなったのを覚えている。
だが、いま手元にあるのは、両手ハンマーのみ。
(いっそ、鍛えなおすか?)
一度丸ごと鉱炉で溶かし、形を変える。ということを考えてみた。
「そういえば、ここはドワ―フの王国だったはず」
『今更どうした?』
「いえ、ここに作ったということは、良い鉱石が採掘できたのですか?」
自分たちドワーフが国をつくるということはそういうことなのだし、そもそもここは山の中だ。よほど気に入った何かがあったのだろうと推測してみた。
『ああ、昔はな。今はしらん』
「その時とれた鉱石は?」
『宝物庫に残っている。中にはオリハルコンのインゴットもあったはずだ』
「それはいい! ぜひとも欲しいですな」
『考えはわかるぞ。突破するための武器を作りたいのだろ? だが。場所が、アレのある場所なのだ』
「……うまくいきませぬな」
オリハルコンさえあれば、とんでもない武器が作れる。
もっとも《炎熱操作》をフル稼働する必要もあるし、しっかりとした鍛冶場もひつようだ。
「うーむ…」
「幽霊さん、鍛冶場はないのですか?」
『……あるにはある。だが、とうの昔に使えなくなった』
「使えなく? どうしてなのです?」
『時間がたちすぎた。炉はヒビだらけになり熱を逃がす。場所はモンスターにあらされ木の道具類がやられた。丈夫な道具も全て使えなくなっている』
散々である。むしろ鍛冶場を新しく作り直したほうが早いくらいだ。
「そうそう思った通りに事が進むわけもなし……ですか」
3人ともが部屋の中で頭を抱え込みはじめた。
「まあ、こうしていても仕方があるまい。水場までの案内を、お願いしたい」
『わかった。とはいえ、ここの外にある石道をまっす突き進めばいいだけだ。それで迷宮入り口近くにある水場へとたどりつく』
聞き、良しいくか。とザックを背負ったジグルドとコリンだったが、その動作がピタリととまった。
聞き違えたか? と思いながら頭を捻る。念のためにと、
「ユニキス殿、ここは迷宮内では?」
『何を言っている。ここに来るまで道にまよったか? T字路が一つだけだったはず。ここはまだ王国一般人たちの居住区にすぎん』
ユニキスのありがたくもない言葉に、ジグルドはさらなる疲労を覚えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
祖霊の迷宮。
その正体を単純明快にいえば、ドワーフ王国の城地下に作られた宝物庫へ続く道のことであった。
「城に迷宮への入口が作られていたのか……あの口伝はそういう意味か」
『そういえば、爺の口伝はどうなっているんだ?』
「ジ、ジジィ……」
そういえば、戦闘中もそんなこと言われた気がするが、真横でふわふわ浮きながら案内しているユニキスのほうが年配のような気がする。見かけは、ジグルドのほうが爺だが。
(先達者に爺呼ばわりされるのは納得がいかん気がする)
肩を傾け歩くジグルドの後には、コリンがついてきていた。
すでに居住区地帯は抜け、元は城だったと思える巨大建築物が見えてくる。
度重なる噴火や地震によって上部分は崩壊し1階の通路が外から丸見えだ。
瓦礫が多く、どれが道なのか今一つはっきりしない。廃墟という言葉すら生ぬるい状況となっていた。
そして迷宮入口は、その瓦礫の下になっているとのこと。
つまり掘り出せということである。
そんな場所を目の当たりにしながら、ジグルドは聞かれたことに答えていた。
「火の神に抱かれし地下遺跡。それすなわち巨大な墳墓。土の神に守られし居城。それすなわち王の住処。先人たちへの礼をわすれず、謙虚な気持ちで祖霊の迷宮に挑め。奥に眠るは最古のドワーフが残せし遺産。一族滅びの時のみ使用を許される。偉大なる2神に感謝をささげるべし……と、まあこんな内容です」
『……同じか。世界が違うのにこれまた奇妙な』
「ですな。まあ、その辺りのことはワシにはわかりませぬ」
「コリンもわからないのです!」
2人の野郎たちが話をしていると、それに混ざろうとハイハイと手をのばし、コリンが声をだしてくる。それにユニキスが目じりを下げ、『めんこいの~』を連発し、コリンが逃げだすまでがテンプレとなっていた。
「コリンは幽霊になんて負けないのです!」
気おくれし、逃亡している時点で負けているのだが、当人にその自覚がなかった。
「ユニキス殿、水場はどこでしょう? 瓦礫ばかりでわからないのですが」
『ああ、こっちだ。ついてこい』
ふわっと浮きながら先へとすすむ。城跡というより、瓦礫の山となっている場所の目前に水場があった。位置的に考えて、城前にあった庭だったのだろう。
「池? いや、水たまりですかな?」
『元は噴水だった。もう壊れてしまったがな。だが、今でもこうして水が汲みあがってくる。あれだな』
ユニキスの指さした場所をみれば泡がたっていた。地下から水が汲みあがっているのだろう。漏れた水は周囲を囲む石壁によって塞がれ、結果水場となっていた。
「確かにこれなら十分。早速つかわせてもらいましょう。コリン」
「はい!」
すでにザックを下ろし、毛皮に包まれた肉をとりだした。ついでに毛皮も洗わないといけないだろう。
水も確保できた。
食料もある。
さすがにワイルドウルフの肉、全てを一気にもってくることはできないが、半分以上はもってきた。
当初の予定どおり、水場にやってくるモンスターを倒せば食料問題はとりあえず解決。ただし野菜不足となる為コリンの肌荒れ待ったなしだが。
「次は拠点だな」
「愛の巣なのです!」
子を作る気はないと言い切ったジグルドを前にしても、コリンは諦めていないようだ。
口元を歪ませながらも手を動かすジグルド。もちろん相手にはしない。しないが、
「ジグ様。コリンは、お肉を上手に焼くのです! 食事の支度は妻の役目なのですから!」
「……頼む」
「認められたのです!」
「肉のことだけな」
「妻も!」
「安全な場所を作るのが最優先だな。さて、どこに建てるか」
「ひどいのです!」
相手にするのをやめ、腕組をしながらサクサクと歩きだす。
水場が近いのと、周囲にある光苔。それに地熱による温かみ。芝生すら生えていて、山の中だというのに快適環境ともいえる場所だった。
(過ごしやすくはあるが、木材がほとんどないのが惜しい。仕方がない、先達の方々をみならい石材建築とするか)
建築場所を探しながら、頭の中では別のことを考える。だが、石を切り取るものがないことに気付き、道具の制作からか? となると、やはり鍛冶場がいる?
(いやまて。城の壁や瓦礫を使えば、ちょっとした安全場所ができんか?)
庭にもゴロゴロとおちている破片。それにまだ残っている城壁。
城の中に、安全場所を用意してみるかと考えたようである。
「よし、とりかかるか。必要な道具はハンマーとノミだな。それでなんとかなるじゃろ」
やることをきめ、芝生の上で肉を鼻歌まじりに焼いているコリンから離れ城の中へと向かった。
城の中をうろうろし、適当な場所はないかと探していると、
『どうした? もう地下迷宮に挑むつもりか?』
「そうでないです。ユニキス殿。ここの場所をかり、安全な場所をつくろうかとおもいまして」
『それはいいが、娘っ子をほっとくのは感心せん』
「そのつもりはないのですが……そう見えましたか?」
先ほどの会話でそう判断されたのかと思ったが、
『肉を焼いとるようだが、あれではモンスターを呼び寄せているようなものだぞ』
「――ッ!」
瞬時に振り返り庭へと目を向ける。別段かわったような気配はなく、ホっと息を一つ吐き出した。
だが、襲われてからでは遅いかと、足ばやにもどった。
『気づいていなかったようだな』
横並びにとんできたユニキスにからかわれるように言われ、苦い顔をするジグルドであった。
コリン:ジグ様作出刃包丁は無敵なのです!
ジグルド:……包丁だからな? 武器ではないからな?
ユニキス:血まみれドワ子……それはそれで……




