第55話 初戦闘
コリンの珠玉の目から、大粒の涙が流れ地面に落ちた。
ジグルドとユニキスが気付いた時には秒読み状態である。
何がと言えば……
「コ、コリン、落ち着け」
『これは、知っているぞ! 赤子のアレだ! やばい、お前早くなんとかしろ!』
ユニキスが慌てふためき、ジグルドを急がせるが、そもそもどうしたらいいのかジグルドにも分からなかった。
「そう言われましても――コリンとりあえず」
「うゎあ―――――――――ん!!!!」
始まった。
コリンの大泣きである。
大声でなく叫ぶコリンの声は、狭い家の中で反響してしまう。
「くぅうう――!」
『うるさすぎる! なんだこれは! 赤子のほうがまだましだ!』
「かわいそうですぅううう――――! うゎあああ―――――ん!」
止めようと、肩や頭を何度もポンポンと優しくたたくが、反応がなかった。
「こ、コリンとりあえず泣き止まんか、このままではマズイ! モンスターが来てしまう」
『言ってる側からきたぞ。お前、なんとかしろ!』
泣き叫ぶコリンと、警戒を呼び掛けるユニキス。これはどうしたらいいんだと、判断に迷った瞬間、半壊しかけていた玄関扉が大きな音をたて破壊された。
「クッ!」
咄嗟にコリンを背にし、襲ってきたソレの一撃を右手の義手で受け止める。カテナが細工した肌がゴッソリと剥がされた。
『ワイルドウルフだ! そいつはタフだぞ!』
ユニキスの声に、耳をかしながら、襲ってきたソレを見る。
黒と茶が混じった虎模様の体毛。立ちあがれば2m強といったところか。両手両足についた爪は4本で鋭利。尻尾の先が2本に分かれている。
基本一匹での行動をし、もし2匹でいれば夫婦である可能性が高く、手をだすなと言われているウルフタイプの中でも中位クラスのモンスターだった。
(コリンの大声に釣られおって!)
この地下遺跡において命あるものは少ない。
そこで生存するものにとって命ある声は、かっこうの獲物となる。一頭だけで済んで幸いと言うべきか。
ワイルドウルフがきたことによって、コリンは泣き止んだが、どうしたらいいのか分からず、壁に背をつけ小さな嗚咽に似た声をだした。
ワイルドウルフの青白い眼光が、対峙しているジグルドへと向けられる。
手には武器なく鋭い爪もない。
背後に隠れた生物は柔らかそうな肉質をしている。
宙にうく何かは、食べれそうにないので無視。
どうとでもなりそうだと、舌をだし上唇を舐めた。
(武器は…寝ていた壁においたままか。取ろうとしても襲われるじゃろうし)
目を動かし、自分愛用の武器を目にしたかったが、そのスキがない。目線を外した瞬間、襲ってくるのが分かる。
『娘っ子! そこの武器を爺様に渡せ!』
「ぶ、ぶき」
言われ反応したコリンだったが、それが不味かった。
背の影からコリンがでることで、ジグルドの注意がコリンに向かう。そのスキをワイルドウルフが逃がすわけがない。
「グォッ!」
ジグルドの喉を狙った、牙と爪による同時攻撃。
さらに2m強の体重がジグルドへとのしかかり、床に押し倒さる形となった。
「なめるな、畜生が!」
歳にあわない列破の気迫。
ダリル鉱石でできた義手をワイルドウルフの牙につっこみ強引に押し戻した。ドワーフの腕力だからこそできる芸当だ。なんとか立ち上がると、すぐにコリンが、両手ハンマーを差し出した。
「さがっとれ! ユニキス殿、頼む!」
言葉足りずの声に、それぞれが動く。
コリンは部屋の隅にさがる。
そのコリンの前にユニキスが仁王立ち。
もちろん物理的効果はないが気持ちの問題なのだろう。
ワイルドウルフがジグルドを睨みつける。
武器を手にしたとはいえ、両手ハンマーを振り回すには部屋が狭かった。むしろ、突進で襲ってくるワイルドウルフのほうが有利かもしれない。
振り上げ下ろす。あるいは、短くもって振り回す。
どちらもだめだ、
1つの動作挟んだ時点で、ワイルドウルフは突進してくる。
武器を盾がわりにし、牙や爪を防げるかもしれないが、今度もまた押しのける自信がない。
行動に悩んでいると、ワイルドウルフがジリジリと距離をつめてきた。
ジグルドの武器をみて距離をおくのは、不利になると考えたのだろう。
「このぉ!」
ハンマーを振るうのを諦め、取っ手をぶつけようと突き出したが、ワイルドウルフは右に躱し、即ざに突進してくる。
早い。
躱すのと突進が一連の動作にみえた。
またもかぶさってくるのかと、ハンマーを盾にしようとするが違っていた。ワイルドウルフの狙いは、ジグルドの足だった。
「がァッ!」
交差する瞬間、ウルフの爪が右足を強襲。幸い深くはない傷だったが、それでも血は流れ出す。
しかも、右側へと回ったワイルドウルフから、コリンが狙いやすくなった。
ジグルドがウルフの右側。コリンが左側。という配置になってしまう。
(もたもたしておれん。試すか!)
位置的な不安要素を覚え、賭けにでる。
まずは、両手ハンマーをゴロンと床へと捨てた。
見たワイルドウルフが襲い掛かりそうになったが、ジグルドの目を見て躊躇。
そうさせる何かを感じたようである。警戒させただけかもしれない。
両手を軽くあげ、ワイルドウルフの頭をつかもうと態勢をつくる。
狙いがわかりやすかった。
それが本気なのかどうかと、ワイルドウルフの本能が迷いだす。
迷った瞬間を狙い、タックルを決める!
「ガルルゥウウウウウウ!」
ここにきて初の威嚇。
ジグルドのタックルが、綺麗にワイルドウルフの首にきまり、がっちりホールド。
「ジグ様!」
『いかん!』
状況的にジグルドが有利に見える。だが、ワイルドウルフはそれがどうしたといわんばかりの表情。右爪を振り上げ下ろそうとした瞬間。
「ガァアアアア!?」
「ぐぅうううう!」
急に苦しみだす声をだし、両手両足をばつかせはじめた。
首を絞められてなのか? と思いきや、ワイルドウルフの体から煙が出始める。
「ガ、ガガガァ……」
声がかすれていく。
呼吸ができなくなり、力が抜け、クターと目をとじ、そして……倒れた。
「ハァハァ……初めてにしてはうまくいったか」
両手を床につき、呼吸を乱すジグルドの横にワイルドウルフの焼死体ができあがった。
ジグルドのしたのは、喉を絞めることではなく《炎熱操作》をつかい、ワイルドウルフの喉を焼き切ることであった。ワイルドウルフの全身が軽く焼けたのは結果論にすぎない。まだ調整が甘いのだろう。
『ヒヤっとしたぞ。あいつの首は分厚くてな。素手で絞殺すなんてことは、よほどの力がないと無理なのだ』
「そうだったのですか。やらなくてよかった」
その考えもあるにはあったが、戦士でもない自分の腕力で、絞殺す自信はなかった。
『まずはでかした。娘っ子も無事だし、いう事なしだ』
戦士の笑みというものをジグルドが見るが、彼の表情には、なぜか苦いものが浮かんでいた。
(ジンド。お前ならもっとうまくやるのだろうな……)
自慢の弟のことを思い出すには、十分な笑みだったようである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『まさか《炎熱操作》を戦いにつかうとはな』
戦いがおわり、足の痛みと戦闘での疲労でジグルドは腰をおとした。
泣き止んだコリンが包帯と酒のはいった瓶をザックからとりだし手当を始めた。
そんなコリンの頭を軽く撫でながら、疲労と安堵を感じさせる声をだす。
「前から考えてはおりました。ですがワシは鍛冶師。普段は仕事でのみ使っております」
『そうだろうとも。俺の時代もそう使われていた』
「――使われていた?」
ユニキスの言葉に引っかかりを覚え、言葉を繰り返す。
ジグルドとコリンを微笑ましくみていたユニキスが視線をそらした。
「禁忌ではなかったのですか?」
『……』
おかしいと、ジグルドの眼が細まる。元々鋭い目をするジグルドだ。相手が祖霊だと思うからこそ敬意をこめ言葉と態度を正していたにすぎない。
「どういうことです?」
『……禁忌ではある。だが、利用することもできる』
「子孫にリスクを背負わせてでも?」
『皆そう思いながらも、かすかな希望にすがり子をもうけた。お前の世界でもそうだったのだろう。でなければ、お前がこうしてここにいるわけがない』
「……言われてみれば」
思えば、ジグルドの先祖に同様のドワーフがいたのだろう。そのために自分にも影響がでたのだ。
なぜ? とは昔に考えたことはあったが、その考えはいつしか薄まり、スキルを利用することを考え始めていた。
『不満か?』
目をジグルドへと戻し、複雑な表情をみせる。哀れみ、あるいは、悲痛といった感情がユニキスの顔から読み取れた。
「いえ。思えば、そうした人々がいたおかげで、ワシはこうしておるのですし。ただ、自分も同じことをしようとは思いません」
『……そうか。そう思ってくれるのであれば良い』
「ユニキス殿? もしや、あなたも?」
『俺ではない。娘がな……』
「……もうしわけない」
聞いてはいけないことを聞いてしまったと、頭を軽く落とす。
『もう遠い過去のことだ。そもそもあれから何年たったのかすらわからん』
「おそらくは、何百年。いえ、あるいは千年単位でしょうか? まあ、それはいいとして、コリン。その酒をくれぬか」
「はい!」
消毒につかっていた酒瓶をサっと渡してくる。それを受け取ると、グビグビと飲み始めた。
「カァ――――! 安酒かとおもいきや、なかなかじゃな」
『……俺も飲みたいが、飲めん! ええい、美味そうにのみやがって!』
「ハハハハ。こればかりは、生者の特権ですからな。我慢していただこうか」
そういい、もう一口といいながら、グビグビと……3口ぐらい飲んだ。
「プハ―――! たまらん!」
「ずるいのです! コリンも欲しいのです!」
「そうじゃった。すまんすまん、ほれ」
「ありがとうなのです!」
受け取ると、これまたグビグビと。
見ているだけのユニキスは体を捩じって『ああ、くそー! 思い出させるな! 酒がぁあああああ!』とか叫んでいる。
どうやら、忘れていたものを思い出したようで、身もだえしているようである。どうでもいいが、その声で2匹目のワイルドウルフがこないのだろうか。
「美味しいのです!」
喉をとおり、胃にながれこんだ酒を堪能し、コリンが純粋な笑みをみせた。
『うむ。めんこいの~ ええの~ 娘っ子が酒を飲むのはそそるの~』
ユニキスの声に、コリンの笑顔が一瞬にして消えた。
変わりに毛虫でもみるかのような嫌悪に満ちた顔をし、ジグルドの肩へと手をまわしながら隠れた。
「ユニキス殿。できれば、そういうのは……」
『めんこいのを、めんこいと言って、何が悪いというのだ! 萌えは大事だろうが!』
「……ワシに萌えとか言われましても、わかりませぬ」
『なんだと! ドワっ子とはすなわち萌えだぞ! 娘っ子時代にしかない、萌えの魅力がわからんとは、情けない!』
「とはいわれましても、ワシは鍛冶仕事のみをしておりましたので……」
『ええい! 貴様は、萌え文化をしらん! そこに座れ! わかるまで、案内はせんと思え!』
「え? 案内していただけるので? いや、萌え文化? ちょっと意味が……」
「コリンは娘っ子じゃないのです。大人の女なのです。幽霊さんには、コリンの大人の魅力がわからないのです」
その場で、カオスの力場が発生し、死者の地下遺跡に生者の声が響いた。
2匹目のワイルドウルフは、きっと空気をよんで現れなかったのだろう。
あるいは、本能的な恐怖を感じたのかもしれない。
今、あそこにいけば、きっと頭が狂気におかされると。




