第53話 祖霊
『めんこいの~ ほんま、めんこいの~』
ん? なにか声がする。とジグルドが目をうっすらとあける。
そのジグルドの胸に頭をのせ眠っていたコリンも目をあけ……またつむった。
何か見たくないものをみたのだろう。目蓋がギュっと閉じてあけようとしない。
『この娘っ子、目をさましたような…』
「コリンは、娘っ子ではないのです! 立派な女なのです! 子供もバンバン産めるのです!」
『俺の子でも産むか?』
「コリンは寝ているので、何もみていないのです」
そんな会話がされているが、もちろん相手はジグルドではない。
コリンが目をつぶった理由。
それは、2人の前にドワーフがいたからである。それも透けて見える……つまりは幽霊なのだ。ゴーストともいう。
「コリン起きろ」
ジグルドが言うと、パっと目を開き、シュパっとジグルドから離れ――いや、すぐに背中へと隠れた。
「ジグ様おはようなのです!」
「おはよう。それと……」
コリンの行動はいまさらなので、無視し立ち上がる。そして透けてみえるドワーフをチラリとみて、
「この迷宮に住まう、祖霊とお見受けしますが、いかが?」
大きな茶の瞳を細くしぼり敬意の念をこめいった。目をほそめたのは、老眼だからではない。単純に薄くて見えづらいからだ。
足元は透けているため何も見えない。体形を見る限りドワーフそのもの。着用している鎖鎧は生前着けていたものだろう。右目には眼帯をつけ左目のみで見ている。ジグルドと同じく茶の瞳だが細長い。髪は白と茶が混じった短髪。
一目みて戦士をしていたドワーフだとわかる雰囲気であった。
『そのとおりだ。貴様は何者だ?』
「ジグルドと申します。異世界より来ました。縁あって、この世界のドワーフの危機を知り助力をしに参りました」
『俺はユニキス。戦士長をしていた。話を聞こうか』
淡々と話しが2人の間で進む中、コリンは、ジグルドの背中に隠れ小さくなっていた。
そんなに幽霊が怖いのか。怖いけれど、相手はご先祖だというのに。
ジグルドが、ドワーフが絶滅の危機になっていることを伝えると、その経緯について聞いてきた。すると、
『……まだ争っていたのか』
「まだ? この世界の事は良くわかりませんが、ドワーフに対する攻撃は託宣によるものだと聞きました」
『託宣? なんだそれは。いや、立ち話もなんだ。座って話をしてくれ。同胞をみるのは久しぶりなのだ。ゆっくりしていってもらいたい』
「お言葉に甘えます。コリン、隠れておらんで出てこい」
「はいなのです!」
ジグルドに言われ背の影から、パっと横っ飛びででる。
『めんこい娘っ子じゃの~ 時代はかわっても、娘っ子はええもんじゃ』
ユニキスがコリンを見るなり、ガラっと口調をかえた。
「コ、コリンは娘っ子ではないのです。そして怖いのです。背筋がゾクゾクするのです。あっちいけなのです!」
関わってはいけない存在だと察したようだ。幽霊かどうかは別として。床にあった陶器の破片をつかみ投げようとして、ジグルドに止められた。
「ジグ様!」
「まぁ、落ち着け。害することはできんじゃろう……たぶん」
『ええの~ 娘っ子はええの~ 萌えじゃの~』
ユニキスのひきしまっていた顔が緩みデレまくった顔を見せている。座れといいつつ、コリンの周囲をウロウロしながら『ええの~』を連発だ。コリンでなくても怯えるだろう。
「……ユニキス殿」
『す、すまん。どうも若い娘っ子には弱い。話の続きをしようか』
コリンの怯え方が、だんだん冗談で済まなくなってきたのを見て、話しの続きを催促した。
コリンが再度ジグルドの背に隠れた。それが互いの為だとわかると、ジグルドも出てくるように言わなくなった。
ユニキスがテーブルの上にフワフワと浮く。
その前の椅子にジグルドが座り、コリンは、その背の影にかくれ床へと座った。
椅子を進めたが、このほうがいいとコリンにしては珍しく、ジグルドのいう事を聞かなかった。ユニキスの視界にはいるのがよっぽど怖いらしい。
『託宣とかいっていたな? まず、それが何なのか聞かせてもらえないか? 俺が生きていた頃には、そのようなものはなかった』
「ワシもあまり詳しくは知らないのですが、それで良ければ」
といいつつ、コリンのほうが詳しいだろうし説明させたほうが? と考えたが、今のコリンにそれを言うのは酷すぎると判断。
自分が知る限りのことを、ジグルドが話すと、
『うーむ……すまぬが、やはり知らない。俺が生きていた時代には、そんなものはなかった』
「そうでしたか。まあ、それは良いのです」
目的は託宣について知りたいわけではない。全く別の事をしにきたのだしと、気をとりなおす。
「ユニキス殿は、奥にあるものをご存知で?」
『もちろん。俺は、アレが正しく使われるか気になり幽霊になってしまったようなものだしな』
「なんと!? ではアレが、どこにあるかも?」
『知っているし、教えてやってもいいのだが……』
といい、腕をくみ悩み始めた。
『しかし、お前は異世界のドワーフなのだろ? なぜ、そこまで詳しいのだ? みたところ、そこの娘っ子は、理解していないように思えるのだが?』
「はい。それはワシも不思議なのですが、この世界と、ワシがいた世界は似ているところが多いようですな。口伝についても、知り合いのダークエルフに聞いた限りでいえば、同種のものだと判断しました」
ジグルドのいうことに、ユニキスがガバリと腕くみを外し、テーブルをたたくような仕草をする。もちろん音はしない。
『なんだと!? なぜ、ダークエルフが口伝をしっている!』
「口伝全てではなさそうでしたな。それに、この場所が何であるのかも知らない様子。ただ、ドワーフ一族が危機になった時、祖霊の迷宮にドワーフを2人誘導してほしい。そう頼まれていたようです」
『む? そうか。だが、なぜダークエルフに頼んだのだ?』
「それについてはワシも詳しくは知りませぬ。聞けば、かなり昔に、ダークエルフがドワーフによって助けられたとは聞いています。その時の恩があり、万が一の場合は、と、そう約束しようです」
『ふむ。そういう話か』
「詳しい話をしらず申し訳ない」
『いや、異世界人であるならば、仕方があるまい。それに、そちらの娘っ子は年若いしな。口伝やダークエルフとの仲について詳しく知らずとも仕方がないだろう』
「そう言ってもらえるとありがたい」
普通である。
コリンが関係しなければ、このユニキスという幽霊は、ごく普通に、まっとうに、むしろ助かるほどに会話が成立していた。
話しが落ち着くとクルっと半回転。ジグルド達から体ごとそらし、再度腕をくみ、うーんと声をだし悩みだした。
「どうされました?」
『いや……事情も聞いたし、案内するのもいいのだが、問題がいくつかあってだな』
「と、いいますと?」
『まず一つに食料問題。結構距離がある。次に暑さ。途中マグマが漏れている場所をとおらねばならん。さらにモンスターが出現する。この辺りにもいるぞ。騒げば襲ってくるだろう。お前は鍛冶師のようにみえるが、腕に自信があるか?』
「ふむ。なるほど……」
『やはり難しいか? 食料はともかく、娘っ子を抱えた状態では……』
難色を示したジグルドに、予想どおりかと向き直る。
「時に、ユニキス殿は《炎熱操作》というスキルをご存知で?」
『なん…だと』
どうやら知っているようだ。呆けたように口を大きく開いたまま、閉じようとしない。
『まてまて、あのスキルは駄目だろ! あれは禁忌だぞ!』
「禁忌? なのです?」
黙ってきいていたコリンが、背中からジグルドの顔を覗きこむように顔をあげて尋ねた。
「やはりこの世界でもそういう扱いなのですな。ワシの世界でも同様でした」
『あたりまえだ! いや、異世界なのだし、違うかもしれないが、いやいやしかし根本的に……いやまて』
コリンの声すら意に介さず喋っていたユニキスが、嫌悪を感じさえる顔でジグルドをみる。
『……まさか、お前』
「はい。使えます。申し訳ない」
隠しても仕方がないと即座にジグルドが言う。
聞いたユニキスはといえば、目を大きく見開き、ジグルドへ指先を向けた。
『で、でていけ! 貴様は、ここに来る資格なぞない!』
大声を出した彼の指は、幽霊であるにもかかわらず震えているように見えた。
コリン:いやなのですぅううううううう!
ユニキス:俺、先祖なんだけど?
ジグルド:関わらないほうがいいな。




