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第50話 ジグルドの世界

ジグルド編開始です。

 ドワーフの流浪鍛冶師ジグルド。

 白髪に茶の瞳。渋い顔に似合った白鬚と、油汚れがついたままの作業服。歴戦の戦士のようである。ただし戦場は鍛冶場であるが。


 彼はこの世界にくるまで、点々と場所を変えながら鍛冶仕事をしていた。

 それは旅が趣味とかいう話ではなく、そうせざるを得なかったからにすぎない。

 なぜなら、彼がいた世界でドワーフは、人間&エルフの連合によって追い詰められていたのだから。


「まさか、異世界においても追われることになるとは思わんかったがな」


「奇遇です! 一緒なのです! 縁があるのです!」


 コリンと2人でアグロをでて2日目。

 薄紅色の瞳を輝かせながら聞いてくるコリンに、旅の暇つぶしと思い、元の世界の話をしていた。

 思い出しては鬚をさわるジグルドが、どことなく昔をなつかしむ隠居爺のようである。

 バリバリの現役ではあるが。


 互いが乗る馬にザックをのせ、手綱をにぎり歩いている。ジグルドと一緒にいたいコリンは、その隣に並ぼうと頑張っている様子だ。

 お揃いがよかったのか、コリンもまた作業服だが色が違うのが残念らしい。ジグルドの場合は、薄茶の作業服だが、コリンの場合は薄紅色。髪や目の色にあわせたのだろう。彼らドワーフはデザインよりも用途を重視するため、丈夫な作業服が好かれているようだ。


「ジグ様の世界では、なぜ、襲われていたのですか?」


 しっかりジグルドの隣に馬を移動させ、話をはじめた。


「襲われるというのとは多少違うの。ワシ等の場合は、戦争だったのじゃし」


「ということは戦っていたのですね!」


「まぁの。ただし、ゲリラ戦というやつじゃが」


 どちらかといえば、襲っていたのは自分たちのような気も……とは、心の中にしまいこんだ。


「腰をおちつけずに戦えるのですか?」


「逆じゃな。どこかに定住しておったら、総戦力の差で、あっというまに壊滅したじゃろうな」


「ジグ様でも駄目だったのですか!?」


「むしろなぜ、ワシなら大丈夫だと思うのじゃ? なにか勘違いしておりゃせんか?」


 自分は鍛冶職人で、優れた戦略家でも戦士でもない。そのことはコリンも知っているはずなのだが、と、疑問を感じずにはいられない。


「コリン。ワシがこうして付き添っておる理由はわかっておるの?」


「もちろんなのです! 私たちドワーフの為なのです!」


「そうじゃ。具体的にはどういうことじゃがわかっとるか?」


「はい!」


「よしよし。では言ってみよ」


「良いのですか?」


「良い。ここではワシ等だけじゃからな」


 ジグルドがきっぱりというと、コリンは顎に指をあて、うーんと考え始める。


「……なぜ考える」


「えーと。父様に聖山にいって『祖霊の迷宮』を突破しろとは聞いていたのです」


「うむ。そうじゃな。で?」


「そこから先がわからないのです!」


「……」


 元気の良い声だった。

 まったくの恥じらいがなく、正解を言い当てたような声。


「てっきり聞いておるものとばかり思ったが、迷宮の先にあるものが何か、聞いておらんのか?」


「コリンが成人した時に教えてもらえるはずだったのです。そうなる前に父様(ととさま)が私を逃がしたのです」


 元気よく言い終わり、ニコっと笑みをみせてくる。ジグルドは直視できずにをそらしてしまった。

 続きをまつような仕草をみせながら、馬を歩かせているコリンと、それを見ようとせずに手綱を握るジグルド。


「ジグ様?」


 ジグルドを覗きこむように、馬上で背を伸ばしてくるコリンを一瞬みたが、すぐに顔を伏せた。


「コリンは何か言ってはいけない事を言ってしまったのですか? でしたら、叱ってほしいのです」


 泣き出しそうな声を聞き、ジグルドはハッと顔をあげ、その場で手綱を引き馬をとめた。


「ジグ様?」


「そうではない」


 年老いシワのある顔をコリンへと真っすぐに向ける。大きな茶の瞳とコリンの珠玉ともいえる目が見つめ合った。


「悪いのはワシじゃ。ワシのいた世界でも、年若い子には教えんようにしとった。じゃが、今回のような場合であれば、全て教えていると思い込んでしまっておったな……」


 合わせた目を動かさず、ジグルドの声が淡々と続く。


「今から行く聖山は、それだけ禁断の場所じゃ。ワシ等ドワーフは、口伝のみで伝えなければならない場所といえる」


「はい。父様もそういっていたのです」


「そうじゃな。世界は変わっても、不思議とそのあたりは変わっとらん。なぜじゃろうな?」


「コリンには難しいことはわからないのです。馬鹿なので」


 真顔でそう言われると、何も言い返せなくなった。

 馬鹿と自分を卑下するな、とか、コリンを守って死んでいった者たちのことを考えろとか言いたくなったが、それが口から出る前に飲み込んでしまう。


(……コリンの心を救うには、どうしたらいいものか)


 言葉などいくらでもでてくるが、それだけでは足りない。そう考えつつ馬を歩かせた。

 コリンも続くが、ジグルドの反応がなく、可愛げな顔を曇らせている。

 考えこむジグルドであったが、コリンが無言でついてくることに、やるせなさを感じて何気ない会話をつづけた。


「ところでコリンよ。この道でよいのじゃろ?」


「はい!」


 元気よく返事をしたが、すぐに『あれ?』とかいいだし、顔を傾けられた。


「どうした?」


「お待ちなのです……」


 馬をとめ後ろにつけたザックから、一枚の地図をとりだした。旅支度をしているときに店で購入したものだ。


「えーと、アグロから南街道にはいって直進して……セグルとの分かれ道も曲がらないで、…………」


 ブツブツいいだすものだから、ジグルドが不安になった。


「もしかして、間違ったのか?」


 そんなことで怒りはしないが、もし逆方向であれば早めにひき帰さないと、と考えていると、


「大丈夫なのです! この道であっていたのです!」


「そうか。よかった。あまりグズグズもしておれんからの」


「はい!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 火はいい。

 見ているだけで、心が落ち着く。

 なぜだろう? と、焚火を前にしたジグルドが考えていた。


 パチパチと枯枝が()ぜる音をききながら、側に設置したテントを見つめる。

 すでに夜となり、テントの中でコリンが眠りについている。

 焚火の中には獣が嫌う匂いをだす枯枝がいれてある。周囲に広まる匂いのおかげで比較的安全ではあるが、中にはそうしたものも気にせずにやってくるモンスターもいる。確実に安全というわけではない。


「この世界にきてから幾日目じゃろうな……」


 考えずにはいられない言葉をだし、横につんでおいた枯枝を焚火へと一つ投げた。

 コリンと出会わなければ、自分もまたヒサオと一緒にエーラムへと向かっていたかもしれない。そのほうが、帰還手段を探し出せる可能性が高いからだ。


 だが、出会ってしまったからには、我関せずを貫くことはできなかった。

 ここは異世界。

 自分がいるべき本当の世界ではない。


 ならば、できるだけの干渉はさけたかった。だが、それを貫くにはジグルドは優しすぎた。

 たとえ、自分の弟が動ける体ではなかったとしても……



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――ジグルドの回想


「兄者はすごい。片腕で、このように素晴らしいハルバードを打ったのだから」


「お前のほうが凄い。それを振るう様は、皆に希望を与えてくれる」


 弟ジンド。

 兄ジグルドが打ち揚げたハルバードを使い、歴戦の勇士と称えられた男。

 互いに誇りに思っている兄弟の会話は、日々の戦いにつかれたドワーフ達を癒していた。

 兄であるジグルドは、この時すでに片腕だった。

 それは鍛冶職人として致命的ともいえたが、ジグルドはそれを補う術を身に着けていた。

 結果、できあがったハルバードを弟であるジンドへと渡し、武器を振るい得た戦歴によって兄の評価が増すことになった。


「兄者、先日掘り当てたダリル鉱石で義手を作ってみた。使ってくれ」


 ハルバードを肩でかつぎ、顔すら隠す全身鎧(フルプレート)で身をつつんだジンド。戦場へ向かうまえにジグルドへと義手を渡してくる。


「ふむ。良く出来ておる。細工したのは誰じゃ?」


「カテナに頼んだ。だが、打ち揚げたのは俺だ」


「十分じゃ。どれ……細かい細工じゃな。カテナめ腕をあげおった」


「兄者でもそう思うか。俺も、そこまで肌に近づけたドワーフを俺はしらん。あいつは凄い女だ」


 弟の恋人であり、いずれは結婚をと考えている女のことを自慢気にいわれ、苦笑しながら義手をはめた。具合を確かめるように、左手で義手をさすってみると、


「ん? なんだこれは?」


「どうした兄者?」


 驚いたのは指先だ。感覚の鋭さに驚き、手を何度も開いて見せた。


「すごい。これは凄いぞ。指先はまったく別物の鉱石をつかったのか? ここまで魔力伝道率が高いのは初めてだ」


「……いや、同じダリル鉱石のはずだ。あいつ何をした?」


 知らなかったようで、ジンドも困惑したような声をだした。


「兄者それだけではない。腕の下が開くはずだ」


「なに? ……おお! 隠しスペースか。これは良い。小道具を詰めるのに良さそうじゃな」


「そこだけは俺が細工した。しかしカテナの技量には遠く及ばぬな。あいつ、鉱石の性質を変化させる技術でも身に着けたのか?」


「お前がわからんのに、ワシが分かるわけないだろ。カテナに礼をいっておいてくれ」


「俺はいったさ。あとは兄者だろ」


「それも、そうだな」


 納得し、目を伏せ口に笑みをうかべた。


「すまぬな。これでさらに良い武器がつくれそうだ」


「ああ。これより良い武器を頼む」


 肩にかついでいたハルバードを両手でもち見せる。

 そんなジンドの肩にジグルドの手がポンと置かれた。


「無事にな」


「いってくる」


 弟を戦場へと送り出す兄。

 ハルバードを手に歩き出す弟。

 互いが歩く道は違え度、思いは等しいものだった。



 だが、その義手が最初に抱きしめたのは、背に大きな傷を背負い瀕死状態で帰ってきた弟。

 共にかえってきたハルバードの矛先が折られたのを知り、ジグルドは己の力量不足を嘆き恨みの声すらあげたという。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 記憶にふけっていたジグルドの体が急に冷えた。


「いかん」


 焚火の火が小さくなっているのを見て、枯枝をくべる。再度火がもえだし、同時に香が強くなる。


「ふう……ワシも歳か。前なら連日徹夜で鍛冶場にこもれたものを」


 熱をもった目頭をおさえ痛みを楽にする。

 旅にでてから2日目の夜。

 あまり睡眠はとっていないが、それも安全のために必要なこと。疲れをとるのも大事なことだが、コリンを一人で見張らせるのは、どこか不安であった。


 だが、そろそろ朝か。

 軽く寝ておくかと、アグロの街で打ち上げた両手ハンマーを抱きしめ目をつむる。横になりたい欲求はあるが、それは確実に安全な場所でいいだろうと、夢の中に誘われていった。

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