第49話 異変のはじまり(挿絵有り)
ある日、一つの噂が流れた。
内容は、イガリア王都アルツにおいて勇者召喚がされたという話である。
「キナ臭くなってきおった……」
「どうして急に? 魔族のほうで動きがあったのですか?」
クロスとオルトナスが、リビングで茶をすすりながら話あっていた。
「エーラムの都のほうで何かあったらしいが、詳しくはわからん」
「エーラム……魔都ですか。いったことないんですよね」
「騎士兵長がそれでよいのか?」
以前から抱えている不安材料を口にしてくるオルトナス。クロスは苦笑という態度でかえし、話を戻した。
「勇者召喚までするとは……獣人の離反がそれほど大きな問題だったのでしょうか?」
「そりゃそうじゃろ。お主は知らんじゃろうが、人間というのはプライドが高くての。亜人相手は獣人にまかせておけばいいと思っとる」
「亜人ということは、私たちもですか。そういう行動もまた託宣によるものなのでしょうね」
「そうじゃろうな………まてよ? だとしたら、なぜ勇者召喚を行ったのじゃ?」
「?」
ガタリと立ち上がり、うろうろと歩き出す。何か考えをまとめようとしている様子に見えるが時折たちどまっては唸り声をあげるばかり。
「オルトナス殿?」
「勇者召喚は人間側の切り札じゃ。召喚される勇者とは、人間達にとって最大の敵を排除できうる存在。しかし、例え倒したとしても獣人兵がおらんではないか。どうやって領土を取り戻すつもりだ? 焼け石に水といえようぞ。そんな状況を作りだす託宣があった? ありえん!」
結論らしきことを口にだすオルトナス。
「ということは、デマでしょうか?」
少し遅れクロスも理解し、尋ねたが、オルトナスは首を何度も横にふった。
「このような大きなデマでは、すぐにバレるじゃろ。それで誰が得をするのだ?」
「では一体なにが?」
「わからん。情報が少なすぎる。すまぬが、ワシはアグロの街にゆくぞ。留守を任せてよいか?」
言葉は頼んでいるようだが、返事を聞く前にオルトナスが動き出した。席にかけていた外套を手にし、地下へと向かう。
「お、おまちを。外との交流は王の許可なくしては!」
「そうもいっておれん。獣人にかわる兵を手に入れた可能性もある。こうしてはおれんのじゃ」
「まさか!?」
止めようとしたクロスが立ち止まってしまう。
オルトナスが地下に降りようとした時、エルマが声をかけてきた。
「師匠、でかけるのですか?」
「ああ、少し留守にする。家のことを頼むぞ。それと……」
ふと立ち止まり、迷ったそぶりを見せる。
「ミリアのことだが、魔法陣を使わせるな。少なくともワシが戻るまで、エルフの国から出ることを禁ずると言うておけ」
「え? 急にどうしたのですか?」
「すまんが急ぐ。詳しいことはクロスにきけ」
言葉どおり急ぎ、魔法陣がある地下におりていき、彼の姿はユミルから消えてしまう。
オルトナスの行動をミリアが知ったのは少し後だった。
「勇者召喚ね……」
事情をしったミリアが、不快そうな顔を見せる。頬に手をあて、イライラと指先でテーブルをコンコンと叩きはじめた。
「師匠の言った通り戻るまでは使わないでよね」
「……それは分かったわよ。でもどうしょう」
「どうしようって、どうもできないよ? 師匠の帰りをまつだけさ」
「そうなんだけど、そうじゃないのよね」
「?」
「もう、一ヶ月もない……どうしよ」
「だから何? 聞いてほしいの、無視してほしいの? どっちなの?」
約束の話はしていないため、徐々に苛立ってきたエルマが声をあげた。
「うん? んー まあ、ちょっと約束していてね。半年で習得してアグロの街に戻る予定だったのよ」
「は、半年!? なんて無茶な」
「でも、あとは魔力不足と卒業課題のみだったし……まあ、課題のほうはやらなくてもいい気がしていたけど」
「いやいや、あれやらなきゃだめだよ? じゃないと次の研究の許可おりないし」
「次? え? 待って。それどういう意味?」
聞いてないと、エルマを睨みつけた。なぜ睨まれるのだと、エルマは不機嫌な顔をみせる。
「エルマ教えてよ」
「知らない。自分で師匠にきいて」
怒らせてしまったようで、何一つ教えてくれそうになかった。
何十年とオルトナスについていたエルマにとってみれば、面白くない話だったのだろう。
「まずは、魔力不足を補う方法を考えなよ。じゃ、僕いくね」
「ちょっと、エルマぁ~」
名を呼ぶが、エルマは釣り道具一式をもって出ていった。今晩のオカズは川魚できまりそうである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後すぐだった。
エルマが川へと釣りをしにいこうとすると、繁みの中からガサガサと音がし、
「え?」
咄嗟に、逃げの態勢にはいり反応をまった。
エルマの声が聞こえたのか、繁みの奥から何か声が聞こえてくる。
「誰かいるの?」
こんな森で自分たち以外がいるのか? と、怪しむ。
声が続けてするが、何をいっているのかわからなかった。
ジリジリと自然にあとずさる。
走るのに邪魔なバケツと釣り竿は捨てて走り出そうかと悩んでいると、リズムの悪い足音が聞こえてきた。
襲ってくる? 逃げるべき? でも、何か違う気も……
頭ではそう考えていたが、どうにも体が動かない。
足がふるえ、バケツを落とす。釣り竿を剣のように両手でにぎりしめた。
瞬間、ガサガサっと音をだしながら、1人の女がでてきた。
「ヒッ!」
襲われる! と思い、身を縮めるが、
「よ、よかった人……じゃない。エルフ? ほんとに? やっ……」
途切れるような声がし、そのままドサリと目の前で倒れる。なにが? と目をあけみると、見知らぬ少女が倒れていた。
「な、なに? どしたの?」
ポニーテールにまとめた黒い髪。白いシャツと上に着ている暖かそうな紺の布。朱色のスカートは見かけることがあるが短すぎる。少なくとも、エルフには見えなかった。
「おねぇさん……? かな?」
見た目でいえば、ミリアと同世代のような感じがするが、相手は人間なわけで、恐らく自分のほうが年上になるんだろうな~と思いつつ、声をかけてみた。
「反応がないけど……怪我でもしているの? 大丈夫?」
試しに体をゆすってみるも、呼吸音しかしなく、これは一体どうしたらと、キョロキョロするも、すぐに、
「あ、回復。忘れてた!」
自分も神聖魔法ならわずかに使えることを思い出し、少女の胸元に手をあてた。
「至高なる光の祝福。《回復》』」
呪文詠唱をすると、エルマの手にできた小さな光の玉が少女の胸へとはいっていく。
「これでどうかな?」
ジーとみる。しばらくすると、少女が大きな息を吐いた。
「おねぇさん! ねぇ!」
意識を取り戻したのかと、声をかける。うっすらと瞳がひらかれ、
「……お願い、ヒサ君に……」
「ヒサ? 誰?」
名前らしきものを呼ばれた気がしたが、少女はパタリとまたも意識を失った。
少女の名前は杉山 恵子。
エルマがその少女を背負い、家につれていくまで多少の時間を要した。決して少女の体重のせいではない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
恵子が家に運ばれると、エルマはクロス達を呼びにいった。ミリアは恵子の介護にあたる。
リビングの床に寝かせ、服のボタンを緩め、呼吸を楽にさせてみると恵子が目を薄っすらと開けた。
「ん、ん……ここは?」
意識がハッキリしないのか目が虚ろだ。様子に不安を覚えたミリアが手をふる。
「大丈夫? 私の手みえる?」
「えーと……はい。助けてくれたんですか?」
「そうなるのかな? 運んだのは、エルマっていう子だけど、覚えてる?」
「さっきの? そうですか。助かりました」
「そう。覚えているのね。よかった」
ホっと息をはく。どうやら記憶はしっかりしているようだ。少し寝かせておけばいいか? と考えていると、すごい空腹音が鳴った。
「何かもってくるわね」
「……すいません」
吹き出しそうになったのを何とか耐え、台所へと向かう。最近とればかりの果実や、夕飯用に用意してあったスープを手に戻ってくる。
「果物から食べてみて。お腹にいいから」
「はい。ありがとうございます……リンゴですか?」
「リンゴ? それなに?」
「いえ。そうか、違うんだ。小さいし」
見た目は似ているが、サイズが2回りくらい小さい。皮ごと渡してきたということは、そのまま食べられるものなのだろう。
「いただきます」
シャリっという音とともに口にする。
食べてみて分かったが味は梨のようなものだった。皮を食べても苦味といったものが一切ない。サイズが小さいせいもあって、3口ぐらいで食べ終わってしまうと、すぐに『はい』っと次が渡された。
「足りる? スープもあるけど」
「あ、いただきます。こっちにきてから、ほとんど食べていなくて」
「こっち? アルツからでてきたの?」
「えーと……そうなんですけど、というか、もしかして……ミリアさん? ヒサ君の写メにうつっていた?」
「え? どうして私のことを? って、ヒサ君って、もしかしてヒサオ?」
恵子が、ミリアのことを聞き知っていたこと。
ミリアが、どうしてここにいること。
そしてここはどこなのか?
恵子がどうしてここにいるのか?
そういった諸々のは出来事を話しだしたのは、クロス達がやってきた後のことだった。
これでミリア編は終わります。
恵子の事はヒサオ編でわかるようになっています。




