第48話 過行く平穏な日々
「ミリアさんどうしたんです?」
「あ、ヒュース君。それがちょっと困った事になってね」
リビングで練習用の魔法陣を描いていると、監視任務で交代したばかりのヒュースが声をかけてきた。
「相談にのりましょうか?」
「え? あ、うーん……」
「僕ではだめでしょうか?」
「そう言うわけじゃないけど……」
「力になれませんか? すいません」
「じ、じゃあ、相談にのってもらおうかな?」
「はい。喜んで」
ニッコリとスマイルを一つ。無料だ。エルマと違って裏表のない笑顔だ。
描くのをやめバケツに筆を入れる。立った姿勢のまま、魔法陣を描くためには、魔力不足になりえるという可能性を打ち明けた。
「そういうことですか……困りましたね」
「うん。別の方法も考えてはみるんだけどね……」
転移魔法陣の段階で魔力が足りない。ということになれば、帰還魔法とかオハナシにならないだろう。
「ミリアさんは、今まで魔力不足で困ったことはないんですか?」
「ないわね。ちょっと諸事情があって、常に魔力供給ができる杖をもっていたから」
「え? そんなすごい杖があるんですか! それ使えばいいのでは?」
「前に牢にいれらたときに奪われちゃったのよ」
「牢ってなにしたんです!?」
驚きヒュースが一歩引いた。
「人間に捕まったのよ。正確には獣人にやられてだけど。異世界人だからってね」
「……よく逃げられましたね。でももったいない。それほどの杖があれば、たいていのことはできるのでは?」
「そうでもないわよ。魔力だけあっても意味ないし」
自分の考えとは違うことに軽く驚くヒュースだが、ミリアのいったことをすぐに理解し、首を縦にふってなるほどと飲み込んだ。
「確かに扱う技量もなければ駄目ですか」
「そういうこと。魔力も技量もないと駄目ってことね」
話をそこでいったんやめ、筆を手にし、中断していた魔法陣をサラサラと描いた。
筆を手にしたまま、愛想笑いじみたものをヒュースに見せた。
「まあ、なんとかするしかないわよ」
「でしたら、魔力結晶を頼ってみてはどうでしょう?」
「魔力結晶? ……確か、師匠が人型サイズのをもらったとか言っていたわね」
「以前のお話しのやつですね。あれは忘れてください。普通は小石サイズですから」
「そういうもの? それを使えば魔力不足を補えるの?」
「本来は魔力を貯蓄しておくための結晶です。新たに魔力をこめる事ができるのもありますが、だいたいは使い捨てです」
「へー いいじゃないそれ。便利そうね。なぜ、エルマは使わないの?」
「それはたぶん、値段が高いからですよ。ちょとした小石のサイズでも僕の給料が半月分ほど飛びます」
「……騎士の給料って分からないけど、結構高いってことね」
納得がいき、うんうんと頷く。世の中ままならないものだ。
とにかく魔力結晶があれば、なんとかなりそうだということだけは理解した。
あと、国宝指定されていた人型サイズともなれば、いったい幾らしたんだろう? と考えたが、すぐに首をふってやめた。考えるだけで恐ろしい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうした毎日が過ぎていく。
練習の段階が終わる日がきて、本番用の魔法陣えと取り掛かることになったが、予想どおり大失敗となる。
「ああ、やっちゃったぁ――――!?」
「……やっぱり」
「もうちょい考えんかい。ギリギリなんとかなるはずじゃぞ」
「師匠はどうしてるんです?」
大地に描いた魔法陣を中心にし3人が話あう。ミリアの質問にエルマものっかかり、オルトナスの返事をまつと、
「筆をおいたときに魔力をピシっと張り詰めさせてだな、無駄な魔力が漏れないようにするんじゃよ。必用な部分ではドヴァと出して、あとは出した魔力を流すようにサラっと使えばよい」
色々とポーズを変えて説明するオルトナスだが、それを見て理解するのは難しい。
「……なんだろ、いつもよりはわかりやすい気がするけど、分かりたくない気もする」
「おねぇさん。気にしたら負けだよ。がんばって」
「エルマもでしょ!」
「僕はほら、あと2、3年もすれば自然にね」
「ほれほれ。今日の授業は終わりじゃ。2人とも綺麗に後片付けしとけよ。また、あの娘に怒られるわい」
「ハハハ。リームさん、地面を汚されるの嫌っていましたもんね。あれは、びっくりしました」
エルマがいうのは、ほんの数日まえの事だった。
地面に魔法陣を描いたまま帰った3人に、
『魔法陣放置だめ! ノームたんが狂っちゃう! ちゃんと消すの!』
大きな声ではっきりと喋ったリームに皆が驚いた。さらに監視にあたっていたヒュースまでもが慌てた。
『姉が、ああなったら危険です。場合によっては、精霊を複数召喚し暴走させます。この辺一帯が荒地になってしまいますよ』
『すいませんでした!』
言われ、3人ともが平謝りした。家をつぶされては、たまったものではないのだから。宿なしはごめんである。そのあと魔法陣を消す作業に3人がとりかかったのは言うまでもないだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
監視任務にきていた3人のほうだが、こっちは連日暇が続いていた。
あまりに変化がないので、隊長であるクロスが報告ついでに監視任務の終了を進言してくると、
「隊長おかえりなさい。任務はどうなりました?」
「それが、人間たちの軍事行動らしきものは見られなくなったのですが、いまだにここの監視は続けろと言われました」
「理由は聞いたのですか?」
「やはり、ダークエルフの森がやられたのが根深いようですね。王側近の方々が不安を覚えているようです」
「そうですか。任務であれば仕方がないと思いますが……」
「もう2ヶ月ものこの状態ですからね、困りました」
クロスがいうように、彼らがやってきてからすでに2ヶ月が経過している。
その間、ただ、交代で魔法陣の監視任務にあたっているのだが、まったく何事もない為、気持ちが緩み始めていた。
訓練の一環として手合わせ等は行っているが、城勤めの時に比べ時間が少なく、どうしても体が鈍ってきている。
「隊長、帰ったばかりでもうしわけありませんが、手合わせ願えますか? 試験も近いので鈍らせたくないんです」
「ええ、構いませんよ。では」
といい、互いに剣をぬき、訓練場所としてつかっている空き地でぶつかりあう音をだしはじめた。
「試験ですか。来月になったら、また任務について聞いてみますね」
「お願いします」
「ところで、ヒュース君は神聖系を?」
「はい。そろそろ中級ぐらいはと」
「その歳で中級ですか、すごいですね」
それに比べ自分はと、クロスは苦い顔をさせながら、ヒュンと剣を突き出した。ヒュースが態勢をくずし、構えをとりなおそうと距離をおく。
「剣のほうはまだまだですね」
「はい。もう少し訓練する時間がほしいです」
「まあ、無理をせずに。まだまだ若いですから。おっと、スキありです」
急に剣先の速度があがり、ヒュースが防戦一方になる。
会話が途切れるほどに2人が集中する。何度目かのぶつかり合いのあと、ヒュースが押し倒され訓練は終わった。
「ふう。もう一勝負しますか?」
「お願いします!」
はっきりとした声に、ニコっと笑みをかえし、互いに距離をおいた。始めの合図なしに2人の剣が再度ぶつかり始める。
どことなく楽し気な訓練風景をみていたミリアは、ボソっと、
「あと、1ヶ月ぐらいか……こまったな~」
とつぶやいたが、それを聞いたものは誰もいなかった。




