第39話 イルマとの取引
翌日。
一晩たって反省したかと思う3人を集会場の室内へと連行。
結論から言うと、まったく反省していない様子だ。
「ふぅわぁー…よく寝た。ここしばらく、周りからグダグダ言われて寝つき悪かったんだよな」
「貴様が言うか! イビキが煩く、俺は良く寝れなかったぞ! テラー様大丈夫ですか? テラー様?」
「ええ、まぁ……」
そう言うテラ―の両目が今にも閉じかけようとしている。
……お前ら。
ここ仮にも敵地だと思うんだが?
死刑宣告されてもおかしくない事しておいて、その態度かよ。
神経太すぎないか? 獣人って皆こうなのか?
集まった皆を見てみると、俺と同じく呆れた表情をしていて、どう切り出したらいいのか悩んでいる。
カリスさんに至っては、眉間のシワを深め頭痛すら感じているようだ。
「よく眠れたか。それは良かった。もう1晩、冷たい石の中で寝ていくか?」
カリスさんが言った最初の言葉がそれだった。冗談に聞こえない声に、3人がシャキっとなる。
それぞれが席につき、昨日の話が再開された。
「まずは昨日の事を確認するとしようかの」
カリスさんが後ろにいる護衛の竜人さんを見ると、その竜人さんが前に出て来て、淡々と喋りだす。
・獣人代表はイルマ。
・国造りをするため同盟、あるいは協力を望む。
・獣人側が代償として提示したものは、帰還魔法研究(国がまとまったら)
簡単に言うとこれだけ。
こうまとめると、ぶっちゃけ魔族側にはまったく利益がなく、あるのは俺達だけなんだよな。
だけどこの話の先には、魔族にとって利益に繋がる事がある。
イルマが国を作り、人間達と対立するということは、それだけ人間達の戦力が減るということだ。
それは託宣封印の為に、他の土地を求め移住を行う魔族にとって、願ってもない事じゃないかな?
「これでいいかな?」
「ああ、それでいい」
まとめると本当に簡単な話だが、どうして昨日のような騒動になったのか、その場に居合わせた俺たちも首を捻るような話だ。
「さて、結論じゃが、判断は魔王様に委ねることにした」
カリス老がアッサリとし声音で言い切るが、イルマ達の反応がまったく無かった。
……いや、あると言えるか?
黙ったまま、ポケーとした顔をするというのも反応と言えるとしたらだが。
「マジで!」
「嘘!」
「ありえん!」
3人ともが驚く声を出すまで数分かかった。
「お前達は何をしにきたのだ……」
眉間に爪をあて、カリスさんが悩む仕草を見せた。再度頭痛に襲われているのかもしれない。
「いやだってよ。まさか、魔王まで話がいくとは……せいぜい、この街で話が止まるかと思ってたわ」
「望んだのはお主じゃろうが。呆れたものだ」
言葉どおり呆れたような表情を見せたが、すぐに戻した。
「ただし、魔王様への交渉は、そちらの代表が直接してもらう事とする」
カリスさんが言い放つ声に3人共が黙った。
正気に戻るまで、数分の時間が必要だったようで、テラーとエイブンがイルマへと視線を注ぐ。
注目をあびたイルマは、最初は口を開けたまま固まっていたが、すでに口元に笑みを浮かべていた。
「俺が魔王に直接? そりゃ嬉しいね。いいのかい、そんなことして」
「構わん。ただし、そこにいる異世界人であるヒサオと取引交渉をしてもらう」
「それは駄目だ!」
テラーが突然立ち上がり、大声を出した。
こいつ俺の交渉術をかなり警戒していたし、反応するとは思っていたが、予想通りか。
「おい?」
「ヒサオは駄目だ! 危険すぎる!」
テラーの拒否反応がに、仲間の2人が不思議そうな顔をしているな。
交渉術について知っているのはテラーだけか。
「どういうこった?」
イルマが俺達を見て尋ねてくる。仕方がないので、俺も立ち上がって説明を始めた。
「俺は交渉術というスキルを持っています。これを使えば対等な取引が可能となり、どちらにとっても不利な状態にはなりません。ただし、取引中は嘘偽りなどが困難となり、ほぼ自由意思がなくなると考えてください」
「……つまり俺が虚実なんかを挟んで取引交渉が出来なくなるってことか?」
「それだけではなく、成立した取引は互いの意思が関係なく実行されます。たとえば……」
ゼグトさんとした食事取引の事を事例として挙げて話すと、
「なんとなく分かったが……テラー、これって問題あるのか?」
「……交渉をしたラーグス……は、いまだに正気を取り戻せていない。それに危険を感じたジェイド王子が、私達を追手に出したのだ」
「なんだそりゃ! どこが対等なんだよ!」
驚いたのは俺の方だ。そんな話は今知ったぞ。
「俺も初耳だ。正気を取り戻せていないとはどういうことだ?」
「言葉どおり。あなたが交渉した相手は、それなりの地位にあった人でしたが、今では正気を疑われ牢の中にいます」
「……それは事になっているのかよ。たぶんになるけど、交渉が強制終了になったからだと思う」
「どういうことだ? おい、詳しく話せ」
仕方がなく、俺は牢であった内容を語った。
テラーもいるし、魔王討伐についても話すしかなかった。もちろんペナルティーが発生している事は言わなかったけど。
説明が一通り終わると、イルマが話の内容を再確認してくる。
自分の自我にも影響がある可能性があるとなると、流石に慎重にならざるを得ないんだろう。
俺としても、そんな事態になっているとは思っていなかったし、使用する際は注意しよう。ゼグトさんに何事もなくて良かったよ。
「つまり、横やりが入って邪魔されなければ、取引実行時以外は普通ってこったよな?」
「俺もこのスキルを完全に把握しているわけではないから、多分としか言えない」
「不安な返事をありがとうよ。さて、カリスさんよ。こういう事らしいが、それでも、このガキと取引しろと? そもそもなんでこのガキと取引しなきゃなんねぇんだ?」
根本的な話をもちだすが、それについてはすでに話が済んでいる。
というか、この話を持ち出したのは、そもそもフェルマンさんだ。
「それについては俺から話そう」
本人が立ち上がり、説明を始めた。
「全てはお前が魔王様と交渉する為の必要措置だと思ったからだ。そもそも、昨日お前がカリス老の命を狙ったのが問題なのだぞ」
「うっ! それを言われると弱ぇ」
「お前を魔王様の前に連れていった場合、今度は何をするか分からん。例え一人であったとしてもだ。その為の保険として、お前にはヒサオと取引交渉をしてもらい、精神的な枷をつけようと考えた」
「……そうきたか」
納得したのか、恨みそうな目で俺を見てきた。自業自得なのだが、感情は理解できるから、ほっといた。
「わかったよ。それでどんな取引内容なんだ?」
「それを話すと取引が始まるが、それでも話そうか?」
場所を考えて、丁寧な口調で話をしてきたが、もう面倒だ。
こいつ相手に丁寧口調を使うのは、なんか嫌になってきた。
「チッ! 厄介なスキルもちやがって……テラー、エイブン。もし、俺が正気を失ったら、何も考えず俺を殺せ」
唐突に言い出した言葉に、言われた2人が首を横に振っている。
「やらないという選択肢もある」
「いや、駄目だ。国造りのためには、どうしても魔族の協力がいる。異世界人だけじゃ足りねぇ。もうこの話は、詰んじまってる」
どうやら腹をくくったようだ。俺を睨みつける視線が痛いが、それがどうした。
「いいぜ、始めろよ、ガキ」
ガキ扱いにカチンとくるけど、本当にガキだからしょうがない。俺を煽っているのも分かるが、ここは冷静でいないと何が起きるか分かったもんじゃない。
カリスさんを見ると、コクリと頷かれた。
隣にいるミリアも同様に頷く。もしもの時は、ミリアになんとかしてもらうつもりだ。
「始めるが、邪魔する行為は止めて欲しい。何が起きるか責任をもてない」
こうして、俺とイルマの取引が開始された。
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「お前が欲しいのは、魔王様と謁見する権利でいいか?」
「ああ。同盟できるかどうかは、こっちの問題だからな」
「わかった。じゃ、取引開始だ」
俺の宣言で取引が開始される。イルマの体が黄色く光り、彼の猫目に影が浮かんだ。
様子が変わったのを感じ、テラーが不安がっているな。やっぱり光っていることには気づいていない。周りの様子も、そこには目が行ってない様子だ。
推測どおり、この黄色い光は俺にだけしか見えないのだろう。
「魔王様と謁見する為の取引材料として、俺の護衛を求める」
「護衛? どういう事だ?」
「俺はこれが終わったあと、しばらく魔族領土にいる予定だ。もちろん魔王様とも会う為。その間、俺の護衛をしてくれ」
「期間限定の護衛というわけか。それだけか?」
「違う。護衛の間、お前が誰かに暴力行為を行ったり、虚実や隠し事をすることを禁じたい」
「護衛なのに、暴力行為を封じられては守る事ができねぇ」
「もちろん護衛に必要なのであれば行って構わない」
「分かったよ。虚実や隠し事はなしな。護衛期間中だけでいいんだろうな?」
「護衛が終わったあとも、続けていいのか?」
「駄目だ。それを望むなら、要求を追加するぜ」
「わかった。なら期間限定だ」
俺とイルマの取引話はこうして煮詰まっていく。
細部にわたって話が進み、その間周囲の人たちが、ヒソヒソと話しだした。
これでいいのかどうか、皆が関心をもっているのだろう。
テラーとエイブンはといえば、やはり不安なようだな。
「これでは釣り合わねぇ」
話の途中でイルマが言い出し、ざわめぎ始める。
イルマを覆う光はすでに青くなっている。安全圏でこれを言い出すという事は……
「どういう意味で?」
「魔王との謁見は、俺達の未来に繋がる大事な事だ。なのに、そちらが要求する条件は低い。俺達が得する利点が大きすぎる」
予想どおりか。テラ―達が慌てている。何を言っているんだと、エイブンが声をだし始めた。
「悪いが静かに」
一応止ておく。これ以上騒ぐのであれば、護衛さん達とミリアに強制的に止めてもらうしかない。
「では、国造りが成功したあと、帰還魔法研究促進を約束できるか?」
「自分の国造りが成功する確率だって低いのに、そんな約束はできねぇ」
イルマの発言に、場内にいる連中が驚きの顔をみせる。これは、完全に予想外だ。
「国造りの失敗は覚悟の上なのか?」
だとしたら、俺としては、がっかりなんだが……
「違ぇ。現状のままだと不可能に近いんだよ。異世界人の協力が得られないと、人間達にはどうやっても勝てねぇ」
……そうなるわけか。どうしてもそこに繋がるのか。じゃあ次の案だ。
「なら、そちらが持っている帰還に関する情報を全て開示してほしい」
「それは今もっている情報だけでの話か?」
かかった。
予想どおり、何か隠し持っているな。
一瞬騒めいたが、すぐに収まった。
俺達の会話に注意が向いたんだろう。誰かが生唾を飲んだような音すら聞こえる。
「将来的にも可能?」
「……いや駄目だ。情報の質がどれほどのものか分からねぇし」
なるほど。
現時点で、得られる情報の価値が分からないから、取引材料にする事ができないってことか。それなら納得だ。
「分かった。じゃ、今もっている情報の開示は?」
「それは良い。仮定を含む情報だけどな」
「? つまり、確実な情報じゃないのか?」
コクリと頷かれてしまった。
まだ不確定な情報……というより推測だから口にしなかったという事か。
あれ? でも、帰還魔法がまだ作られていないという話も推測でしかなかったような気がするが?
「お前が言った帰還魔法はまだ成立していないという情報は推測じゃないのか?」
「推測だ。だけど、ほぼ確定だと思っている。理由は昨日いったやつで全部だ」
そうなるのか。あの話は一理あったし、俺も今後の選択にいれたんだよな。
「分かった。では、今知っている情報の開示を頼みたい」
「それで取引は成立する。これで全部か?」
念を押されたので、周囲を見渡すが誰も反応を示さない。いいかどうかなんて分からないか……
イルマは黙ったままだ。これはラーグスの時と一緒か。
この状態のまま放置しておくと危険な気もするし、終わらせるとしよう。
「わかった。これで全部だ。あとは日時のことだが……」
こうして俺とイルマの取引は終わった。
この後、護衛が開始される日時や、情報の開示をするタイミングについて話を行った。
取引が終わると、両陣営から様々な質問をされた。
例えば、イルマが護衛として付いてくる間、獣人達はどうしたらいいのか?
取引されるものの価値は、どうやって決めているのか?
正直俺も分からないことが多くて返答に困った。
それぞれの疑問に対しての話し合いが続く中で、イルマの視線が痛かった。『どこが対等だよ。卑怯だろ、あんなの』とかブツブツいっているのが聞こえたが、気のせいにしておこう。
ゼグトさんが優しい目で、イルマを見て頷いていたけど、あんたどっちの味方なんだよ。
まあ、とりあえず無事に終わって良かったよ。
……ほんと疲れた。




