第267話 ブランギッシュの夜道
ブランギッシュの夜道をミリアと歩く。
ちょっとしたデートのつもりだったんだけど、なんだか手伝いするだけで終わってしまったな。
「ユリナさん、また腕をあげたわね」
「あぁ。ほんとそう思う」
仕事が終わった後に、気になっていた天ぷら定食を頼んでみたところ、やはり天ツユのようなものだった。個人的には揚げたての天ぷらには塩が好みなんだが、天ツユも捨てがたいよな~ ……なんだか、蕎麦が食べたくなった。
「……もうじきね」
足をとめ、ミリアが寂しそうに言うと、彼女の髪を夜風が優しくなでた。
「あぁ……もうじきお別れだ」
俺も足を止め、歩いてきた道を振り返った。
店の明かりが消え、月の光だけが照らすブランギッシュの夜道は、切なさを感じさせてくれる。
「アグニスさんと、まだ色々やってみたかったんじゃないの?」
「……いうなよ」
ミリアの言う通り、もっとアグニスさん達と色々してみたかったというのは有る。蕎麦もそうだけど、揚げ出し豆腐や、あんかけ焼きそばとか、乳製品にも手を伸ばしたかった。
だけど、俺はそこまで料理に詳しくない。もちろんコタに言えばネットで調べてくれるだろうけど、例え調べてもらっても実現までは時間がかかるだろう。
最初は金策手段としてアグニスさんと契約を結んだけど、今じゃ契約金なんて不要でアドバイスしたくなっている。いっそのこと、自分の金を使って、異世界亭を大きくしたいくらいだ。
でも、それはアグニスさん達が望むことじゃない。
あの人達はプライドをもってやっている。自分達の力で信用を築き作り上げた店。文字通り血と涙の結晶。それに手を出すのは無粋ってやつだろうな。
感傷にふけっているとミリアが近づいてきて、俺の腕をつかんだ。
「ん?」
「ちょっとね……」
そのまま自分の腕を絡めて、少し悲しそうな顔をみせた。
何を考えているのかよくわからないが、彼女も思うところがあるんだろうか?
「ねぇ、ヒサオ。建国式が終わっても、アルフが目覚めなかったらどうする?」
「……その時は」
「その時は?」
俺を見上てくる晴眼は、どんな返事を望んでいるんだろう? そう、考えてしまうが、ミリアが聞きたいのは俺の意思。彼女が望む答えを用意することじゃないだろう。
まぁ、俺が望んでいる事なんて、変わることなく同じなんだけどな。
「精霊界に行って、直接起こして、ミリアと一緒に帰る」
そうしなければ、ミリアが俺の世界にいく条件がそろわない。というのであれば、どんな手段をつかってでもやってやる。そんな気持ちを込めて彼女をみつめると、俺の腕をぎゅっと強く抱きしめてきた。
「……この世界に未練はないの?」
「ある!」
間髪入れずにいうと、ミリアの口が半開きした。呆れたのだろう。
「もっと、ミリアと一緒に、あっちこっち見て回りたい。オズルとウースも全然見たことが無いし、魔族領土だって転移でいっているだけ。自分の足で見て回ったわけじゃない。それに、別の大陸だってあるはずだ。俺がいた世界じゃ見られないようなものがあるなら、見て回りたいじゃないか」
「そんな事考えていたの!?」
「せっかくの異世界だ。見て回りたくて当然だろ?」
「私は、帰ることしか考えていないと思っていたわ」
「それは当然考えているさ。それが一番の目的。バァちゃんを心配させるのは嫌だしな」
「じゃあ、駄目じゃない」
「駄目だけど! 駄目なんだけども! 見て回りたいという気持ちはあるんだよ」
この気持ちわかってくれ! という程に目に力をいれた。
「……プッ」
突然吹き出し、俺の腕をつかんだまま笑い始めた。
「アハハハ。なによそれ、欲張りね」
「だって、今しか見れないんだぜ? そう思うと、見ておきたいって思うじゃないか」
逆に、いつでも見れるって思うと、わざわざ見に行こうとは思わないんだよな。
昔は祭りや花火とか滅多に見られないから、その時を楽しみにしていたけど、今じゃあまり行く気がしない。
あぁ、でもミリアと一緒なら、また違うのかな?
同じ景色をみるにしても、そこにミリアがいるというだけで、また違ったものに映るかもしれない。色々案内して一緒にみれば、それだけで楽しいだろう。
「見るっていえば、ヒサオの世界ってどういう所なの?」
「え? 前に話しただろ?」
「前に聞いたような話じゃなくて、ヒサオの家とか、近所の様子とかよ」
「あぁ。そう言うやつか」
光景を思い出して、何から話そうかと考えていると腕を引っ張られる。歩きながら話をしたいのだろう。ゆっくりとミリアと並び歩きながら、俺がいた場所について話始めた。
「とりあえず俺の家の近くは、田や畑が多いな」
「それじゃあ、村なの?」
「そう。俺の家にも田はあったけど、今は管理ができないから叔父さんに任せていて、たまに手伝いに行く感じ」
「ヒサオも?」
「忙しい時には、どうしても人手がいるからな」
「じゃあ、私も手伝ってもいいの?」
「お? やる?」
「やってみたいわね」
意外と乗り気だ。これは嬉しいな。だけど、すぐにギブアップ……は、しないだろうな。なにしろ3つも異世界を経験しているんだし。
「他には?」
「そう、だな……ああ、そういえば!」
祭りの事を思い出し、その話もする。
他にも学校の行事や、会社というものについて。それに政治の話や、テレビのようなミリアが知らないと思うこと。とにかく頭に浮かんでくるものを教えてみた。
そんな話に、驚いたり怖がったり興味をもったりと、色々な反応をミリアが見せてくれる。
「ほんと、ヒサオの世界って私が見た事のないもので溢れていそうね」
「だと思う。慣れるまで時間はかかると思うけど……」
それだけが不安だな~と思っていると、俺の腕がギュっと強く掴まれた。
「……一緒なんでしょ?」
俺だけではなく、彼女も不安なのか。
そりゃそうだろうな。いくら他の世界を見て回ったミリアでも俺の世界はかなり違うし……
「嫌だっていっても一緒に見て回って教えるよ」
「そうよね。なら大丈夫」
ほんの少しだけど、掴んでいたミリアの手が緩んだ。不安が薄れたかな?
「まぁ、俺も知らない事多いけどな」
「ちょっと! そこで不安にさせないでよ」
少し意地悪くしたくなってしまい言うと、ミリアが腕をほどき口を曲げた。
ああ、もう、可愛くて仕方がない。
「でも、なんとかなるさ。ミリアと一緒だし」
ズボンのポケットに両手をつっこみ、夜空を見上げ言う。
帰ったら、色々な問題が山積みになるだろう。現実的な問題にも直面するはずだ。
でも、その苦労に見合うだけの大事な存在を手にいれた。
なら頑張れる。
彼女がいてくれるなら、何だってやれる気がする。
いや、やらなきゃいけない。
「どうかした?」
「うん?」
足を止め、夜空を見上げていた俺の顔を、下から覗きこむように言った。
「帰ってからの事を考えていただけ」
「やっぱり問題ありそう?」
「そりゃあるさ。だけど……」
俺の方から手を伸ばし、彼女の手を握る。
「ミリアの覚悟に見合うだけのものを……いや、それ以上の覚悟を持つつもりだ」
「……ヒサオ」
「……」
互いに顔を近づけ、意思を通じ合わせる。
ミリアの瞳が閉じると、黙って唇を近づけた。
誰もいないブランギッシュの夜道。
時の流れというものが止まったかのような不思議な感覚。
わずかにあった雑音が知らない間に消えていた。
俺とミリア。ただそれだけの空間ができたかのよう。
静かに離れる。
どちらからともなく離れた。
俺の前に、高揚したミリアの顔があって、それが凄く愛おしく思えた。
「……今日は一緒にいたい」
「……」
何も考えずに出した言葉は、彼女を驚かせる。
少しだけ目を見開いたと思えば顔をそらし、頷いてくれた。
俺の横へと並び、腕をつかんで頭を載せてくる。
その重さが心地よかった。
……この夜。
俺はミリアを知った。
そして、彼女は俺を知ってくれた。
お互いを深く知る事ができた……そんな夜。
きっと俺は、この夜の事を忘れることは無いだろう……




