第266話 お手伝い?
一段落ついて、ブランギッシュに帰ってきた夕方の事なんだが……これはまた……
「座る席がない。とかいうレベルじゃないな」
さっそく異世界亭に来てみたんだが、その店先から客の行列ができている。
およそ3軒先の店にまで伸びていて、とてもじゃないが待っていられる状況ではなかった。
原因は、店内からでている強烈な匂い。
俺が、目を覚ますきっかけとなった醤油タレが焼かれた匂いだ。
獣人達が多いブランギッシュでこんな匂いがしたら、そりゃあ行列だってできるか。中には、洗脳されたかのようにボーっとしている客もいるし……ちょっと怖いぞ。
「参ったな……」
帰ってきたからには一度様子を見ておきたいと思い、店内でミリアと待ち合わせをしていたのだが、これでは中にはいることもできない。予定をキャンセルした方がいいか?
ミリアへと謝罪もかねて通話をしようとした時、
「ヒサオ?」
「うん?」
名を呼ばれ振り向くと……え?
「ミリ……ア?」
本当に彼女なのか? と思えるほどに、見違えた少女が立っている。
いつもは編んでいた金髪をストレートに背中に流し、唇にほんの少し口紅のようなものがついている。
上には半袖の黒シャツと薄桃の肩ひものついたキャミソール。下には、この世界でほとんどみられない空色のミニスカート……うゎ……ふ、太ももが……
「……どこみてんのよ」
しっかりバレタ!
ミリアが自分のミニスカートの前で手をくみガード態勢! やっちまったか!
「び、びっくりしただけだよ! よく、そんなのあったな!」
「最近アルツから流通してきているらしいわよ」
「へ、へ~」
ミリアから視線を逸らしつつチラチラとミリアの顔をみる。ほんの少し照れている様子に鼓動が早……って、アルツ?
あれ? ……確か、商売を楽しんでいた時に、こういうのが作れないだろうか? と、裁縫職人に聞いた事があったような……ついでに、俺がいた世界の下着類も……いや、まさか、あれも無いだろうな? 無理って断られたはずだが。
「どうしたの?」
「ちょっと聞くけど、まさか……」
下着も? と聞く前に俺の口が止まった。それを聞いたら、何を問いだたされるか分かったものではない。
「なに?」
「……えーと。ミリアが可愛いな~と……」
って、オィ!!!!
話を逸らそうと、別の話題を考えたらポロっと本音がぁああああ!
「……」
一気にミリアの顔が赤く染まった。こ、これは……ヤバイ! 色々な意味で俺がヤバイ!
「と、とにかくだ! この通り、異世界亭にはいれそうにないんだよ!」
「そうね!」
並ぶ行列に指さし、話逸らし作戦Ver2にでる。俺グッジョブ!
「どこか、別の店で夕飯をと思うけど、ミリアはどうしたい?」
「私? 別にどこでもいいけど、アグニスさん達の事が気になるんじゃないの?」
「それはそうだけど、これじゃあ話をしている時間もないよ」
「そうね。邪魔に……そうだわ!」
何かを閃いたのか、ミリアが明るく弾んだ声をだした。どうした?
「私達も手伝ったらいいじゃない! そうしたら、様子も分かるし、終わった後に食事もできるんじゃない?」
「……え?」
その発想は無かった。
しかし、ミリア。その恰好で手伝うということは、どういうことになるのか分かっているのか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いらっしゃいませ! 3名さまですか?」
ざわつく店内だというのに、ミリアの声は厨房にいる俺にまでよく届く。
今、彼女は店内で給仕係をやっていて、俺はといえば白いエプロンを腰につけユリナさんの隣で皿洗い中。
「こちらメニューとなっております。ご注文がお決まりでしたら、近くにいる給仕係に声をかけてください」
「お、おぅ……できれば、あなたで……」
「その時は喜んで。では、ごゆっくり」
やけに慣れた声だな。
もしかしてこういう仕事をしていた経験が? 他の世界でも色々やっていただろうし十分あり得る。
「ミリアさん、即戦力ですね。本当に助かります」
隣で料理にいそしんでいるユリナさんが感心したような声をだした。実際その通りだと思う。
正直、給仕担当は十分だと思うんだ。
元々本店で働いていた新人さん達と、支店にいた獣人さん達がいて、おまけに即戦力状態のミリアまでいる。
問題なのは厨房のほう。
こっちで調理をしているのはユリナさんとアグニスさん。店内に入りきれない人達の注文を、この2人で捌いているのだから、皿洗いをしている暇がなかった。
そこへと俺がやってきたので必然的に回されたわけだが……
「ねぇちゃん。すげぇ恰好だな。この店では、そっちのサービスもしてんのか?」
などといった、勘違い野郎の声が聞こえてくることもあって、その度に……
ガチャ―ン!
「……ヒサオさん。それで3枚目でスぜ?」
「ごめんなさい……」
天ぷらを揚げていたアグニスさんに小さな声でボヤかれてしまう。
「まぁ、わかりやスがね。アッシだって、ユリナにあんな事を言われたら……」
「ちょっと手をとめないでよ。ほら、それ揚がっているわよ!」
「おっと!」
「塩と新しいタレを小皿に付けるのも忘れないでよ」
「わかってるッスよ!」
新しいタレ? また、何か作ったのかとアグニスさんが用意しているものをみれば、ちょっと薄い感じの醤油だった。見たことがあるような……というか、アレはもしかして……
「ユリナさん。天ツユを作ったんですか?」
「天ツユ? なんですそれは?」
あっと! 知るわけが無いか。だけど、同じものに見える。
「今の天ぷらセットの小皿につけた醤油タレのことですよ。また改良を?」
「ああ。はい。ヒサオさんからもらったものは、味が濃かったので少し手を加えてみました」
「へ、へぇ……」
見た目だけならば似ている気がする……うーん、どうなのだろう? 終わったあとに天ぷらセットを頼んで試してみるか。
「しかし、良かったのですか? 私達としては大助かりですけど、ミリアさんが後で怒るのでは?」
「怒る? 何を?」
「何をって……彼女の姿をみて分かりませんか? ミリアさん、きっとヒサオさんに……」
「それは大丈夫ですよ。元々言い出したのはミリアだし」
何を気にしたのか分かったので、そのままを話す。
まぁ、俺としてもこうなる事は予想できたので乗り気ではなかったんだけど、ミリアがいいというのなら……クソ。声をかけるな客ども! 通話交渉してやろうか!
「結構な人気ですよね。うちの従業員にも同じものを……」
「これ以上繁盛させたいんですか? 死にますよ?」
「……やめておきます。少なくとも、もう一人ぐらい調理ができる人を雇わないと……」
「そういえば、アルツにいた調理人は?」
確か、人間の調理人だったと記憶しているけど、あの人はどうしたんだろう? 色々と教えていたはずだ。ある意味ユリナさんの一番弟子のようなものだろう。
「今は連絡が取れませんね。もう少し落ち着いたら連絡を取ってみると、アグニスが言っていましたが、それもいつになるか……」
「ああ……忙しすぎますからね」
この世界だと連絡をとるのが大変だしな。しかも相手は人間。かなり難しいだろう。新しく調理人を雇って、また教えこむのも大変だろうし……って!
「それなら、あとで名前を教えてください。俺が通話で連絡してみますよ」
「!!! そうでした! それがありましたね! ヒサオ様、さすがです!」
「ハハハ」
ちょっと照れてしまい、片手をあげ頬を……
ガチャ―ン!
ア……
「ヒサオさん……」
「ご、ごめんなさい!」
結局店が閉店になるまで、計6枚の皿を割ってしまった。俺は何をしにきたのだろうか?
手伝わない方がよかったかもしれない――




