第261話 即位式前
陽が昇り頭上に差し掛かった頃、魔都エーラムの城が即位式の為に門を開いた。
城の一階にある、貴族たちが集いグラスを片手に談話を楽しむかのような場所で、関係者各位が集まっている。もっとも、彼等は魔族や獣人達だ。当然のごとく人間のソレとは変わった様子となる。
角を生やしたオーガや豚面のオーク。緑色の肌した背丈の小さいゴブリン。エルフやダークエルフもいれば、竜人に翼人もいる。さらに獣人達も各種族がいるため、中々にカオスな光景だ。もし、ケイコが目覚めていれば、妙な息遣いをしながら写真を撮りまくっていただろう。涎を垂らすのは間違いがない。
「あ、オッサン!」
明るく嬉し気な声をだしたのはヒサオだった。最初にエーラムに訪れた時に購入した民族衣装姿でジグルドへと近づく。むろんミリアも一緒だ。
そのミリアを見たジグルドがくぼんだ眼を大きく見開いた。
「ほぅ? お前もそんな恰好ができたのか?」
彼が驚いたのはミリアの服装。いつもと違いすぎていた。
一言でいえば白一色のパーティードレス。
胸元を強調するかのように作られたもので、スカートにはフリルまでついている。
ちなみに、いつもより胸のサイズが大き……いや、淑女の嗜みなのだろう。常識的な範疇なのだ。幻の肘打ちを放つ彼女が淑女かどうかは別として。
「うるさいわね。ジグルドこそ何よその服。全然似合わないじゃない」
反撃に出たようだ。着ているものは淑女を思わせるような物だったが、中身まで変える性能はない。そんな付与効果があれば、きっと大ヒットするだろう。
ミリアが毒舌を吐いたジグルドを見れば、白いシャツの上に黒スーツといったもの。首にはしっかりと蝶ネクタイまでつけてある。いつも着ている作業服姿と違いすぎてギャップが凄い事になっていた。
「いや、これはだな……」
チラっと横をみれば、そこには薄桃色の可愛らしいドレス姿のコリンがいて、その足元には、色彩が派手な子供服を着せられたヒガンがいた。
「ジグ様は何を着ても似合うのです!」
「そうなのです!」
異論は認めない! といった表情でコリンとヒガンが言いきった。
「オッサン。それコリンが選んだんだろ?」
「う、うむ。いつの間にか買ってきてな……」
「かっこいいのです! アルツから色々流れてきていて目移りするのです!」
「ととさま、かっこいいのです!」
コリンが、今にも抱き着きそうな程に幸せな笑顔を浮かべ言うと、そのジグルドの足元にヒガンが移動。ヒシっとつかみ、柔らかそうな頬をスリスリとこすりつけている。
そんなヒガンの緋色の髪を優しくなでるジグルドの顔を、鍛冶場にいる弟子たちが見たらこう言うだろう。
『親方が壊れた!』
……と。
「そうじゃ、ヒサオ。聞きたいことがある」
娘の頭から手を離し、ジグルドが思い出したような声をだす。
「うん? なに?」
「リームの居場所を知りたい。あの娘は今どこに住んどるんじゃ? 以前泊っていた宿にはおらんかったぞ」
「え? リーム?」
検索鑑定でもしてみるか? と、思ったが、実行する前にミリアが答えた。
「あの子なら、弟のヒュース君と一緒に住宅街にうつったわよ」
「そうじゃったのか? ならば、その住所はわからんか?」
「分かるけど、どうして? あの子に用事?」
「用事と言うより……」
そういいつつ、自分の足にしがみ付いているヒガンへと目を落とすと、ヒガンがクイっと顔を軽く傾け、緋色の目をヒサオへとまっすぐに向けた。
「おねぇちゃんは、どこなのです?」
「おねぇちゃん?」
「うん! リームおねぇちゃん!」
元気いっぱいの声を出し、ジグルドの足をつかんでいた両手を精一杯頭上へとあげた。
その手がヒサオへと伸び掛けるが、コリンが後ろからヒガンを抱き上げ止めてしまう。
「ヒガンちゃん駄目なのですよ。ヒサオ様は色々と危ないのです」
「……おい」
何が危ないというのだ? お前は、俺をどう思っていやがると、その場で言いたくもなったが、隣にいたミリアがクスクスと声を漏らしたので止めてしまう。
その笑っていたミリアが、コリンに抱き上げられたヒガンに視線を合わせた。
「リームと会いたいの?」
「うん! おねぇちゃんと遊ぶ!」
意思が通じた事を喜び、コリンに抱かれたままミリアへと両手を伸ばす。
その小さな手に、ミリアの指が向けられるとヒシっと掴まれる。
ヒガンの様子を微笑みながら見つめつつ、ジグルドへと尋ねた。
「ジグルド、約束を守ってくれたの?」
「なんじゃ、覚えておったか?」
「ええ。杖作りの為に最初に会いに行った時のことよね? 覚えているわ。後で案内するわね」
「それは助かる。すまんの」
返事を聞くと、ミリアはヒガンから目をそらし、朗らかな笑顔を見せた。
「ふむ? ……多少、変わったか?」
「え?」
「なにやら、背負っていたものを降ろしたような感じじゃ。何かあったのか?」
「そ、そう? ……えーと」
心当たりはあるが、それを口にするわけにもいかず、ヒサオに助け船を求めるように視線を向けた。すぐに何を言いたいのか分かったようで口を出し始めた。
「そうだオッサン。カテナの事だけど、どうする?」
「昨夜の話か? ワシなりに考えてみたが、やはり起こしてくれ。早いに越した事は間違いがないじゃろうしな」
ジグルドが力強く頷くと、ヒサオとミリアも意思を通じ合わせるかのように同じ事をした。昨夜のうちに通話で話し合った事であるが、それの再確認と言ったところだろう。すでにケイコとルインについては目を覚まさせるという事で確定していて、あとはカテナだけになっていた。
「分かったよ。じゃあ、今晩にでも起こしてもらう。俺とミリアは、まだ、エーラムに残るけど、オッサンはどうする?」
「無論、泊っていくぞ。カテナと話さねばらんからな。それにヒガンとリームを遊ばせてもやりたい」
ヒサオの質問に答えながら、彼の手はヒガンの頭に置かれ撫でている。
その手で感じる温もりこそが、彼をこの世界に残すという選択を選ばせた。
そんな話をしていると、今度はイルマを先頭にテラー達もやってきた。
「ヒサオ、てめぇ!」
「ぐぇ! なんだよ!」
背後から声をかけるなり、イルマの手がヒサオの首をしめる。
彼が身に着けている胸鎧がヒサオの後頭部にあたって、さらに痛い。
「さっさとブランギッシュに戻ってこいや!」
「もうちょっと待てよ!」
2人共が楽しそうな声と顔をしながら、ちょっとしたスキンシップをしていると、赤一色のパーティードレス姿のテラーが止めに入る。
「イルマ、あまり騒がないでください。ここにいる方々は建国式にもくるのですよ?」
困ったように耳を垂れ下げ言う彼女を見れば、元の茶褐色の体毛となっていた。
銀狼種の血が覚醒したのは一時的なものだったらしく、普段は元の状態になる。
ただし、精霊憑依を行うと銀狼種へと変化。一度覚醒したおかげで、ジグルドからもらった防具がなくとも再度の変化は可能となったようで、いずれは両親と等しくなるだろう。
「テラー様。イルマを止める為にも、やはり奥方を連れてくるべきでしたな」
テラーの斜め後ろにいたエイブンが言うと、イルマの背がピンと伸びた。
ヒサオの首を絞めたままだったので「グェ!」などとヒサオが言ってしまう。
「エイブン……あなた、もう少しどうにかならなかったの?」
一目見るなりミリアが言ってしまう。上半身には黒いスーツのみをつけ、首に蝶ネクタイをつけている。それはまだ良いが、下半身はいつものごとく真っ裸なので、変態という言葉が出てきそうになった。
「何を言う。これこそケンタウロス族の正装というものだ」
「そのとおりですよ。いたって普通ではありませんが?」
テラーとエイブンが生真面目な顔をし言い切る。
ミリアは自分の常識が違うのかと、テラーへと向けた。
すると己と明らかに違うものが2つ目に飛び込んでくる。
(……)
それは武器だ。
女であるはずのミリアに対しても武器になりえる。
赤いパーティードレスの薄い生地が隠した2つの山は、ミリアであっても手を伸ばし、自分との違いを確かめたくなるほど。
「ミリア?」
「え? な、何でもないわよ」
「はぁ?」
「それより、即位式はまだなの? ヒサオ、いつになったら始ま……」
時刻を気にして横に立つ……いや正確にはイルマに絞められ力なく垂れさがっているヒサオを見て、声をとめ息をのんだ。
すぐに、大広間でミリアの絶叫が響き、事件が発生したのかと誤解すら生みだしてしまう。
即位式が始まったのは、騒動が静まった後となった。




