第257話 交わされる契約
人間になる。
ミリアの覚悟を突きつけられたヒサオは、自分が何を聞いたのか分からないほどに混乱した。
「……え?」
「やっぱり分からないわよね」
予想どおりだと、ミリアは苦笑しながら息をはいた。
「あなたの考えとは違うけど、私もヒサオの世界に行きたいの。理由は言わなくても分かるでしょ?」
「お、おぅ」
そこは何とか理解できたようだ。首を大きく2度縦に振った。
「でも、私がエルフのままで行ったら、魔力が無くて死んでしまう。それじゃあ意味がない。これは?」
「もちろん分かる!」
だからこそ悩んでいたし、ミリアに対するアプローチも避けていた。
これは両者ともが想い悩んでいた事であり、その解答をいち早く見つけた。いや、教えられたのはミリアの方。
「だったら、私がエルフじゃなくて人間になればいいだけなのよ」
「どうしてそうなる!」
いきなり話が飛んでしまい、ヒサオは立ち上がった。そんな事は全く考えていなかったのだから無理もない。
しかし、その手段となるヒントは、すでにヒサオも貰っている。
「前にアルフから聞いたんだけど、別の世界にいくと、その世界のルールに縛られる事になるらしいの」
「縛られる?」
「うん。ヒサオ。あなたのスキル。そういうのって元の世界になかったんでしょ?」
「……あぁ」
この時になり、ヒサオは世界樹ルインとの会話を思い出し始めた。
その記憶を思い起こしながら、ミリアが続ける話を飲み込んでいった。
「スキルが無い世界から、あなたは来た。どのタイミングでメグミさんのスキルが渡ったのか知らないけど、この世界に来た時にはすでに持っていた。これはわかるわよね?」
聞くと即座に頷いてみせる。既に考えていた事もあるため理解が早かった。
「でも、そのスキルって、元の世界に戻ったら消えるわ。いいえ、たぶん別の形に置き換わる? その辺りは詳しく分からないけど、それが世界のルール。つまり縛られるって事。分かる?」
「うん……って!」
話の流れから、ヒサオが一つの推測を立てていく。
無い世界から有る世界へ。
有る世界から無い世界へ。
そして……
エルフがいる世界からいない世界へ。
その結果は?
人という種である以上、同じ人という種になる。
そして、ヒサオがいる世界において人であるのは、人間のみ。
すなわち、エルフであるミリアは、人間になるという事。
「それを利用? いや、そんな事が……」
呆然としながら理解した声を出すと、ミリアはニッコリと笑みを浮かべた。
「できるのよ。ただし、世界樹になったアルフの協力がないと、失敗する可能性もあるみたい」
「……あ!? だから、あの時逃げたのか!」
「……それは悪かったわ。アルフがここまで目覚めるのが遅いとは思っていなかったし……いつまでかかるか分からないから、帰るのを伸ばしてほしかったの。目覚めたら、私の方から言うつもりだったのに……それが急に……後は、分かるわよね?」
「……わかるには分かった」
理解はできたが、と、心の中で続けた。
いいのかこれ? だってエルフが人間になるって寿命が……いや、エルフのままじゃ死ぬだけだし、しょうがないのか? ……って! まてまて、そこまで覚悟するってことは、俺にもかなりの覚悟が……え? もしかして、これって…ファ!?
今になって、自分が告白した意味を知る。
いきなりそこまで話が飛ぶとは思ってもいなかったらしい。
意味を知ったヒサオは、一気に顔を赤く染めてしまった。
「理解できたようね」
一方ミリアの方は、まったく赤くない。むしろ安心してしまっている。
隠していた事を全て言えたので胸のつかえが消えたのだろう。まさか、ヒサオがすでに結婚することまで考えているとは思いもしないようだが。
ゴクリとヒサオの喉がなる。
頭の中で言葉が渦をまくが、強引に一か所にあつめ押し込めた。
「分かった! ミリアはそれでいいんだな!」
「え? えぇ? 私は、良いけど……ヒサオ、あんたそれで納得してくれたの?」
「ミリアが良いならいい! 俺がしっかりミリアを受け止める!」
「は? 受け止める? ……う、うん? いいのね?」
「まかせろ! しっかり働いて、ちゃんとするから!」
「うん? 働くのはいいけど……なに、その意気込み? 怖いんだけど?」
「怖くない! 俺が守ってやる! 向こうの事は全部教えるし、家だって……バァちゃんと一緒になるけど、そこは良しだろう! あぁ、でも、金が溜まったら離れでもつくって、少し距離をとった方が……」
なにやら妙な方に考えが進みだした。
すでに家に帰った後どうするか? という段階を過ぎ、頭の中には家族としての姿が浮かんでいる。
一方ミリアといえば、彼女は、単純にヒサオがいる世界に行って、一緒に居たいという程度にしか考えていないわけだが……考えている事が離れすぎていないだろうか?
(何だか知らないけど、納得してくれたのね。……良かった)
まさか、こうもすんなりと、人間になることを受け入れてくれるとは思っていなかったらしい。
ミリアにしてみれば、エルフである自分を好きになってくれたのだと思っていたのだろう。
寿命に関して言えば、ヒサオが気にする程に彼女は考えていない。何より大事なのは、ヒサオの側で人生を過ごすことなのだから。
(……)
ふと、自分の髪を触ってみる。
人間になるという事は、この髪の色も変わるのだろうか? ヒサオと同じく黒髪に? 瞳の色は? 肌の色は? 胸のサイズは……いや、これは変わってほしいが、等と、今まで何度も考えてきたことを再度思い浮かべた。
(……ヒサオは、どっちの私がいいんだろう?)
もし、人間としての姿を見て幻滅されたらと思うと嫌なものだ。ヒサオに限ってそれは無いと思いつつ、もしかしたらという不安が拭いされない。
「うーん……金か。こっちで稼いだ金を持っていければ、高校を出た後でも何とかなるだろうけど……どうにかできないかな? 駄目なら中卒で働くか? ……いや、でもな……」
自分の姿に思い悩むミリアをよそに、ヒサオは顎に手をあて考えこみ始めている。
そんな様子に、人間になるという悩みが実に馬鹿げたものだと感じ、目の前にあった薄暗い霧のようなものが消えていくのを感じていた。
ただ……
(……今の私も覚えておいてほしいな……)
考えこむヒサオを前に、ミリアはある事を考え始めたようだ。
ジーッとヒサオを見つめるミリアの頬が、少しずつ赤くなっていくが、一体何を想像しているのだろうか?
「なぁ、ミリア。金を持っていけるかな? 向こうで着ていた服も持ってこれたし可能じゃないか? 向こうに無い物なら駄目だろうけど、あるものならそのままなんだろ?」
「え?」
唐突に話をふられ、考えていた事を霧散させる。
「そ、そうね。できるかもしれないけど、それもアルフが目を覚ましてからでいいんじゃない?」
「それもそうだな。しかし、アルフのやつ、何でそんな事をミリアに教えたんだ?」
尋ねられたミリアが、ピシっと表情を固めた。
アルフがミリアに教えたのは、まだアグロ砦にアルフがいた時の事だ。
世界樹に語りかけるように、精霊樹であったアルフに背をつけ、ヒサオへの想いを独白した時、アルフのほうから提案された事がある。
『仮契約を結べば、世界樹となった後でも、その事について協力ができますよ』
と言うわけで、この時に一連の説明がされている。
しかし、この事を全て話すのは、ミリアも恥ずかしいらしく、
「仮契約を結ぶ時に色々教えてもらったのよ。これは、世界樹となった後も続くみたいなの。ほら、私って、自分がいた村の世界樹と契約しているわよね。だから、彼女が世界樹になった後だと出来ないらしくて、それで契約を結んだわ。おかげで世界樹と精霊樹から魔力供給してもらっているわけだから、イガリアにいっても私だけは大丈夫だったってわけ」
「あぁ、だから戦争に……って、それなら、その杖さえあれば向こうに行っても大丈夫じゃないのか? 人間になる必要も……」
「違うわ。人間になりたいんじゃなくて、人間になっちゃうの。それに、世界樹の杖も、向こうにいったら別のものに置き替わると思う。魔力がないということは、精霊樹も世界樹も存在しないって事なのよ。忘れたの?」
「……なるほど」
改めて世界のルールというものを認識し、ミリアの言った事を納得してしまう。
(ホッ……なんとか、アルフが教えてくれた動機を喋らずに済んだわ)
等とミリアが考えていることは露知らずにだ。
「うん。話は分かったよ。色々と、凄く……その嬉しいんだけど、ミリアがそれでいいなら俺には不満がない。だけど、本当にいいんだよな?」
ズイっと体を乗り出させヒサオが確認すると、ミリアの唇がムっと曲がり始めた。
「私が言い出したのよ。もちろんよ。それともヒサオは、私が人間になるのが嫌なの? エルフの私じゃないと駄目なわけ!」
「へ? いや、そんなわけないだろ? ミリアは、ミリアじゃないか。俺としては……無茶苦茶嬉しい……ぞ」
嬉しい。
その一言がミリアの感情を爆発させた。
悩み抱えていた事を言っただけで、ここまで自分の気持ちが高揚するとは思わなかったらしく、心の中で反芻しだしてしまう。
しかし、表情には出さない。まだ、その辺りは恥ずかしいのだろう。
「そ、そう。それなら問題ないわね。じゃあ、そういう事だから」
言い切り、席から立ち上がると、ヒサオも立ち上がった。
互いに連れ添うように並び、部屋の扉前まで行く。
2人の気持が結ばれたせいか、距離が近い。
自分の部屋に戻るために、部屋の扉を開けたミリアであったが、
「……ヒサオ。契約して」
と、手にした扉に向かうように言い出す。
「契約? 誰と?」
尋ねられると、ヒサオへと振り向く。
「私とよ。私が一緒にいて良いって、いう契約を見せて」
「見せる? ……って…お前」
「…………言わせないでよ」
「……」
一瞬見つめあった2人であったが、ミリアのほうから顔を逸らした。
ヒサオは理解したようで、息を大きく吸う。
「……」
無言で、ミリアの両肩に手を置いた。
その手にグっと力がはいるが、ミリアはされるがままに顔を向けなおす。
契約という言葉が互いの背を押すかのように距離が縮まり……
「「……」」
彼と彼女は、互いの唇を求めあった。




