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第255話 師の教え

 ――謁見の間


「……終わったよ」


 魔王が、パタンと藍色の携帯電話を閉じて言う。

 新魔王カリスの即位式を伝達する為、各地に散らばり始めた族長たちへの連絡。

 それをヒサオの携帯で行っていたのだが……


「……」


 魔王が差し出した携帯に、ヒサオが何一つ反応を示さない。

 その彼は、ただ茫然と赤い絨毯通路の上に立ちすくんでいただけ。


「フェルマン。何これ?」


「自分も分かりません」


 魔王の隣に立つフェルマンに声がかかると、何故かヒサオの目が彼へと突き刺さった。


(なぜ、そんな目でみるのだ!)


 理由が分からないが、殺意に近いものが向けられている事だけは感じてしまう。


「ヒサオ、聞いてる? 連絡が終わったから返すって言ってるんだけど?」


「……」


 一瞬フェルマンを睨みはしたものの、また戻ってしまった。

 どうしてこうなった? と、魔王達が思う。


「ふーむ。なにやら放心しておりますな。どれ……」


 そう言い、カリスがヒサオへと近づき、少し手前で止まると、


『GAAAAAAAAAA!!!』


 咆哮を軽く放った。

 ヒサオの顔がひきつり耳を塞ぐ。魔王達も顔を背け、耳に手を当てていた。


「一言いってよ爺」


 背後で文句を垂れる魔王を無視し、ヒサオの表情を見ると、虚ろ気味だった黒い眼に光が戻り始めているのを確認する。


「術でもかけられておったか?」


「え? いや、別にそう言うわけでは……」


 あっさりとカリスの言った事をヒサオが否定するが、心の中では、


(……出ていったのが返事? 話すこともいや? そんなに俺が嫌いか? ………もうやだ)


 ヒサオを悩ますのは、ミリアのとった行動そのものだ。

 その時の光景が脳に焼き付いていて、ほんの一瞬意識が戻るが、すぐにミリアが出ていった光景が頭の中で再生されてしまう。


「ヒサオ……またか。フェルマン何か分からぬか? これは精神魔法の類なのか?」


「いえ、そうではないかと。それでしたらカリス老の咆哮で解けるはずです」


「そのはずなんじゃが……うーむ」


 一体全体どうなっているのかと悩む。

 カリスの後ろで魔王とフェルマンが顔を見合わせ、2人そろってため息をついた。

 と、そんな謁見の間の片隅が突然光った。


「……またか。どうしてそこに飛んでくるんだよ彼は」


 淡く光る若草の色。

 それはオルトナスとミリアが扱うメグミが残した転移魔法陣。

 魔王がいる謁見の間に直接転移してくるのは1人しかいない。


「魔王殿!……と、なんじゃ皆で?」


 喜々とした顔をし姿を現したのはオルトナス。汚れた白衣姿のままだ。


「それはこっちのセリフだよ。どうして君は、そこに魔法陣を作るんだい? 嫌がらせ?」


 以前にも一度勝手に作り出し飛んで来た事があった。魔王が言っているのはその事だろう。

 前に作られたものは実験段階だったものなので、すでに処理がされている。


「コルクスからは直接飛べませんからな。至急お知らせしたい事もあったので、また作らせてもらいました」


「至急?」


 その言葉に嫌な予感を覚える。

 なにしろ彼がもたらす報告は、嫌な出来事が多いのだから。


「ついに、帰還魔法陣の作成が終わりました。ついては、ヒサオを借りて……」


 言い終わらないうちに、隣に立っていたヒサオが動いた。


「帰還!」

「ぬぉ!?」

「帰る!」

「なんじゃ!? いや、帰りたいのは分かるが、まだ発動確認ができておらん!」

「いいから帰る!」

「ワシの話をきかんか!」


 ほとんど同じ背丈のオルトナスの肩を、両腕で掴み激しく揺さぶる。

 ひたすら帰ると連呼するヒサオの様子に、異常性を感じカリスとフェルマンが止めにはいった。


「俺は帰るんだぁああああ!」

「分かったから落ち着け! フェルマン、足をもて! こやつを部屋に閉じ込めるぞ!」

「は、はい。まったくどうしたというのだ、こいつは!」


 カリスに上半身を。フェルマンには足を掴まれる。

 2人で抱きかかえ、謁見の間からヒサオが連れ去られていった。


「魔王殿。ヒサオは、あそこまで帰還したかったですかな?」


「うーん……帰りたいのは分かっていたけど、あそこまでじゃなかったと思う。少なくとも、カリス爺の即位式や獣人王国の建国式は見たいって言っていたからね」


「……ふむ? ならば、何かあったと? ヒサオがあそこまで慌てて帰りたがる……いや、逃げ出そうとしているような……」


「オルトナス?」


「はい?」


「……あぁ。大丈夫か。君までヒサオのように正気を失うかと思ったよ」


「は? いや、それはないですな。それより、その道具はヒサオのでは?」


 魔王の手にある携帯電話を目ざとく見つけ、指さし尋ねた。


「そうだよ。これすら忘れているようだ。ほんと、どうしたんだろう?」


「……なるほど。で、あれば、元の世界で何かあったという事はないですな。ならば……ふむ。分かりました。その道具はワシが預かりましょう」


「え? いや、これは……」


 魔王が嫌そうな顔を見せる。

 彼の頭の中では、オルトナスの手によって分解される携帯電話の予想図が見えてしまった。


「なにもしませんぞ? 単純にヒサオに返しておくだけです」


「……本当に? 何かしたら駄目だよ?」


「無論です。そもそも、中身を見てもワシには分からんと思います」


「……そうだと思うけど……いや、何でもない。じゃあ頼む。本当に何もしないで返すんだよ?」


「分かっております」


 かくして、魔王の手にあったヒサオの携帯電話はオルトナスの手に渡ることになった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 エーラム中央に巨大な木がある。

 数本の枝が出ている為、木であるという事は分かるのだが、その枝がほとんど伸びていないせいで、遠目で見ると天高くそびえ立つ塔のように見えてならない。


 雲があれば邪魔だと貫き、青空であれば溶け込むように消え、夜空の元では神秘性を垣間見せる世界樹。これ一本で世界全ての魔力を補えるという話であるが、それを確認をしたわけではない。あくまでミリアが、自分が契約した世界樹から聞いた事だ。


 しかし、その世界樹は命の力を与えてくれると言うのは確かなようだ。

 ペリスとニアから、この話を聞いた純魔族達が連日やってきて体を癒しているが、多くの男女が日を追うごとに若さを取り戻していったのだから。


 その純魔族達が、世界樹の元から去り始めるのは日が傾きかけた頃。

 日々回復していく自分を嬉しく思い、いまだ目を覚まさない世界樹に向かって感謝の気持ちを残していく。それは、側に立つ少女に対してもだった。


 ブロンドを思わせる金の髪を編み肩に置いた少女は、手にした枯れ木のような杖を額にあてている。

 先のとがった耳はピンと張りつめ、何か変化があれば聞き逃すまいとしているかのよう。

 背筋を曲げ、今にも世界樹に向かって倒れこむように見えるが、彼女はそうした姿勢のまま半日以上、その場にいた。


 ただひたすらに何かを願っている。

 それだけは、見る者全てが知り得ることができた。


 さて、その少女ことミリアに近づいてきた銀の髪と目をもつ男が1人。

 下げた手には藍色の四角の物体が握られ、もう片方の手は汚れのついた白衣ポケットに突っ込まれている。魔王から話をきき、何かを察したオルトナスだ。


(巫女であるが故に必死なのかと思っておったが……力が入りすぎじゃ。ミリアが気付かぬわけがなかろうに)


 足音をけし静かに近づくが、ミリアの耳がピンと動き反応を示し肩が揺れ動いた。

 祈るようであったミリアの鼻がかすかに動くと、


「……師匠?」


 姿勢を解き、後ろを振り向いて見せる。足音と匂いでオルトナスだと判断したのだろう。


「なんじゃ。交感に没頭しておるのかと思えば、そうでもないのか?」


「……集中できなくて、必死になっていました」


「……ふむ。ミリアよ。それでは逆じゃな」


「逆?」


「乱れた心をグっと抑え込もうとしたのじゃろ? それではポーンという良い音はだせん。もっと、こう、トロ~ンと溶けていくような気持ちにならねばな」


「は、はぁ? いえ、言っている事は分かりますけど……」


「うむ。ミリアも成長したの」


 意思伝達が出来た事を成長という師に対し、ミリアは愛想笑いを浮かべてみせた。

 ふと力が抜けた事を確認すると、オルトナスは用件を話し始めた。


「先ほど魔王殿に、帰還魔法陣の制作について教えてきた」


「まさか、もう!」


「何を驚く。元々調合材料には目途がついておったじゃろ。あとは、樹液が推測通りなのかどうかを確かめるだけ。それも把握できた。ならば、もう作るだけじゃ」


「……」


 オルトナスが当然だとばかりに言うと、ミリアは、一目で焦りがわかってしまうような表情をしてしまう。

 話を聞いた彼女が、すぐにまた元の姿勢に戻ろうとしたが、


「ヒサオもその場にいたので教えたぞ」


「!?」


 驚き、再度オルトナスに体を向けなおした。


「狂っているかのように、帰りたいと連呼しおったな」


「まだ早いです! 実験も何もしていないじゃないですか! 危険すぎます!」


「そうじゃな。まずは鑑定でもしてもらわんといかんな。それで大丈夫そうなら、魔力を流しこんでもらい発動を確認。もうわずかばかりの手間で済む」


「……だ、だけど」


 オルトナスが言った事は、元々決められていた手順だ。

 それを口にしただけなのだが、ミリアはそれでも早いと食い下がっている。


「ミリアよ。その心を騒がしている問題を解決したらどうじゃ? そうでなければ、アルフも目を覚まさぬかもしれんぞ?」


「……」


 身体はオルトナスに向けたままだったが、顔だけがそれた。


「ヒサオは、逃げようとしておるぞ」


「ッ!?」


 瞬時にミリアの顔と肩が揺れた。


「逃がしてよいのか? お主は、ヒサオに惚れとるんじゃろ?」


「し、師匠!?」


 ガバっと顔が動き、オルトナスを睨みつけるが、その頬が淡く朱に染まっている。


「今更じゃ。隠せていると思ったか? ヒサオが目を覚ますまで隣にいたのは誰じゃ?」


「……」


「……やれやれ。何をそんなに悩む? ワシは師じゃぞ? たまには悩みぐらい聞いてやる。少しは相談してみろ。こう見えて恋の悩みはいくらでも経験済みじゃ」


「師匠がですか?」


「……お主、ワシを研究馬鹿としか見ておらんじゃろ?」

「はい」


 即答で言われてオルトナスの顔が渋面する。その時ばかりは歳相応に見えてしまった。


「ワシとて若い頃は色々と悩んだのじゃぞ。告白した相手もいたが、どういうわけか上手く伝わらなくてな……いつも上手くいかん」


「……あぁ。なんとなく分かります」


「分かるのか!?」


 小さく漏らしたミリアの声に、オルトナスの瞳が大きく見開きかけたが、すぐに顔を左右にふった。


「ワシの話をする時ではなかった。お主の話じゃ。何を悩んでおる? 何か力になれるかもしれんし言ってみろ」


「……」


 ミリアは悩んだ様子を見せたが、すぐに、


「……わかりました」


 まっすぐな視線を師に向け、彼女は自分が抱えている悩みを話し始めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ミリアの心は定まっていた。

 魔王が感じたように、覚悟もできていた。

 しかし、それを実行するには足りないものがあった。

 全てを知ったオルトナスは、


「……なるほどの。じゃから世界樹を目覚めさせるのに必死になっておったか」


 一度はミリアのとった行動を無理もないと考え空を見上げたが、すぐに思いなおした表情をミリアへと向けた。


「逆じゃな。ヒサオに事情を話し、待ってもらった方がよかろう。それで片が付く」


「え? ……いえ、でもこれは私の勝手ですし」


「ヒサオには迷惑だと? お主は、自分が惚れた相手を信じられぬのか?」


「そう言うわけでは……ですが、これとそれとは……」


「同じじゃ。迷うな。あやつは、それが異常なことでも受け入れてきたじゃろ? それが危うくもあるが同時に魅力でもある。お主は、そこに惚れたのではないのか?」


「……かもしれません」


 静かに声をだし顔を頷かせると、オルトナスは満面の笑みを見せ、手にしていたヒサオの携帯電話をミリアの前に出した。


「持っていけ。話をする切っ掛けぐらいにはなる。その後は、ゆっくりと話せ……いいな?」


 出された携帯を見て、ミリアの手がそっと伸びた。

 しかし触れる瞬間、手を止めてしまう。


 これを手にするという事は、自分が考えていることを打ち明けるという事。

 そう考えると、どうしても手に触れることができない。

 ジっと藍色の携帯電話を見つめながら、ミリアの頭が目まぐるしく駆け回ると、


「悩むな! ここで逃げたらお主は一生後悔するぞ!」


 頭上から聞こえる大声に、ミリアの背がビクリと動き、


「あっ!?」


 気付けば、ヒサオの携帯電話を掴んでしまっていた。


「よし。気が変わらぬうちに、さっさといけ。ワシの言葉を信じよ。それは自分だけで解決できることではない。しっかり2人で話し決めてこい」


「……はい!」


 諭されたミリアは最後には頬笑みを見せ走り出す。

 夕焼けに照らされた世界樹の根元にオルトナスは残り、走り去った弟子の背を見つめ呟いた。


「……ワシも師として成長できたかの?……なぁ、メグミよ…」

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