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第251話 フェルマンという男

 精霊樹アルフの成長を待つ日々が続いたある日のこと、エーラム復興に手を貸していたフェルマンを訪れた者がいた。


 場所は、街中に再建されつつある住宅街の一軒屋。

 いつまでも城の中に住まうわけにもいかず、治療が終わった後に移り住んだらしい。


 元々あった木造建築の家を再築したような古風な建物であるが、エーラムで多く見られるレンガ造りのものよりは、ここのほうが良いと本人は気に入っているようだ。城の中も十分な温かみがあったが、自然の息吹を感じることができなかったのが唯一の不満だったらしい。


 さて、そのフェルマンの元を訪れた人物というのは……


「誰かと思えば、君か。たしかファスタと呼ぶ約束をしていたね」


「はい。お久しぶりです、フェルマン様」


 久方ぶりにニア=ファスタとの再会。


 フェルマンを見れば、自宅であるせいか麻布で作られた紐止めのラフなシャツ姿。

 やってくる客のほとんどはダークエルフ達なので、さして気にした事が無かったのだろう。


 一方ニアをみれば、いつもの黒装束姿と若干違った。

 基調色が黒一択であるのは変わらないのだが、ほとんど露出が無かった普段着と異なり、手足が見えている。影の一族である彼女が、褐色の素肌を見せるというのは、あまりないので珍しい事だ。


「上がってくれ。以前のように急いでいるわけではないのだろ?」


「そう…ですね。今日の用件は一つだけなので……では、失礼します」


「あー…それなら、カプティーの一杯ぐらい付き合ってくれ。良質な葉も手に入ったので、ぜひ飲んでいってほしい」


「わかりました。ご命令とあらば……」


 その言葉を聞き、フェルマンは一度足を止めた。


(命令? 何を?)


 彼女は影の一族であってダークエルフではない。

 その血の一部を受け継いでいるとはいえ、フェルマンの部下ではないのだ。

 それに命令したつもりもなかった。


(よく分からないが、聞き流しておくか)


 考えたことをそのまま実行し、止めた足を動かし台所へと向かった。


「………」


 家の中へと通されたニアといえば、黙って立っていた。

 彼女が立つ側にはソファーや、食事用の卓上テーブルとイスがあるというのにだ。

 どちらに座るべきか? あるいは座っていいものか? と悩んでいるのかもしれない。


 そのまま立っていると、台所からフェルマンが戻ってきて、手にした木製トレイの上にはカプティーがはいった陶器製のコップが2つあった。


「適当に座っていてよかったんだが――じゃあ、こちらで話そうか?」


「はい。わかりました」


 フェルマンがカプティーのはいったコップを木製の卓上テーブルの上に置く。

 そこにあった背もたれのついた椅子へとニアが座ると、彼もまた椅子を引いて座った。


「まずは、飲んでみてくれ。できれば感想なども欲しいかな? 率直な意見をくれると助かる」


「助かる?」


「……いや、何でもない。余計だった……どうも、こういうのは苦手だ」


 素直な感想が欲しいというのに、何故余計な事をいうのだろう? と、自身の中で若干反省をする。

 目を伏せたフェルマンであったが、その耳にズズっという音が聞こえると頭を上げた。

 軽く一口付け、艶を感じさせる唇からコップが離れると、


「……匂いと味が……ちょうど良いバランス。……心を静めてくれる気がします」


「!?」


 予想していた以上の感想を聞けたせいか、フェルマンの手がテーブルの上で握りしめられた。


「ありがとう! いや、しかし、それは俺に気を使ってくれたとか、そういう……」


 やはり余計な事を言い過ぎたか? と、不安を覚えたようだが、ニアは可愛らしい微笑を浮かべ横へとふった。


「それは、フェルマン様の為にならないのでは?」


「ウッ!?」


「私が考えますに、これはダークエルフの方々が最近手を出し始めているものではないでしょうか? 自然が少なくて寂しいと魔王様に呟いた事は聞いております」


「……バレているのか。実はそうなのだ。ここは自然が育つにはあまり良い環境とはいえないが、私達やエルフは自然がないと調子が悪くてな。それで増やそうと思っているのだが……」


「それで、茶葉を?」


「何かしらの形で利用できるものでないと、認めてもらうのは難しいだろう。そう思ってね。野菜の類も近々収穫ができるはずだ」


「それは魔王様も喜ぶかと。最近では体が野菜を欲しているようなので」


「ほぅ? それは良いことを聞いた。なら出来の良いのがとれたら、食べてもらわねば……何が好みだろうか? ……うーん……」


 と悩みだすフェルマン。それをニアは頬を緩ませ見ていた。


「君は何がいいと……」


 気が緩んだ瞬間、顔をあげ尋ねかけたが、ニアの表情をみて言葉を止めてしまう。

 それは彼女の素の表情。

 影の一族として行動する気を張りつめたような顔ではなく、女としての顔であった。


「どうかされましたか?」


「……いや、何でもない。そうそう、君は何が良いとおもう? 魔王様はどういった野菜を好んでいるのだ?」


「そう――ですね。あの方は、昔から水分を多く含む野菜を好んでいました。ですが、茄子やピーマンはどうも……」


「……意外だ。それほど苦手なのか?」


「はい。何かに混ぜると食べてくれるのですが……」


 まるで子供の好き嫌いを憂う母親のようだ。どうやったら食べてくれるのかと、悩んできたのだろう。

 しかし、それを教えていいのだろうか? 今頃魔王はクシャミでもしているかもしれない。


「ふむ……水分を多く含む野菜か……しかし、この土地ではなかなか難しいぞ。いつもはどこから入手しているのだ?」


「それでしたらセグルですね。あそこの土地はかなり良質なので、色々な作物が取れます」


「あぁ。ヒサオも言っていたな。あそこはパラダイスだと」


「パラダイス?」


「天国という意味らしい。なんでも訪れるたびに、色々発見できて面白いと言っていた」


「ヒサオ様らしいですね」


 会話をしている最中に、笑い声すら聞こえてくるような笑みを見せる。

 完治したはずの胸が、痛みとは違う感覚を覚えてしまい、手にしていたコップに口を付けた。

 すると、ニアが言ったように、わずかに感じた鼓動の異常さが静かに霧散していった。


 ひと息ついて、静かにコップをおくとニアが口を開いた。


「しかし、フェルマン様。自然をこの土地に増やすのは構わないと思いますが、ブランギッシュはよろしいのですか?」


「ん? 君は聞いていないのか?」


「何をでしょう?」


「私達ダークエルフとエルフの皆は、このエーラムに移りすむことが決まった。なにしろ世界樹が出現するのだから、ぜひとも守らせてほしい。むろんブランギッシュに住み続けたいものには、許可を出しているがな」


「!? そ、それは知りませんでした! いつその話が? 私も姉様も、魔王様の元から離れることは、そうそうないはずですが!」


 これは護衛失格になりかねない大問題だと、ニアが席から立ち上がった。

 その顔は、フェルマンが知るいつもの魔王の護衛としてのもの。


「つい先日だ。私とアスドール王が意見をまとめ、魔王様に言いに行ったはずだが?」


「……先日? もしや、帝国住民達がアルツに転移していった時では?」


「そう…だな。確か夕時当たりかと記憶しているが。それがどうかしたのか?」


 ニアが言うのは滞在期間が過ぎたあと、アルツ経由で帝国兵が帰った時の話。

 この時、転移時におきる騒動に対処するため、ニアは並ぶ人々を影から監視していた。むろん魔王の命によってである。


 その魔王の元には姉であるペリスがいた為、護衛失格というわけではない。

 ただ、どうしてこの話がニアの耳に届いていないのかといえば、


(姉様、わざと隠しましたね!)


 自分に隠しておいて、後で驚かせようとした?

 姉であるペリスならやりかねないと考え、唇を一文字に閉めてしまう。


「……何か気に障る事を言ったか?」


「え? あ、いえ、そう言うわけではありません。フェルマン様がどうとかいう話では、いえ、まったく関係がないというわけでも……」


「どちらなのだ? 私に落ち度があるなら教えてほしいのだが?」


「違います! 落ち度なんて全くありません!」


「う、うん? ないのか? ならいいのだ。とりあえず座って落ち着いてくれないか?」


「……はい。失礼しました」


 自分がとった態度に反省でもしたのか、フェルマンが言うように席へと戻る。

 別段謝る必要はないのだが? と思いつつ、ニアが見せる初めての態度に嬉しさを感じつつあった。


「あっ」


 席へと座ったニアが、ボソリと思い出したようにつぶやいた。今度はなんだ? と声をまつと、


「……ここに来た用件を忘れていました」


 言われてからフェルマンも思い出し、小さく「あぁ」といった声を出す。


「実は、フェルマン様とカリス様に、明日城に来てほしいという連絡をしにきました。非常に重大なことなので必ず来てほしいとのことです」


「重大? ……私とカリス老に? どういう話なのだ?」


「それは魔王様から直接。私の口から申し上げることはできません」


「……それもそうだな。分かった。それでカリス老には伝えたのか?」


「いえ、これから向かいます。あの方もお忙しいようなので、夕方の時間が空いた時にお伺いしようかと思いまして」


「……夕方? それなら……」


 と、窓ガラスの方をむくと……


「……」

「……」


 2人共が無言だ。そこに有る陽の光を見つめながら、しばし考えてしまった。


「も、申し訳ありません! 長居しすぎてしまいました!」


「い、いや。こちらこそ引き留めてしまい済まなかった」


 2人が慌てだす。

 即座に玄関まで向かい、そのまま別れようとした時、


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ―――――


 と、地面が大きく揺れだした。


「キャッ!?」

「ニア!」


 突如おきた縦揺れに、ニアが体をよろめかせ家の壁へと手をつけた。

 フェルマンが近づくと揺れが小さくなりだしたが、ニアの様子が少しおかしい。もしや地震に対し恐怖でも覚えているのだろうか?


「大丈夫か? そう大きな揺れではない。すぐに収まるだろう」


「は、はい」


 そういうフェルマンをみれば、ニアの頭上を庇うように手を伸ばしていた。彼の影がニアと重なりあうほどに、2人の間が近しい。

 しばしの間小さな揺れが続き2人は固まる。

 揺れが収まったと確信すると、フェルマンの方から離れた。


「長かったな。この辺りでは珍しい。先日出現したワームのせいで地中が穴だらけになったのか?」


「……」


「ニア? そんなに怖いのか?」


「……い、いえ。突然だったもので、少しは驚きましたが……その……」


 たどたどしく言うニアの声から感じられたのは怯えではなく、気恥ずかしさ。フェルマンもこれには気づき、自分が近づきすぎたせいか? と考えてしまう。


「咄嗟のことで、つい体が動いてしまった。済まない」


「そ、それは、むしろ逆です。私こそが守らなければいけないのに、これでは……」


「……守る? 君が私を? ……もし、刺された傷のことを気にしているのであれば、あれはもう大丈夫だ。安心してくれ」


「そういう……!?」


 顔をあげ一瞬フェルマンの顔をみたが、すぐに横へと反らした。


「揺れも収まりましたし、これで失礼します!」


「あぁ。そうだな。では、魔王様とカリス老によろしく伝えておいてくれ」


「ハイ……それと、フェルマン様」


「ん?」


 出ていこうとしたニアが突然足をとめ、外へと目をむけたまま声をつづけた。


「……ニア……で、構いません。それでは!」


 小さくもあるが、フェルマンの耳にはしっかり聞こえたようだ。

 一瞬何のことだ? と思ったようだが、名のほうで呼んでしまっている事を思い出す。


「す、すまん!」


 と、フェルマンが言った時には遅く、ニアはすでに走り出していて背中が小さく見えるだけ。まるで逃げるように立ちさった彼女を呆然と見送りながら、


(……前と別人のようだな。なぜあんなに変わったのだ?)


 理由が分からず、混乱しながら卓上テーブルへと戻ると、軽く目を見開いた。


(あぁ、託宣の事が片付いたからか。魔王様も肩を軽くしただろうし、それで彼女も気が緩んだのだろうな。分からなくもない)


 などと結論をだしているが、もしペリスがこの事を知ったらどうなるだろうか?


 フェルマン=ウル=カスラ

 彼が未だ独身でいる理由は、何も忙しいからだけではない。

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