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第248話 本当の姿

 ――アルツの城


 傷をおったジェイドを治療し、残っていた彼等は地下にある魔法陣の元へと向かった。

 鍵は、ヒサオが所持しているはずだったが、世界樹ルインがミリアの服の中へと忍ばせてあったらしい。抜け目のない男である。


 その世界樹が言うには、勇者召喚を機能不全にさえすれば託宣との戦いは終わりを告げるとのこと。これに従い多くの獣人を上に残し、まだダメージを残しているジェイドと共に魔法陣がある部屋へと到着していた。


「無理しなくていいんじゃねぇの?」


「見届ける必要がある。勇者召喚は、私の先祖が作り王家が管理してきたものだ」


「作ったのは守田とかいう異世界人じゃねぇか。おめぇらは、騙されたようなものじゃねぇの?」


「勇者召喚を必要としたのは確かだ。何も分からず使っていたでは通らなない」


「……そんなものかね~」


 道理を口にするジェイドと、どうでもよさげに聞いているイルマ。

 そのイルマが、


「まぁ、これからは託宣に悩まされることもねぇんだ。気楽にやろうや」


 ガハハハと笑いジェイドの肩を叩く。しかし、そこはテラーによって剣を突き刺された部分なので、激痛が走り苦悶の声をあげた。


「あ、わりぃ」


「お前は、私を痛めつけ足りないのか」


「わざとじゃねぇよ。だいたい、傷めつけたのはテラーだ」


「イルマ! あなただって何度も殴り付けたじゃありませんか!」


「俺は攻撃されただけだった気がするな。ジグの旦那がくれたコイツがなかったら、逆にやられていたぜ」


 言いながら、コンコンと茜色をした胸当てを叩いた。

 イルマが言った通りであるが、それを恥ずかし気もなくいうのはどうなのだろう?

 ちなみにエイブンは城内で留守番だ。螺旋階段を下りるという行為は、下半身が馬の彼には難易度が高いのだろう。


「あんたら、煩いわよ! 集中できないでしょうが!」


 怒鳴り声をあげたのはミリアだった。

 左右の壁にあった松明に火をつけ、魔法陣の様子を眺めている。


「わりぃ。で、どうなんだよ?」


「すいません……」


 イルマは平然と。テラーは耳と尻尾をたれさげた。

 毛色が変わり気丈なよう見えるが、性格までは変わらなかったようだ。

 怒鳴ったミリアはと言えば、


「変わった様子はないわね。妙な仕掛けでもしていればと思ったけど、その様子もないし……」


 そう不安の混じった声を出した後、部屋の片隅にいた男へと目を向けた。

 頭の天辺が薄くみえる中年男性。汚れまくった白衣を着たその男は、魂すら消えたかのように放心しきった顔で座り込んでいる。


 男の名はダグス=コープス。ジェイドが乗っ取られるまで『彼』に支配されていた男。

 一体どこにいるのかと思えば、この部屋に縄で縛られ放置されていた。ミリア達がこなければ、誰にも見つからず餓死という最後を迎えていたかもしれない。


「あの、ダグス……さん」


「……はい?」


 返事をするが、声をかけたミリアの方を向かない。まだ操られているかのように生気のない瞳をまったく別の場所へと向けている。


「この魔法陣について何か記憶がありますか?」


「……」


 ミリアに尋ねられると、黙ったまま首を横にふった。


「じゃあ、私の事は?」


「……見た気はします」


 返事はすれど目を合わせない。ミリアだからというわけではなく、誰が問いかけても同様の状態であった。


(駄目か。この人もこれから大変でしょうね……って、人の事を気にしている場合じゃないわ)


 問いかけたダグスから目を離し、幾何学模様を描く2つの魔法陣を見つめると、構築式をかたどる光が弱々しく点滅している。


(ちゃんと調査して安全を確認してからにしたいけど、そうも言っていられないわね)


 世界樹から聞かされた事を考え、胸に抱く不安を忘れることにした。


「やるわよ。皆は手をださないで。何があるといけないから、少し離れていてね」


 魔法陣から目を離しテラー達に向かって言うと、全員が壁際へと移動。

 安全を確認したあと、懐から緑晶水がはいった瓶を取り出した。


(これを使っても消すことはできないでしょうけど、構築式を狂わすことはできるはず。それで十分だと思うけど……やってみないと分からないわね)


 若干の不安を抱きながら、瓶のコルク栓を軽くひねり開ける。そのまま魔法陣へとかけようとした、その時、


「……え?」


 魔法陣が急に力強く光始めた。

 何が? 自分はまだ何もしていない。それにこれは……


(魔法が発動? 嘘、そんなはず)


 誰も魔力をこめていないし、そもそもこの勇者召喚魔法陣は詠唱を必要とするものだ。

 転移魔法とは異なり魔力さえあれば良いというものではない。

 それなのに、発動しているかのような光を放つという事は……


(託宣が仕掛けた罠? あり得る!)


 危険を感じ手にしていた瓶の中身を魔法陣へとぶちまけたが、部屋の中全てを照らすかのような光が放たれた。


 まさか、ここにきて罠が仕掛けられていた? それも勇者を召喚するという形で?

 もし、これが託宣による最後の罠だとしたら……


「ヒサオ……ごめん」


 ミリアが、無念の声を出したが、


「うん?」


 光から目を逸らしていたミリアの耳に、声が聞こえた。

 聞こえてきたわずかな声に、ミリアの晴眼が見開く。


 確かめるかのように、鼻をクンと一つ動かした。

 覚えのある声と匂い。


 確信することで驚きをみせるが、すぐに笑みへと変わる。


 光が薄れ見慣れた姿を目にしたエルフの少女は、小さな唇を軽く動かした。














「ちょっと、くさいわよ」


 ……と。


 ミリアがぶちまけた緑晶水は、結構な匂いがするものらしい。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 世界樹ルインがヒサオを戻した場所は、勇者召喚の魔法陣の上であった。

 ミリアに気を使ったのか、それとも嫌がらせのつもりだったのか知らないが、緑晶水を体に浴びた状態で再会を果たしてしまう。


「これ、落ちるよな?」


「大丈夫よ……たぶん」


 と、言うありがたい答えを返され、彼等はエーラムへと帰還を果たす。むろん、勇者召喚の魔法陣はきっちりと処理された上でだ。


 さて、そのエーラムであるが、世界樹が告げた通り混乱の真っただ中だった。


 人間達は正気を取り戻したが、気付けば戦闘の真っ最中。

 しかも魔王が倒れたことによって東門のほうでは魔族の統率がとれていない。

 多くの死体が散らばっている場所で、殺意をむきだす魔族が襲ってくるのだから、たまったものではなかった。


「くそくそ!」

「なんでだよ!」

「いいから戦え! 殺されたいのか!」

「いあだぁあああ! かぁちゃぁああんん!」

「やってやる! やってやるぞ!」


 それまで声といったものを上げなかった人間達が、急に叫ぶ声を出し始めた。


 これに疑問をもった者はいる。

 しかし、デュランが率いる南はともかく東には指揮をするものがいない。これが災いし、東での戦いは続けられていた。


 モンスター達は人間達とは違った行動を見せる。

 元々人前に見せることのないモンスター達が、真っ先に撤退を始めた。

 彼等にとってソコは自分の縄張りではないし、飛行や地中を利用しての逃亡も容易。

 さらに、生物として頂点にたつ竜王の気配がある。感知ができたものにとってみれば、そこは居てはならない場所だったのだろう。


 モンスター達が散らばり数を減らしてくると、精霊樹の元から皆が離れ始めた。

 ドルナードとアスドールは自分の部下達の事を気にし南に。

 フェルマンはカリスと行動を共にしていた為か、竜人がいる東へと向かった。


 そうした状況時に戻ってきたヒサオ達と言えば。


「これは、思った以上に混乱していますね」


「……時間をかけすぎたわ」


「クソったれが!」


「ヒサオ。皆は無事なのか? どこにいる?」


「今調べてる。ちょっとまて」


 最後にヒサオに尋ねたのはエイブンだった。言われる前に検索鑑定を行い、自分が見知った人々の居場所を探していた。調べ終った人々の方向を指さし教えていたヒサオであったが、最後に魔王の居場所を調べたとき、その指先が城のほうへと向けられた。


「……」


 自分で指さした魔王城を見つめるヒサオの瞳からは不安が感じられた。世界樹から魔王が倒れたことを聞かされたのが理由だろう。


「わるい。俺は城にもどる」


「分かった。テラー様、我々はどうしますか?」


「2手に別れましょう。私は南へいきます。イルマは東をお願いしていいでしょうか?」


「任せろ。おい、お前らいくぞ」


 適当に腕をふりあげ言い走り出す。あとから部下がついてくるかどうか関係がないかのように。

 そのイルマの後を数人の部下が追っていき、半分ほど減ったなというあたりで、テラーとエイブンが動きだす。


 残されたヒサオとミリアは、何も言わずに城へと向かい歩き始めた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 魔王城に到着すると、中には避難していた住人達が不安な様子を見せていた。


「ここは無事だったのね」


「そうみたいだな」


 ミリアは安堵した声をだしたが、ヒサオは不愛想に声を返した。

 街に残っていた住人達の事を考えれば、手放しで喜ぶ事ができなかったからだろう。

 軽く様子を見た後、2階に続く階段を上っていく。いつものように謁見の間に向かっているが、


(なんでいつものところに? 倒れたんじゃ?)


 という疑念を覚えずにいられない。


 誰も守ることがない扉を開き中へと入ると、奥に3人の人影がみえる。

 玉座を挟み左右にいるのは影の姉妹だろう。見慣れた黒装束に身を付け、暗く沈んだ表情を見せていた。

 そして中央にある玉座に座る人物だが……


「……魔王様……ですよね?」


 ヒサオですら疑わざるを得ない姿だった。

 深緑色の布地と混じるかのような白い模様がついた礼服。

 その服は魔王が玉座で着ていたものであるが、当の本人がまったく違うように見える。


 ブラウンだった髪は白く染まり、顔は声をかけたヒサオに向けず床下へと。

 若々しくはっていた両肩は力が全く入らないかのように落ち、組まれていることの多かった2つの足は、そろって床上へと置かれている。


「魔王様。ヒサオ様が帰ってまいりました」


 少しかがんで魔王へと声をかけたのは姉のペリスだった。


「……ん? あぁ、すまない。少し眠っていたよ」


 声は聞こえた。

 聞こえはしたが、いつもと違い張りが全く感じられない。


 そこにいるのは魔王だ。

 影の姉妹にとっての本当の魔王としての姿だ。

 幼き頃に合わされ、守ることを義務付けられた主。

 いつしか主ではなく、別のものへとすり替わった親しき存在。


 小さな頃は兄のように。

 戦えるようになっては、父親のように。


 そして今では。

 ただ、生きていてほしい祖父のように……


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