第245話 戦いの果てに
「ま、また貴様らか! 今度は何をしたというのだ!!」
現れたばかりのヒサオ達に『彼』が怒鳴り声をあげるが、その言われた当人はといえば、
「おい、大丈夫か?」
すぐ隣にいるミリアへと声をかけていた。
その彼女を見れば額に指先をあて目を細めている。意識がまだハッキリとしていないのだろう。
ミリア同様に、共に戻ってきた仲間達も焦点が合わないような目つきをしていた。
「何があったんだ?」
「妙な光に包まれて……それから……」
「そうそう。それで……あれ? ……なにもなかった?」
「とりあえず無事……なんだよな?」
互いに自分達が覚えていることを口にし始めた。
不安気な声を出しているのは一緒にいた獣人兵ばかりではない。『依り代』状態に戻されていた兵達もまた同様に未だ戸惑っている。
この場で状況を把握できているのは、ジェイドに取り付いている『彼』とヒサオのみ。
――いや。
本当の意味で把握しているのはヒサオのみ。
ヒサオに無視された『彼』は、鼓動を抑え込もうと胸をつかんでいる。
感情を抑制し本体と繋がろうとしているようだが、すでに手遅れになっていることを知らないようだ。
「ヒサオ? ……ヒサオよね?」
「ああ。おかげさまで無事だったよ。世界樹に頼んでくれたんだろ?」
「世界……樹?」
「ん? ミリアじゃないのか?」
自分が勝手に勘違いしたか? とヒサオは思ったようだが。
「……いえ。本当に世界樹が守ってくれたのなら、私だと思うけどー…声……届いたんだ」
最後はポソリと漏れるような声だった。
頬を緩ませ笑みを浮かべる表情が、勇者召喚される前のミリアと重なった。
しかし、その笑みを見せたのも一瞬。
すぐさま杖を手にし立ち上がり、ジェイドに対し警戒態勢を取った。
「ヒサオ! ジェイドに気を付けて!」
意識を失う前に、体全身で感じた異常な気配。
それは今のジェイドからも感じられた。
感じたのは、ミリアばかりではなく、テラーも同じ。
自分の武器である魔法文字が刻まれたエレメントソードをスラリと抜き、ヒサオの横へとでる。
「……状況説明ができますか?」
「あぁ。簡単にいうと、今のジェイド王は託宣の一部が直接支配している。ダグスと一緒だと思ってくれ」
「ダグスと? ……なるほど、そう言うことでしたか。」
そのテラーを見れば意識を失う前と等しく銀狼種状態。
種族本来の力を得たテラーは全ての感覚が跳ね上がるようだ。
近くで話を聞いていた他の仲間たちも、自分の武器を手に持ち警戒を始めた。
「どうすりゃいい?」
今度はイルマだった。隣にはエイブンもいる。
「殺したら駄目だ。何とか気絶させてほしい」
「それなら、一気にかかった方が早いか。よし! 「まて、イルマ」……ってなんだよ?」
「今のジェイド王は、人間として”なら”かなり強いらしいんだ。みんなで襲いかかった場合、余計な犠牲が出ると思うから……」
話の途中でミリアとエイブンを交互に見て、
「2人は皆を強化した後、一度だけ攻撃を。テラーとイルマで攻撃を繰り返して気絶させてくれ。後の皆は逃げられないように扉前を固めてほしい」
ヒサオが次々と指示をだすと、すぐにミリアとエイブンが強化魔法を使い、テラーとイルマが前へと並び出た。
「やるぜ!」
「上手く合わせてくださいね」
「おぅよ!」
顔はジェイドに向けたまま互いに声をかけあう。
足を数歩進ませながら、
「『光よ! わが身を使え!』!」
「『風よ! わが身を使え!』!」
イルマが光を。テラーが風を。
互いに好んでつかう精霊を憑依させると、
「先に撃つ!」
「私も! 《氷の散弾》」
今度はエイブンが矢を。
ミリアが魔法を放つ。
それが開始の合図でもあるかのように、イルマが体を消しつつ飛び出し、テラーは舞うように体を揺らしながら近づいていく。
「ッ!」
ジェイドの体が大きく横へと飛んだのは、矢と魔法をかわすため。
避けた先には、傀儡兵として使うはずだったアルツ兵がおり、
「よこせ!」
手にしていた剣を奪いとる。
そこに音もなく近づいたテラーが襲った!
キン! キン!
耳に響く金属音が2度。
その2度で『彼』は自分がもつ剣では対抗しきれないと悟った。
『彼』には情報がある。
人の体を最大効率で動かす術。
剣をふるう技術。
魔法の数々を扱う知識。
記録の海から得た情報の数々は彼の中に、いまだ残っている。
(これでは駄目だ!)
得ている記録から打ち合う事も、受け流す事も厳しいと判断。
その相手であるテラーと距離をおいた後、何かに気付いたように視線を横へと反らした。
目には見えずとも! と、上体を反らし空気をつかむように腕を動かす。
すると、そこにイルマの腕が浮かび上がった。
「なにッ!?」
掴んだ腕から、さらにイルマの全身が浮かびあがる。
現れたイルマの腹部へと『彼』の膝蹴りが入り、襲ってきたテラーとの間の障害物にしてしまう。
さらに膝をついたイルマに対し、もっていた剣を振り上げ下ろすが、
ガキン!
イルマが小手を交差させ防ぎ、さらに剣を抑え込んだ。
「テラー!」
「そのままで!」
動きを止めたイルマの体をすり抜けるかのように、テラーが前にでる。
すると『彼』とテラーの間に突然、エレメントソードが出現した。
「クッ!」
テラーの放ったのは突きだった。
それは何もない場所に突然出現し、置かれたかのようにすら見える。
予備動作的な動きが全く見られなかったが為の錯覚に過ぎないのだが。
その一撃を『彼』は剣を捨てることでかわすが、逃げた『彼』を追うようにイルマが前へと飛び跳ねた。
「逃がすかよ!」
「ええぃ!」
左右の拳を連続で放ち、さらに蹴りを混ぜる。
武器を失った『彼』は防戦一方となり、さらにテラーの攻撃が緩やかに混ざり始めた。
(こいつら!)
死角から突然出現するテラーの剣。
注意を向けさせるかのように拳を放つイルマ。
反する動きであるが、互いの呼吸を読みあい攻撃を繰り出す。
それは、ヒサオが望んだ絶えることのない連続攻撃。
ジェイドの体を使い、この2人の攻撃を避け続けるのは困難だ。
今のテラーと戦えている時点で異常とも言える。
自分の劣勢を悟った『彼』は、選択を迫られた。
魔力は戻りつつある。
ヒサオが戻ってきたことによって、『彼』にも魔力が流れ始めている。
しかし、まだ転移するだけの魔力ではない。
それに、託宣本体の支援が無ければ『彼』も人と同じルールに縛られる。イルマとテラーの攻撃をかわしつつ床に魔法陣を描くことなぞ不可能だ。
だから『彼』は選んだ。
逃げることに魔力を使えないのであれば……
「イルマ!?」
「あぁ?」
テラーが呼び止めかけたが、一瞬遅く、
「《爆破》!」
「なっ!?」
ミリアもよく使う爆裂系の初級魔法がイルマの眼前で発生。
イルマの眼前で爆発が起こり、その煙がテラーと近くにいたアルツ兵を覆い隠した。
その煙が消える前に、テラーが見えた場所へと、
「《氷結陣》」
『彼』の追撃が行われる。
テラーを覆い隠す煙の中から一本の氷柱が出現し、天井を破壊し突き刺さった。
その柱を『彼』が凝視した瞬間、今度はミリアが叫んだ。
「《風舞》」
「クっ!?」
ジェイドの全身を、風が舞い切り刻む。
傷を負い血を流すが、耐えられない言うわけではない。
だが『彼』にとって痛みというのは、初めてだったのだろう。
知ってはいたとしても、初めて痛みを知るという経験に怯えをみせたが、即座に憎しみに転換。
その憎しみをぶつけるように、魔法を放ったミリアを睨みつける。
「貴様がぁ―――!!!」
自分が置かれた状況。
その原因の全てが、エルフの少女にあると決めつけ走り出す。
一瞬で距離を詰め、殴りかかるが、
「イッ!」
「ヒサオ!?」
眼前にヒサオが飛び出て、横へと殴り倒された。
「どいつもこいつも邪魔を!」
自分で殴り倒したヒサオを睨みつけ生の感情を吐き出したが、
グサリ
「……あ?」
すぐ側で生々しい音が聞こえ、同時に左肩に熱を感じる。
何が? と見ると、そこには突き出た剣先が見えて……
「ギャァアアアアア―――――!!!!」
痛みによる悲鳴を出し床に膝をついた。
肩に突き刺さった剣先がゆっくりと抜かれると、今度は後頭部に強い打撃を感じ、
「……」
床へと倒れ気を失った。
その背後には、テラーが立っている。
追撃で放たれた魔法は、彼女に命中していない。
銀狼種の感覚は、魔法による攻撃すら容易に察知し、煙の中であっても躱すことができた。
『彼』が気絶すると、ミリアが殴り倒されたヒサオへと近づいて抱き起す。
「大丈夫?」
「……俺よりイルマが………」
顔に手をあてながら、イルマがいた場所へと目をむけると、何故か五体満足で咳き込むイルマの姿があった。
「ブフォ! くそったれ! なんだよ、あの煙は!」
「……いや、煙だけって……」
「あんなに目の前で爆発したのに……」
ヒサオとミリアが呆れたような顔をし疑問を口にする。
イルマとテラーが身に着けているのは、ジグルドお手製のオリハルコン製の胸当。
元々魔法耐性が高い素材なのに、精霊力の加護までついているのだから魔法攻撃など意味をなさない。ただし煙だけは、どうにもならないようだが。
「……お前ら。俺が無事なのが不満か? あぁ、さいですか」
「ひねくれるなよ」
「別にそういう意味じゃないわ」
不機嫌そうに近づいてきたイルマに、2人が誤解だと声をあげる。
「冗談だ、冗談。それより、ジェイドをなんとかしろや」
気絶しているとはいえ、いまだにジェイドの体には『彼』がいる。それをなんとかしなければならないわけで、すぐにジェイドの体が縄でグルグル巻きにされた。
そのジェイドの前に、ヒサオが膝をつき小さな溜息をつく。
「……さて、やっちまうか」
「何をする気?」
「ちょっと……な」
「ヒサオ?」
ミリアが名を呼ぶが、ヒサオの手は気絶しているジェイドの胸へと伸びた。
いつもと様子が違うとミリアが近づくと、
【『ミリア。邪魔をするな』】
「え?」
もっていた世界樹の杖から、覚えのある声が聞こえてくる。
【『事情は後で教えよう。それよりも、邪魔をするな』】
「その声……まさか」
【『彼の事は私に任せておきなさい。すぐに帰すことを約束しよう』】
「……帰す? って? え?」
【『始まったぞ』】
突然独り言をミリアが始めたが、その彼女を気にしている者はいなかった。
なぜなら、皆の興味はヒサオとジェイドの方に注がれていたから。
胸に押し当てたヒサオの手が、柔らかな光に包まれる。
その光が、徐々にジェイドにも広がっていき全身を覆いだした。
まるで繭に閉じ込められたような光景を見せる中、
「……よし。始めてくれ」
薄く目を開いていたヒサオが言うと、ジェイドの体を覆っていた繭が解かれ始め、今度はヒサオへと絡み始める。
「ヒサ【『静かにするんだ!』】……ッ」
我慢をしていたミリアが声をだしかけたが、世界樹が実の兄であるルインのようにミリアを叱責。
皆が押し黙った中、ジェイドを覆っていた繭は消え、今度はヒサオが繭に隠れてしまう。
その光もまた、時間が経つと徐々に薄れていき……中には、
「………ヒサオ??」
彼の姿が消えていた。




