第240話 ミリアの故郷
「……ん?」
楽しく遊んでいるような、聞きなれない子供の声が聞こえて……って、あれ?
「ここ……どこ?」
全く見覚えのない村の景色が目に映る。周囲は……森だな。
すぐ近くに川もあって遊んでいる子供たちがいた。俺が聞いたのは彼等の声か。
「う、うん?」
なんでこんな場所に? 何があったんだっけ?
……
……
ああ、思い出した!
確か、ミリアとテラーが何かに気付き、その後すぐにジェイド王が……
なんであいつが? まだ、依り代状態のままだった?
……いや違うな。他の連中と違って感情があるように見えたし。
じゃあ、一体何が……?
いや、それより、ここはどこだ?
はしゃぐ子供達だけではなく、洗濯している綺麗なおネェさん方やら、弓を持ち手を振っている男達がいる。誰も彼もが見慣れた耳をしているけど……
「もしかしなくてもエルフの村だよな?」
何でそんな場所に?
……理由は分からないが、とりあえず、誰かに尋ねてみるとしようか。
「あの、すいません」
手に木の桶をもった、美女のおネェさんに声をかけてみたが、
「あ、あの?」
反応がない。無視? 無視ですか?
いや、それはちょっとどうかと思うんですよね。せっかくの美人が台無しですよ。
――等と思っている俺をガン無視したまま手にした桶を使い、川の水を汲み始めた。綺麗な水だな……そのまま飲めたりする? ちょっと喉が渇いているし、少しぐらいなら……って……
「汲めない? まさか、物理法則にまで無視された!?」
いや、そんなわけが無い。あり得ないだろ。
「つまり、これは幻覚の類ってことだろうな」
さらに意味が分からなくなった。
ジェイド王が放ったと思われる泡のような奴って幻覚を見せるものだったのか? でも、それに何の意味がある?
「でもって、あれはなんだよ?」
気になる事が、さらに2つある。
一つは村の中心にあるバカでかい木。
まるで塔を思わせるようなまっすぐ伸びた木だ。
どれぐらい大きいかと言えば、空にある雲を突き抜けていて天辺がどこにあるのかすら見当がつかないほどに大きい。
そしてもう一つ。
その木に身を預けている少女が1人。あれって……
「ミリア……だよな?」
いつもの白い長衣姿ではなく、青白く薄いシャツと長いスカート姿。シャツのほうは半袖のようだな。遠目からだけど、編むほどに長かった金髪がショートヘヤっぽくなっている。俺が知っているミリアよりも多少若い感じだ。
木に身体を預け安心しきった表情で眠る姿は、俺が知るミリアと重なって見える。合同研究所に迎えにいくと、決まってあんな表情で眠ってるからな。
「うーん……」
幻覚でミリアをみる? 俺ってそこまで彼女のことを?
……無いと言えないのが悲しい。
(どんだけだよ俺……)
自分自身に呆れはてながら、足を進めると、何気ない会話をしている子供の声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、今日はどっちにいく?」
「東! 大人達がそっちに行ったの見たんだ! 狩りしているところ見に行こうぜ!」
「いいね!」
その声がする方に顔を向けると、俺に向かって走って……!!
「ちょ、君達!?」
……
衝突するかと思ったら、俺の体を突き抜け平然と話を続けながら森の中へと消えていった。
やっぱり幻覚の類か。
だったら、ミリアに話しかけても無意味か?
……考えていても仕方がないし、近づいてみよう。
来てみたはいいが予想どおり、俺に気づくこともなく眠ってやがる。
顔を軽く傾けて口は半開き。手はダランと下がり足を伸ばしている。実に気持ちよさそうだな……ちょっとホッペを指で突っついてみたい。
「……やっちゃうか?」
その場にしゃがみこみ、指先をゆっくりと……
「……」
もう少しという所で指先を止めた。
本当にミリアだよな?
(仮にミリアだとしても、どうしてこんなのが見えるんだ?)
一体全体、この幻覚はなんなんだ?
誰かが仕掛けたにしても理由が全く分からない。
状況から考えて、ミリアが言っていた生まれ育った村だろう。
そして、この見た事もない塔のような木は……世界樹……なのか?
これは……俺が見ることができない光景だろうな。
元いた世界に帰ることができたら、俺にミリアの世界に行く術はないわけで、そうなれば、もう2度と会えなくなる。
……いっそ
「だめだ!」
考えれば考えるほど歯止めが利かなくなる。だから何も言わずにいるのにさ。
それに今は、こんな事をしている場合じゃない。エーラムが攻められているはずだし、何とかして幻覚から覚めないと……
さて、どうする……って、およ?
俺に向かって歩いてくるエルフが1人。
腰に細身の剣を差している一風変わった感じの男。ミリアが着ているシャツと同じ色のベスト姿……というか、あれは、ルインさんじゃないのか? 前に見た時と全然かわっていないな。
俺。と言うより、ミリアに近づいてくると、声もかけずにしゃがみ込んで、
「……」
無言でホッペを突っつきだした。
……ルインさん。その気持ちは分からなくない。俺も、やってみたいですけど、一切躊躇いなかったですね。もしかして、普段からやっていませんか?
「……うみゅ?」
「起きたか?」
「……あ、お兄ちゃん」
「お兄ちゃん。じゃないだろ? また、世界樹に寄り添って―…本当に、お前はここが好きなんだな」
「うん! 大好き!」
「元気がいいな……僕と世界樹。どっちが好きだい?」
「……うーん」
「悩むのか。そこで悩まれると兄としては悲しいんだけど……まぁ、今更か」
「うん! 今更だよ!」
「ミリア…言葉の意味わかってないだろ?」
「そ、そんなことないよ! ミリア、もう大人だし!」
「はいはい。それより、母さんが昼食の準備を始めているよ。手伝いはいいのかい?」
「あっ!」
「こら! そんなに慌てなくてもいいから! 走ると転ぶよ! おい、ミリア!」
……
行ってしまわれた。
すげぇ破壊力だった。あんな可愛いミリアを拝めるとは。
昔は、素直で可愛かったんだな。なんで今は、ああなったんだろ? 何かというと、絡んできて小馬鹿にしやがって。
……まぁ、そこがまた……
おっと! 油断すると、すぐ考えちまう。
……参ったな。
さて、ミリアがいなくなったし幻覚が目覚める方法を考えるか。
夢のようなものだとしたら、ホッペをつねってみれば――はい、駄目。
痛みがまったく無い。夢のような感じだろうか? だったら目を覚まそうとすれば……
おっ!?
風景がブレていく! 幻覚が解けたのか?
これで――
って、違った。
一度は歪んだ風景がすぐに元通りになった。俺の目の前にあった世界樹は変わらないが、別の村人達が現れ、話し合う声が聞こえてきた。
「巫女様、帰ってこられたようだけど」
「私も聞いたわよ。でも、口にしないほうがいいわ」
「分かっているけど……でも」
「やめなさいよ。長老様方が何かいい方法を考えてくださるはずよ。それまでは、黙っていましょう」
「そうは言っても、何百年ぶりの巫女様なのよ。それが、選ばれた途端消えて、戻ってきたと思ったら……期待はずれよね」
「もう……一番苦しんでいるのは彼女じゃない。それに、家の人達だって……」
「あの家も大変よね。ルインさんも、色々変なことするし」
「あの人は昔からよ。それよりさ……」
……
あー…これがあれか。井戸端会議というやつか。もっとも井戸なんてないけど。
金髪の綺麗なおネェさん達が、手に果物がはいった籠をもって話しているのが見えたけど、それ世界樹の側でしていい話なの? たぶん、聞いているよ?
話の内容から考えれば、ミリアが異世界にいって帰ってきたところか。
でもって、帰って来てみれば世界樹と話ができなくなり村人たちに噂されると……
……
……
後ろから殴ってやろうか?
まぁ、やらないし、やれないけどな。
しかし、この後2度目の異世界召喚があるのか。ミリアのやつ不遇すぎるな。そりゃぁ、素直だった子供も、ああなるわけだ。
でも、今は精霊樹と話ができるわけだし、今度村に戻れたら巫女様の役目とかいうのを果たせそうだ。以前よりも頑張って帰還を目指すんじゃ……の割には、あんまり頑張っていないか? もうアルフが世界樹になれば目的は果たせるんだし、それ待ちって感じなんだろう。
世界樹か……
ルインさんもハッキリ言っていたし間違いないけど、このでっかい木が世界樹なんだろうな。
精霊樹と比べて見た目以外の違いってなんだろう? たぶん、アルフ達のような存在がいると思うけど……
……
「ああっ!」
もしかして、話ができないか?
この状態だと触れないようだけど、俺には関係ないようだし、アルフが言うには彼女達と同列とかいう話。意味は今一つわからないが、可能性が高いんじゃない?
うん。物は試しだ。やってみるか!
「世界樹さん~ ちょっといいですか?」
……
……
「世界樹さん~ 聞こえていたら、返事してくれない~?」
……
……
駄目? 知らない人とは口聞きたくない人? 人見知りするのかな? 俺、怖くないよ? むしろ俺が怖いよ? これで返事があったら、ビクッ!? ってなっちゃう自信あるよ。
……アホなこと思ってないで、他にやれることを試してみるか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
鑑 定……反応なし。
交渉術……上記と一緒。
通 話……鑑定反応なしの時点で無理。
接 続……何を調べる?
オワタ。
ええい! どうしろというのだ!
この幻覚を見始めてから、たぶん1時間以上は経過しているぞ!
たまにミリアの噂話が聞こえてくるから、なおさら苛立つんだよ! どいつもこいつも、ふざけたこと言いやがって、お前が巫女になればいいだろ! ミリアが悪いことしたわけじゃない。お前らも異世界にいってみろよ! どれだけ大変なのか経験してから言えよな!
……
……ったく、誰だよ、男ができたから交感が出来なくなったとか言った奴。本気で殴りたかったわ。
よし。落ち着こう。
幻覚に文句を言っても意味がない。
冷静になって、できることを考えるんだ。
ここまでで出来た事といえば、眠りから目覚めるように集中さえすれば場面が切り替わるということだけだ。結構、未来に進んだけど、いつもそうだとは限らないだろう。何度か試してみて変化を探ってみるとするか。
よし!
集中集中集中集中……
……
……
……
もう、いいかな?
閉じていた目を開けてみると……
(……ミリア。今度はどこにいってしまったんだ)
ん?
成功かな?
まだ朝霧が残っている早朝に、世界樹を見上げているルインさんがいる。口を開いていないのに、なぜか声が聞こえてきた。
(一度村から連れ出すべきだったか? 少しは気晴らしできただろうし)
もしかして、噂話のことを知っていたのか? だとしたら、苛立っただろうな~
(巫女なんてやめて、僕達の元に帰ってくればよかったのに。母さんだって、心配しているんだぞ)
母さん……か。
そういう物なんだろうな。俺の場合は、バァちゃんだけどさ。
(こんな事を世界樹の前で思う僕は、皆が噂する通りエルフとして失格なのだろう。だけど、僕はエルフである前にミリアの兄でいたいんだよ)
そうかな? むしろ、世界樹の前で手前勝手な噂を立てるエルフ達のほうが失格だと思うぞ。
(……世界樹よ。あなたはミリアを選んだんだろ? だったら守ってほしい。僕達はあなたを敬い尊んでいるけど、ミリアにとってみれば友人なんだ。だから頼むよ。どこにいったとしても、あなたなら守れるはず。彼女を僕達家族の元に……いや、せめて、この村に帰してくれないか?)
ルインさん……あんたって人は……
兄とか妹とか、姉とか弟とか俺には分からないけど、ミリアがうらやましいな。
なぜか聞こえてくるルインさんの心の声は、どれもが真剣そのもの。彼が背負う悩みが、そのまま俺にも伝わってきそうだ。
しばらく、祈りのような心の声をあげていたルインさんは、少し黙したあと疲れたように嘆息を一つ吐き出した。
「今日も駄目か。やはり巫女以外の声は届かないのだろうか?」
急に声がでてきた。
見上げていた顔を降ろし声をだしたあと、覚悟を決めたかのような顔をみせる。
(また、母さんに心配をかけるだろうな……1人だけにしておくのは不安だが、このままでいても仕方がない)
そうした声を残し、ルインさんが立ち去っていく。
何のことなのか意味がわからないが、酷く申し訳なさそうな気持ちだけは伝わってきた。
立ち去る彼の背をみていると、
「想いは、伝わっていた」
「そうだったんだ……」
「だが私の声は、彼に届かなかった。聞こえなかった彼は、この後、ミリアを探すために旅に出た」
「あぁ、それで母親の事を心配したのね。なるほ……」
……だれ?
会話できていそうな……
背後から聞こえてきた声に、ゆっくりと首を動かしていくと、そこには、
「ル、ルインさん!? あ、あれ??」
立ち去ったばかりの彼が、世界樹の隣に突っ立っていた。




