第239話 救出
「……すげぇな」
「……」
城内で起きた光景に、俺の目が釘漬けになった。
どよめく声に誘導され見たのは、銀の毛色に変化したテラーの姿。
無駄というものが一切消えたかのような優雅な動き。視界から消え去るのではなく、自分自身を人の記憶に植え付け残すような動きには見惚れるばかりだ。
あれがテラー? いったい何がおきた?
「……ハァー…」
ミリアの唇から、吐息のような声が漏れた。
何を考えているのかよくわかる。あれは、戦闘と言うより舞踊に近い。
俺も同じでテラーの動きに見惚れていると、イルマのヤボったい声がした。
「ボサっとすんな!」
「うぉっと!」
ガキン!
イルマの声に助けられた。
襲ってきたアルツ兵と剣と剣をぶつけた後、力任せに押し返してやる。その人間がイルマによって横殴りされてホっと息を吐いた。
「助かったよ、イルマ」
「んなぁこたぁどうでもいい! 集中しろ!」
「分かってはいるんだけど……」
といいつつも、俺の目は再度テラーへと向けられる。
「……なぁ、テラーに何が起きたんだよ?」
「知らねぇよ。風の精霊憑依をしたら、ああなった」
「それだけ?」
「グチャグチャいってねぇで、てめぇも気をつけろ。まったくエイブンじゃあるまいし……」
そういえば、あいつはどういう反応を……
あー…うん。
矢のついていない弓を両手で握りしめ、体全体を震わせている。黒い瞳は涙があふれそうになっているのかキラキラと輝いていて……ちょっと怖い。
そんなエイブンを獣人さん達が守っているわけだが、気遣い上手というしかないだろう。
まぁ、エイブンがテラーにベタ惚れしているのは誰が見ても明らかだしな。少しは感激に浸らせてやりたいのかもしれない。
とは言え、こっちはそうもいかないか。
「ミリア。そろそろ正気にもどれ」
「……え? ……あ、ごめん」
「気持ちは分かるけどな」
テラーの踊るような戦いは、周囲の雑音すら消してしまうかのよう。あれは意図した動きなのだろうか? テラーの戦い方は何度か見たことがあるが、それとはまったく違うように見える。
そのテラーの活躍もあって、1階に集まっていた人間達が次々倒されていく。
魔法を扱いだした者もいたが、呪文を詠唱しようとする術者達の前に、知っていたかのように先回り。技術や経験からなる動きというのと少し違うように見えた。今のテラーは、俺達とは別のものを見ている。そんな様子だ。
「大分減ったな。そろそろ3階にいってジェイドを助け出すか?」
「分かった。んじゃ、念のために位置を探るよ」
イルマがいってきたので確認するために検索鑑定をしてみると……よし。
居場所は予想通り3階の謁見の間。おまけに、文字バケ状態ときたもんだ。
「いるにはいるけど、やっぱり操られているな」
「案の定かよ。おい、おめぇら、上にいくぞ!」
イルマが怒鳴る声をあげ皆を集める。
その中にテラーもいて、艶っぽい表情をしているんだが、これは……
「……ヒサオ」
「あ、はい!」
ミリアの声に我へとかえる。あまり見ていいものじゃないな。同じ事を考えたのかテラーから視線を逸らすものが大勢いた。しかし、どういうわけか……
「テラー様、大丈夫ですか? いつもとかなり動きが違っていましたが……」
「……え?」
「テラー様?」
聞き耳を立てていた皆の体が、一瞬止まった。
いつものエイブンであればガチガチに固まるかのようなテラーの表情なのに、いたって正気。逆にテラーの方はといえば、心ここにあらずといった様子。
「本当に大丈夫ですか?」
むしろお前が大丈夫か? と言いたい。なぜ、普通に接していられる?
「え、ええ。心がこう……駄目ですね。浮つくというか、後ろにあるというか――自分が自分でないような……」
「テラー様は、テラー様です。ご安心を。いつでも自分が側におりますので」
「……フフ。そうですね。ありがとうございます。エイブン」
「い、いえ。当然の事です。お任せください」
たどたどしく自分の事を話すテラーの声は、不安を感じさせるものだった。そういえば、あの戦い方も彼女らしくなくて危うさを感じたな。
「……それと」
「はい?」
幾分落ち着いてきたのか、テラーの口調が普段と変わらずに聞こえた後、エイブンが静かな声でいう。
「おめでとう、テラー」
「……エイブン。ありがとう」
……は?
なんだ今の? 幻聴か?
あのエイブンがテラーを呼び捨て? いや、昔馴染みらしいし、むしろ当たり前なんだろうけど、エイブンが言うと異常事態におもえてしまう。
後ろを振り向きたい気持ちをグッとこらえならイルマの後をついていくと、
「……ケッ。ようやく昔に戻りやがった」
「ん?」
こぼれ落ちたような声が聞こえた。
「イルマ?」
「なんでもねぇ。それより、2階の方には誰もいねぇぞ。なんだこりゃ?」
話をそらしたいわけじゃないようだ。
数歩あるけば3階への階段があるというのに、拍子抜けするかのように人の気配がない。
俺の目には、味方以外のメーターが見えないから、本当に誰もいないのだろう。
実のところ、あまりアルツの人間達とは戦いたくない。
託宣が聞こえなくなってからの彼等は、普通に生活し、普通に笑って、普通に怒って、普通に商売をして―…まぁ中には酷いやつもいたが、それでも『人間』だった。
自分の意思で襲ってくるのであれば、俺だって握っている剣を躊躇わず使うが……これは違うだろう。
「罠があるかもしれないわね。イルマ、気を付けて」
「わかっちゃいるが、罠なんていうのは苦手でな……」
「ないぞ」
「え?」
「ヒサオ、おめぇ、分かるのか?」
「ああ。ってか、言ったことないっけ?」
「聞いてねぇ!」
「初耳よ!」
「そうだっけ? ごめん」
大森林で見かけた動物用の罠。あれは俺の鑑定に引っかかっている。だから、もう言ってあったよな? と思ったけど記憶違いだったか。
「兵もいねぇ、罠もねぇ。なんだそりゃ? 託宣のやつ手抜きか?」
手を抜いてくれているのなら嬉しいが、理由が全く分からないな。
あるとしたら、こちらよりもエーラムの方を気にしている? うーん……これも考えづらい。
「お前ら何をしている。時間がないぞ」
「わぁってるよ!」
エイブンに催促され3階へと向かった。
後ろから続々と獣人達が付いてくるが、これでいいのか? 危険そうなものが何一つ見当たらないのが、逆に不安を膨らませる。
何も見えなくても用心に越した事はない。周囲に注意しながら、先頭を歩くわけだが本当に物音ひとつしない。
まさか、階段が突然崩れ……って言うのもなく、全く問題ないまま3階へと到着。
すぐ近くに謁見の間に通じる見慣れた大きく豪華な扉が見えるのだが……いいのかこれ?
「テラー。何か危ないことを感じるとかないか?」
「私ですか? ……いえ、特にはありませんね」
「なぜ、テラー様なのだ?」
「なんとなくだ。今のテラーならもしかして? と思っただけだよ」
あの戦い方を見るか限りで言えば、俺には分からない何かを感じるか? と思ったけど、そう上手くはいかないようだ。
「おい、開けていいのか?」
「いいんじゃないのか?」
こっちに聞くな。俺だって戸惑っているんだから。
考えられるとしたら、ジェイド王が鍵をもっていないというパターン。だから、俺達の行動なんてどうでもいい。そう考えられているのかもしれないな。
「はいるぞ」
イルマが扉に手を当て言う。
ジェイド王を助け鍵をもらう。
それで地下に行きダグスの体を乗っ取っている託宣を倒す。
これで…いいはずだ。
沸きでる不安を抑えながらイルマの手を見る。
グッと力をいれ扉を開く。
中をみると数人の兵がいて、奥に玉座に座ったジェイド王の姿が見えた。
茶の混じった髪は、相も変わらず整っていない。相手を射抜くようだった瞳からは意思が感じられなかった。王としての衣服は相変わらずだが、活力を感じられた顔立ちは見る影もない。
「おい、油断するなよ」
イルマがいう事はもっともなんだけど……
ノラリクラリと剣を抜きやってくる衛兵たち。感情が感じられない動作は不気味なものを感じるが、それだけとも言える。一階での戦いに比べれば……ああ、それなら。
「そこのお前! 持っている剣を5万キニアで買いたい! 取引だ!」
やってきた手近な衛兵に交渉術を使う。数が多い一階では使う暇もなかったが、今ならいけそうだ。
俺の前にでた獣人さん達が軽く驚いているが、イルマ達はすぐに分かってくれたようだ。
すぐに反応があり、依り代状態を解除出来た。よし次だ。
「ヒサオ、こいつもやるのか!」
「適当に殴ってもいいぞ。無理しなくていい」
「おし!」
早速とばかりに横殴りしその場に倒した。気絶させただけのようだな。
他の獣人さん達も俺の意図を組んでくれたようで、適当に相手をしだす。テラーなんて、本当に手抜きをしているかのようで剣すら抜いていない。
みんな無理しなくていいのに。殺さないほうが難しいだろうしな。
せっかくの心遣いなので、近くにいる連中から交渉術をかけて歩く。解除した衛兵たちは当初こそ呆然としていたが、状況を理解したあと協力に回ってくれた。
勿論全員を助けられたわけじゃない。気絶したままの連中もいるし、中には殺すしかなかった者もいる。
そうした行動をしながら、ジェイド王に近づいていき、
「ジェイド。貴方がもっている……えーと……」
思わず迷ってしまった。
だって、鍵が欲しいけど持っているかどうか分からないし、武器の類は所持していないようだ。じゃあ何が欲しいのか? と言われたら迷うだろう。
「あ、そうだ。着ている服が欲しい。300キニアで取引しよう!」
なぜ、それを選んだ! という目が痛い。別に変な趣味ではないぞ。そもそも、この値段で買えるような服じゃない。
「……うぅ」
玉座に座ったまま頭を抱えだした。交渉術の反応も予想通り消えた。
「――ジェイド王?」
「……ヒサ……オ? どうしてお前が……いや、なぜ俺がここに? ……確か魔王からダグスを……」
細く消えそうな声を出しながら記憶をたどっている様子が見えた。彼の記憶は随分前から途切れているのだろう。デルモンド親子と同じだな。
「事情は後で説明します。それより地下室に続く扉の鍵をもっていませんか?」
「鍵? それなら……」
そう言いつつ、自分の手を見ているがそこにはない。地下に向かおうとして鍵を使おうとしていたのかな?
慌てた様子で自身の体を調べはじめると、胸のあたりで手が止まり、安堵したかのような表情をみせてくる。
「あったぞ。これだ」
「助かります」
差し出された手の中に鍵がある。それを受け取り、イルマ達の方からも分かるように見せてやる。すぐに皆が集まってきて、順調に事が進んでいる事を喜び合ったが、すぐに表情を引き締めた。
「ジェイド王。後は俺達がやるんで、あなたは、ここで待っていてください」
「事情はよくわからないが、その方がいいのであれば、そうしよう」
「お願いします」
本番はこれからだ。
地下にいきダグスの体を支配した託宣をどうにかすればいい。
それが一番の難題のように思えるけど、やるしかないしな……
はいってきた扉に向かいながら、気を引き締めなおしていると、
「……」
唐突にミリアが足を止め、何かを探るかのように部屋の中を見始めている。
一体どうしたんだ? と声をかけようとしたとき、近くにいたテラーが剣を抜いた。
「何かいます! 気を付けて!」
突然叫び、さらに続けて、
「なにこれ!? 魔力じゃない! もっと別の!」
今度はミリアが恐怖に怯えたような声を出した。
一体何が? と、俺達も部屋の中をキョロキョロしだすと、周囲に黄金色の泡のようなものが浮かんだ。
「……消えてもらうぞ異分子共」
背後から聞きなれた声がし振り向き見ると、ジェイド王が玉座から立ち上がり俺達のほうに手を向けている。
「駄目!? 逃げて!」
ミリアが叫ぶと同時に、浮かんでいた泡のようなものが俺達に向かってくる。
条件反射的にもっていた剣を盾がわりに眼前に突き立てたが意味がなかった。
視界が白一色に染まりかけた時。肩に誰かの手が置かれ、
「お願い! 守って!!」
ミリアの声がすると同時に、俺達の姿は、謁見の間から消え去ってしまう事になった……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――ヒサオ達が消えた謁見の間。
それは、つい先ほどまでアルツの王であったもの。
ヒサオによって助けられたジェイドは、ヒサオ達が消えた場所を凝視しながら玉座に座り足を組んでいた。
「お、王?」
「……」
声をかけてきた衛兵の声を無視したまま視線を動かさない。その態度に衛兵たちの不安が募りだし騒めきが起きる。
疑いの声をあげる衛兵達に聞こえたのかどうかは知らないが、ジェイドの口から声が漏れた。
「……そうか。あのエルフの娘は……つくづく計算通りに運ばないものだ」
発せられた声はジェイドのものであるが、行ったのは彼の意思ではない。
地下にいるダグスの体を支配していたもの。
守田 明によって運び込まれ、次々と体を乗り換え潜んでいたもの。
『彼』はヒサオ達が油断したタイミングを見計らい、ジェイドの体へと乗り換えていた。




