第237話 望んだ瞬間
――数時間前のアルツ城門前
「……さっそく魔力が食われたな。テラー、おめぇはどうだ?」
「私もですが、予想した程ではありませんね……」
イルマとテラーが自分の魔力を確かめあう声をだしている。
一緒にいたエイブンは、部下達の様子を見ながら、気になった事を口にした。
「人によって差異があるようです……なぜかは分かりかねますが」
「魔法は扱えそうですか?」
「魔力は残っていますが、普段と違い安定していません。発動することも困難です」
魔法でこれなのだ。
狂った精霊を憑依させることなぞ可能かどうかという以前の問題となる。
互いの状態を確認し合っていると、城門が内側から開かれ、キャラキャラといった物音が聞こえた。
「あれはどこかで………!? マズイ!」
気付いたテラーが、危険を知らせるよりも先に、見覚えのある鉄の筒が火をふいた。
イルマ達の後方にあった転移魔法陣に、鉄の塊が着弾し道ごと爆砕。
それはアグロで使われた魔道砲を火薬式に改良したものである。
「魔法陣が!?」
「まだ、幾つかは無事です。それよりイルマ!」
「わかってる! いくぞ、てめぇら!」
イルマがガントレットのついた腕をふりあげ、声を張り上げ走り出した。
一瞬おくれ、テラーも剣を抜き駆け出し、エイブンは矢を放ち始める。
イルマが到着する前に、大砲を操っていたアルツ兵に矢が命中し倒れる事となったが、すぐに代わりの兵が次弾を放とうとする。しかし、イルマを先頭にした獣人達が襲いかかった。
城門は開かれたまま。
これは好都合であったが、城前にいた兵達がそれぞれの武器をもち襲いかかってくる。
城門を通るとすぐに前庭で、城の入り口前で獣人と人間達による混戦が開始されたが、その時、
「《全体防御増幅》。《全体敏捷性増幅》。《全体攻撃力増幅》」
戦っている獣人達にのみ強化魔法が掛けられることになった。
「今のはミリア? なぜ、使えるのです!?」
テラーが驚く声をあげた。
イルマ達も一瞬動きを止めたが、すぐに人間達が襲いかかってくる。
遅れやってきた獣人達の中にミリアとヒサオの姿もあり、2人そろって立ち並んでいた。
「……本当に大丈夫なんだな」
「だから言ったでしょ。平気だって」
「まぁ、そうだったけど……その杖が理由?」
「ああ、これ?」
ミリアが枯れ枝のような杖に視線を落としながら言う。その様子を見る限りで言えば、ヒサオが考えている通りと言うわけでもなさそうだ。
「……これもあるけど、それだけでも無いのよね」
「?」
何が言いたいのか分からなく続く声を待っていると、2人の側にエイブンが近づいてきた。
「どうして魔法が使えた? エルフ独自の手法か?」
「違うわよ。自分の魔力を感じてみて」
「それなら先ほど……」
「いいから、もう一度」
ミリアに促され、仕方がないと目を閉じ自身の体へと意識を向ける。
「……いつもと変わらない……どういうことだ? 先ほどは、確かに……」
「思った通りね。皆にも伝えて」
「なにを?」
「魔法も、精霊憑依も大丈夫。ただし、ヒサオから離れすぎたら駄目よ」
ミリアが話すなり、ヒサオへと2人の視線が注がれた。
「え? 俺?」
「……お前、今度は何をした?」
混乱しているヒサオに向けエイブンが怪しむ声をかけるが、当人に全く心当たりがないため首を大きく横に振っている。
「とにかく伝えて。話はあとよ」
「それもそうだな。分かった」
ここで事情を聞いている余裕はなかった。
ミリアに諭されエイブンが戻っていく。残った2人も後を追いかけた。
「今の、どういう事だよ?」
「アルフが言っていた事を思い出して。あんたは彼女達と同列になった。そんな事を言われたでしょ」
「……あぁ!?」
確か、自分が人間のままでいるのか? とかいう話で、言われた気が……と、思い出す。
「……って、まてよ。それじゃあ、俺はやっぱり人間じゃなくなっているのか?」
「違うわ。身体や精神的な面でいえば元のまま。アルフも言っていたじゃない」
「? んじゃ、どういうことだ? ますます分からないぞ」
どうしても気になるのか、戦闘が行われている城入り口に近づいても聞くということを止めないでいる。
「これは推測だけど、たぶんユミルの魔力を借りていた影響だと思う。彼女の魔力を、あなたはそのまま垂れ流ししていた。その感覚が残っていて前と変わら無い……いえ、前以上に、あなたの魔力は皆に供給されているのよ」
「……? 魔力って精霊樹達からもらうんじゃなかったのか?」
「そう言う意味で、あなたはアルフ達と同列になった。という事みたいね。今のあなたは、精霊樹達と同じ手段で、魔力を得ているんだと思う。《接続》が関係してきているみたいだけど、何故? という所までは私も分からないわ。とにかく自分の事を歩く精霊樹みたいなもの。そう考えたほうがいいわ」
「……は?」
いや、それって人間じゃなくね? とか思った時、どよめいた声が聞こえてきた。
場所は城内。
すでに獣人達がはいりこみ、戦闘が行われている最中。
戦っている獣人達もそうだが、ヒサオ達も声があがった場所へと視線を向けた。
そこで見たもの……それは、
体毛を鮮やかな銀色へと変化させたテラーの姿であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
薄暗い室内に能面のように表情を変えない男がいた。
傀儡兵とかした人間達と等しく、感情というものを失くした表情を浮かべる男は、石床におかれた横長の椅子に身を預け、宙に浮かぶ依り代たちの視界を目にしている。
その一つに、テラーに起きた変化の様子が映し出されると頭の中に声が響いた。
【個体名:テラー=ウィスパー 銀狼種への覚醒を確認】
「記録の検索を求める」
【他世界での該当記録なし】
「これが初の出来事……原因は?」
【元々有する加護精霊。纏う防具に付与された精霊力。そして憑依した精霊。3種の力が融合した結果によるものと推測】
「推測? 断定ではない?」
【肯定。同一存在における変化記録がないため断定は困難】
「他の者達も等しい変化をする可能性は?」
【推測による原因では不可能】
「理由は?」
【精霊融合は血の覚醒を促したのみ】
「……本来もっていた力が発揮された。そういう事か……また厄介な記録が発生したものだ」
【同意。歴史改変への弊害と認識。早急なる対応を乞う】
「元より、魔族と獣人達は始末する」
【現時点での魔族全滅確率72% 獣人全滅確率46%】
「……大分下がったな。獣人達の確率が下がったのは銀狼種のせいか?」
【異分子存在の関与も原因として含まれる】
「また異世界人達か。どこまでも邪魔をしてくれる……いっそユミルのように……」
【警告。同調率の低下を確認。感情の起伏が原因。冷静な判断を求む】
「……分かった……気を付けるとしよう」
【了承を確認。以降も感情の抑制に注意されたし】
「ああ……しかし……」
目前に映し出されるテラーの行動をみる。
躍動する美。あるいは、剣をふるう戦乙女。
そうした言葉が勝手にでてくるほどに、今のテラーは美しかった。
切るたびに飛びちる人間達の鮮血すら、彼女の美を彩るかのよう。
全ての束縛から解放され、生まれ変わったかのような笑みを見せながら動く姿は、見る者すべてを魅了する。
彼女の父親ロイドが巨狼としての姿を見せた時、恐怖による魅了を与えた。
しかし、彼女は全く違う。
獣人としての姿のまま動く様子は、清流のような美しさを魅せている。
実の親子という証明を手にした彼女が望むはただ一つ。
自分の存在を、今そこに刻むこと。
いつまで続くか分からない変化を、歴史の中に残すかのように、今のテラーは輝いていた。
「……本当に厄介だ。これを人間達の記憶から消すことができるのか?」
感情を得たがために理解できる。
この光景は傀儡とかした人間達の記憶にも残るだろうと。
それほどまでに、テラー=ウィスパーの姿は魅力にあふれていた。




