第231話 リームの疑問
――エーラムの街中
モーリスが経営している宿は、現在、避難してきた住人達の仮宿となっている。
その宿に宿泊している1人の少女。
ヒュースの姉であり、この世界で生まれた精霊樹の巫女リーム=カイベル。
彼女は今、ユミルを失ったショックから立ち直れずにいた。
「ユミルちゃん……いない……感じない……」
ジグルドによって作られ、いまだ名前がないカラフルな杖。それをギュっと胸に抱きしめ、今にもこぼれそうな涙を瞳に浮かべていた。
「……うん……わかってる……でもやだ……もし皆まで……いなくなったら……」
たどたどしい言葉を口にしながら、自分の想いを告げていく。聞くのは、彼女が最初に接触した木の精霊達。彼女の目と耳にしか、彼等の姿はうつっていないようだ。
精霊樹すらも消滅する。
その現実を知り、彼女は恐怖を知ってしまった。
誰もが親しき隣人を失うのは怖い。その事をリームは、今になって“知った”という事なのだろう。
彼女を愛し、大事にしている精霊達はリームを元気づけようと声をかけている。
その声に耳を傾けてはいるが、リームの心が晴れる事はなかった。
その彼女がいる部屋をコンコンとノックする音がすると、ビクっと体を震わせ杖を握りしめた。
「……ヒュース?」
弟が帰ってきたのだろうか? と思い、声をかけてみる。
「ゼグトといいます。少しばかりお時間をもらい、精霊についての考えを学びたく……」
「やだ」
「……」
アッサリと拒絶されてしまい、続ける言葉がゼグトの口から出てこない。
リームが年若い少女であることは知っていたが、即座に拒絶されるとは思いもしなかったようだ。
「どうしてもですか?」
「………」
返事をしない。今は話をしたくない気分なのだろう。
「このままでいいので、何か助言を頂けないでしょうか?」
何か得られるものが無い限り、ゼグトは帰らない気持ちのようだ。
「リーム様。私達ダークエルフも精霊を友としています。貴方と比べると浅い繋がりかもしれませんが、それでも彼等は大事な友人達。それを失った気持ちは察する事ができます」
ゼグトの声は部屋にいるリームの耳にも届いたが反応を示さない。
それでもゼグトは言葉を繋げた。
「本当にかけがえのない友人です。彼等精霊は、罪を背負った私ですら見放さず、以前と変わらなく声を届けてくれるのですから」
「?」
聞いていたリームの手から力が抜ける。ゼグトが何の話をしようとしているのか、理解が追い付かないからだろう。ゼグトもまた、自分が何を話そうとしているのか分かっていない様子だ。
「私は、自分の罪を許せない。たとえ、主や友人が許したとしても、私自身が自分を許せない」
「????」
ますます分からなくなり、リームの顔が小さく傾く。
「そんな私ですが、大事な人々や精霊樹達を守りたいという気持ちはあります」
「……それは」
自分も一緒。
そんな気持ちが沸いても、口から言葉が続かなかった。
「……思いあがってはいません。彼等を全て守れるとは思っていません」
「だったら……」
戦わなければいい。
そう言おうとした途中で、自分が声を出している事に気付く。
「ですが、出来る事から逃げ出せば、見捨てずにいてくれた人達や精霊達に対する裏切りのように思えるのです」
「……裏切り?」
そうなるの? と首を再度傾げる。
「その為の助言がどうしても欲しい。リーム様にとってみれば関係ないことかもしれないし、迷惑な事かもしれない。ですが、私はどうしても皆を裏切りたくない」
「……うん……でも」
徐々に声が漏れ出し、ゼグトの耳にも届き始めた。
リームが、何を言っているのか分からなく、扉を無断で開けて中に入りたい衝動に駆られるが、その気持ちを押し殺すように手を握りしめた。
「……私の言葉では、足りないでしょうか?」
「え?」
意味が分からず動揺を覚える。
若干混乱気味になっているリームに対し、ゼグトはさらに言葉を投げかけた。
「いま、この地には、精霊樹アルフがおります。彼女の声であれば、あなたも耳を貸していただけるのでしょうか?」
「……違う」
そういう事ではない。誰が何と言おうとも、争い自体が怖いのだ。
戦いが何故起きるのか分からない。モンスター達が襲ってくる理由すら、リームには分からない。
だけど、守らなければいけない。
ヒュースが騎士になった時、大事な弟を守りたい一心からリームもまた騎士になった。
だけど、それは戦いたいからじゃない。精霊の力を使いたいからじゃない。全部、守りたいからだ。
大事な弟を。国を。精霊樹を。
だけど、だからと言って……
「怖い……の」
呟く声にゼグトの耳が傾けられたが、今一つ聞きとりにくい。
「すいません。聞き取りにくいので、中にはいっても?」
「駄目!」
言いながら、ドアノブに手をかけたが即座に断られる。どうするべきかと頭を悩ます。
「……どうして……戦うの?」
今度ははっきりと聞こえた。
戦う理由? それは、今言ったばかりと思ったが? と、今度はゼグトが混乱してきたが、せっかくの尋ねだと、同じことを言い始めた。
「守りたいし、裏切りたくないからです」
「違うの。そうじゃないの」
何を言いたいんだろう? と、頭を傾げる。
「どうして争うの? どうして戦うの? みんな、平和が嫌いなの?」
急に声がはっきりと聞こえ始めた。
尋ねたいことも理解できた……が、これをどう説明したらいいのだろうと悩み出す。
「難しいですね……ですが、平和が嫌いというわけではないと思います」
「じゃあ、どうして? みんな平和よりも戦う方が好きなの?」
「それも違うかと……」
「私は、遊んでいる方が好き。優しくしてくれる精霊達が好き。一緒に育ったヒュースの事も好き。いつも守ってくれる、クロスさんも好き。だから一緒にいたい。それだけなのに、どうして皆戦うの? 怖くないの?」
人が変わったかのように、自分の気持ちを素直に投げかけてくる。
リームの感情を正面からぶつけられたせいか、ゼグトもまた、誤魔化しのない言葉を口にした。
「……戦うのは怖いです」
「だよね!」
そこは一緒だ! と目を大きく見開いた。
「ですが、もっと怖いのは、大事な相手を守れない事」
「……うん。それは怖いよ」
最近起きたばかりのユミル消滅事件。
それを言われているような気持ちになったようで、手にしていた杖に再度力を込めた。
「戦いがなぜ起きるのか? そう悩んでいるようですね……」
「……」
何も言わずにゼグトが続けるであろう声を、扉に目を向け待つ。
「リーム様に守りたいものがあるように、私にも守りたいものがある。そして、それは戦う相手にもあります」
「……みんな持っている? そういう事なの?」
「そうです。皆、これだけは譲れないというモノがあるのです。その気持ちがぶつかり合った時、争いが発生してしまう……わかりますか?」
「……わかんない」
他人の大事なものに手をだす意味がわからない。そんな事をしたら嫌われるだけ。どうしてそんな真似をするのか? そこから理解できていない。
「オジサンは、私の大事なモノに手をだすの?」
「そんな真似はしませんよ!?」
どこからそんな発想が出たのか分からず、驚きながらも答えてしまう。
「本当に? でも、オジサンが言ったじゃない。気持ちがぶつかり合った時、争いが起きるって」
「……そうですか。なるほど。私とリーム様。互いが大事なものが違う以上、そうしたことも起きるかもしれませんね」
「やっぱり!」
なんだ、色々言っているけどこの人も一緒だ! 戦いが好きなんだ!
「ですが、リーム様は、私の大事なモノに手をだしたいですか?」
「……ううん。だって、私は戦うのが嫌いだもん」
「私もですよ。なら、戦いにはなりませんよね?」
言われた瞬間「あっ!」と小さな声を上げた。
自分が手を出さなければ、この人は戦おうとはしない。自分と一緒じゃないかと、ようやくにして理解できた。
「オジサンも、戦いが嫌いなんだね?」
「はい。嫌いですし怖いですよ。ですが、もっと怖いのがあります」
「それは、さっき言ってたこと?」
「そうです。大事な人が知らない場所で死んでしまったり、見捨てずにいてくれた存在達を裏切ったり……自分はその方が怖いです」
「うん……分かる。それは、私も怖いよ」
戦う事と、何か大事なモノを失う怖さ。
どっちが怖いと聞かれたら後者だろうと考える。
どちらかを選ばなければならない状況になった時、自分はどうするだろう?
「……戦うことでしか、守れないのかな?」
「どうでしょ? 話し合えるのであれば、それに越した事は無いと思いますが」
「そうだよね! だったら、話し合おうよ!」
それが出来れば……と、ゼグトは思った。
すでに託宣は、多くの人間とモンスター達を操って、自分達を殺そうとしている。
それなのに話し合おうというリームの気持ちは、純粋過ぎると思わずにいられない。
「……最初、私が声をかけた時、どう思いましたか?」
「え?」
自分が? ……どう思った? と、記憶をたどっていると、
「話を聞こう。そう思ってくれましたか?」
そんな気持ちは一切抱かなかった事を知る。
「……ごめんなさい」
「あ、いや。責めているわけではありません」
ゼグトとしては、言葉通り責めるわけではなかった。
ただ、覚えてほしい。知ってほしいという感情からの尋ねに過ぎなかっただけ。
元気を失くしかけたリームであったが、すぐに顔をあげた。
「でも、今は、話を聞いてるよ!」
まるで自分が勝ったかのように得意げな笑みを見せる。
ゼグトが見れば、釣られて微笑んだかもしれないが、残念ながら外。
「根気をもって話しかければ、私達のように話し合いが、できるかもしれませんね」
「でしょ! そうだよね!」
純真無垢であるが故の危うさ。
ゼグトは、この少女が、いつまでこの気持ちを持ち続けることができるのかと不安を覚えた。
もしここで、自分が『ユミルを殺した相手と話し合いができますか?』等といったら……という意地の悪い考えが浮かぶも、すぐに頭をふってかき消した。
(俺とは違いすぎる……)
両手を軽く上げてみる。
フェルマンを刺した時の生々しい感触。
洗ったはずなのに、まだそこに付着しているかのような錯覚。
今もって、悪夢の中を歩いているのではないだろうか? とすら考えることがある。
(この少女に教えを乞うこと事態が、罪なのかもしれない……)
ミリアが、自分につけた精神的な呪い。それと似た類のものが、今のゼグトを縛りつけている。フェルマンが罰をあたえようとも、自分で自分を許せない以上、呪縛が解かれることはないだろう。
自然に足が動いた。
自分がいていい場所ではないように思え、宿の廊下を歩きだした。
その時、バタンと扉が開き、リームの丸い顔がひょっこりと出てくる。
「オジサン! まだ、駄目だよ! ちゃんと教えてくれなきゃ困るの!」
「……え、私が?」
あれ? 確か、自分が教えを乞いに来た気が……いや、それ以前に、これ以上何を教えろと?
戸惑いながら体を反転させると、リームが駆け寄ってきて、ゼグトの前でピタリと立ち止まった。
「話し合いをする為にはどうしたらいいの? オジサンがやったように、根気よく話しかければいいの? どうしたら、私の話を聞いてくれるかな? オジサンは、いつもどうやっているの? ねぇ、どうして、そんな風に考えることができたの? 全部教えてよ!」
「え、え? あの?」
ついには、ゼグトの服を掴み、ぐいぐいと引っ張る。
まるで“逃がさない!”と言っているかのようだ。
対応に困りだしたゼグトの後ろで、突然何かを落としたような音が聞こえた。
「誰だ!」
全く気配を感じなかった事に驚き、リームを片手で背に隠しながら振り向くと、そこには、リームのような……あれ?
「……」
目の錯覚か。リームがもう1人……と後ろをみれば、そこにもリームがいて、再度前をみると、手を震わせたリームによく似た少年が立っていた。
「あ、ヒュース。おかえり」
「ね、ねぇさんが、普通に!?」
「は?」
「あ、あなた、ダークエルフですね! さては、精神魔法を!? ひどい。何が目的なんだ!」
「……とりあえず、その酷い誤解をやめてくれ。なぜ、そう思うのか教えてくれないか?」
訳が分からず説明を求める。
説明したのはゼグトのほうが先であり、それでも信じられないといった顔をされた。
ヒュースが落ち着きを取り戻すまで、多少の時間を要した。
とりあえず、ゼグトは何をしにきたのか思い出した方がいいだろう。




