第224話 気持ちの整理
大広間での話合いが始まった。
だけど、その前に一つ重大な問題がある。
いや、問題だらけだけど、その問題を話し合う前に、でかい問題があったわけだよ。
その問題っていうのは……
「ヒサオ以外の人間が、なぜこの場にいる?」
ドルナードに金色の瞳を細め言うのは、アスドール王だった。
ドタバタしていたもので、まだ協定を結んだことは話してなかったんだよな。
「ククク。ヒサオ。どうやら、貴様は特別なようだな」
「やめろよ、薄気味悪い」
俺の隣で気色の悪い声で笑っているのはドルナード。
ちょっと止めてくれませんか? アスドール王だけではなく、イルマ達の視線も俺へと向けられるからさ。
「精霊樹の前では言わずにいたが、そいつは誰なのだ?」
「……うーん」
魔王様が腕をくんで考えこむ様子を見せる。この場にいる中で一番偉いのは魔王様なわけで、皆の注目が自然と集まりだした。
「魔王。俺から言うべきか?」
「……いや、これは僕だろう」
目をあけ、くんでいた腕を解き、
「帝国の皇帝陛下さ。託宣を倒すという目的のために手を組んだ」
「……」
反応を見るかのようにアスドール王に目を向けながら言う。
告げられた当人は黙ったまま、魔王様を睨みつけている。
「ごめんね」
「言う事はそれだけか?」
空気を和らげたかったのか魔王様は笑みを見せた。だけどアスドール王には通じなかったようだな。
その魔王様が……いや、そこで俺を見ないでくれないかな?
「まだあるよ。手を組むきっかけをつくったのは、ヒサオだ」
「アァ―――!!!」
こんちくしょ! やりやがった! 視線がめちゃくちゃ痛いぞ!
「お前な……」
イルマに呆れられた声を出された! すげぇショック!
「ヒサオ。貴方という人は……」
テラーにまで!
いや、テラーはいいか。うん。
……じゃなくて!
「でも決めたのは魔王様ですから!」
「話を持ち込んできたのは、ヒサオだけどね」
「互いにメリットがあるのは、話したじゃないですか!」
「でも、さらに問題が発生することも、僕は言ったよね」
「それを考えた上で、判断しましたよね!」
「あれは誘導だったね~」
「違うから!」
これは冤罪だ! おれは無罪を主張するぞ!
俺と魔王様との間で罪の擦り付け合いが始まる。無様すぎて涙もでない。集まった面々が、見たくもないと顔を背け始めた。
「いい加減にしろ! 2人とも同罪だ!」
「「えぇ――!?」」
アスドール裁判長によって有罪が決定してしまった。なんという即決!
「……とにかく全て話せ。一体何がどうして帝国と手を結んだ? それが何を意味するのか分からない訳ではあるまい」
そう言うアスドール王の声や態度から疲れ切っているのが分かる。
元々生真面目な感じの人だったけど、ある程度の余裕はもっていた人だ。だけど、その余裕が今の彼からは感じられない。
その理由もわからなくはない。俺だってブランギッシュを捨てたようなものだし。
まずは、落ち着かせようと、協定を結んだ理由や、そう思った出来事なんかを全て伝えた。
「……魔王」
「同罪、同罪。ヒサオも同罪~♪」
笑って誤魔化せない状況だというのに流石の魔王様。その度胸を、少しはわけてほしい。
「……という冗談はやめて真面目に話すね。今、ヒサオが言ったように、そうした方がいいと判断したからだ。本当なら、会談の場にアスドールも招いて時間をかけるべきだったろうけど、その時間がなかった。いま、この場にカリス爺がいない理由は、君達も知っているだろ?」
態度を一変させた魔王様の声に場が騒めく。
すでに噂として広まっているけど、カリスさんはいまだに調子が悪い。これはフェルマンさんも同じで、この場に出席できるような状態ではないようだ。
「だからといって、皆に黙って協定を結んでしまったのは済まないと思っている。魔王を退位しろというのであれば、それも行おう。むしろ、それこそが、今の僕が一番望んでいることだ」
「ッ!?」
「魔王! 正気か!」
「それは……いくらなんでも軽率な発言ですぞ」
驚き声すら出ない俺とは違い、アスドール王とオルトナスさんが発言。
「本音をいえば、ずっと考えていた。魔王なんてやめて、感情の赴くままに行動したいと」
「……」
そういえば、そんな事を少し言ってたな。あれは冗談じゃなかったのか。
このエーラムを治める王。
それが、魔王様だし、それ以外というのは考えていなかったよ。
「だけど、それは許されない。仲間達から託されたものを放棄することはできない。だから、我慢に我慢を重ね魔王をやっていた……だけど精霊樹の話を聞いたときから、その歯止めが消えかけている」
淡々と自分の想いを吐露するように、魔王様の口が動いている。皆が黙って耳を傾けていると、魔王様は自分の手を握りしめ震わせた。
「……今なら手が届く。僕達を苦しめてきた託宣に、一矢むくいる事が出来るかもしれない」
魔王様の口元が緩み、歓喜そのものの表情を見せた。
状況は最悪だというのに、魔王様にとってみれば、積年の恨みを晴らす機会のように思えたんだろう。
「やめたいのであれば、やめればいい」
突然、ドルナードが言い出し始めた。
「魔王は、自分で望んで王となったわけではない。そういう事なのだろう?」
「そう…だね」
「ならば簡単な話だ。貴様でなくても王は務まる。ちょうどここにはエルフの王がいるのだしな。そのまま魔族の王も兼任してみたらどうだ?」
当然の事だとばかりにドルナードが言い出すと、誰もが言葉を失った。
なぜ、そうなるのだと頭が混乱を始める。
「何を不思議がる。魔王というのは魔族の王のはず。ならば、そこにいるエルフも魔族。その魔族の中から新たな王が生まれたとしても何ら不思議ではない」
「この時期に、そんな事が出来ると思うのかよ!」
隣にいたせいか?
あるいは魔族ではないから?
理由はとにかく、最初に理解できたのは俺だった。すぐに反論したけど手を向け止められた。
「この時期でなければ、魔王の想いは果たせない。そうではないのか?」
「そうかもだけど! それだって、魔王様が戦う必要はないだろ!」
「必要だから。ではない。望むからだ。違うか?」
「そんな感情的な!」
「感情こそが人の原動力だ。その原動力が別方向に向いている者に、王たる立場を任せてどうする。むろん、これは魔族の問題であるから俺が口だしする事ではないが……」
気だるそうな目を、会議に集まっている皆にむけると、
「……どうやら、俺が言った事ですら理解しきれていないようだしな。今まで、こんな考えすら思い浮かばなかったようだが、慣習にとらわれ過ぎていないか?」
反論したかったけど、その言葉が浮かばない。
俺以外の誰もが口を開いたまま止まっていたけど、意外なことに、
「やりてぇやつが王になればいい……て事か。そりゃぁそうだ」
イルマが自分の頬をポリポリと爪でかきながら発言してくる。
「イルマ? あなたがまで何を言ってるんですか?」
「テラー。おめぇは、王になりてぇか?」
「それは、あなたでしょう!? 私にその気はありませんよ!」
「だよな。普通はそうなんだよ。王なんてものは堅苦しいし、めんどくせぇ。色々なものを背負って縛られる。それを知っているやつは、なりたがらねぇ」
うん。その通りだとは思うけど、お前が言うなと俺は言いたい。
ほとんど人任せじゃねぇか。というか、まだ正式な王ですらないだろ。その髭ひっこぬいてやろうか?
「だけど、それでも王になるって決めたからには、やるしかねぇ」
「イルマといったか? 貴様は分かっているようだな」
「俺は自分で望んだからな。だけど、魔王は違う。……そういう事なんだろうよ」
互いに対面しあう席に座っていたドルナードとイルマ。
なぜか2人の間で相互理解が進みだしている。俺には今一つ何が言いたいのか分からないんだけど?
「魔王さんよ。あんた、どうしたい? 自分で言ったように、魔王の立場を捨てて復讐したいのか?」
イルマが問うと同時に、全員の注目が魔王様に向けられる。その答えがでるのを待っていると、
「やりたいね。それができれば、僕の気は晴れると思う」
「……ふーん。で、それが、やりたいことの全てなのか?」
「ん?」
「わかんねぇか? 復讐だけが、やりたいことなのか? ってことだよ。おい、あんちゃん。名前忘れたけど、おめぇが言いたのはこういう事だろ?」
「ドルナードだ。記憶力は悪いようだが、察しはいいようだな」
「勘が悪かったら、やべぇからな。でも、言い方が遠回しすぎねぇか?」
「事実を知った上で決断しなければ、後を引きずるだけだ」
「……めんどくせぇな、お前」
「お前が単純すぎるだけだ」
「ケッ!」
複雑と単純。正反対と思えた性格の2人が、なぜか一番に互いを理解し始めている。
ドルナードがイルマを理解したのは、なんとなくわかる。
護衛として外にいるブロードというやつが近くにいたからだろう。あいつとイルマはどこか似ているし。
だけど、イルマのやつが、どうしてドルナードのいう事を察したのか……ああ!
(馬野郎か! あいつも、めんどくさそうだし!)
行動原理はいたって単純。テラーの望みをかなえる事。
だけど、それを行うために、時折遠回しな事を始める。
俺とテラーが仲たがいをしていた時だって、あいつがでてきた。アレには結構、苛立ったな。
そのエイブンと近しいイルマなら、ドルナードのいう事も察することができたって事か。
最も、ドルナードとエイブンとじゃ性格が大きく異なるけど、似た部分もあったっていう事なのだろう。
「……言いたいことは分かったよ。僕は魔王を止められる。それを知った上で、どうしたいのかってことだよね?」
「そう言う事だ」
ドルナードが返事をした瞬間、アスドール王がテーブルをガンと叩き立ち上がった。
「魔王の退位なぞ認めん! なぜ、人間が、このような大事を迫る!」
「お、王!?」
「……アスドール」
オルトナスさんも立ち上がり、アスドール王を止めにはいる。
名を口にした魔王様を見れば、少し嬉しそうだった。
「大丈夫。言われて大事な事を思い出したよ」
立ち上がったアスドール王から、イルマへと視線を変えてから、
「……君達と同盟を結べて本当に良かった。旧体制のままだったら、どうなっていたのか分からない。感謝のしようがないね」
「お、おぅ?」
唐突な謝辞にイルマが戸惑っている。ちょっと照れているんじゃないだろうか?
「僕はこの問題に対し、すでに結論を出したはずだった。だけど、それは託宣に対し個人的に戦えるわけじゃなかったからだろうね……いわば、仕方が無く選んだ。という事だったんだろう」
言い切ると、その場で立ち上がった。
「貴重な時間を、僕の感情的な問題で費やしてしまった。魔王として皆に謝罪したい。本当に申し訳ない」
言い終えると同時に、体を直立させ頭を深々と下げた。
何かを言おうと口を開いたけど、続く言葉が出てこない。
そんな俺に代わるかのように、ドルナードが決断を迫った。
「それで、どうする? ハッキリとした方がいい」
「もちろん、魔王を継続する。ただし、今までとは違い自分で望んでだ。皆には従ってもらうよ。手を貸してもらう形じゃない。ここから先は命令だ」
「……ふん。今更な話だ。いつも理不尽な要求をしてくるくせに」
「ケッ! まったくだ!」
アスドール王とイルマが顔を逸らし不満じみた言葉を吐くが、その声からは全く別の感情を覚えた。なんか嬉しそうだな?
「……なるほどな。これが魔族というものか。面倒な体制だ」
俺もそう思うけど……今日は『お前が言うな』という感想を持つことが多いな。
とりあえずドルナードの事は、わずかだけど認められた? と思っていいのか?
そう簡単にいく訳もないけど、いくらかはマシになった気がする。




