第222話 撤退行動
2017/9/11 後半部分を手直ししました。
――湖上の国ユミル。
自分の仕事場である執務室でアスドールが目頭を押さえていた。疲労からくるものだが、その原因は机の上に山となっている書類のせい。
モンスター達の攻撃によって日々被害が増したうえ、ついに人間達の侵入も許してしまった。
オルトナスの話によれば、やってきた帝国兵達は味方であるという事だが、例えオルトナスの話であったとしても簡単に信用できる話ではない。
何がどうして? という不安が書類の山に置き換わり、アスドールの前にあるというの話である。
「……一度結界を張りなおす必要があるが……しかし」
ここの結界は精霊樹ユミルによるものらしく、アスドールがどうこうできるものではなかった。
遥か昔に行われた契約に基づくものらしいが、その契約を再度行う力がアスドールにはない。
今できるとすれば、リームとミリアのみ。至急頼んでみるかと考慮した時、執務室の扉が勢いよく開かれた。
「王! 一大事ですぞ!」
大声で入室してきたのはオルトナス。心なしか、わずかに老けたような顔つきだった。
「今度はなんだ? また、モンスターでも現れたか?」
「そのような事ではありません! 精霊樹が枯れ始めました!」
聞くなり、ガタっと音を立てアスドールが席を立つ。
「枯れ始めただと!? 不活性化ではないのか!」
目を吊り上げ、ツカツカと足音を立てながらオルトナスに近づき、そのまま横を素通りする。オルトナスは廊下へと出たアスドールの後をついていく。
「まったく違うのです。とにかく一度ご覧ください」
言われなくてもと、アスドールの足が早まる。
オルトナスと並び、早足で精霊樹の元へ向かいだしたが、そんな彼等の前にリームが体をふらつかせながら出てくる。
「リーム?」
「どうした? ……いや、これは……」
自分達の前に現れたリームの様子に奇妙さを覚え、オルトナスが手をあげアスドールを止めた。
「……もしやですが、精霊樹ユミル様では?」
「なんだと?」
どうしてそう思うのか? と考えるまもなく、リームの顔がコクリと下げられる。
「お別れを言いに来ました」
「「!?」」
突然すぎるリームの口からでた情報に、2人ともが息をのんだ。
この国があるのは、全て精霊樹ユミルを守る為と言っても良い。
なのに、その守るべき対象が消滅する。それは、この国があるという存在理由が失われることと同意義。
「ま、待ってくれ! どう言う事だ! あなたは、本当に精霊樹なのか!」
「信用してもらう時間も残されていません。私が消滅すれば、この国を覆う結界も消える。そうなる前に、魔族領土へと撤退を行ってください……それとオルトナス」
半開きしたリームの瞳をオルトナスへと向け、彼女は言い聞かせるような声音を出した。
「メグミのことを気にするのは、もうやめなさい。アレは、あなたの責任ではないのです」
声をかけられたオルトナスは言葉を失ったかのように口を開いたまま固まった。
そんな彼から視線を逸らし、後ろで呆然としているアスドールに目を向ける。
「今まで、ありがとう。共に育つことができ幸せでした」
静寂をもたらすような穏やかな声に包まれ、聞いた2人は自然に膝をつく。
そして、主に向かうように頭を垂れるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アグロに転移したヒサオ達が事情を話し始める。
説得は難しいだろうと思っていたが、一つの出来事が彼等を助けることになった。
託宣が表面化したことによる影響。
それはすでに、アグロにおいても出ていた。
今のアグロは物流の流れにある。
その影響によってアグロにも少なからず人間がいたわけだが、その彼等が魔族に対し攻撃し始めた。
無論、この出来事はあっさりと片が付いたのだが、唐突てきな蛮行によって街中が騒動。その時にヒサオ達がやってきたという事になる。
皮肉にも託宣が行った行為によって、アルフから告げられた事が説得力をます。
しかし、それでもアグロを離れようとしない住民達が多い。
人間達との戦いは今に始まったばかりではない。
そう声をあげ戦おうとするものも大勢いたが、そうした人々を説き伏せる為に魔王へと連絡を行った。
ヒサオが魔王と話をしているうちに、ジグルドとミリアが動く。
ジグルドはブランギッシュへと。
ミリアは一度コルクスへと出向いた。
そしてその2カ所でもアグロ同様に人間達が暴れ始めていて、騒動が起きていた。
コルクスは元々アルツに近いという事もあり、ミリアの指示によって即座に撤退が行われる。
しかし、ブランギッシュはそうもいかず、ジグルドの説得をもってしても、アグロ同様に戦う事を選んだ者達が多かった。
そのジグルドを助けたのは、他でもない鍛冶場の人々と彼の家族達。そしてアグニス夫妻だった。
彼等が手分けをして説得を行うことで、幾人かは撤退を行い始めたが、それでも残ろうとする者達がいた。
そこへとヒサオが戻ってきて、彼はこういった。
『俺の為に逃げてくれ』
――と。
誰の為でもない。自分の為に逃げてほしいと頭をさげるヒサオの姿は、今まで見ることが無いほどに必死であった。
元々このブランギッシュ住民達にとってヒサオは英雄的な扱いになっている。特に獣人達にとっては絶大な影響力があるといっても過言ではないだろう。
さらにいえば、今現在ブランギッシュに残っている住民の多くは、建設された時からいた住民達だ。
ようやく手にした安住の地。
それを投げ捨てるのは絶対に嫌だと言い張る人々。
しかし、それは同時に、ヒサオにも当てはまる事を知っている人々でもある。
そのヒサオが頭を下げ言うのであればと、彼等もまた撤退を始めた。
コルクスの撤退が終わったミリアは、その後アグロ砦に出向き、残っていた人々の撤退と精霊樹の転移を行う。
ユミルにいたアスドール達に対し、どういったらいいものかと悩んだヒサオであったが、どういうわけなのか『わかった』の一言で済んでしまう。何故? と逆にヒサオが不安を覚えたくらいだ。
こうしてイガリアにいた魔族関係者達は撤退を始める。
エーラムばかりではなく、魔族領土にある各町に対し散った者達もいた。
自分が生まれ育った街。
最初から街の発展に関わった者達。
託宣封印という大目的を使命と考えていた者もいるだろう。
各自がそれぞれの理由で住み着いていた場所を離れる。
余程の理由でなければこんなことは起きようがない。
ほぼ奇跡ともいえるイガリアからの撤退行動。
この事に対し、ヒサオは自分の胸が熱くなるのを感じた。
異世界人であり人間でもある自分の言葉に耳を貸してくれた人々に対し、何も感じないわけが無かった。
そうした人々に対する礼儀でもあるかのように、ミリアを通じアルフを呼び出す。
もちろん詳しい説明を求めてのこと。
アルフはこの想いに応じ、主だった者達が集まった場所にて語りだす。
それは、今まで誰一人知らずにいた歴史の真実。
今回起きた出来事。いや、託宣という存在に直接繋がる一つの原因。
アルフは、そこから話を始めることにした。




