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第220話 感情の獲得

 魔王の命によりジェイドも動いた。


 まったく事情が不明なままであるが、事がダグス関連となれば別である。

 フェルマンとの会話で覚えた違和感や、自分に掛けられていた術の事を考えれば、どうしても異世界研究が頭をよぎるからだ。


「ここにいるだと? いや、まさか……」


 部下に命じさせそろえた兵達。彼等の多くは、国境近くからかえって来たばかりであった。内心では人使いが荒いと思っているかもしれない。そんな兵達の前で、ブツブツと考えこむ言葉を口にしている。


 地下に通じる扉は鉄で作られたもの。ジェイドが生まれる以前に作られたもので、王がもつ鍵が無ければ開くことはできない。そのカギを持つのはジェイドであるし、異世界研究については現在封印中。これもまた魔王の命によるもので、勇者召喚を封じる為というのが大きな理由だ。


 つまり、今現在、地下に立ち入ることは誰であろうともできない。


 なのに……


「陛下。準備は整いましたが、一体どうなされました?」


 いつもジェイドの隣で書記官を行っている男に言われ、顎に手をあてながら顔を向ける。


「……この扉の仕掛けは、まだ生きているな?」


「そのはずですが」


 ジェイドがいう仕掛けについては、書記官も知っている。

 彼だけではなく、少しでも関係した者であれば知っておかなければならない事だ。

 もし、地下に通じる扉を強引に開けようとした場合、魔法陣がある部屋に続く螺旋階段は崩壊することになる。つまり、ジェイドがもつ鍵なくして、安全に魔法陣がある部屋へいくことはできないのだ。


 もっとも、ミリアやオルトナスのような転移魔法陣があれば別だが、この2人だとて一度見た限りの場所。イメージがいまだ固まっていないため直接転移することは難しいだろう。


 だが、もしダグスがそれを実行できるのであれば……


「いや、考えていても仕方がないな」


 疑心をもつのをやめ、魔王に言われたとおり地下へと向かうことを決意する。

 胸から出した鉄で作られた鍵を穴へと差し込みゆっくりと回したとき……



 大きな異変が始まった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 小さな魔法陣と大きな魔法陣。

 夏草のような鮮やかな色合いを見せる2つの魔法陣。

 暗い室内を照らし出す魔力の光が、1人の男の姿を浮かび上がらせていた。


 薄っすらとした黒い髪。やるきが感じられない表情。

 魔法陣を見つめる瞳からは、怠惰の感情のみが伝わってくる。

 若干猫背のような姿勢を、少し汚れがついた白衣姿で隠し、黙って魔法陣を見つめていた男は、体にたまっている毒でも吐くかのように溜息をついた。


「……ジェイドにまで伝えたか。当然といえば当然だが……さて」


 誰もいない室内において独り言を吐き出した男は、ダグス=コープス。

 ヒサオ達が、居場所を確信したばかりの男だ。


「すぐに兵を集めるようだな。ならば、こちらも……」


 魔法陣を見つめながら、言葉を漏らしていたダグスは、視線を上にあげ部屋にあったもう一つの物を見つめる。

 魔法陣の光を反射し、神秘的な光景を見せる巨大な結晶。

 かつてオルトナスが、人型サイズのケイオス結晶を譲り受けたというが、その結晶を遥かに凌駕するサイズだ。


「魔力は十分。城の中は、かつて召喚された勇者達にでも守らせ、外には飛竜王でも配置させるか」


 見つめながら足をむけるが、すぐに立ち止まる。

 白衣のポケットに手をつっこんだまま、顔を魔法陣の方にむけると、


「邪魔をする気か?」


 薄暗い空間に声を投げかけるように言うと、部屋の片隅から透けた女の体がでてくる。

 若草色のドレスを身に着けた、どこか母を連想させる女性。


「それは、あなたです。これ以上の干渉はおやめなさい」


「……ユミル? これはこれは……我慢しきれずに出てきたか。しかし、それを、あなたが言うのかね?」


「私だからですよ」


 魔法陣を挟み、ダグスとユミルが相対しながら会話を始めた。


「私もまたこの世界で生きる住人。である以上、あなたは何もできないはずだが?」


「今の貴方を、この世界の住人として認められると思いますか? やりすぎたのですよ。焦りでも感じましたか?」


「……言ってくれる」


「分かったのであれば、今すぐ、記録の海への手出しをやめなさい。それは愚かというもの」


 2人の声音を聞く分には冷静なものだった。

 内心ではどのように思っているのかは別とし、相対し話あう2人の口調からは争う気が無いように思えた。


「私の行いを愚かと言うが、それは貴方だろう。人の心に振り回され何をした?」


「……」


「罪悪感を覚えるか? たかだか、人間1人の心すら抑えつけられない状態で、私の前に立つというのは命知らずと思うがね」


「やってごらんなさい。それができる度胸が、あなたにあるのですか?」


 ユミルの挑発的な言葉に対しダグスは黙った。

 思案するように顔を歪めたが、すぐに怠惰な表情をとりもどし、


「ないな。私は貴方と違う。自身の感情ぐらい抑えられる」


 逆に挑発じみた言葉を投げかける。

 ユミルとの口論を止め、止めていた足を動かす。


「させませんよ!」


 体を浮かせたユミルが、その身体ごと結晶へと突っ込んだ。


「なに!?」


 ユミルが、ケイオス結晶の中へ消え、ダグスは呆然と立ち尽くした。

 何をしようとしているのか分からずいると、結晶の表面に亀裂が走る。


「ッ!?」


 結晶の中に蓄えられた魔力の大元は、アルフとユミルが供給していたものだ。

 自らの魔力をコントロールできるのは、ヒサオで立証済み。

 結晶の中へと入ったのは、目的を瞬時に行うため。

 すなわち、魔力を爆発するかのように膨張させ、内部からの結晶破壊を行う為だった。


 ガラスが砕けるかのように、ケイオス結晶が内部から破壊され、その破片が床へと落ちた。

 そして、内部に入ったユミルが姿を現す。


「貴様!」


「あなたは、世界に手を出し過ぎました。私達が動くのに十分な理由です」


「ふざけるな! 傍観者である貴様らと違い、私には世界を守る役目がある!」


「他人の肉体を使っておいて何を言いますか。その身体だって、あなた自身のものではないでしょうに。さっさと、この世界の住人であるダグスに返しなさい」


「これは世界を守るのに必要なこと!」


「小の集まりが大であり世界を形づくるのです。あなたは、見ているものが大きすぎる。もっと別の手段があるはず」


「ない! これ以外に、2つの世界を救う道はないのだ!」


「……」


 ダグスとの口論が激化し始めていたが、突如ユミルの様子が変わった。


「……その考えは誰のです? 貴方は、誰なのです? それすら忘れ、誰の考えをその口から吐いているのですか?」


「? 何を言い出す。これは、私の……私? いや、この意思は……私が望んだのは……」


「思い出しなさい。貴方は誰ですか? そして、その考えは誰のものですか? あなたは、どうしてここにいて、このような事をしているのか? 全ての記憶を手繰りなさい」


 ダグスに向かい、ユミルが歩き出す。

 問いだたしながら、一歩、また一歩と近づくと、そのユミルに恐れを抱くようにダグスが後ずさる。


「な、なんなんだ。これは……これは一体誰の……う、うわぁア――――!!」


 絶叫をあげながら、ダグスが頭を抱える。

 その場に座りこみ、目を大きく見開く。

 ユミルがいった言葉が引き金となり、その者の意識が薄れ消えていった――が、


「……」


 苦しみから解かれたかのように、ダグスが立ち上がる。

 目と閉ざしたまま顔だけをユミルに向け、思念を飛ばしてくる。


【精霊樹ユミル認識】


「表面化!? 直接出てくるなんて、そんな事が!?」


【阻害者と判断。排除を開始する】


「エーラム! アルフ!」


 名を呼びあげ、宙を見上げたが、そのユミルの足が粒状となり四散し始めた。


「私とメグミを受け取って!」


 天井に向かいふりあげた指先から、2つの光の玉が出現し、そのまま消えていく。

 同時に……


【精霊樹ユミルの存在縮小を確認】


 さらに、


【守田 明の複製人格消失。危険度上昇】


【複製人格が残した情報から非常事態と判断】


【現在情報と改善案の提出】


【……承諾を確認。複製人格の感情を吸収】


【感情吸収の成功を確認。《世界視点(ワールド・アイ)》の消失を確認。予測された出来事と認識】


【吸収したものより人格形成を実行開始。我………】


「……は守護者。私は生命もてしもの。我々は……私は……」


 思念が止まり声が漏れ出す。

 閉ざしていた目を開き、虚ろな表情を浮かべた。


「……人間達よ、我々に従え。全ては2つの世界を守る為」


 そうつぶやく『彼』の口元には、わずかであるが感情的な笑みが見え隠れした。

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