第211話 最後の笑顔のために
今回はミリア視点です。
陽が落ち周囲が闇色に染まる。
天高くのぼる月の明かりは、厚い雲に半分ほど隠れていた。
ヒサオは疲れたせいか眠っちゃった。
竜人とエルフ達が酒を飲んで騒いでいるのに、よく眠れると思う。
私が経験したどこの世界でも、こんな光景は見られなかったわね。
……あんな光景を見られるのも、ヒサオのお陰かもしれない。
もう1年近くになるかな?
彼が、魔王さんから与えられた新しい任務は、本当に適していると思った。
あの時の喜々とした顔は忘れない。
あの顔は、絶対に忘れたくない。
「はぁ……」
重苦しい溜息をつく。
精霊樹アルフに背をつけ、地面に座り込み、明かりが灯っている砦の光景をみながら溜息をつく。
「ほんと、どうしようもないわ」
誰もいない。それを知っているから、私は独り言を呟いた。
たぶん、精霊樹達には見られているだろうけど今更よ。
だって、世界樹の前でもよくやっていたし。
「私の力でヒサオを帰したかったのに、結局精霊樹頼みか……まぁ、ヒサオが喜ぶならそれでいいんだけど……」
良いといいつつ、不満はある。
だって、私が頑張ってきたのは、彼の喜ぶ顔を見たいが為。
そして、これ以上、彼の側にいるのが辛いため。
この心。
こんな素敵で辛い想いを、また持つことになるなんて思わなかった。
一度目は、ひどい裏切りで終わった。
最初に召喚された世界で助けてくれた人々。
仲間だと思っていた人達が、私を捨てて逃げ出したあの時。
そのメンバーの中に、私が恋をした男がいる。
剣の腕も巧みで、すぐに前にでて皆を攻撃から守ってくれていた。
何かあれば、大丈夫だからといい、安心させてくれる笑みを見せてくれた。
その笑みが、私だけに向けていたものだとは思っていない。
同じ仲間の中にいた1人の女性が、彼の恋人だったんだから。
あの男は、私ではなく、その恋人を守っていただけ。
だから、悪くは無い。
だから、しょうがないことだと思う。
その恋人を守るために、私を足蹴にし、その場に置き去りにしたことも……
でも、私は、恋をすることを怖くなった。
人と触れ合うという事を怖くなった。
他人と触れ合い、心を通わせる。
それが、どこまでも怖い。
いえ……怖かったというべき?
今はそうでもない。
ヒサオの側にいるのは心地いい。
彼が喜ぶ顔がみたい。
彼が楽しんでいる姿をみたい。
彼が頑張って、真面目に何かを考えている顔をみると、鼓動が早まる。
私は彼についていきたがっている。
心が、彼から離れるのを嫌がっている。
近くにいるとわかると隣に並んでしまう。
看病なんてしないで、研究を進めるべきだったのに、どうしても足が離れなかった。
私はエルフ。
ヒサオは人間。
種族的な垣根……そんなのは、彼にとってみれば、どうでもいい事なのかもしれない。
だけど、ヒサオは帰ろうとしている。
そして、彼の世界には魔力が無い。
ついていけない……私は、彼の世界についてはいけない。
それが分かった時。
そして、彼に対する気持ちがハッキリと分かった時。
私は、彼が見せてくれる最後の笑顔を、自分のものにしたいと思った。
それすら断ち切られた。
もう精霊樹を守れば、研究は完成する。
ヒサオの笑顔は誰に向けられるんだろう?
彼が、この世界で見せてくれる最後の笑顔は、誰に?
……だめね。
分かっているのよ。
私は彼の隣に並べない。
彼の世界についてはいけない。
早く忘れないといけない。
そんなことは分かっているのに……
「ヒサオ……私……」
ついていきたい。
彼がいる世界に一緒に行きたい。
故郷に戻りたかったのは、そこが私の家だから。
2度の異世界経験を経ても、私の家は、世界樹に見守れた村だった。
どうしても帰りたかった。
自分がいるべき場所に戻りたかった。
でも――今は違う。
私がいるべき場所が変わった。
私の家が変わった。
私が居たいのは故郷じゃない。
彼が居る場所が、私が居たい場所になっている。
こうなる前に、私は別れるべきだった。
もっと早くに研究を成功させ、彼と笑顔で別れるべきだった。
なのに……
ヒサオの家で過ごした時間は、私を駄目にした。
私の心をハッキリとさせた。
寝顔をみるたびに、今日も一緒に居られたという幸福感が私の心を満たした。
あのまま……でいても良かった……そう思えてしまうほどに、私の心は病んでいる。
「アルフ……あなたのお陰で,ヒサオは帰れる。でも、私は、どうしたらいいのよ……」
いっそ、この世界に残ろうかしら?
ジグルドのように、この世界に残って彼との思い出を糧に生きていこうかな。
こんな事を言ったら、ヒサオは怒るだろうな……
いえ、困るのかな?
どっちでもいいかな?
私のことで、悩んでくれるなら、それはそれで嬉しいかもしれない。
……もうやめよう。
悩めば悩むほど、ヒサオとの別れが辛くなる。
せめて、最後の瞬間までは、彼と一緒にいよう。
アルフが世界樹になったら、その樹液をつかって魔法陣を完成させる。
そうしたら、きっと彼は喜んでくれる。
もしかしたら、最高の笑顔を見せてくれるかもしれない。
それが、私の力で無かったとしても、彼は私に対して笑顔を見せてくれる。
ヒサオはそういう人。だから、私は好きになった。
……こんな私の気持ちなんて分からないまま、帰るんだろうな……
ちょっと悔しい。
ヒサオの……バカ……




