第207話 忘れられない敵
――アグロ砦
カリスは忘れない。
その姿を決して忘れはしない。
体を覆う銀の美しい毛並み。
他者の心に恐怖と魅了を同時に与えるかのような姿。
吐く息は全てを凍てつかせ、全力疾走する姿を近距離で目視するのは困難。
鋭く生える牙は、顕現化したカリスの鱗すら易々と突き破り、致命傷すら与えられる。
カリスの好敵手にして、テラーの父。
ロイド=ウィスパーが《吸精石》を使って変化した姿。
「なぜじゃ! なぜ、お前が生きている!」
「グルルルゥゥ!」
竜王として顕現したカリスが砦の外にいた。
相対しているのは、一頭の銀狼。
(わからん! なにがどうなっているのじゃ!)
攻め入ってきたモンスター達の中から突然、銀狼が出現した。
その姿を目視したカリスが、眼前に立ち塞がり戦いを始めている。
「グッルウウ!」
「クッ! 相変わらず早い!」
大地を蹴り上げ、跳ね飛びまわる。
速度の強弱を意図的に使う事で、その場から消えたかのように見せる。
「グラァアア!!」
「させんわ!」
大きな口を開き、カリスの首を食いちぎろうと覆いかぶさった。
カリスは突き出された2本の牙を両手で掴み地面へと投げつける。
叩きつけられた衝撃で地面が揺れ、アグロ砦にいた生存者たちが身を震わせてしまう。
「くらえぃ!」
相手が身を起こす前に、カリスが業炎を吐き出す。
一点集中型ではない。拡散させたものだ。
炎が届く前に、銀狼が跳ね飛び躱す。
「今は、貴様との勝負を楽しめる場合では無いと言うのに! ええぇい!」
さらに業炎を吐くが、銀狼は身を引きカリスから距離を取り……息を大きく吸った。
「ぬっ!」
何をするのか悟ったカリスも再度息を吸い込む。
一瞬早く、銀狼が大地すら凍てつかせる氷のブレスを吐き出す。
地面が凍り付き、周囲の温度が急激に下がる。
氷の散弾すら混じったようなブレスが、カリスへと襲い掛かったがカリスの口からも業炎が吐き出され、炎と氷のブレスが激しく衝突。
2人の息が途切れると、そこには、凍てついた大地と焼野原となった両極端な場所が出現。
そんな状態になったことを気にも留めず、2人はさらに戦闘を続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……なんだありゃ?
砦にやってきた俺達は、まず、中を襲っていたモンスター達を目撃した。
前に見た時は怪鳥類が多かったが、今回はまったくの別系統。
そのほとんどが野獣タイプであり、俺達とは組みやすい相手だった。
このタイプは、わりと遭遇率が高いやつなので対応策だけなら結構ある。
こっちの方はなんとかなると思うんだけど、砦の外で竜王顕現しているカリスさんと、銀毛をした巨狼がぶつかり合っていてさ……なにあれ? って言いたくもなる。
「どういうこと? ダグスがいるんじゃないの?」
「俺に聞かれても……」
ゼグトさんを操ったと思われるダグス。あいつは、アグロ砦にむかう駅馬車に乗りかけていたという。
だから、砦にある精霊樹を狙ってくると思っていたんだよ。
だけど実際きてみれば、何がどうしてこうなった? と、口から勝手に出るような状況になっている。
「まずは、こっちをなんとかしようぜ」
「それもそうね」
銀狼のことはカリスさんに任せ、まずは砦内部に入り込んでくるモンスターの処理が優先だろう。
アルフヘイムにいたエルフ達はかなり少なくなっているけど、アグロにいると思っていた竜人さん達が砦にいてくれたようだ。そのおかげもあって、戦闘態勢が整っている。
前衛を竜人さん達が。
後衛をエルフ達がやり、上手いこと守れている。
おまけに、竜人さん達自身も火炎のブレスを吐き出せるので、砦に侵入してきているモンスター達の処理がスムーズに行われていた。
こうなってくると、外での戦闘結果次第か?
あの銀狼が、もしカリスさんを……いや、そうさせないための手段を考えないと……
見る限りでいえば、互角の勝負という感じがするが余裕をもたせたい。
砦の中から、カリスさんに向かって強化魔法……無理だな。距離がありすぎる。
じゃあ、モンスター達を突破して近づいて……こっちが危険になりそうだ。
地形すら変えて戦う場所に下手に近づいたら、こっちがやられかねない。魔道砲が連射されている場所に向かうようなもんだし、うーん……
出来ること……
俺ができること……
ミリアにもかなり以前に言われたことだが、まずは、自分ができることを考える。
鑑定、解読、通話、交渉術、通話、接続。後は……バクダン?
まぁ、最後のは駄目だろうな。
あんなに動きまわる相手に当てられる気がしない。下手したら、カリスさんを巻き込みそうだ。
となれば、鑑定かな?
あの銀狼を鑑定して扱える能力を探って、カリスさんに通話して教えれ……ッツ!
ピーン――――――――
まただ!
突然の耳鳴りのあとに、表示される文字。
{銀狼・弱体・再生者・同質・記録の海・力・消去}
相変わらず意味が分からない。
これが文書に置き換えられると、意味が分かるのだから不思議だ。
出現した文字が、ぐにゃぐにゃと曲がりだし黒い球体へと変化。
空中に浮かぶ文字の塊が動き出し、俺の胸元めがけて飛んでくる。
そして、激しい頭痛が……クソ!
モンスター達がせめてきている砦の中庭で転がり悶える。
周囲の人々が何が起きたのかと声をだし始めた。
「またなの!」
「ぐぅううう!」
ミリアの声が聞こえる。
2度目なので流石に分かってくれたか。
そんなミリアの声が耳に届いたあと、さらに痛みが増した。
「――ツゥ!!!!」
出す声すらおかしい。
2度目の痛みは、さらに文字が入って来た為だろう。その証拠に、頭の中に追加情報が浮かび始めた。
必死に割れるような頭の痛みに耐えながら、変換されていく文書を読み取る……が、
「ちっくしょ!」
まだ頭痛はするが、怒り狂ったような声をだしながら立ち上がった。
1度目の文面はこうだった。
『銀狼は記録の海から再生された存在。同質の力による消去。あるいは弱体が可能』
これはこれで、ありがたい。
俺が怒鳴ってしまったのは、これが理由じゃない。
後にやってきた、取説じみた追加情報に対してだ。
『《接続》《極通訳》《真解読》《極鑑定》保持者である、日永久雄は、現時刻をもって記録の海への《接続》資格を有すると判断。配布済みの接続マークから、一部の記録のみが閲覧可能』
文面の意味はなんとなく分かる。
記録の海にある情報を自分の意思で閲覧できるって事だろう。
それはスゲェと思うんだが、「配布済みの接続マークってなんだよ!」って話だ。
そんなものを、貰った覚えはないぞ!
「ヒサオ、何か分かったの!?」
「分かるには分かったが……」
まだ痛む頭を抑えながら事の次第を伝えると、彼女の顔が徐々に険しい物へ変わった。
「なにそれ? カリスさんと戦っているのって、アンデットみたいな感じ?」
「……微妙に合っているような、違うような」
俺とはまったく違う点を気にした。
ミリア的には、まず銀狼をなんとかしたいのだろう。その気持ちは良く分かるので、俺なりに考えてみた。
あの銀狼は、記録から再生され実体化した存在。アンデットとは若干異なると思う。
どちらかといえば特撮シリーズに出てくる、再生怪人のようなものじゃないだろうか?
だけど、あっちは、主人公ヒーロー達に、あっという間に倒されていくんだけど、この銀狼はまったく違うな。カリスさんと対等に戦っていて、すでに砦の外壁が破壊され始めている。
「カリスさん押されてない?」
「……俺にもそう見える」
考えてみれば、俺が眠った時から、この砦は何度となく襲撃を受けている。
その度に、カリスさんは戦っていたわけだから、疲労が溜まっているんじゃないだろうか?
だとしたら長期戦はマズイ。ただでさえ、あの人は老人なんだし……
「こっちが片付いたら、すぐに手助けにいくわよ」
ミリアの言う通りだとは思う。
砦の中に入り込んできているモンスター達は、もうじき片が付くだろう。
そのあと手助けに回るのがベストだとは思うが、下手に手をだしたら被害者が続出しそうだな……
何か良い手は……
……
……
……あったわ。
なんでこれを思いつかなかったかな?
通用するかどうか怪しいけど、やってみて損はないはず。
よし! 今行くよ、カリスさん!




