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第200話 交感開始(挿絵あり)

 精霊樹ユミルを待たせたまま、話を聞いてみる。


 息子の方は、デルモンド=オーキス。

 父親の方は、ヨーグル=オーキス。


 改めて2人を鑑定してみたが、どちらも普通の一般人状態。

 文字バケなどない綺麗な状態だった。


 ここがイガリアだと知った2人は、この地で匿ってもらうことを条件に、現状のオズルについて話し始めた。


 この2人は、オズルにおいて畜産業を営んでいた男達らしく、戦争とはまったくの無縁だったとのこと。

 そんな2人が、どうしてモンスター達を率いてユミルにやってきたのかは不明。当人たちにまったく記憶がないらしい。モンスターの襲撃に関する情報取引ができなかったのは、やはり記憶にないからだろう。


 だが……


「モンスター達が急に増えて、家畜たちが怯えていたのは覚えている。あとは、突然増えだした託宣の声だな。前より強く聞こえたし、一日に聞こえてくる回数も増えた」


 記憶をなくす前。それを順を追って話し出した。


「あれは酷い。なんというか、声の暴力っていえばいいのか? 人によっては寝込むやつまでいたぜ」


「そこまでだったのか……」


 ドルナードとの交渉によって知った託宣の変化。

 具体的にどう変わったかまでは、俺達は知らない。

 知っているのは内容と性質。その両方が変わったという事だけ。

 デルモンドが話しているのは、性質のほうだろう。


「増えだしたモンスター達については、何も聞こえてこないし、どう対処したらいいのかもわからなくて、ずっと託宣のいう通りにしていたんだよ」


 そうした日々を過ごすうちに、段々と他人の声が聞こえづらくなっていったという。

 託宣の声だけは鮮明に聞こえるのに、一緒に仕事をしていた連中の声が耳に入らなくなってきた。


 そして、職場で働いていた男達に変化が訪れる。

 仕事を無断で休むだけではなく、最中に手にしていた道具を置き去りにし、フラフラとどこかに行ってしまう者。寝込でいた男も同じような行動をおこしはじめ、デルモンド達は止めにはいったらしい。

 だが、その止めようとしていた、この2人も、ある日を境に意識を閉ざす。

 記憶はこの時から無くなっているようで、気付けばユミルの牢屋に入れられていたわけだ。


「いやー イガリアって本当に託宣が聞こえないんだな。さっぱりしたぜ」


 とは、デルモンドの言葉。

 以前の状態ならともかく、最近の託宣は、俺達が考えている以上に彼等に負担をかけていたようだ。


 だいたい言い終えたという彼等は、しばらくの間ユミル騎士団の監視下の元、隔離されることになる。

 とはいえ、今までのような牢屋暮らしではないようだが、ここから先は、騎士団の人達に任せるべきだろう。

 オーキス親子を騎士団に引き渡したあと、俺達はついに精霊樹ユミルとの交感をする事になった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 全ての出来事はアスドール王にも伝えてある。

 その王を迎えにいったクロスさんも当然知ることになった。

 牢屋にいた俺達はもちろん、この2人も加えて精霊樹ユミルの元に向かったわけだが、その精霊樹がある場所の前には、この国の薬品研究所があるわけで、彼等の興味を惹かないわけがなかった。



「何が起きるの?」

「精霊樹との交感らしいわよ」

「え? そうなの? 私は新実験ってきいたけど?」

「実験? また樹液をとるの?」

「今更だけど、樹液をとりすぎじゃない?」

「ほんと、今更ね!」

「所長さんやりすぎよね~」



 などと言われていますが、そこの所どうなのでしょう。オルトナスさん?


「ちゃんと状態をみてやっておるわ! 好き放題いいおってからに!」


「師匠。精霊樹の前で大声をあげないでくださいよ」


「オルトナス。うるさいぞ」


 ミリアと王様に煩いと言われ、さらに機嫌を悪くしてしまった。

 どうでもいいかもしれないが、研究員の男女比率が偏りすぎていないか? ほとんど女ばかりだぞ。年齢は分からないけど。


 そんな観客達を前にして精霊樹ユミルとの交感が始まる。


 リーム、俺、ミリア、オッサンが、主役となるわけで、オルトナスさんやアスドール王達は観客となる。

 何が起きるのかと、周囲の人々がガヤガヤと騒いでいる中、


「始める……静かに……ね?」


 リームが、消え去るような声でいうが、それだけで波打つように静まりかえっていった。


「………」


 何も言わずに、オッサン手製の杖に額をあて、静かに目をつむる。

 必死さといったものも感じられなく、リームという一つの生命が、そこに静かに存在しているという感じだ。


 実に自然だ。

 彼女がいる。ただそれだけ。

 もしかして眠っているのでは? と思うほどにリームの表情と肩から力が抜けていた。

 そんな状況を固唾を飲み込みながら見る俺達。その音のほうが耳障りなほどに静まりかえっている。


「え? おい?」


 俺が、思わず声をだしてしまった。

 いきなりリームの体から白い煙のようなものが『これ大丈夫なのか?』と、思えるほどに出始めたんだよ。

 俺と同じように不安を覚えた連中が、再度ざわめきだす。

 誰もこんな現象は見た事がないからだろう。それを言ってしまえば、精霊樹との交感場面を見たことがあるのは……


「オッサン、ミリア」


「大丈夫よ。これでいいわ」


「ワシは知らん。前の時はこんな事はなかったしの」


 どっちなんだ?

 オッサンも知らないなら、もうちょっと不安を持ってもいいんじゃないか? と思ってしまう。


「すぐに終わると思う。問題はこの後よ」


 そう言うミリアの言葉どおり、リームの体から出ていた煙はすぐに収まった。どんな意味があったのか、まるで理解できない。


「……んと……3人とも……肩に……」


 目を閉ざしたままリームが言う。俺達の事だろうというのは分かるが、肩にとは?


「……呼ばれたのね。わかったわ。2人とも、リームの肩に手をおいて」


「お、おう?」


「こうかの?」


 ミリアの指示に従い、リームの両肩に手をおく。遅れてミリアの両手が、左右の肩に置かれた。


「いいわよ、リーム」


「いくね」


 どこに? と思う前に、俺達全員がその場から掻き消えた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 リームの肩から手を放す。

 周囲の情景をみれば、事が済んだことが分かったからだ。


 芝生が覆う大地と澄み切った青空。それがどこまでも果てしなく広がっている光景。

 このまま横になって草の匂いにつつまれながら、眠りたい気分にすらなる。

 こういえば、たぶん、自然豊かな場所だと思うだろう?


 だが違う。


 木々が茂った林もなければ、空を漂う白い雲なんかない。

 それどころか太陽すらないのに非常に明るい。


 異様だ。

 自然なようで不自然な光景が、そこにはあった。


「……きたよ……ユミルちゃん……どこ?」


 ちゃん? リームの中では同世代の友人扱いなのだか?

 状況が今一つ分からないが、場所が違っているため、俺達が転移したんだろうな~とは、なんとなく分かる。分かるが、ここどこよ?


 目の前にいえるリームがキョロキョロ周囲を見ている。

 オッサンは眉を曲げ、額に手をあてている。

 ミリアとえいば、


「……ハァ」


 疲れたような溜息をついているな。実際疲れているわけではないだろうけど、何か困っているようだ。


「リーム。ここは?」


「うん?……んーと……精霊さんのお住まい?」


「は?」


 よく分からないが、ここは精霊達が住んでいる場所ってことか? こんな何もない場所に?


「精霊界よ」


「ミリア、分かるのか?」


「ええ。今のリームぐらいの時に、何度か来たことはあるわ」


「……そう言うことか」


 口調は変わらないが微妙に不機嫌そうだ。先を聞くのはやめておこう。


「参ったの……ワシが来て良い場所なのか? 精霊界というのは、ワシ等にとって禁忌の場所ではなかったか?」


「ジグルド、あなた知ってたの?」


 おっと? まさか、オッサンが何か知っているのか? これはちょっと意外だぞ。


「伝承の片隅にあったぐらいじゃ。ワシ等亜人の元をたどれば、精霊界が関係してくるらしいの」


「そう……ジグルドって物知りね」


「ドワーフは、代々伝承の類を大事にしておるからな。恐らくこの世界にいたドワーフ達も知っておったのではないか?」


 ドワーフってそうなのか?

 

 ……それで思い出したけど、オッサンにオズルでの出来事を伝えていないな。

 俺が眠っている間に誰かに聞いたかもしれないけど、知っているのかな?

 話すべきか、話さないほうがいいのか、判断に苦しむ内容だ。

 ……まあ、少なくとも今は話さないほうが良さそうだ。


「あっ!」


「ん? リーム、どうし……え?」


 何かあったのかと話をやめて、リームの視線の先を見れば3人の女性らしき人物と、1人の男が姿を現し始めた。


 全員が透けて向こう側が見えるような体をしている。

 温和そうな顔をした人や、きつい目をした男。無表情で何を考えているか分からない人もいれば、ボケラーと眠たげな表情をした人もいた。

 人? いや、人っていうか……


「ユミルちゃん?」


 リームがトテトテと歩いていき、温和そうな女性の前で止まり呼びかけた。


 女性3人ともが若草色の髪をし、衣服の基本色も同じだ。

 白い線がそれぞれ微細に異なった形で模様をつくっているが、身に着けている衣服はどれもが同じようなドレスタイプ。


 男のほうはといえば、髪の色や衣服の色は同じだが、こちらにいたっては、シャツとズボンというカジュアルなもの。背広といった感じではなく、ごく普通に日常で着られているようなものだった。


 さて、リームが近づいた温和そうな女性が、


「そうよリーム。よくわかったわね」


 そう微笑みながら言うと、リームを抱きしめるかのように両手を広げてみせた。


「ユミルちゃんだ! やった!」


 いつもの口調と違い、ごく普通に喜ぶ声をあげ、髪の長い母性を感じさせるような人に飛び込んだ。

 精一杯の甘えを見せるかのように、リームの表情は崩れ、桃色髪をこすりつけている。


「フフ。甘えん坊ね」


「へへへ」


 本当に親子じゃないだろうな? と思えるほどに、2人は親密そうな顔をしている。 


 そんな2人をジーと見ている視線がある。

 髪が短く若干ボーイッシュ気味の無表情な女と、一番背が高くキツソウな目をする男。

 もう1人の女はまるで関心がないように、目を半開きにしながら口を開けていた。涎だすなよ?


「ユミル。用件はいいのか?」


「エーラム。少しはいいでしょ?」


「……あまり時間がない。リームとの時間も大事だと思いますが、いまは、まず……」


 上から、きつめな目をした男。

 リームを抱き止めたユミルという女。

 最後は無表情のまま口をひらいた女性。ちょっと怖い。


「ハァ……そうね。それに……」


 抱き着いたリームから目を逸らし、なぜか俺へと視線を向ける。

 水のような瞳の色をした女性だ。

 深く澄んだ瞳は、ミリアを思わせるものがあるが、ユミルの瞳は吸い込むのではなく写すかのよう。どことなく水鏡を思わせる。


「リーム。私達は少し大事な話があります。良ければ、私ではなく、木の精霊(ドライアド)達と遊んできてもらえないでしょうか? 彼等も会いたがっていますよ」


「え!? いるの?」


「もちろんです。ほら、あそこに」


 ユミルを名乗る女性の腕が緩やかにと伸びる。

 指さす平原の方に小さな男の子達が腕を大きく振っていた。


「あ! 本当だ!」


 見るなりリームが、ユミルの腕の中から飛び出す。

 杖を振り回しながら元気よく走り出していった。


「リームのやつ、いつもと違わないか?」


「あれが、本当のリームなんじゃない? 普段は、周囲に心を許していないのかも」


「え? でも、ヒュース君にだって同じだろ?」


「……姉だからでしょ。しっかりしようとしているんだろうけど、弟のほうがしっかりしすぎていて、無理しているんだと思うわ」


「あれでか!」


「人それぞれよ。リームの事は、リームが何とかするしかない。それよりも……」


 俺との会話をしながらもミリアの目線は、目前にいる4人に注がれていた。

 そんなミリアと違い、ユミルの態度は穏やかだ。

 隣に立つキツソウな顔をした男は嫌がっているようだが。


 ミリアが見るように、俺とオッサンも彼女達を見つめる。

 先ほどの会話から察する限り、時間もあまりなければ大事な話のようだ。心して聞かないといけないだろう。


 黙って待っていた俺達に、彼女達のほうから近づいてくる。

 ユミルという女性を中心に、左右に男女が分かれ……おい、1人寝てないか?


「ムリエル。おきなさい」


「……へ? あ――」


 一度は目をさましかけたが、また再度目がつむりだした。

 オイオイ……てか、今ムリエルって言ったような……


「仕方がありませんよ。アルフ。ムリエルをお願い」


「わかりました」


 無表情だった女――アルフっていう事はアルフヘイムだろう。でもって、眠っている女がムリエル? 生きていたのか?


 彼女達が話しやすい距離まで近づいてくると、ユミルという女性の顔から微笑みが消えた。

 リームと対面していた時は、母のような笑顔を見せていた彼女だったが、どう切り出せばいいのかと迷った感情を見せている。


「ユミル。言いづらいなら、俺から言うぞ?」


「いえ。これは私が言うべきだわ。ありがとうね」


 エーラムに微笑みを投げかけ言うと、ムスっとした表情のまま顔を背けた。機嫌が悪いとかじゃなくて、あれが地顔のように思える。

 エーラムに言われたせいなのか、覚悟を決めたようにユミルの顔が引き締まる。

 一歩前にでると、唐突に、


「ヒサオ、ミリア、ジグルド。まず私は、あなた方に頭を下げなければなりません。このとおりです。本当に申し訳ありませんでした」


 ひと息でいいきると、彼女は言葉通り深々と頭をさげた。

 また、習うかのように後ろにいた3人。1人はアルフの手によってだが頭を下げてきた。


「……なんで?」


「どういうこと?」


「精霊樹に謝られるとは……」


 どうしてこうなった? という言葉が、俺の頭に浮かびあがる。

 この世界にきてから、何度目の言葉だろうか?


挿絵(By みてみん)

挿絵の衣服と本編の内容は異なります。



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