第189話 各地の状況
――エーラム
蹄の音がする。
大地を疾走する蹄の音を出し、急ぎ走っていたのは半人半馬であるエイブンだった。
矢筒を背負い右手にはオリハルコン製の弓をもち走る彼が到着したのはエーラムの街。
「きたぞ! すぐに迎撃準備だ!」
「了解しました!」
門の中へとはいってきたエイブンの声に、部下の獣人達や、エーラムにいる魔族達が従い行動を起こす。
「また来ましたか」
「テラー様!? こちらにいらしていたのですか」
歩きながら近づいてきたテラーを見れば、鋼で作られたような胸鎧と腰アーマー姿。腰にエレメントソードがはいった鞘がつけられている。
「噂を聞きました……」
「噂? ……それは、純魔族のことでしょうか?」
「ええ。どうなのです?」
「……分かりかねます。前回の戦いでも数を減らしておりました。今回、出て来れる者が果たしているのかどうか……彼等の力は凄まじいですが、その反面、消費するものが大きすぎます」
城の方を見上げいうエイブンの声に耳をかしながら、テラーもまた、同じ方角を見上げた。
「話の通りですか……」
「はい。彼等の活躍は、兵の士気に直結し……」
「それ以上は言わないように。私達が上げればいいのです」
「ハッ!」
言い終えると、テラーが精霊憑依を行うため剣を抜く。
エイブンはテラーから離れ、仲間たちに激や指示を飛ばし始めた。
最初の襲撃事件から、すでに半月近くが経過している。
その間に、ユミル、アグロ砦、エーラムにモンスター達が何度も襲来していた。
どこに潜んでいるのか分からない程のモンスター達がやってくるため、次第に各町にいる戦力がすり減ってきている。
中でも、ここエーラムの主戦力であった純魔族達の疲弊がひどい。
彼等は、元々長く戦えるような種族ではない。
己の生命力を減らして戦うということは、その減った分の回復ができないからだ。使えば使うほど寿命を減らしていく。それが純魔族の戦いかた。だからこそ、前線を亜人達に任せていた。
「来たぞ! 迎えうて!」
「「「「「おぉおおおおおお――――!!!」」」」」
エイブンの指示に従い弓と魔法が放たれる。
その後に歩兵部隊が門から飛び出し、やってきた有象無象のモンスター達と戦い始めた。
予想どおり、今この場に純魔族達の姿はない。
今は良くても……
(次。その次ともなれば……)
守りきれるといえる者が、この場にいなかった。
「『風よ! わが身を使え!』」
戦場において、テラーの声がする。
同時に一陣の風が巻き起こり、多くのモンスター達の首が宙を舞い、鮮血の花が咲き誇った。
(負けられない。例え相手が誰であったとしても、守りきってみせます!)
戦場を駆けるテラーの姿は、純魔族達と等しく兵達の心に光を灯していった。
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――アグロ砦。
エーラム同様に、ユミルとアグロ砦の被害も甚大になりつつあった。
アグロ砦にいるカリスは健在であるが、その部下である竜人達やエルフ達が数を減らしてきている。
元々、砦の面積は街のように広くはない。
アルフヘイムにいたエルフ達の数も少なくなり、最強戦力を誇るカリスがいたとしても、全てを守り切ることは難しくなりつつある。
最初の時のように、駆逐に専念できる状況であれば、カリスの力は十全に発揮できるが、敵味方いりみだれての戦闘となると難しい。ブレス攻撃に味方を巻き込みかねないうえに、巨大化した時の居場所が空にしかない。謝って味方を殺してしまうような状況での戦闘は、カリスにとってやりづらい事この上なかった。
「また、大勢やられたか……」
戦いの後に行われた死者たちを弔う儀式の最中、カリスが呟いた。
「カリス老。我々がいながら、もうしわけない」
「それは、ワシとて同じ。頭を下げねばならんのは、死者に対してのみよ」
「……ハッ」
謝罪してきた若い竜人が、意気消沈した声をだした後、カリスの傍から離れた。
(襲ってくる期間が短すぎる。回復が十分でない戦いでは、どうにもならんぞ。オルトナス。早く原因をつきとめい)
カリスは、古き友である1人のエルフに願いを託すしかなかった。
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――ユミル
「こやつも駄目か!」
城の地下牢において、オルトナスの怒声が響く。
ここユミルに襲ってきたモンスター達の中から、アグロ砦の時のような人間達が発見され、捕縛したまでは良かった。
「どいつもこいつも、何一つ喋らん! 貴様、本当に生きておるのか!」
地下牢において、手枷をつけられた囚人に対し怒声やら罵声を浴びさせている。彼のそうした様子は酷く珍しく、看守たちも近寄りがたいようだ。
(一体全体、どういうことじゃ。精神魔法も駄目。薬品も駄目。拷問の類にも何一つ反応せん。なんじゃ、こやつらは)
すでにアグロ砦で捕まった者達には、魔王の命令どおり精神魔法での取り調べが終わっている。
そして出た結論は、まったくの無反応。
それはそれで一つの判断材料になるだろうとは魔王の言であるが、オルトナスに言わせれば、何の判断材料にもならん! といった所だろう。
情報を得るための手段がつきて、オルトナスはホトホトに困りはてていた。
現在ユミルにおいて最大戦力はリームであるが、そのリームの最大の力が発揮できるのは森林地帯のみ。そこまで敵を追い詰めれば一気に殲滅できるのだが、日々減り続ける戦力では次第に難しくなってきていた。
ヒュース同様に神聖魔法の使い手が多いエルフ達であるが、その力をもってしても、戦力維持が難しい。戦闘中と戦闘後。そのどちらでも彼等は忙しく動き、怪我や病気の治療にあたってはいるが、体力の回復までできない。魔力はあっても、戦力維持ができないのはアグロ砦と一緒であった。
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魔力といえば精霊樹だが、杖を手にしたリームは、最初の戦闘後に交感を試している。
ジグルドと共に精霊樹の前にたち、リームが交感能力を高める。
作られた杖を高く掲げ揚げ、瞑想を始めると、
「……ユ……ミル?」
「む?」
反応があった? しかし、ユミル? すぐにでも意味を問いたい気持ちになったジグルドであったが、続く反応を待った。
「……え?……3人とも?……うん……そうなんだ」
さらに、
「……じゃあ……今は……そうか……わかった……でも……今度……あそぼ……」
といった、聞くものをジレったくさせるような言葉がリームから続くばかりで、ジグルドの忍耐力が削られていく。
(これは、精神的に参るの)
反応があったのは歓喜していい事だろう。
諸手を上げて万歳でもしたくなるが、そんな雰囲気でもない。
「……おわったよ」
「おぉ――ど、どうじゃった?」
無事終わったようだ。
思った以上に効果があったのだろう。嬉しさでジグルドの顔がシワクチャになる。元々でもあるが。
「……うーん……今は、駄目?」
「なぬ? どういうことじゃ?」
「えーと……ね」
精霊樹との交感がどういった内容なのか知るまで、ジグルドは更なる忍耐力を要したらしい。
リームの話によれば、精霊樹の名前はユミル。
彼等精霊樹は、自分達を守る国や街の名前が、そのまま付けられる事となるらしい。
つまり、アグロ砦にある精霊樹はアルフヘイム。エーラムにあるものは、エーラム。といった具合だ。
もしかすれば、アルフヘイムの名前は、そのうちに変化するかもしれないが、それはまだまだ先の話となるだろう。
そのユミルとの交感を果たしたリームが、
「ヒサオおにいちゃん……と……ミリアおねぇちゃん……あと………おじいちゃんも連れてきて……ほしい……みたい」
「ぬ? ワシ等のことか?」
「うん………伝え……ないと……いけない……んだって」
「伝える? 何をじゃ?」
「わかんない」
「そうか。しかし、ヒサオは眠ったままじゃしな」
「そう……今は駄目……目が覚めたら……でいいらしいよ」
「それも言われたのか? 精霊樹にはお見通しということか」
小さなリームから顔をそらし、歪な形をとっているユミルの精霊樹を見る。
「遊べなかった……大事な時……だから……遊ぶのは今度にする」
口を曲げ不満そうな顔をしているリームをみて、ヒガンが拗ねた様子を思い浮かべてしまう。
ジグルドの手が自然と桃色の髪にのび、リームの頭を軽くなでた。
「そうじゃな。今度遊んでもらえばよい。ワシにも幼い娘がおる。遊んでやってくれぬか?」
「ほんと?」
途端に明るい笑顔をみせる。自分と同じくらいの子供と思ったのだろう。
しかし、ヒガンはまだ1歳を超えたぐらいなのだが。
「本当じゃ。ヒガンというてな。可愛いぞ」
2人の歳の差なぞ意に介さず、親馬鹿であるジグルドが、朗らかな笑顔をみせ始める。
「わーい!……きっとだよ!」
「う、うむ」
喜ぶときも、そのテンポなのか。ヒガンは果たして耐えられるだろうか? 上手く会話ができればいいが、等と今更な不安を感じたようだ。
しかし、アスドールやオルトナスがこの場にいなくていいのだろうか?
精霊樹との交感ともなる大イベントに対し、付き添ったのはドワーフが1人というのは、いかがなもだろう?
単に、戦闘後の後処理に追われているのを見て、声をかけずにリームが初めてしまっただけなのだが。
自由奔放な幼女ようである。今更であるが。
ジグルドはこの後、家族が待つブランギッシュへと戻る。
すでに倒壊したオルトナスの家からとなるわけで、地下にたどり着くまで、もう一苦労したようだ。




