第188話 ヒサオの状態
イルマが、1人の中年男性をつれエーラムから戻ってくる。
「邪魔するぜ」
ヒサオの家の玄関をノックもせず開け、軽く身を下げ入るとパタパタと小走りする音がした。
「あら、イルマだったの。それに……」
出迎えたのはミリア。
イルマの隣に並びたつ男をみて紹介を求めるような顔をしている。
身なりが整った男だ。中肉中背の体を柔らかそうな衣服で隠している。顔立ちをみるに、3-40ぐらいだろうか? 青白い肌をしており、それだけで純魔族の一員だということが分かる。
「連れてきたぜ。治癒の一族で、名はケルスさんだ」
「初めまして」
紹介されたケルスという男が、軽く会釈をすると、
「初めまして。ミリアといいます。もしかして……」
「はい。魔王様の命令で、ヒサオ様の容態を見に来ました」
「あ、ありがとうございます!」
驚いたミリアは両手を組み合わせ祈るかのような仕草を見せた。
やってきたケルスという男をヒサオが眠る寝室へと案内。
何かを出そうとするミリアを引き留めると、すぐに診察を開始した。
眠っているヒサオの衣服をはだけ、胸元に直に手をあてると、
「……ふむ?」
疑問を顔と声に出しながら、今度はヒサオの額に手をあてた。
「話には聞いていましたが、魔力が異常ですね。以前からこの状態で?」
「はい」
ヒサオから目を離さず尋ねてくるケルスに、ミリアが端的に答える。
「しかし、この魔力……本当に彼のものでしょうか?」
「え?」
「ちょっとまて、どういうことだ?」
聞いた2人が動揺しだすが、まだ診察途中なのだろう。声に反応せず、今度は右手を布団の中から取り出すと脈を測るように手首を握った。
「……正常か。やはり違うのか」
ますます意味がわからず、混乱する2人。
その後もヒサオの体に手を乗せたり握ったりと行い、時折困惑するような声をだした。
2人が見守っていると、診察が終わったのかヒサオの衣服をもどし布団をかぶせる。
「お待たせしました。予想どおり、地下に眠っている皆さまとは異なっております」
最初から分かっていたことであるが、まずは、それを口にした。
「そして、彼の異常ともいえる魔力ですが、どうやら彼本来のものではなく、借り物のようなものだと思えます」
「借り物……って、誰から!?」
「つか、ミリア。お前わからなかったのか! エルフだろ!」
イルマから突っ込みがはいるが、それを止めたのはケルスであった。
「これは、エルフであってもわかりませんよ。何しろ、ヒサオ様の内側から流れていますからね」
「ですよね!」
「ちょいまてよ。それで、なんで借り物になるんだ?」
そろってケルスに迫ると、両手で2人を抑えたあと、
「それについて今から説明します」
まず魔力の基本説明からとなる。
人間であろうが、亜人であろうが、魔族であろうが、獣人であろうが、とにかくどのような種族であっても、精霊樹から漏れ出る魔力供給が無ければ、その身に宿ることはない。
その漏れ出る魔力を吸収し、一度自分のものにする。
その後行使される魔法やスキルによって魔力は拡散し自然へと帰っていくことになる。
「ええ。それは知っています。私たちエルフはその魔力を吸収し、自分達の生命維持にもつかっていますから」
「はい。我々魔族も同じですね。だからこそ、獣人や人間達と比べると寿命が長い」
とは言うものの、その伸びた寿命を消費し技をふるう純魔族達は、人と同等。あるいは、それ以下となることが多い。
「さて、吸収された魔力と、精霊樹が放っている魔力とでは異なる面があります。それが何か分かりますか?」
「……」
「わからん」
ミリアは考え、イルマは即答した。
魔力の基本理論ですら、イルマは分からずに使っているのだから無理もない。
「ミリアさんは?」
「……もしかして」
答えがでたのか、ミリアがヒサオに近づく。
眠っている彼の手をにぎり、静かに目をつむり瞑想のようなものを行いだした。
ケルスは微笑み、イルマは難しそうな顔を。
しばらくすると、ミリアの晴眼が開かれ、
「気付かなかった……ヒサオの魔力って……」
「わかりましたか?」
「はい。というか、ありえるんですか?」
「私も、こういった事例は初めてですが、実例がここにいますからね。ありえるとしかいいようがありません」
「な、なんなんだよ、お前ら。俺にも分かるように教えてくれ」
1人取り残されたイルマが口を出してくると、ミリアとケルスが目を合わせた後、
「ヒサオの魔力って吸収できるのよ。精霊樹の魔力のように」
ミリアの方から事実が告げられることになった。
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「ちょ、ちょっとまて。じゃあ、ケルスさんがいう借り物ってのは…」
精霊樹から借りている? とイルマが言いかけたが、察したケルスは首を横にふった。
「そこは分かりません。あくまで、彼のものではない。ということだけです」
一度吸収された魔力を、他人が吸収することはできない。
できるとすれば、メグミが行ったとされる特殊な術でもなければ無理だろう。
だが、ヒサオから漏れ出る魔力は、その術がなくても可能。というよりも、普段から吸収できていたのかもしれないが、それに気づくことはなかった。
診察を行ったケルスは、ヒサオの魔力がどうなっているのかを観察してみた。
すると、自分自身にも流れこんでいるのが分かり、内心では驚いたのだが、それを表に出そうとしない。患者や身内を前にし、驚くことだけは避けているのだろう。
「ケルスさん、良く気付きましたね」
「我々治癒の一族は、地下で眠っている者達の魔力をいつも考えています。その関係で、色々とね」
「そういえば、そうでしたね」
ミリアが納得した顔をみせる。その一方でイルマは口をへの字に曲げていた。
「ヒサオの魔力が、元々そういった物だったっていう可能性はねぇのか?」
「それでは、精霊樹や世界樹と同一の存在ということになります」
それはありえない。だからこそ、ヒサオの魔力ではなく借り物ではないか? と考えたようだ。
「そうなるのか? でもよ、ヒサオだぜ?」
「ちょっと、イルマ! いくらヒサオでも、それは……な、ないわよ」
言葉途中でケルスのほうに視線を向けたが、彼は苦笑するばかりであった。
「彼の魔力については以上ですが、これは今までも同じだったはず。昏睡状態になった理由は別にあると思われます」
「そ、そうだった! それだよ! 分かったのか?」
イルマに乗りかかるように、ミリアの目もまたケルスに注ぎ込まれる。
「体に異常は見当たりません。問題があるとすれば意識のほうかと」
「そりゃあ、寝ているんだから頭だよな。殴ったらい――グフッ!!」
当たり前だといった感じでイルマが口を挟んだ時、ミリアの肘が腹にめりこんだ。なかなかいい肘打ちだ。
「お、おめぇ……」
無防備状態の時では、さすがのイルマもダメージを食らうようだ。めり込んだ場所もしっかりと鳩尾だった。体格差のせいだろう。やり慣れているわけではないはずだ。たぶん。
「それで、ケルスさん。どうにかなりますか?」
苦しむイルマのことなぞ知るかとばかりに、ミリアは話を進めようとする。
ケルスは見なかったことにするかのように、黙って首を横にふった。
「手出しはしないほうがいいです」
「え? 何も?」
「はい。魔法効果が何もなかったようですし、私の見立てでも異常は感知できません。ヒサオ様は健康状態そのもの。何があったのかまでは知りませんが、今はただ休んでいるだけでしょう」
「でも、何も口にしないし、あの……」
「はい。わかっていますよ。それについていえば、恐らくこの魔力が関係しているのでしょうね」
後ろで手をくみヒサオのほうに体をむける。
「おそらく生命維持に魔力が使われているのでしょう。だから、仮死状態時のように変化がない」
「生命? じゃあ、私達と?」
「ええ、ほぼ同じです。というよりも上でしょうか? この状態が、目が覚めた後も続くようであれば、ヒサオ様は魔力以外を必要としなくなってしまう。それが果たしてヒサオ様にとっていいのかどうかは分かり「そんなの駄目よ!」……っと、言われましても」
途中でミリアが大声を上げた。
自分が何を言ったのか分かった時には遅く、すいませんと謝罪する。
(だって、駄目よ。食事をしなくなるヒサオなんて……やだ)
何度も喜びながら食べる顔をみてきた。
本当に嬉しそうで、自分が作った食事でもそんな顔をしてほしいと頑張ったことがある。
そんな気持ちにさせてくれるヒサオの笑顔が消える。
食事を楽しまないヒサオなんて、ヒサオじゃない。
それはミリアにとって一大事だった。
不安に苛まされ始めたミリアを、腹をさすっていたイルマが見て、思いついた事を言い出す。
「じゃあよ、その魔力の流れを断ち切れば、ヒサオのやつ目が覚めるんじゃねぇの?」
「仮にそれができたとしても、やめた方がいいでしょう。この状態は必要だから行われている。私はそう思えてなりません」
「必要? ってどういう……」
「残念ながら、そこまでは分かりません。まぁ、自然に起きるのを待つのが一番でしょう」
結局、現状維持という結論をだし、ケルスの診断は終わりとなった。
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――アルツ
ジェイドとフェルマンがアルツへと戻る。
自分自身を信じられなくなったジェイドは即座に研究員達を謁見の間へと呼び出し、詰問を開始したが、得られた答えは、
「怪しいところはなかったな」
「……フェルマン殿、協力感謝する」
信憑性を高めるため、詰問の際フェルマンの精神魔法を使用。
結果、どの研究達にも託宣が聞こえたのは確かだった。
しかし……疑問が解けない。
「なぜ、私には何も聞こえなかったのだ?」
「それに、研究員になったあとは何も聞いてない……か。彼等は一体何をしていたんだ?」
「やっていたのは、そのほとんどが勇者召喚の魔法陣保護ですよ。アレが長い年月描かれたまま無事なのは、彼等の働きのおかげです」
「ん? ということは、勇者召喚が行われるたびに描いているわけではないのか?」
玉座の隣にたつフェルマンが椅子へと手をつき尋ねた。
「それはできません。原料の1つが存在しないらしいので」
「存在しない?」
「ええ。話によれば世界樹の樹液だとか。それがどういったものかは分かりませんが――ああ、フェルマン殿なら知っているのでは?」
「い、いや。俺も聞いたことがない」
まさか、世界樹の事を知っているとは思わず、戸惑う心を内に秘めながら返事をする。
「しかし、託宣がなくとも、魔法陣保護は行っていたのか。それは誰の指示で?」
[代々の所長たちが受け継いでいたのでは? あるいは、所長だけには託宣が聞こえていた? という可能性もあるのでは?」
「なるほど。それなら、前に所長だったものに尋ねてみたらどうだ?」
「……そうですな。今一度、研究者達を呼びだし、その辺りを聞いてみましょう。フェルマン殿、またお願いして良いでしょうか?」
「それは構わないが、所長ではなく研究員?」
何も複数人に尋ねる事ではないだろう。とフェルマンは思ったようだ。
「いや、実は、所長を務めていた男は、現在コルクスにおります。すぐには呼び出せないもので」
「ああ……確か……」
ゼグトが見張りをしている男のことかと思い出す。
名前はダグスだったか?
特に怪しいと思われる行動をせず、研究に関する実験的な行動も遅く、ほとんど役に立っていない男と聞いている。
(そんな男が所長だったのか。それでは研究が進むわけがない……いや、それこそが……)
託宣の狙いは、異世界研究の停滞。
そこにあったのか? と、考えるフェルマンであった。




