第187話 湧き上がる疑問
ヒサオが眠っている間にも世間は動く。
エーラムとユミルで起きた出来事はすぐに広がりをみせ、アグロとブランギッシュにあった戦力が、精霊樹のある場所へと移動を開始した。
アグロにいた残存勢力の半分が砦へと移動し、カリスの補佐につく。
ブランギッシュにいた兵の一部もまたエーラムへと移動した。
エーラムにいた元ウースの戦力は、すでにユミルへと移動をした後だったので、呼び戻すよりも、という考えだったのだろう。
こうした大きな出来事とは別に、魔王が打った一手も動き出す。
アルツに向かったフェルマンの説得により、ジェイドが動いた。
イガリアとウースの国境沿い。
ユーパの村がある場所よりさらに北に行った所に、アルツ軍の駐屯地が作られている。
小高い丘の上において馬上で話す男が2人。
1人はジェイド=ロックウェル。
もう1人は、フェルマン=ウル=カスラであった。
眼下で作られていく陣地をみながらジェイドが話だす。
「本来なら、もっと北にいくべきでしょが、今はここまでが限度でしょう」
「託宣の影響化になるだろうしな」
「わが軍でも、影響はあるのでしょうか?」
「おそらくは。託宣離れが出来つつあるアルツとて、どうなるか分からない」
「……まあ、このほうが我が軍としても助かるか」
何も好き好んで争いたいわけではない。
こんなことをするぐらいなら、軍の兵力を使って現在推し進めている巨大農地計画を早めたいくらいだ。兵達がどう思うかは別として。
「さて、次の場所に行きますか。ここの事は現場のものに任せるとしよう」
「分かりました。しかし、言いましたように、軍を分けるのは3カ所までが限度」
「それは重々。国境沿いに配置してくだされば結構」
言うなり手綱をひき馬を走らせる。
後を追うジェイドとアルツの軍勢。
走り出したフェルマンの馬に、自分の馬を並ばせジェイドが話かけてきた。
「しかし驚きましたな。なぜ、モンスター達が?」
「わからない。捕らえた人間達から何か聞き出せればいいのだが……」
狙われているのが精霊樹と亜人達という事を、フェルマンは教えていなかった。
いくら軍を動かす為とはいえ、精霊樹が魔力の供給源だということが知られてしまった場合、魔族達にとって致命的になりかねない。
「この半年もの間、見かけなくなっておりましたが、魔族領土の方では違ったのですかな?」
「いや、それは同じはず。いったい今まで、どこにいたのか……」
「イガリアでも魔族領土でも無いと言うのであれば、ウースかオズルとなるのでしょうが……まさか、これも帝国が?」
「……」
聞かれたフェルマンが渋面な顔つきになった。
正面から戦ったわけではないが、デュランからの話や、自分が見た飛行船の存在から考えると、どうしても考えにくいのだろう。
「ありえなくはないだろうが、俺には、そう思えない」
「なぜ?」
「帝国は、託宣に頼らない戦い方を選んだ。なのに、今度はモンスター頼みの戦い方をするだろうか?」
「勝つためなら、何でも使うということでは?」
反論された瞬間、オズルにいたドワーフ達の事を思い出した。
彼等もまた、ジェイドのいう使われた存在なのかもしれない。
それを考えれば、確かに勝つためならなんでも利用する性質をもっているのかもしれないが、
(本当にそうだろうか?)
今までの戦いや、ヒサオから聞いた話を思いだすと何かが違うと感じられた。
本来、帝国に憎しみを抱くのは、フェルマンのほうだ。
今回の出来事を帝国のした事だと考えるのは、フェルマンの方であったとしてもおかしくはないのだが、その本人が違うと感じてしまっていた。
「こだわり……」
フェルマンの口から自然と言葉が漏れる。
その声に、彼自身が戸惑っているようにも見えた。
「フェルマン殿?」
「……帝国は戦い方に、こだわりを持っているように思える」
「……」
互いに馬を走らせていたジェイドが手綱を緩め、馬の速度を落とす。
「どうされた?」
「……我らはどうだったのだろう?」
「我ら? とは?」
唐突にジェイドの自問自答のような声が聞こえ、今度はフェルマンが尋ねた。
「イガリアに住まう我々人間達を、魔族はどう思っていたのだろう? と……」
「それは――託宣に従っていた者達としか……」
「やはり、その程度でしたか」
「ジェイド王?」
「以前は選ばれた種族としての誇り。そのようなものが少なからずあった」
緩やかに歩く馬上で、遠くを見るかのように視線を北へと向けながら言う。
「こうなってみると、皇帝とやらが羨ましくもある」
「そう、なのか?」
できるだけ気遣っていた口調を崩し、切なげな声と顔をするジェイドに尋ねる。
「こう考えられるようになっただけでも、オズルの王よりは良いのだろうか?」
「オズルの王ですか……あそこは、公国という話ですが……」
「ええ。昔は、オズルを任されていた太守だったらしいのですが、託宣が下り、公国という名前が付けられ独立しました。今ではイガリアに属していたという事も忘れられているようです」
「そうだったのか!?」
人間に比べ長く生きているフェルマンですら知らなかったようで、軽い驚きをみせた。
「やはり、知りませんか。まぁ、そうかもしれませんな。確か記録によれば、700年以上昔だったか? ………そういえば――」
「何か?」
「……いや、確か、異世界研究が始められたのも、その頃だったはず」
「異世界の? それは帰還も含めて?」
「ええ。そうです」
魔王との交渉によって、魔族側が求めているのが帰還研究だと知った時、ジェイドはその事に関することを調べた。その時知った事の1つが、これである。
「なんでも、当時の魔法使いの1人に託宣が下り、異世界に関する研究が始まったという事です」
「それも託宣が関与していたのか」
「らしいですな。だいたい、託宣でもなければ、そうした事はおきないでしょう」
「言われて……」
肯定しかけたフェルマンだったが、言葉を最後までいわず、途中で飲み込んだ。
(託宣がなければ、異世界に関する研究は行われなかった? なのに、700年もの間ほとんど進展しないだと?)
自分の思考と、さらには、
(かなり前に、イルマも何かいっていたな……)
時間をさかのぼり、イルマとの間で起きた出来事を思い出していく。
確か、カリス老の命を狙った会談の席。
その後にイルマが漏らした事はといえば、
『召喚された勇者達は、目的を果たし後も帰還していない』
さらに、
『異世界人が関係してくるような研究だから、託宣は聞こえない』
といった内容のものだったはず。
思い出したフェルマンは、眉をピクリと動かしたあとジェイドを睨みつけた。
「今更だと思うが、かつて召喚された勇者達はどうなった?」
「……それを聞きますか。すでに知っていると思っていましたが」
「その様子だと、本当に?」
「ええ。でなければ、合同研究なぞ行う必要がありません」
聞いたフェルマンは、まったくもってその通りだと強く頷いた。
「では、異世界研究は、どのようにして進められている?」
「それは、託宣の指示と「なのに全く進まないのか?」……急にどうされた?」
自分の話にくいついてきたフェルマンの態度に、ジェイドが動揺を覚えた。
「話がおかしすぎると思わないのか? そもそも、研究を行っていた連中は望んで研究員になったのか?」
「彼等も託宣によるものと……ん?」
今度はジェイドが疑問を抱いたかのように、唐突に宙を見始める。
「……なぜだ? 私には託宣が聞こえなかったのに、なぜ、彼等を研究員にした?」
「? どういう意味だ?」
ジェイドのいう意味が理解しきれず馬を寄せると、ジェイドの口から託宣というものについて話がされた。
通常、託宣というのは、関係している両者間に聞こえてくる。
例えば、すでに死亡したエラクだ。
彼は実績をもって大将軍の地位についたのではなく、託宣によってなったもの。
当人だけではなく、任命をした前王にも託宣は聞こえており、その結果大将軍になったにすぎない。
こうした出来事であれば、必ずと言っていいほど託宣は聞こえてくるものであり、従うのは人間達の義務であった。
なのに、異世界研究を行っている者達に関していえば、何一つ聞いたことがないとジェイドはいう。
それを不思議とも思わず、託宣が聞こえて来たからという人々を研究員にした事もあり、今になって疑問を抱いた。
聞かされ知ったフェルマンの頬に、冷たい汗が流れる。
「ジェイド王……」
「……なぜだ? なぜ、私は? それに、今になってこんな疑問を覚えたのもおかしい? どういうことだ?」
自分自身というものを分からなくなり、ジェイドの目が左右に動く。
以前であれば、他人を射抜くような目つきであった彼が、まるで別人のように狼狽えている。
「フェルマン殿、あなたが私に魔法を!?」
「そんなわけがない! ……しかし」
いまのジェイドをみていると、術をかけた時のような相手と近いものを感じる。
いや? 違うな。これは……
(術が解けたあとのようだ)
もし、今までのジェイドが何かの術にかかっていて、フェルマンの疑問提示によって解けたというのであれば……
「何か思い当たるのか! 教えてくれ!」
「俺にも分からない。だが、いいようのない不安を覚えるのは分かる。とにかく、軍の配置を済ませたら、一度戻り異世界研究に関係していた者達を問いただしてみてはどうだ?」
フェルマンの提案に勢いよく頷くと、急に馬を走らせた。
(……これは、魔王様にも伝えた方がよさそうだな。それに)
脳裏にヒサオの顔を思い出した。
あいつなら、何か考えるのではないだろうか?
もし、目が覚めているならば、魔王様に報告した後に話をしてみてもいいかもしれない。
だが、その前にやるべきことを済まさねば。
先を走るジェイドを追いかけながら、馬上でフェルマンは考えを巡らせた。




